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第三十一話 営業課長、二歳になる


柔らかな春風が、屋敷の庭に咲く花々を揺らしていた。


王都にも、今年最初の春が訪れている。


あの日、王立魔法学院で蒼輝石の新たな性質が見つかってから、一年。


アルトは二歳になっていた。


「アルト様、おはようございます。」


「おはよー!」


エマが微笑む。


「ふふっ、今日も元気ですね。」


前世の記憶を持つ営業課長だったアルトも、今では元気いっぱいに走り回る二歳児だ。


もちろん中身は四十四歳。


だが体は正直で、晴れた日には外で遊びたくなる。


(子どもの体って不思議だな。)


頭では本を読みたいと思っても、気づけば虫を追いかけている。


これも成長なのだろう。



庭ではリクが待っていた。


「アルト!」


「秘密基地、もっと大きくしたよ!」


「ほんと?」


言葉も少しずつ話せるようになり、会話も自然になってきた。


二人は林へ駆け出す。


秘密基地には窓が付き、小さな棚まで作られていた。


「父ちゃんがね!」


「本を置く棚も作ってくれたんだ!」


「すごい!」


アルトは目を輝かせる。


(ダンさん、本気すぎる……。)


秘密基地というより、小さな山小屋だった。



「これ見て。」


リクは棚から布袋を取り出す。


中には蒼輝石が十個ほど入っていた。


「いっぱい見つけた!」


「全部秘密基地の近くだよ。」


アルトは一つずつ手に取る。


(やっぱり……。)


以前よりも、魔力の流れがはっきり見える。


成長したことで、自分の感覚も鋭くなっているらしい。


その中に、一つだけ赤く光る石があった。


「……これ。」


「ん?」


リクが覗き込む。


「普通の石じゃない?」


アルトは首を振る。


「ちがう。」


赤い光は、蒼輝石とはまったく異なる魔力だった。


(新しい鉱石……?)


胸が高鳴る。



その日の午後。


屋敷へ、王立魔法学院からリディアが訪ねてきた。


「アルト様!」


「こんにちは。」


「リディアさん!」


アルトが自然に名前を呼ぶと、リディアは目を丸くした。


「覚えていてくださったんですか?」


「もちろん!」


レオンが笑う。


「最近は本当によく話すようになってな。」


リディアは嬉しそうに笑った。


「今日はプレゼントがあります。」


そう言って取り出したのは、子ども向けに作られた魔法図鑑だった。


絵が多く、文字も大きい。


「ありがとうございます!」


アルトは思わず頭を下げる。


その姿を見たリディアは、くすりと笑った。


「二歳の子が、お礼にお辞儀をするなんて。」


「本当に不思議な子ですね。」


アルトは少し照れくさくなった。


(営業時代の癖なんだよな……。)



夕食後。


アルトは図鑑を夢中で読んでいた。


魔法属性。


魔物。


鉱石。


知らないことばかりだ。


その中の一ページで、手が止まる。


紅輝石こうきせき


赤い魔力を宿す希少鉱石。


産地不明。


詳細不明。


研究例、ほぼなし。


アルトは昼に見つけた赤い石を思い出した。


(まさか……。)


偶然とは思えない。


蒼輝石だけではなかった。


この世界には、まだ誰も知らない鉱石が眠っている。


営業課長の好奇心は、ますます刺激されていく。



夜。


窓から満月を見上げながら、アルトは静かに考える。


営業では、「市場を知ること」が第一歩だった。


研究も同じだ。


まず世界を知る。


知らないことを知る。


そして、自分だけの答えを探す。


その旅が、今ようやく始まろうとしていた。



営業メモ㉚


『学び続ける人だけが、成長し続ける。』


営業でも、「もう知っている」と思った瞬間に成長は止まる。


新しい知識を学び、新しい視点を受け入れる。


その積み重ねが、自分だけの強みになる。



――次回、第三十二話「営業課長、初めて魔法を感じる」


二歳になったアルトは、初めて自分自身の魔力を意識する。


そして教授から告げられる。


「魔法は才能ではない。理解する者ほど強くなる。」


その言葉が、アルトの新たな挑戦の始まりとなる。

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