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第三十四話 営業課長、初めての魔法実験


王立魔法学院。


春の柔らかな日差しが研究棟の窓から差し込み、机の上に並ぶ蒼輝石を青く照らしていた。


「教授、準備が整いました。」


リディアが報告する。


教授はゆっくり頷いた。


「始めよう。」


研究室の中央には、小さな実験台が置かれていた。


その上には、形も大きさも同じ蒼輝石が五つ並んでいる。


アレンがアルトへ微笑みかけた。


「今日は、君の考えを試してみたい。」


「僕の?」


「そう。」


「『魔力は量より流れが大切』という考え方だ。」


アルトは少し緊張しながら頷いた。


「うん。」



実験は単純だった。


一つ目の蒼輝石には、一気に大量の魔力を流し込む。


二つ目には、少しずつ一定の速度で流す。


三つ目には、強弱をつけながら流す。


四つ目には、途中で何度も止めながら流す。


五つ目は何もせず比較用として残す。


「記録開始。」


研究員が羽ペンを走らせる。


まず一つ目。


大量の魔力を流し込むと、蒼輝石は激しく輝いた。


しかし数秒後。


「魔力効率、三十八パーセント。」


「かなり逃げています。」


次に二つ目。


ゆっくりと一定速度で魔力を流す。


すると、蒼輝石は静かに青く輝き続けた。


「効率……七十九パーセント!」


研究室がざわめく。


「倍以上だ……。」


アレンも目を見開く。


「そんな馬鹿な。」



残る実験でも結果は同じだった。


強弱をつけると効率は下がる。


途中で止めると流れが乱れる。


一定速度だけが、圧倒的に安定していた。


教授は記録を見つめたまま動かない。


「何十年も……。」


「我々は魔力量ばかり研究してきた。」


「しかし本当に重要だったのは、流し方だったのか。」


リディアは興奮を隠せない。


「これなら魔道具の性能も大きく変わります!」


研究員たちも次々と意見を交わし始めた。


「魔法陣も改良できる!」


「蒼輝石の消費量も減らせるぞ!」


研究室は歓喜に包まれた。



その時だった。


教授がアルトへ優しく尋ねる。


「アルト君。」


「君も魔法を使ってみませんか。」


「え?」


「もちろん危険な魔法ではありません。」


教授は小さな植木鉢を持ってきた。


乾いた土だけが入っている。


「水属性の初級魔法です。」


「普通なら二歳では使えません。」


「ですが……君なら。」


アルトは植木鉢を見つめる。


(魔法か。)


前世では何度も夢見た世界。


営業課長が、ついに魔法を使う時が来た。



教授が優しく教える。


「手のひらへ魔力を集め、水を思い浮かべてください。」


アルトは静かに目を閉じた。


川の流れ。


雨。


湖。


透明な水をイメージする。


身体の中を流れる魔力を、そっと手のひらへ集める。


「ウォーター。」


小さく呟いた瞬間。


ぽちゃん。


手のひらから、小さな水の玉が生まれた。


「出た!」


リディアが歓声を上げる。


水の玉はゆっくりと植木鉢へ落ち、乾いた土を優しく潤した。


その量は、コップ一杯にも満たない。


だが——。


二歳児が初めて放った魔法としては、あり得ないほど安定していた。



アレンは苦笑しながら肩をすくめる。


「参りました。」


「私は初めて魔法を成功させるまで半年かかりました。」


リディアも笑う。


「私なんて水浸しでしたよ。」


研究室は笑いに包まれる。


アルトも照れくさそうに笑った。


「えへへ。」


(やっぱり魔法って面白い。)


営業では、人の役に立つ提案を考えることが楽しかった。


魔法も同じだ。


人を驚かせるためではない。


誰かの暮らしを少し便利にするために使いたい。


そんな思いが自然と湧いてきた。



帰宅後。


庭でアルトはリクに今日の話を聞かせていた。


「水を出したの?」


「うん。」


「すごい!」


「今度ぼくにも教えて!」


アルトは笑って答える。


「一緒に練習しよう。」


その約束を聞いたレオンは、少し離れた場所で微笑んでいた。


「友達と一緒に成長していく。」


「それが一番だな。」


アルトも心からそう思った。


競い合うだけではなく、支え合いながら前へ進む。


営業でも人生でも、それが長く成功する秘訣だった。



営業メモ㉝


『優れた技術は、誰かと共有してこそ価値になる。』


自分だけが成果を出しても、大きな変化は生まれない。


知識や経験を仲間へ伝え、ともに成長することで、組織も社会も強くなる。


一人の成功より、みんなの成長を目指そう。



――次回、第三十五話「営業課長、小さな発明をする」


「この魔法、もっと楽に使えないかな。」


アルトの何気ない一言から、新しい魔道具の研究が始まる。


それはやがて、王都の人々の暮らしを変える小さな発明へとつながっていく。

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