第三十四話 営業課長、初めての魔法実験
王立魔法学院。
春の柔らかな日差しが研究棟の窓から差し込み、机の上に並ぶ蒼輝石を青く照らしていた。
「教授、準備が整いました。」
リディアが報告する。
教授はゆっくり頷いた。
「始めよう。」
研究室の中央には、小さな実験台が置かれていた。
その上には、形も大きさも同じ蒼輝石が五つ並んでいる。
アレンがアルトへ微笑みかけた。
「今日は、君の考えを試してみたい。」
「僕の?」
「そう。」
「『魔力は量より流れが大切』という考え方だ。」
アルトは少し緊張しながら頷いた。
「うん。」
◇
実験は単純だった。
一つ目の蒼輝石には、一気に大量の魔力を流し込む。
二つ目には、少しずつ一定の速度で流す。
三つ目には、強弱をつけながら流す。
四つ目には、途中で何度も止めながら流す。
五つ目は何もせず比較用として残す。
「記録開始。」
研究員が羽ペンを走らせる。
まず一つ目。
大量の魔力を流し込むと、蒼輝石は激しく輝いた。
しかし数秒後。
「魔力効率、三十八パーセント。」
「かなり逃げています。」
次に二つ目。
ゆっくりと一定速度で魔力を流す。
すると、蒼輝石は静かに青く輝き続けた。
「効率……七十九パーセント!」
研究室がざわめく。
「倍以上だ……。」
アレンも目を見開く。
「そんな馬鹿な。」
◇
残る実験でも結果は同じだった。
強弱をつけると効率は下がる。
途中で止めると流れが乱れる。
一定速度だけが、圧倒的に安定していた。
教授は記録を見つめたまま動かない。
「何十年も……。」
「我々は魔力量ばかり研究してきた。」
「しかし本当に重要だったのは、流し方だったのか。」
リディアは興奮を隠せない。
「これなら魔道具の性能も大きく変わります!」
研究員たちも次々と意見を交わし始めた。
「魔法陣も改良できる!」
「蒼輝石の消費量も減らせるぞ!」
研究室は歓喜に包まれた。
◇
その時だった。
教授がアルトへ優しく尋ねる。
「アルト君。」
「君も魔法を使ってみませんか。」
「え?」
「もちろん危険な魔法ではありません。」
教授は小さな植木鉢を持ってきた。
乾いた土だけが入っている。
「水属性の初級魔法です。」
「普通なら二歳では使えません。」
「ですが……君なら。」
アルトは植木鉢を見つめる。
(魔法か。)
前世では何度も夢見た世界。
営業課長が、ついに魔法を使う時が来た。
◇
教授が優しく教える。
「手のひらへ魔力を集め、水を思い浮かべてください。」
アルトは静かに目を閉じた。
川の流れ。
雨。
湖。
透明な水をイメージする。
身体の中を流れる魔力を、そっと手のひらへ集める。
「ウォーター。」
小さく呟いた瞬間。
ぽちゃん。
手のひらから、小さな水の玉が生まれた。
「出た!」
リディアが歓声を上げる。
水の玉はゆっくりと植木鉢へ落ち、乾いた土を優しく潤した。
その量は、コップ一杯にも満たない。
だが——。
二歳児が初めて放った魔法としては、あり得ないほど安定していた。
◇
アレンは苦笑しながら肩をすくめる。
「参りました。」
「私は初めて魔法を成功させるまで半年かかりました。」
リディアも笑う。
「私なんて水浸しでしたよ。」
研究室は笑いに包まれる。
アルトも照れくさそうに笑った。
「えへへ。」
(やっぱり魔法って面白い。)
営業では、人の役に立つ提案を考えることが楽しかった。
魔法も同じだ。
人を驚かせるためではない。
誰かの暮らしを少し便利にするために使いたい。
そんな思いが自然と湧いてきた。
◇
帰宅後。
庭でアルトはリクに今日の話を聞かせていた。
「水を出したの?」
「うん。」
「すごい!」
「今度ぼくにも教えて!」
アルトは笑って答える。
「一緒に練習しよう。」
その約束を聞いたレオンは、少し離れた場所で微笑んでいた。
「友達と一緒に成長していく。」
「それが一番だな。」
アルトも心からそう思った。
競い合うだけではなく、支え合いながら前へ進む。
営業でも人生でも、それが長く成功する秘訣だった。
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営業メモ㉝
『優れた技術は、誰かと共有してこそ価値になる。』
自分だけが成果を出しても、大きな変化は生まれない。
知識や経験を仲間へ伝え、ともに成長することで、組織も社会も強くなる。
一人の成功より、みんなの成長を目指そう。
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――次回、第三十五話「営業課長、小さな発明をする」
「この魔法、もっと楽に使えないかな。」
アルトの何気ない一言から、新しい魔道具の研究が始まる。
それはやがて、王都の人々の暮らしを変える小さな発明へとつながっていく。




