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第二十九話 営業課長、天才と出会う


夏の終わりを感じさせる風が、王都の街路樹を優しく揺らしていた。


屋敷の庭では、リクたちが秘密基地へ持っていく木材を運んでいる。


「アルト!」


「見て見て!」


リクは新しく作った木の盾を誇らしげに掲げた。


「あぅ!」


アルトは嬉しそうに拍手をする。


その微笑ましい光景を、門の外から静かに見つめる青年がいた。


銀色の髪。


知性を感じさせる青い瞳。


王立魔法学院の若き研究員――アレンである。


「……普通の赤ん坊だな。」


彼は小さく呟いた。


学院で聞いた噂とは、あまりにも違う。


商人たちが口をそろえて語る「不思議な赤ちゃん」。


そんな雰囲気はどこにもない。



「ようこそ。」


レオンが玄関まで迎えに来る。


「君が学院の研究員か。」


アレンは丁寧に頭を下げた。


「アレンと申します。」


「教授から、蒼輝石の件でお話を伺っております。」


応接室へ通されると、エマがお茶を用意する。


アルトも抱かれて部屋へ入った。


「やあ。」


アレンは穏やかに笑いかける。


「あぅ。」


アルトも笑顔を返す。


(この人がアレンか。)


瞳の奥に自信がある。


営業時代にも何人か会った。


能力が高く、努力もしている人間の目だ。


だが同時に――


(少し視野が狭そうだ。)


自分の知識に自信がある人ほど、無意識に「自分の知っていることが正しい」と考えてしまう。


それは営業でも研究でも同じだった。



アレンは持参した木箱を開けた。


中には三つの蒼輝石が並んでいる。


「教授から伺いました。」


「アルト様は石がお好きだとか。」


レオンが笑う。


「本当に不思議なくらい好きでな。」


アルトは身を乗り出す。


(学院の石だ。)


どれも青く輝いている。


しかし、一つだけ違和感があった。


(……ひび?)


表面には見えないほど細い亀裂。


そこから魔力が少しずつ漏れ出している。


アレンは気付いていない。


「この三つは、どれも同じ鉱脈から採れたものです。」


「性質も、ほぼ同じと考えられています。」


アルトは心の中で首を振った。


(違う。)


魔力の流れは明らかに違う。


一本だけ、漏れている。



「あぅ!」


アルトはその石を指差した。


アレンが笑う。


「これがお気に入りですか?」


違う。


もう一度指差す。


「あぅ! あぅ!」


「ずいぶん気になるようですね。」


レオンも石を手に取る。


「何か違うのか?」


アレンは首を振る。


「見た目はほぼ同じです。」


「学院でも区別はできません。」


その時だった。


リディアが部屋へ入ってきた。


「失礼します。」


「教授から追加の資料を……。」


彼女はアルトが指差している石を見て、不思議そうな顔をした。


「アレンさん。」


「その石、昨日の実験で落としませんでしたか?」


部屋が静まり返る。


「……え?」


アレンの表情が固まる。


「確か、一度机から落ちていましたよね。」


アレンは慌てて石を手に取り、光へかざした。


「まさか……。」


よく見ると、ごく細い亀裂が入っている。


「こんな傷が……。」


リディアも驚く。


「だから魔力が少し漏れていたんですね。」


アレンはしばらく石を見つめていたが、やがて苦笑した。


「参りました。」


「私は『同じ石』という先入観で見ていました。」


「細かく確認していませんでした。」


レオンは豪快に笑う。


「アルトは気になっていたみたいだぞ。」


アレンはアルトを見る。


「あぅ。」


無邪気に笑う赤ん坊。


しかし、その観察眼だけは本物だった。


(偶然……なのか?)


そう思おうとしても、心のどこかが否定していた。



帰る前。


アレンはレオンへ深く頭を下げた。


「今日は勉強になりました。」


「研究は知識だけでは足りませんね。」


「まず観察すること。」


「その大切さを思い出しました。」


アルトは静かに頷く。


営業でも同じだった。


資料だけで判断した商談は、うまくいかない。


現場を見て、相手を見て、小さな違和感を見逃さない。


その積み重ねが、大きな成果につながる。


アレンは馬車へ乗り込む直前、もう一度屋敷を振り返った。


「アルト様。」


「次にお会いする時までに、私ももっと良い研究者になってみせます。」


それは、ライバル宣言ではなかった。


一人の研究者としての、静かな決意だった。


アルトは小さく手を振る。


「あぅ!」


新しい仲間との出会いは、競い合うためではない。


互いに高め合うためにある。


営業課長は、そのことを誰よりもよく知っていた。



営業メモ㉘


『先入観は、最高の情報も見えなくする。』


経験は大切だ。


しかし経験だけを信じると、新しい発見を見逃してしまう。


営業でも研究でも、「本当にそうだろうか」と問い続ける姿勢が成長を生む。



――次回、第三十話「営業課長、初めての共同研究」


「教授が、アルト様にも見学していただきたいそうです。」


王立魔法学院から再び届いた招待状。


今度は一つの実験を見学するためだった。


その実験が、蒼輝石に隠された驚くべき性質を明らかにすることになる――。

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