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第三十七話 営業課長、七色の輝石を知る


王宮から帰って数日後。


アルトは国王から贈られた『王国魔法史』を夢中で読んでいた。


分厚い革表紙の本は、大人でも読み切るのが大変なほどの内容だ。


だがアルトにとっては、前世で契約書や市場調査の資料を何百冊も読んできた経験がある。


知らないことを知るのは、苦ではなかった。


「アルト様。」


エマが温かいミルクを持って部屋へ入る。


「少し休憩しませんか?」


「ありがとう、お母さん。」


エマは嬉しそうに微笑んだ。


二歳になってから、アルトは「お父さん」「お母さん」と自然に呼ぶようになった。


そのたびにレオンとエマは目を細める。


アルトにとっても、この二人はもうかけがえのない家族だった。



ページをめくる手が止まる。


一枚の古い挿絵。


七つの色に輝く鉱石が描かれていた。


青。


赤。


緑。


黄。


白。


黒。


そして――虹色。


その横には古代文字と、現代語による注釈が添えられている。


『古代王国には七色の輝石が存在したという伝承が残る。』


『しかし現在確認されているのは蒼輝石のみ。』


『その他は伝説と考えられている。』


アルトは思わず身を乗り出した。


(赤い石……。)


以前、秘密基地の近くで見つけた紅い輝きを放つ石。


あれは気のせいではなかった。



翌日。


王立魔法学院。


アルトは本を抱えて研究室へ駆け込んだ。


「教授!」


「見て!」


教授は本を受け取り、目を丸くした。


「これは……。」


「王国魔法史ですか。」


リディアも覗き込む。


「七色の輝石?」


「こんな記録が残っていたんですね。」


アレンは腕を組んだ。


「学院では、おとぎ話として扱われています。」


「実在を証明する資料はありません。」


アルトは静かに言った。


「でも。」


「赤い石を見たよ。」


部屋が静まり返る。



教授は慎重な表情で尋ねた。


「どこで?」


「リクと遊んだ森。」


「秘密基地の近く。」


リディアは驚いたように顔を上げる。


「あの森は……。」


「昔、小さな鉱山があった場所です。」


アレンも地図を広げた。


「ですが、百年以上前に閉鎖されています。」


「蒼輝石しか採れなかったと記録されています。」


アルトは首を横に振る。


「違う。」


「赤かった。」


その真剣な表情を見て、教授はゆっくり頷いた。


「分かりました。」


「まずは事実を確認しましょう。」


「研究とは、否定から始めるものではありません。」


「確かめることから始まります。」



数日後。


休日を利用し、教授たちは秘密基地のある森を訪れた。


リクもダンと一緒にやって来ている。


「今日は探検だ!」


「おー!」


子どもたちは大はしゃぎだ。


一方、大人たちは真剣そのものだった。


「アルト君。」


「場所は覚えていますか?」


「うん。」


アルトは森の奥へ歩いていく。


木漏れ日が差し込む小道を抜け、小さな沢を越えた先。


「あった。」


アルトが指差す。


そこには半分ほど地面から顔を出した、赤く輝く小さな鉱石があった。


「本当に……。」


リディアが息を呑む。


アレンは慌てて採取道具を取り出す。


慎重に掘り起こすと、拳ほどの大きさの赤い鉱石が現れた。


「こんな鉱石……。」


「学院の標本にもありません。」


教授は震える手で鉱石を見つめる。


「伝説では……なかった。」



研究室へ持ち帰り、すぐに調査が始まった。


魔力を流すと、赤い鉱石はゆっくりと温かい光を放つ。


「火属性に近い反応です。」


「ですが、通常の魔石とは構造が違います。」


アレンが興奮気味に報告する。


教授は静かに微笑んだ。


「アルト君。」


「また君に教えられましたな。」


アルトは少し照れながら答える。


「たまたまだよ。」


教授は首を横に振る。


「偶然を見つけるのも才能です。」


「多くの人は、見ても見逃してしまう。」


その言葉に、アルトは前世を思い出していた。


営業でも、新しい商機はいつも現場に落ちていた。


気づく人だけが、それをチャンスへ変えられる。


魔法研究も、きっと同じなのだ。



その夜。


王都の空には満天の星が広がっていた。


アルトは庭から空を見上げる。


蒼輝石。


紅輝石。


そして、まだ見ぬ七色の輝石。


この世界には、まだ誰も知らない秘密が眠っている。


営業課長の新しい人生は、想像していたよりもずっと壮大な物語になろうとしていた。



営業メモ㊱


『チャンスは、知識の中ではなく現場に落ちている。』


どれだけ資料を読んでも、お客様の本当の声は現場でしか分からない。


だから営業は足を運ぶ。


研究者もまた、自分の目で確かめることで、新しい発見に出会える。



――次回、第三十八話「営業課長、王国初の共同研究が始まる」


紅輝石の発見は王宮にも報告される。


国王は学院へ命じた。


「国家研究として進めよ。」


こうしてアルトは、王国初となる大規模な共同研究の中心人物になっていく――。

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