第三十六話 営業課長、国王陛下と初めて会う
王立魔法学院で生まれた「魔力調整機構付き送風具」。
その評判は学院内だけにとどまらず、王都の貴族や商人たちの間にも少しずつ広がり始めていた。
そして、ある日の朝――。
「旦那様、王宮より使者がお見えです。」
執事ガレスが応接室へ入り、深々と一礼した。
レオンは手紙を受け取り、封蝋を見る。
王家の紋章だった。
「……王宮から?」
エマも思わず息をのむ。
レオンが封を開き、ゆっくりと読み進める。
やがて驚いたように目を見開いた。
「これは……。」
「どうしたの?」
「陛下がお会いになりたいそうだ。」
部屋の空気が一瞬止まった。
「私たちに……ですか?」
「いや。」
レオンは苦笑しながらアルトを見る。
「アルトに、だ。」
「え?」
アルトも思わず目を丸くした。
(まさか、もう王様に会うことになるとは……。)
◇
数日後。
王宮。
白い石で築かれた壮麗な城は、王都の中心に堂々とそびえ立っていた。
高い塔、色鮮やかなステンドグラス、手入れの行き届いた庭園。
どこを見ても王国の豊かさを感じさせる。
「すごい……。」
アルトは思わず見上げた。
前世でも立派な本社ビルはいくつも見てきた。
しかし、この壮大さは比べものにならない。
「緊張するか?」
レオンが優しく声を掛ける。
「うん。」
「少しだけ。」
その返事にレオンは笑った。
「私もだ。」
◇
玉座の間。
赤い絨毯の先に、一人の男性が座っていた。
五十代ほどの年齢。
威厳を感じさせる顔立ちだが、その眼差しはどこか穏やかだった。
「面を上げよ。」
低く落ち着いた声が響く。
レオンたちは頭を上げる。
アルトも国王を見つめた。
(この人が……。)
王国を治める人物。
しかし、その目には傲慢さはなかった。
相手を観察する営業マンのような、静かな視線だった。
「レオン。」
「息子のことは、学院から報告を受けている。」
「はい、陛下。」
「送風具の改良。」
「蒼輝石への着眼点。」
「どれも実に興味深い。」
国王はゆっくりとアルトへ視線を向ける。
「アルト。」
「そなたは、なぜ送風具を改良しようと思った?」
突然の質問だった。
周囲の貴族たちもアルトを見つめる。
アルトは少し考え、素直に答えた。
「みんなが。」
「使いやすいほうが、うれしいから。」
玉座の間が静まり返る。
国王は数秒間アルトを見つめたあと、小さく笑った。
「なるほど。」
「実に単純だ。」
「だが、それが一番難しい。」
◇
国王は立ち上がり、窓際まで歩いた。
窓の外には王都が広がっている。
「国も同じなのだ。」
「民が暮らしやすい国を作る。」
「言葉にすれば簡単だが、それを実現するのは難しい。」
アルトはその背中を見つめていた。
(前世の優秀な社長に似ている。)
利益だけではなく、お客様や社員のことを考える人。
そんな人の会社は強かった。
国王もまた、同じなのだろう。
◇
「アルト。」
国王が振り返る。
「一つ、頼みがある。」
「はい?」
「これからも、その柔軟な考え方を失わないでほしい。」
「大人になると、人は経験を積む。」
「しかし同時に、『常識』という壁を作ってしまう。」
「そなたには、その壁を越える力がある。」
アルトは真っすぐ頷いた。
「はい!」
その返事に国王は満足そうに微笑んだ。
「よい返事だ。」
◇
帰り際。
国王は一冊の本をアルトへ手渡した。
表紙には金文字でこう書かれている。
『王国魔法史』
「これは……。」
教授が驚く。
「王家しか閲覧できない書物では?」
国王は静かに頷いた。
「写本だ。」
「本物ではない。」
「だが、十分役に立つだろう。」
アルトは両手で大切に受け取る。
「ありがとうございます!」
「しっかり勉強します!」
国王は豪快に笑った。
「ははは!」
「その年で勉強好きとは頼もしい!」
◇
王宮を後にした馬車の中。
レオンは大きく息を吐いた。
「さすがに疲れたな。」
エマも苦笑する。
「陛下がお優しい方で良かったです。」
アルトは膝の上の本を見つめていた。
営業でも、良い上司や経営者との出会いは人生を変える。
今日の出会いも、きっとそうなる。
王は命令しなかった。
期待を押し付けもしなかった。
ただ、「そのままでいてほしい」と言ってくれた。
その言葉が、アルトの胸に深く刻まれていた。
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営業メモ㉟
『本当に優れたリーダーは、答えを与えるのではなく、可能性を信じる。』
営業でも部下を育てるとき、一方的に指示を出すだけでは人は育たない。
相手を信じ、考える機会を与えること。
それが、組織を強くするリーダーの条件である。
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――次回、第三十七話「営業課長、王家の図書館で歴史を知る」
王から贈られた『王国魔法史』。
そこには、蒼輝石よりも古い時代に存在したという「七色の輝石」の伝説が記されていた。
その一文が、アルトたちの研究を新たな段階へ導くことになる――。




