第三十一話 営業課長、二歳になる
柔らかな春風が、屋敷の庭に咲く花々を揺らしていた。
王都にも、今年最初の春が訪れている。
あの日、王立魔法学院で蒼輝石の新たな性質が見つかってから、一年。
アルトは二歳になっていた。
「アルト様、おはようございます。」
「おはよー!」
エマが微笑む。
「ふふっ、今日も元気ですね。」
前世の記憶を持つ営業課長だったアルトも、今では元気いっぱいに走り回る二歳児だ。
もちろん中身は四十四歳。
だが体は正直で、晴れた日には外で遊びたくなる。
(子どもの体って不思議だな。)
頭では本を読みたいと思っても、気づけば虫を追いかけている。
これも成長なのだろう。
◇
庭ではリクが待っていた。
「アルト!」
「秘密基地、もっと大きくしたよ!」
「ほんと?」
言葉も少しずつ話せるようになり、会話も自然になってきた。
二人は林へ駆け出す。
秘密基地には窓が付き、小さな棚まで作られていた。
「父ちゃんがね!」
「本を置く棚も作ってくれたんだ!」
「すごい!」
アルトは目を輝かせる。
(ダンさん、本気すぎる……。)
秘密基地というより、小さな山小屋だった。
◇
「これ見て。」
リクは棚から布袋を取り出す。
中には蒼輝石が十個ほど入っていた。
「いっぱい見つけた!」
「全部秘密基地の近くだよ。」
アルトは一つずつ手に取る。
(やっぱり……。)
以前よりも、魔力の流れがはっきり見える。
成長したことで、自分の感覚も鋭くなっているらしい。
その中に、一つだけ赤く光る石があった。
「……これ。」
「ん?」
リクが覗き込む。
「普通の石じゃない?」
アルトは首を振る。
「ちがう。」
赤い光は、蒼輝石とはまったく異なる魔力だった。
(新しい鉱石……?)
胸が高鳴る。
◇
その日の午後。
屋敷へ、王立魔法学院からリディアが訪ねてきた。
「アルト様!」
「こんにちは。」
「リディアさん!」
アルトが自然に名前を呼ぶと、リディアは目を丸くした。
「覚えていてくださったんですか?」
「もちろん!」
レオンが笑う。
「最近は本当によく話すようになってな。」
リディアは嬉しそうに笑った。
「今日はプレゼントがあります。」
そう言って取り出したのは、子ども向けに作られた魔法図鑑だった。
絵が多く、文字も大きい。
「ありがとうございます!」
アルトは思わず頭を下げる。
その姿を見たリディアは、くすりと笑った。
「二歳の子が、お礼にお辞儀をするなんて。」
「本当に不思議な子ですね。」
アルトは少し照れくさくなった。
(営業時代の癖なんだよな……。)
◇
夕食後。
アルトは図鑑を夢中で読んでいた。
魔法属性。
魔物。
鉱石。
知らないことばかりだ。
その中の一ページで、手が止まる。
『紅輝石』
赤い魔力を宿す希少鉱石。
産地不明。
詳細不明。
研究例、ほぼなし。
アルトは昼に見つけた赤い石を思い出した。
(まさか……。)
偶然とは思えない。
蒼輝石だけではなかった。
この世界には、まだ誰も知らない鉱石が眠っている。
営業課長の好奇心は、ますます刺激されていく。
◇
夜。
窓から満月を見上げながら、アルトは静かに考える。
営業では、「市場を知ること」が第一歩だった。
研究も同じだ。
まず世界を知る。
知らないことを知る。
そして、自分だけの答えを探す。
その旅が、今ようやく始まろうとしていた。
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営業メモ㉚
『学び続ける人だけが、成長し続ける。』
営業でも、「もう知っている」と思った瞬間に成長は止まる。
新しい知識を学び、新しい視点を受け入れる。
その積み重ねが、自分だけの強みになる。
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――次回、第三十二話「営業課長、初めて魔法を感じる」
二歳になったアルトは、初めて自分自身の魔力を意識する。
そして教授から告げられる。
「魔法は才能ではない。理解する者ほど強くなる。」
その言葉が、アルトの新たな挑戦の始まりとなる。




