第三十二話 営業課長、初めての魔力測定
王都に暖かな春が訪れた。
庭に咲く花々は色鮮やかに咲き誇り、小鳥たちが楽しそうにさえずっている。
アルトは二歳になっていた。
「アルト、待てー!」
「つかまえてみて!」
リクと庭を元気いっぱいに駆け回る。
前世では休日も仕事ばかりで、全力で走ることなど何年もなかった。
だが今は違う。
風を切って走るだけで楽しい。
笑うだけで幸せだった。
「二人とも、転ばないようにね。」
エマが優しく声を掛ける。
「はーい!」
アルトも元気よく返事をした。
その成長した姿を見て、レオンは目を細める。
「もう普通に会話ができるようになったな。」
「本当に成長は早いものだ。」
アルトは少し苦笑する。
(中身は四十四歳だけどね。)
◇
昼食後、一台の馬車が屋敷へ到着した。
降りてきたのは、教授、リディア、そしてアレンだった。
「お久しぶりです。」
教授は穏やかに頭を下げる。
「アルト君も元気そうですな。」
「こんにちは、教授!」
自然に挨拶を返すアルト。
教授は嬉しそうに笑った。
「今日はお願いがありまして。」
レオンが応接室へ案内する。
「どうぞ、お掛けください。」
◇
「実は……。」
教授は一冊の書類を広げた。
「二歳になると、貴族の子どもは魔力測定を受ける習わしがあります。」
「魔力測定?」
エマが興味深そうに尋ねる。
「ええ。」
「魔力量や属性を調べ、今後の教育方針を決めるためです。」
レオンは納得したように頷いた。
「そういう時期か。」
教授は優しく微笑む。
「学院で測定しても構いませんし、今日は簡易測定器を持参しております。」
「よろしければ、ここで試してみませんか。」
アルトは胸が高鳴った。
(ついに来た。)
異世界転生ものでは定番のイベント。
営業課長も、少しだけワクワクしていた。
◇
アレンが木箱から透明な水晶球を取り出す。
両手で抱えるほどの大きさだ。
「この水晶へ手を添えてください。」
アルトは小さな手を乗せた。
静かな空気が流れる。
一秒。
二秒。
三秒――。
突然。
ブワッ!
水晶全体が青白い光に包まれた。
「なっ……!」
アレンが目を見開く。
リディアも息を呑む。
「こんな反応……初めて見ました。」
さらに水晶の中心へ、細い金色の光が現れる。
教授が立ち上がった。
「金色……。」
「まさか……。」
しかし次の瞬間。
パキッ。
水晶に一本のひびが入った。
そして——
パリン!
水晶は細かな光となって砕け散った。
部屋は静まり返る。
◇
「……壊れた?」
レオンが呟く。
アレンは慌てて破片を調べる。
「測定器の故障ではありません。」
「魔力容量を超えています。」
教授は驚きを隠せなかった。
「学院でも、この測定器が壊れた記録は数十年ありません。」
エマは心配そうにアルトを抱き寄せる。
「アルト様、大丈夫ですか?」
「うん。」
アルト自身には何の異常もなかった。
それどころか、不思議と身体が軽い。
(魔力って……こんな感覚なのか。)
身体中を温かな水が流れているようだった。
◇
教授は静かに深呼吸した。
「今日は簡易測定でした。」
「正式な測定は学院の大型測定器で行いましょう。」
アレンも真剣な表情で頷く。
「ここまでの反応は予想外です。」
「詳しく調べる必要があります。」
リディアは少し嬉しそうに笑った。
「また一緒に研究できますね。」
アルトも笑顔で頷く。
「はい!」
営業時代、新しい大型案件を任された時もこんな気持ちだった。
少しの緊張。
そして、それ以上の期待。
未知の世界へ踏み出す瞬間は、いつだって胸が躍る。
◇
学院の馬車が帰ったあと。
レオンはアルトの頭を優しく撫でた。
「無理はするなよ。」
「父さんも母さんも、お前が元気ならそれで十分だ。」
アルトは少し照れながら笑う。
「ありがとう、お父さん。」
その一言に、レオンとエマは顔を見合わせて微笑んだ。
どれほど特別な才能があっても、この子は何より大切な家族だ。
その想いだけは、決して変わることはなかった。
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営業メモ㉛
『本当の実力は、数字だけでは測れない。』
営業では売上や成績が評価される。
しかし、本当に大切なのは「これからどれだけ成長できるか」という可能性だ。
目先の結果だけで、人の価値は決まらない。
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――次回、第三十三話「営業課長、学院の天才たちを驚かせる」
学院にある大型魔力測定器。
それは王国最高峰の魔道具だった。
しかし、アルトの測定が始まった瞬間、学院中に非常ベルが鳴り響く。
「魔力値……測定不能です!」
誰も見たことのない数値が、静かに世界の常識を揺るがし始める。




