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第三十話 営業課長、蒼輝石の秘密へ一歩近づく


夏の終わり。


空はどこまでも高く、王都には少しだけ秋の気配が漂い始めていた。


屋敷の庭では、リクたちが落ち葉を集めて遊んでいる。


「あっ!」


「トンボだ!」


子どもたちの笑い声を聞きながら、アルトはエマに抱かれて空を見上げた。


(もう、この世界に来て一年近いのか。)


前世では、一年などあっという間だった。


数字に追われ、会議に追われ、気づけば季節が変わっていた。


しかし今は違う。


一日一日を、しっかりと味わって生きている。


「旦那様。」


執事ガレスが封筒を持って歩いてくる。


「王立魔法学院からです。」


レオンは封を開き、小さく笑った。


「また招待状だ。」



数日後。


アルトたちは再び王立魔法学院を訪れていた。


出迎えたのは教授とリディア、そしてアレン。


「ようこそ。」


教授は穏やかに微笑む。


「今日は一つ、お見せしたい実験があります。」


「蒼輝石の研究ですか?」


レオンが尋ねる。


「ええ。」


「しかし、何十年研究しても成果が出ておりません。」


教授は苦笑した。


「だからこそ、新しい視点が欲しいのです。」


アルトは静かに目を細める。


(研究者として理想的な考え方だ。)



研究室には、大きな水晶板が置かれていた。


その中央には、一粒の蒼輝石。


研究員たちが魔力を流し込んでいく。


青い光が部屋を満たした。


「……始まります。」


リディアが小さく呟く。


蒼輝石は徐々に輝きを増していく。


しかし次の瞬間。


ピシッ——


小さな音とともに光が消えた。


「また失敗か……。」


研究員が肩を落とす。


「魔力が途中で消失しています。」


「原因は分かりません。」


部屋には重たい空気が流れた。



アルトは蒼輝石を見つめる。


(違う。)


魔力は消えたのではない。


見えている。


青い流れが、石の内部で渦を巻いている。


そして——


(金色……。)


石の中心に、ごく細い金色の光が現れた。


以前拾った蒼輝石と同じ光だ。


その光は一瞬だけ輝き、すぐに消えてしまう。


(あれが鍵だ。)


アルトの鼓動が速くなる。


教授たちは誰も気付いていない。


見えているのは、自分だけだ。



「あぅ!」


アルトは思わず声を上げた。


研究員たちが笑う。


「興味津々ですね。」


「将来は研究者かな。」


教授も微笑んだ。


「そうかもしれませんな。」


しかしリディアだけは違った。


アルトの視線を追いかける。


「……中心?」


彼女は蒼輝石の中心をじっと見つめる。


「教授。」


「中心部分だけ、もう一度詳しく測定してもいいでしょうか。」


「中心?」


「ええ。」


「何となくですが……気になりまして。」


教授は頷いた。


「やってみよう。」


新たな測定器具が運ばれる。


細かな数値を測定していく研究員たち。


そして——。


「教授!」


一人が驚きの声を上げた。


「中心部だけ、通常より高密度の魔力反応があります!」


「何だと?」


教授は目を見開く。


「そんな記録は今まで一度も……。」


アレンも息を呑んだ。


「測定器の故障では?」


「違います。」


「何度測っても同じです。」


研究室がざわめく。


アルトは静かに微笑んだ。


(やっぱり。)


仮説は、一つ証明された。



学院からの帰り道。


馬車の中でレオンが笑う。


「今日は教授たちも驚いていたな。」


「少し研究が進んだみたいだ。」


エマも嬉しそうに頷く。


「アルト様も、とても楽しそうでした。」


「あぅ。」


アルトは窓の外を眺める。


夕日に照らされた学院の塔が、黄金色に輝いていた。


営業でも研究でも同じだ。


大きな成果は、一つの小さな気付きから始まる。


今日見つかった「中心部の高密度魔力」。


それはまだ答えではない。


だが、確実に次の扉を開く鍵だった。


そしてアルトは思う。


(この世界の魔法は、まだ誰も本当には理解していない。)


ならば。


その仕組みを解き明かしてみたい。


営業課長の新しい挑戦は、いよいよ本格的に始まろうとしていた。



営業メモ㉙


『小さな違和感を見逃すな。その先に大きな発見がある。』


営業では、お客様の何気ない一言が新商品のヒントになることがある。


研究でも同じだ。


「気のせい」で終わらせず、一歩踏み込んで確かめる。


その積み重ねが、世界を変える発見につながる。



第一部 完


――次章・第二部「王立魔法学院編」開幕!


アルトは二歳を迎え、言葉を覚え始める。


そして王立魔法学院では、蒼輝石の研究プロジェクトが正式に発足する。


営業課長として培った「観察力」と「仮説思考」は、いよいよ異世界の魔法理論そのものへ挑むことになる。

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