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第三十五話 営業課長、小さな発明をする


春も深まり、王都では色とりどりの花が咲き始めていた。


アルトは週に一度、王立魔法学院へ通うようになっていた。


正式な学生ではない。


教授の特別な許可を受けた「見学」という扱いである。


「アルト君、おはよう。」


「おはようございます!」


リディアが笑顔で迎える。


アレンも書類から顔を上げた。


「今日は新しい魔道具の実験だ。」


研究室の机には、さまざまな魔道具が並んでいた。


灯りをともすランプ。


水をくみ上げる装置。


風を送る小型の送風具。


どれも蒼輝石を動力として使っている。



「問題は燃費です。」


アレンが一つの魔道具を手に取る。


「便利ですが、蒼輝石の魔力を大量に消費してしまいます。」


教授も頷いた。


「もっと長く使えるようになれば、庶民にも普及するでしょう。」


アルトは送風具を手に取る。


スイッチを入れると、勢いよく風が吹き出した。


しかし、止める時も一気だった。


(……ONかOFFしかない。)


営業時代、空調設備を扱う会社を担当したことがある。


強すぎる風は無駄な電力を使う。


必要な分だけ動かせば、コストも下がる。


(魔道具も同じじゃないか?)



「教授。」


アルトは送風具を見せる。


「どうしたのかな?」


「これ……。」


アルトは手でゆっくりと波を描いた。


「少しだけ。」


「少しずつ。」


教授は首をかしげる。


「風の強さを変えたいということですか?」


「うん!」


アレンは腕を組んだ。


「ですが、魔道具は決められた量の魔力しか流せません。」


アルトは首を横に振る。


「水も。」


「いっぱい出したり。」


「少し出したりするよ?」


その言葉に、研究室が静まり返る。


リディアがぽつりと呟く。


「蛇口……みたいに?」


アルトは笑顔で大きく頷いた。


「そう!」



教授の目が輝く。


「なるほど……。」


「魔力を流す量を調整する仕組みか。」


アレンも設計図を広げ始める。


「今までは『全開』しか考えていませんでした。」


「調整弁を付ければ……。」


研究員たちも集まってくる。


「流路を細くすればいい。」


「魔法陣を書き換えられるかもしれない。」


研究室の空気が一気に変わった。



三日後。


試作品が完成した。


見た目は以前と同じ送風具。


違うのは、横に小さなつまみが付いていることだった。


「やってみましょう。」


教授が魔力を流す。


そよ風。


つまみを回す。


少し強い風。


さらに回す。


勢いのある風。


「成功だ!」


リディアが思わず拍手する。


アレンは魔力消費量を確認した。


「教授!」


「弱風なら、従来の三倍も長く使えます!」


研究室中が歓声に包まれた。



数日後。


試作品は屋敷にも持ち込まれた。


「これは便利だな。」


レオンが感心する。


暑い日は強く。


読書をする時は弱く。


自由に風を調整できる。


エマも笑顔になった。


「赤ちゃんのお昼寝にも良さそうですね。」


アルトは庭を眺めながら思う。


(前世でもそうだった。)


お客様は、ものすごい新商品を求めているわけではない。


「あと少し便利になればいい。」


そんな小さな不満を解決する商品こそ、多くの人に愛される。


営業課長として、そのことを何度も学んできた。



一週間後。


教授から一通の手紙が届く。


『調整機構付き送風具は、学院でも高く評価されました。』


『特許申請の準備を進めています。』


『なお、発案者はアルト君として記録させていただきます。』


レオンは手紙を読み終え、嬉しそうに笑った。


「アルト。」


「お前の考えが、形になったぞ。」


アルトは少し照れながら笑う。


「みんなのおかげ。」


教授が形にし、アレンが設計し、リディアが実験を重ねた。


一人では、この発明は生まれなかった。


営業でも同じだった。


成果は、チーム全員で作るものなのだから。



営業メモ㉞


『イノベーションは、大きな発明だけではない。』


お客様が「少し不便」と感じていることを改善する。


その積み重ねが、大きな価値を生み出す。


成功する営業は、小さな困りごとを見逃さない。



――次回、第三十六話「営業課長、王宮から招待される」


「陛下が、ぜひその子に会ってみたいと仰せです。」


学院で生まれた小さな発明は、ついに王宮の耳にも届く。


営業課長は、異世界で最も緊張する”商談相手”と会うことになる――。

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