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第三十三話 営業課長、学院の天才たちを驚かせる


春の陽気に包まれた朝。


アルトはレオン、エマとともに王立魔法学院へ向かう馬車に乗っていた。


窓の外には、新緑に彩られた王都の街並みが流れていく。


「緊張しているか?」


レオンが優しく尋ねる。


アルトは少し考えてから笑顔で答えた。


「ちょっとだけ。」


もちろん、中身は四十四歳の元営業課長。


商談やプレゼンの経験は山ほどある。


それでも、未知の世界へ足を踏み入れる時の緊張は、何歳になっても変わらない。


「大丈夫。」


エマが優しく頭を撫でる。


「みんな優しい人たちですから。」


「うん。」


アルトは小さく頷いた。



王立魔法学院。


学院の地下深くにある特別研究室へ案内される。


そこには巨大な魔法陣が床一面に描かれ、その中央には人の背丈ほどもある透明な水晶柱がそびえ立っていた。


「これが王国最高峰の魔力測定器、『魔晶柱』です。」


リディアが誇らしげに説明する。


「王族や大貴族の子どもも、この装置で測定を受けます。」


アレンが続ける。


「先日の簡易測定器では正確な数値が分かりませんでした。」


「今回は問題ないはずです。」


教授は静かに頷いた。


「始めましょう。」



アルトは水晶柱の前へ立つ。


「手を添えてください。」


小さな手を、水晶へそっと触れさせる。


一瞬の静寂。


次の瞬間――


ゴォォォ……


魔法陣全体が青白く輝き始めた。


「反応開始!」


研究員が声を上げる。


水晶柱の中を、青い光が一気に駆け上がっていく。


一階。


二階。


三階。


「速い!」


「通常の三倍です!」


研究員たちが慌ただしく記録を書き始める。


しかし、光は止まらない。


最上部まで到達すると、今度は柱全体が黄金色に輝き始めた。


「金色反応……?」


教授が息をのむ。


「文献にもほとんど記録がありません。」



その瞬間だった。


――ビーッ! ビーッ! ビーッ!


研究室中に警報音が鳴り響く。


赤い魔導灯が点滅する。


「異常反応!」


「測定器が限界です!」


「魔力制御術式が追いつきません!」


研究員たちが一斉に動き出す。


アレンも魔法陣へ駆け寄った。


「出力を下げます!」


「間に合いません!」


リディアが叫ぶ。


教授は冷静に指示を飛ばす。


「第二制御術式を展開!」


「安全結界を維持しろ!」


研究室は一瞬で騒然となった。



その様子を見ながら、アルトは不思議な感覚を覚えていた。


(……暴れてるわけじゃない。)


流れている魔力は、とても穏やかだった。


問題なのは、自分ではない。


測定器のほうだ。


(器が小さい。)


営業時代、大企業向けのシステムを小規模サーバーで動かそうとして、不具合が起きた案件を思い出す。


能力不足なのは利用者ではなく、受け止める側だった。


(なら……。)


アルトは目を閉じる。


身体の中を流れる魔力を、ゆっくりと意識した。


川の流れを細くするように。


深呼吸をするように。


「落ち着いて。」


誰に言うでもなく、小さく呟く。


すると――。


暴れていたように見えた光が、少しずつ穏やかになっていく。


黄金色だった輝きも、淡い青へ戻っていった。


「止まった……。」


研究員が呆然と呟く。


警報音が止み、研究室に静寂が戻る。



「信じられない……。」


アレンは魔晶柱を見つめたまま動けなかった。


「二歳の子どもが、自分の魔力を制御した?」


リディアも目を丸くする。


「普通なら魔力に振り回される年齢ですよ……。」


教授は静かにアルトの前まで歩いてきた。


そして、ゆっくりと膝をつく。


「アルト君。」


「君は今、何をしたのですか?」


アルトは少し考えてから答えた。


「いっぱいだったから。」


「少しだけ、ゆっくり流した。」


教授は目を閉じ、深く息を吐いた。


その言葉は、あまりにも単純だった。


しかし、その発想は学院の誰も持っていなかった。


彼らは魔力を「増やす」ことばかり考えていた。


アルトは「流れを整える」ことを考えたのだ。



その日の帰り道。


教授は学院の塔を見上げながら、静かに呟いた。


「我々は、ずっと量だけを見ていました。」


「しかし、本当に重要なのは流れなのかもしれません。」


アレンも神妙な表情で頷く。


「また一つ、常識が変わりましたね。」


アルトは馬車の窓から夕暮れの王都を眺めていた。


営業でも同じだった。


売上という数字だけを追えば、本質を見失う。


大切なのは、お客様との信頼や商談の流れだ。


魔法もきっと同じ。


「魔力量」だけではなく、「どう流すか」が未来を変える。


アルトは確信していた。


この小さな気付きが、やがて異世界の魔法理論そのものを書き換える第一歩になることを。



営業メモ㉜


『数字だけを見ず、流れを見よう。』


営業では、売上という結果だけでは改善点は見えない。


お客様との会話、提案の順番、信頼が生まれる流れを理解してこそ、本当の成長につながる。


魔法も営業も、本質は「流れ」を読むことにある。



――次回、第三十四話「営業課長、初めての魔法実験」


「魔力は流れで変わる。」


アルトの一言から始まった新たな研究。


学院では前例のない実験が始まり、誰も予想しなかった結果が待ち受けていた。


そして、アルト自身も初めて自分の魔法を発動させることになる――。

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