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第三十八話 営業課長、初めての共同研究をまとめる


紅輝石が発見されてから一週間。


王立魔法学院の研究棟は、かつてないほど慌ただしくなっていた。


廊下では研究員たちが資料を抱えて行き交い、実験室からは魔道具の作動音が絶えず聞こえてくる。


そんな中、一通の勅命が学院へ届けられた。


「王命です。」


教授は静かに羊皮紙を机へ置いた。


「紅輝石の研究を、国家研究として正式に進める。」


研究室にいた全員が姿勢を正す。


「さらに他学科とも連携し、共同研究班を結成すること。」


リディアは驚きの声を上げた。


「共同研究……ですか?」


「ええ。」


教授は頷く。


「鉱石学、魔法理論、魔道具工学、そして薬学。」


「学院でも初めての大規模研究になります。」



しかし、その日の午後。


研究室には重苦しい空気が流れていた。


「この石は鉱石学が担当するべきです。」


「いや、魔力解析が先でしょう。」


「魔道具として利用価値を調べる方が重要です。」


「薬学でも反応を見る必要があります。」


それぞれが正しいことを言っている。


だからこそ、話はまとまらなかった。


アルトは静かにその様子を見つめる。


(前世で何度も見た光景だ。)


営業。


開発。


製造。


経理。


部署が違えば、優先順位も違う。


誰も間違ってはいない。


問題は、「共通の目的」が見えていないことだった。



教授が困ったようにため息をつく。


「さて……どうしたものか。」


その時。


アルトが小さく手を挙げた。


「ぼく……。」


「順番にすれば?」


全員の視線が集まる。


「順番?」


アレンが尋ねる。


アルトは紙と鉛筆を借りると、丸を一つ描いた。


その周りへ矢印を書き加えていく。


①どんな石か調べる。


②魔力を測る。


③道具に使えるか試す。


④安全か確認する。


「終わったら。」


「次の人。」


部屋が静まり返った。



教授は図を見つめたまま動かない。


「これは……。」


「研究工程の整理ですね。」


リディアが目を輝かせる。


「確かに!」


「先に性質を知らなければ、魔道具も作れません。」


薬学の研究員も頷く。


「安全性も最後ではなく、途中で確認できますね。」


アレンは苦笑した。


「私たちは、自分の専門しか見えていませんでした。」


「アルト君は全体を見ていたんですね。」


アルトは少し照れた。


(営業は全体を見る仕事だからね。)


一つの部署だけでは契約は取れない。


全員が同じ方向を向いて初めて、大きな成果が生まれる。



その日から研究室の雰囲気は一変した。


鉱石学の研究員が分析を終えると、資料は魔法理論班へ。


解析が終われば、魔道具班へ。


最後に薬学班が安全性を確認する。


情報も毎日共有されるようになった。


「昨日の結果はこちらです。」


「ありがとうございます。」


「次はこちらをお願いします。」


自然と笑顔も増えていく。


教授は嬉しそうにその様子を見ていた。



数日後。


「教授!」


リディアが駆け込んでくる。


「紅輝石ですが、一定量の熱を蓄える性質があります!」


「こちらをご覧ください!」


続いて魔道具班。


「蒼輝石と組み合わせることで、魔力効率が二割向上しました!」


さらに薬学班。


「人体への悪影響も今のところ確認されません!」


研究成果が次々と積み重なっていく。


教授は目を閉じ、小さく笑った。


「研究とは、一人の天才が進めるものではない。」


「仲間と知恵を持ち寄ることで、大きく前へ進む。」


その言葉に、研究員たちは大きく頷いた。



帰り道。


夕日に照らされた学院を馬車の窓から眺めながら、アルトは静かに考える。


前世で学んだ営業の仕事。


最も大切だったのは、「商品を売ること」ではない。


人と人をつなぐことだった。


情報をつなぐ。


部署をつなぐ。


信頼をつなぐ。


その積み重ねが、大きな成果を生む。


異世界でも、その本質は変わらない。


アルトは少しだけ微笑んだ。


営業課長として歩んできた人生は、この世界でも確かに役立っている。



営業メモ㊲


『組織の力は、優秀な個人ではなく、情報共有で決まる。』


どれだけ優秀な人がいても、連携が取れていなければ成果は半減する。


相手の仕事を理解し、次の人が動きやすい形でつなぐ。


それが、本当に強いチームを作る。



――次回、第三十九話「営業課長、王女殿下と出会う」


共同研究の成果を視察するため、一人の少女が学院を訪れる。


王国第一王女・エリシア。


好奇心旺盛な王女と営業課長の出会いが、王国の未来を少しずつ変えていく――。

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