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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第1部 幼少期編

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第二十九話 営業課長、天才と出会う


夏の終わりを感じさせる風が、王都の街路樹を優しく揺らしていた。


屋敷の庭では、リクたちが秘密基地へ持っていく木材を運んでいる。


「アルト!」


「見て見て!」


リクは新しく作った木の盾を誇らしげに掲げた。


「あぅ!」


アルトは嬉しそうに拍手をする。


その微笑ましい光景を、門の外から静かに見つめる青年がいた。


銀色の髪。


知性を感じさせる青い瞳。


王立魔法学院の若き研究員――アレンである。


「……普通の赤ん坊だな。」


彼は小さく呟いた。


学院で聞いた噂とは、あまりにも違う。


商人たちが口をそろえて語る「不思議な赤ちゃん」。


そんな雰囲気はどこにもない。


◇


「ようこそ。」


レオンが玄関まで迎えに来る。


「君が学院の研究員か。」


アレンは丁寧に頭を下げた。


「アレンと申します。」


「教授から、蒼輝石の件でお話を伺っております。」


応接室へ通されると、エマがお茶を用意する。


アルトも抱かれて部屋へ入った。


「やあ。」


アレンは穏やかに笑いかける。


「あぅ。」


アルトも笑顔を返す。


(この人がアレンか。)


瞳の奥に自信がある。


営業時代にも何人か会った。


能力が高く、努力もしている人間の目だ。


だが同時に――


(少し視野が狭そうだ。)


自分の知識に自信がある人ほど、無意識に「自分の知っていることが正しい」と考えてしまう。


それは営業でも研究でも同じだった。


◇


アレンは持参した木箱を開けた。


中には三つの蒼輝石が並んでいる。


「教授から伺いました。」


「アルト様は石がお好きだとか。」


レオンが笑う。


「本当に不思議なくらい好きでな。」


アルトは身を乗り出す。


(学院の石だ。)


どれも青く輝いている。


しかし、一つだけ違和感があった。


(……ひび?)


表面には見えないほど細い亀裂。


そこから魔力が少しずつ漏れ出している。


アレンは気付いていない。


「この三つは、どれも同じ鉱脈から採れたものです。」


「性質も、ほぼ同じと考えられています。」


アルトは心の中で首を振った。


(違う。)


魔力の流れは明らかに違う。


一本だけ、漏れている。


◇


「あぅ!」


アルトはその石を指差した。


アレンが笑う。


「これがお気に入りですか?」


違う。


もう一度指差す。


「あぅ! あぅ!」


「ずいぶん気になるようですね。」


レオンも石を手に取る。


「何か違うのか?」


アレンは首を振る。


「見た目はほぼ同じです。」


「学院でも区別はできません。」


その時だった。


リディアが部屋へ入ってきた。


「失礼します。」


「教授から追加の資料を……。」


彼女はアルトが指差している石を見て、不思議そうな顔をした。


「アレンさん。」


「その石、昨日の実験で落としませんでしたか?」


部屋が静まり返る。


「……え?」


アレンの表情が固まる。


「確か、一度机から落ちていましたよね。」


アレンは慌てて石を手に取り、光へかざした。


「まさか……。」


よく見ると、ごく細い亀裂が入っている。


「こんな傷が……。」


リディアも驚く。


「だから魔力が少し漏れていたんですね。」


アレンはしばらく石を見つめていたが、やがて苦笑した。


「参りました。」


「私は『同じ石』という先入観で見ていました。」


「細かく確認していませんでした。」


レオンは豪快に笑う。


「アルトは気になっていたみたいだぞ。」


アレンはアルトを見る。


「あぅ。」


無邪気に笑う赤ん坊。


しかし、その観察眼だけは本物だった。


(偶然……なのか?)


そう思おうとしても、心のどこかが否定していた。


◇


帰る前。


アレンはレオンへ深く頭を下げた。


「今日は勉強になりました。」


「研究は知識だけでは足りませんね。」


「まず観察すること。」


「その大切さを思い出しました。」


アルトは静かに頷く。


営業でも同じだった。


資料だけで判断した商談は、うまくいかない。


現場を見て、相手を見て、小さな違和感を見逃さない。


その積み重ねが、大きな成果につながる。


アレンは馬車へ乗り込む直前、もう一度屋敷を振り返った。


「アルト様。」


「次にお会いする時までに、私ももっと良い研究者になってみせます。」


それは、ライバル宣言ではなかった。


一人の研究者としての、静かな決意だった。


アルトは小さく手を振る。


「あぅ!」


新しい仲間との出会いは、競い合うためではない。


互いに高め合うためにある。


営業課長は、そのことを誰よりもよく知っていた。


⸻


営業メモ㉘


『先入観は、最高の情報も見えなくする。』


経験は大切だ。


しかし経験だけを信じると、新しい発見を見逃してしまう。


営業でも研究でも、「本当にそうだろうか」と問い続ける姿勢が成長を生む。


⸻


――次回、第三十話「営業課長、初めての共同研究」


「教授が、アルト様にも見学していただきたいそうです。」


王立魔法学院から再び届いた招待状。


今度は一つの実験を見学するためだった。


その実験が、蒼輝石に隠された驚くべき性質を明らかにすることになる――。

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