第三十八話 営業課長、初めての共同研究をまとめる
紅輝石が発見されてから一週間。
王立魔法学院の研究棟は、かつてないほど慌ただしくなっていた。
廊下では研究員たちが資料を抱えて行き交い、実験室からは魔道具の作動音が絶えず聞こえてくる。
そんな中、一通の勅命が学院へ届けられた。
「王命です。」
教授は静かに羊皮紙を机へ置いた。
「紅輝石の研究を、国家研究として正式に進める。」
研究室にいた全員が姿勢を正す。
「さらに他学科とも連携し、共同研究班を結成すること。」
リディアは驚きの声を上げた。
「共同研究……ですか?」
「ええ。」
教授は頷く。
「鉱石学、魔法理論、魔道具工学、そして薬学。」
「学院でも初めての大規模研究になります。」
◇
しかし、その日の午後。
研究室には重苦しい空気が流れていた。
「この石は鉱石学が担当するべきです。」
「いや、魔力解析が先でしょう。」
「魔道具として利用価値を調べる方が重要です。」
「薬学でも反応を見る必要があります。」
それぞれが正しいことを言っている。
だからこそ、話はまとまらなかった。
アルトは静かにその様子を見つめる。
(前世で何度も見た光景だ。)
営業。
開発。
製造。
経理。
部署が違えば、優先順位も違う。
誰も間違ってはいない。
問題は、「共通の目的」が見えていないことだった。
◇
教授が困ったようにため息をつく。
「さて……どうしたものか。」
その時。
アルトが小さく手を挙げた。
「ぼく……。」
「順番にすれば?」
全員の視線が集まる。
「順番?」
アレンが尋ねる。
アルトは紙と鉛筆を借りると、丸を一つ描いた。
その周りへ矢印を書き加えていく。
①どんな石か調べる。
②魔力を測る。
③道具に使えるか試す。
④安全か確認する。
「終わったら。」
「次の人。」
部屋が静まり返った。
◇
教授は図を見つめたまま動かない。
「これは……。」
「研究工程の整理ですね。」
リディアが目を輝かせる。
「確かに!」
「先に性質を知らなければ、魔道具も作れません。」
薬学の研究員も頷く。
「安全性も最後ではなく、途中で確認できますね。」
アレンは苦笑した。
「私たちは、自分の専門しか見えていませんでした。」
「アルト君は全体を見ていたんですね。」
アルトは少し照れた。
(営業は全体を見る仕事だからね。)
一つの部署だけでは契約は取れない。
全員が同じ方向を向いて初めて、大きな成果が生まれる。
◇
その日から研究室の雰囲気は一変した。
鉱石学の研究員が分析を終えると、資料は魔法理論班へ。
解析が終われば、魔道具班へ。
最後に薬学班が安全性を確認する。
情報も毎日共有されるようになった。
「昨日の結果はこちらです。」
「ありがとうございます。」
「次はこちらをお願いします。」
自然と笑顔も増えていく。
教授は嬉しそうにその様子を見ていた。
◇
数日後。
「教授!」
リディアが駆け込んでくる。
「紅輝石ですが、一定量の熱を蓄える性質があります!」
「こちらをご覧ください!」
続いて魔道具班。
「蒼輝石と組み合わせることで、魔力効率が二割向上しました!」
さらに薬学班。
「人体への悪影響も今のところ確認されません!」
研究成果が次々と積み重なっていく。
教授は目を閉じ、小さく笑った。
「研究とは、一人の天才が進めるものではない。」
「仲間と知恵を持ち寄ることで、大きく前へ進む。」
その言葉に、研究員たちは大きく頷いた。
◇
帰り道。
夕日に照らされた学院を馬車の窓から眺めながら、アルトは静かに考える。
前世で学んだ営業の仕事。
最も大切だったのは、「商品を売ること」ではない。
人と人をつなぐことだった。
情報をつなぐ。
部署をつなぐ。
信頼をつなぐ。
その積み重ねが、大きな成果を生む。
異世界でも、その本質は変わらない。
アルトは少しだけ微笑んだ。
営業課長として歩んできた人生は、この世界でも確かに役立っている。
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営業メモ㊲
『組織の力は、優秀な個人ではなく、情報共有で決まる。』
どれだけ優秀な人がいても、連携が取れていなければ成果は半減する。
相手の仕事を理解し、次の人が動きやすい形でつなぐ。
それが、本当に強いチームを作る。
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――次回、第三十九話「営業課長、王女殿下と出会う」
共同研究の成果を視察するため、一人の少女が学院を訪れる。
王国第一王女・エリシア。
好奇心旺盛な王女と営業課長の出会いが、王国の未来を少しずつ変えていく――。




