第三十七話 営業課長、七色の輝石を知る
王宮から帰って数日後。
アルトは国王から贈られた『王国魔法史』を夢中で読んでいた。
分厚い革表紙の本は、大人でも読み切るのが大変なほどの内容だ。
だがアルトにとっては、前世で契約書や市場調査の資料を何百冊も読んできた経験がある。
知らないことを知るのは、苦ではなかった。
「アルト様。」
エマが温かいミルクを持って部屋へ入る。
「少し休憩しませんか?」
「ありがとう、お母さん。」
エマは嬉しそうに微笑んだ。
二歳になってから、アルトは「お父さん」「お母さん」と自然に呼ぶようになった。
そのたびにレオンとエマは目を細める。
アルトにとっても、この二人はもうかけがえのない家族だった。
◇
ページをめくる手が止まる。
一枚の古い挿絵。
七つの色に輝く鉱石が描かれていた。
青。
赤。
緑。
黄。
白。
黒。
そして――虹色。
その横には古代文字と、現代語による注釈が添えられている。
『古代王国には七色の輝石が存在したという伝承が残る。』
『しかし現在確認されているのは蒼輝石のみ。』
『その他は伝説と考えられている。』
アルトは思わず身を乗り出した。
(赤い石……。)
以前、秘密基地の近くで見つけた紅い輝きを放つ石。
あれは気のせいではなかった。
◇
翌日。
王立魔法学院。
アルトは本を抱えて研究室へ駆け込んだ。
「教授!」
「見て!」
教授は本を受け取り、目を丸くした。
「これは……。」
「王国魔法史ですか。」
リディアも覗き込む。
「七色の輝石?」
「こんな記録が残っていたんですね。」
アレンは腕を組んだ。
「学院では、おとぎ話として扱われています。」
「実在を証明する資料はありません。」
アルトは静かに言った。
「でも。」
「赤い石を見たよ。」
部屋が静まり返る。
◇
教授は慎重な表情で尋ねた。
「どこで?」
「リクと遊んだ森。」
「秘密基地の近く。」
リディアは驚いたように顔を上げる。
「あの森は……。」
「昔、小さな鉱山があった場所です。」
アレンも地図を広げた。
「ですが、百年以上前に閉鎖されています。」
「蒼輝石しか採れなかったと記録されています。」
アルトは首を横に振る。
「違う。」
「赤かった。」
その真剣な表情を見て、教授はゆっくり頷いた。
「分かりました。」
「まずは事実を確認しましょう。」
「研究とは、否定から始めるものではありません。」
「確かめることから始まります。」
◇
数日後。
休日を利用し、教授たちは秘密基地のある森を訪れた。
リクもダンと一緒にやって来ている。
「今日は探検だ!」
「おー!」
子どもたちは大はしゃぎだ。
一方、大人たちは真剣そのものだった。
「アルト君。」
「場所は覚えていますか?」
「うん。」
アルトは森の奥へ歩いていく。
木漏れ日が差し込む小道を抜け、小さな沢を越えた先。
「あった。」
アルトが指差す。
そこには半分ほど地面から顔を出した、赤く輝く小さな鉱石があった。
「本当に……。」
リディアが息を呑む。
アレンは慌てて採取道具を取り出す。
慎重に掘り起こすと、拳ほどの大きさの赤い鉱石が現れた。
「こんな鉱石……。」
「学院の標本にもありません。」
教授は震える手で鉱石を見つめる。
「伝説では……なかった。」
◇
研究室へ持ち帰り、すぐに調査が始まった。
魔力を流すと、赤い鉱石はゆっくりと温かい光を放つ。
「火属性に近い反応です。」
「ですが、通常の魔石とは構造が違います。」
アレンが興奮気味に報告する。
教授は静かに微笑んだ。
「アルト君。」
「また君に教えられましたな。」
アルトは少し照れながら答える。
「たまたまだよ。」
教授は首を横に振る。
「偶然を見つけるのも才能です。」
「多くの人は、見ても見逃してしまう。」
その言葉に、アルトは前世を思い出していた。
営業でも、新しい商機はいつも現場に落ちていた。
気づく人だけが、それをチャンスへ変えられる。
魔法研究も、きっと同じなのだ。
◇
その夜。
王都の空には満天の星が広がっていた。
アルトは庭から空を見上げる。
蒼輝石。
紅輝石。
そして、まだ見ぬ七色の輝石。
この世界には、まだ誰も知らない秘密が眠っている。
営業課長の新しい人生は、想像していたよりもずっと壮大な物語になろうとしていた。
⸻
営業メモ㊱
『チャンスは、知識の中ではなく現場に落ちている。』
どれだけ資料を読んでも、お客様の本当の声は現場でしか分からない。
だから営業は足を運ぶ。
研究者もまた、自分の目で確かめることで、新しい発見に出会える。
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――次回、第三十八話「営業課長、王国初の共同研究が始まる」
紅輝石の発見は王宮にも報告される。
国王は学院へ命じた。
「国家研究として進めよ。」
こうしてアルトは、王国初となる大規模な共同研究の中心人物になっていく――。




