第三十話 営業課長、蒼輝石の秘密へ一歩近づく
夏の終わり。
空はどこまでも高く、王都には少しだけ秋の気配が漂い始めていた。
屋敷の庭では、リクたちが落ち葉を集めて遊んでいる。
「あっ!」
「トンボだ!」
子どもたちの笑い声を聞きながら、アルトはエマに抱かれて空を見上げた。
(もう、この世界に来て一年近いのか。)
前世では、一年などあっという間だった。
数字に追われ、会議に追われ、気づけば季節が変わっていた。
しかし今は違う。
一日一日を、しっかりと味わって生きている。
「旦那様。」
執事ガレスが封筒を持って歩いてくる。
「王立魔法学院からです。」
レオンは封を開き、小さく笑った。
「また招待状だ。」
◇
数日後。
アルトたちは再び王立魔法学院を訪れていた。
出迎えたのは教授とリディア、そしてアレン。
「ようこそ。」
教授は穏やかに微笑む。
「今日は一つ、お見せしたい実験があります。」
「蒼輝石の研究ですか?」
レオンが尋ねる。
「ええ。」
「しかし、何十年研究しても成果が出ておりません。」
教授は苦笑した。
「だからこそ、新しい視点が欲しいのです。」
アルトは静かに目を細める。
(研究者として理想的な考え方だ。)
◇
研究室には、大きな水晶板が置かれていた。
その中央には、一粒の蒼輝石。
研究員たちが魔力を流し込んでいく。
青い光が部屋を満たした。
「……始まります。」
リディアが小さく呟く。
蒼輝石は徐々に輝きを増していく。
しかし次の瞬間。
ピシッ——
小さな音とともに光が消えた。
「また失敗か……。」
研究員が肩を落とす。
「魔力が途中で消失しています。」
「原因は分かりません。」
部屋には重たい空気が流れた。
◇
アルトは蒼輝石を見つめる。
(違う。)
魔力は消えたのではない。
見えている。
青い流れが、石の内部で渦を巻いている。
そして——
(金色……。)
石の中心に、ごく細い金色の光が現れた。
以前拾った蒼輝石と同じ光だ。
その光は一瞬だけ輝き、すぐに消えてしまう。
(あれが鍵だ。)
アルトの鼓動が速くなる。
教授たちは誰も気付いていない。
見えているのは、自分だけだ。
◇
「あぅ!」
アルトは思わず声を上げた。
研究員たちが笑う。
「興味津々ですね。」
「将来は研究者かな。」
教授も微笑んだ。
「そうかもしれませんな。」
しかしリディアだけは違った。
アルトの視線を追いかける。
「……中心?」
彼女は蒼輝石の中心をじっと見つめる。
「教授。」
「中心部分だけ、もう一度詳しく測定してもいいでしょうか。」
「中心?」
「ええ。」
「何となくですが……気になりまして。」
教授は頷いた。
「やってみよう。」
新たな測定器具が運ばれる。
細かな数値を測定していく研究員たち。
そして——。
「教授!」
一人が驚きの声を上げた。
「中心部だけ、通常より高密度の魔力反応があります!」
「何だと?」
教授は目を見開く。
「そんな記録は今まで一度も……。」
アレンも息を呑んだ。
「測定器の故障では?」
「違います。」
「何度測っても同じです。」
研究室がざわめく。
アルトは静かに微笑んだ。
(やっぱり。)
仮説は、一つ証明された。
◇
学院からの帰り道。
馬車の中でレオンが笑う。
「今日は教授たちも驚いていたな。」
「少し研究が進んだみたいだ。」
エマも嬉しそうに頷く。
「アルト様も、とても楽しそうでした。」
「あぅ。」
アルトは窓の外を眺める。
夕日に照らされた学院の塔が、黄金色に輝いていた。
営業でも研究でも同じだ。
大きな成果は、一つの小さな気付きから始まる。
今日見つかった「中心部の高密度魔力」。
それはまだ答えではない。
だが、確実に次の扉を開く鍵だった。
そしてアルトは思う。
(この世界の魔法は、まだ誰も本当には理解していない。)
ならば。
その仕組みを解き明かしてみたい。
営業課長の新しい挑戦は、いよいよ本格的に始まろうとしていた。
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営業メモ㉙
『小さな違和感を見逃すな。その先に大きな発見がある。』
営業では、お客様の何気ない一言が新商品のヒントになることがある。
研究でも同じだ。
「気のせい」で終わらせず、一歩踏み込んで確かめる。
その積み重ねが、世界を変える発見につながる。
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第一部 完
――次章・第二部「王立魔法学院編」開幕!
アルトは二歳を迎え、言葉を覚え始める。
そして王立魔法学院では、蒼輝石の研究プロジェクトが正式に発足する。
営業課長として培った「観察力」と「仮説思考」は、いよいよ異世界の魔法理論そのものへ挑むことになる。




