第三十五話 営業課長、小さな発明をする
春も深まり、王都では色とりどりの花が咲き始めていた。
アルトは週に一度、王立魔法学院へ通うようになっていた。
正式な学生ではない。
教授の特別な許可を受けた「見学」という扱いである。
「アルト君、おはよう。」
「おはようございます!」
リディアが笑顔で迎える。
アレンも書類から顔を上げた。
「今日は新しい魔道具の実験だ。」
研究室の机には、さまざまな魔道具が並んでいた。
灯りをともすランプ。
水をくみ上げる装置。
風を送る小型の送風具。
どれも蒼輝石を動力として使っている。
◇
「問題は燃費です。」
アレンが一つの魔道具を手に取る。
「便利ですが、蒼輝石の魔力を大量に消費してしまいます。」
教授も頷いた。
「もっと長く使えるようになれば、庶民にも普及するでしょう。」
アルトは送風具を手に取る。
スイッチを入れると、勢いよく風が吹き出した。
しかし、止める時も一気だった。
(……ONかOFFしかない。)
営業時代、空調設備を扱う会社を担当したことがある。
強すぎる風は無駄な電力を使う。
必要な分だけ動かせば、コストも下がる。
(魔道具も同じじゃないか?)
◇
「教授。」
アルトは送風具を見せる。
「どうしたのかな?」
「これ……。」
アルトは手でゆっくりと波を描いた。
「少しだけ。」
「少しずつ。」
教授は首をかしげる。
「風の強さを変えたいということですか?」
「うん!」
アレンは腕を組んだ。
「ですが、魔道具は決められた量の魔力しか流せません。」
アルトは首を横に振る。
「水も。」
「いっぱい出したり。」
「少し出したりするよ?」
その言葉に、研究室が静まり返る。
リディアがぽつりと呟く。
「蛇口……みたいに?」
アルトは笑顔で大きく頷いた。
「そう!」
◇
教授の目が輝く。
「なるほど……。」
「魔力を流す量を調整する仕組みか。」
アレンも設計図を広げ始める。
「今までは『全開』しか考えていませんでした。」
「調整弁を付ければ……。」
研究員たちも集まってくる。
「流路を細くすればいい。」
「魔法陣を書き換えられるかもしれない。」
研究室の空気が一気に変わった。
◇
三日後。
試作品が完成した。
見た目は以前と同じ送風具。
違うのは、横に小さなつまみが付いていることだった。
「やってみましょう。」
教授が魔力を流す。
そよ風。
つまみを回す。
少し強い風。
さらに回す。
勢いのある風。
「成功だ!」
リディアが思わず拍手する。
アレンは魔力消費量を確認した。
「教授!」
「弱風なら、従来の三倍も長く使えます!」
研究室中が歓声に包まれた。
◇
数日後。
試作品は屋敷にも持ち込まれた。
「これは便利だな。」
レオンが感心する。
暑い日は強く。
読書をする時は弱く。
自由に風を調整できる。
エマも笑顔になった。
「赤ちゃんのお昼寝にも良さそうですね。」
アルトは庭を眺めながら思う。
(前世でもそうだった。)
お客様は、ものすごい新商品を求めているわけではない。
「あと少し便利になればいい。」
そんな小さな不満を解決する商品こそ、多くの人に愛される。
営業課長として、そのことを何度も学んできた。
◇
一週間後。
教授から一通の手紙が届く。
『調整機構付き送風具は、学院でも高く評価されました。』
『特許申請の準備を進めています。』
『なお、発案者はアルト君として記録させていただきます。』
レオンは手紙を読み終え、嬉しそうに笑った。
「アルト。」
「お前の考えが、形になったぞ。」
アルトは少し照れながら笑う。
「みんなのおかげ。」
教授が形にし、アレンが設計し、リディアが実験を重ねた。
一人では、この発明は生まれなかった。
営業でも同じだった。
成果は、チーム全員で作るものなのだから。
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営業メモ㉞
『イノベーションは、大きな発明だけではない。』
お客様が「少し不便」と感じていることを改善する。
その積み重ねが、大きな価値を生み出す。
成功する営業は、小さな困りごとを見逃さない。
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――次回、第三十六話「営業課長、王宮から招待される」
「陛下が、ぜひその子に会ってみたいと仰せです。」
学院で生まれた小さな発明は、ついに王宮の耳にも届く。
営業課長は、異世界で最も緊張する”商談相手”と会うことになる――。




