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第二十七話 営業課長、初めての商談に挑む


真夏の朝。


王都には、今日も市場の活気が響いていた。


屋敷の庭では、アルトがエマに抱かれながら涼しい風を受けている。


「あー!」


リクたちは木陰で水を掛け合い、元気いっぱいに遊んでいた。


その平和な時間を破るように、一台の馬車が屋敷の門をくぐる。


「旦那様。」


執事ガレスが玄関へ向かった。


「グレッグ商会の皆様がお見えです。」


レオンは笑顔で迎えに出る。


「ようこそ。」


「今日はどのようなご用件でしょう。」


グレッグは深く一礼した。


「先日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。」


「実は、お話しした売れ残りの商品を持って参りました。」


「ぜひ一度、ご覧いただけませんでしょうか。」



応接室へ運び込まれた木箱は三つ。


蓋が開けられると、中から現れたのは色鮮やかなガラス瓶だった。


青。


赤。


緑。


透明。


どれも繊細な装飾が施され、美しい。


「これは……。」


レオンが思わず手に取る。


「見事な細工だ。」


「職人が一つひとつ手作業で作っています。」


グレッグは誇らしげに答えた。


しかし、その表情には悩みも滲んでいる。


「ですが、ほとんど売れません。」


「高価すぎる、と言われるのです。」


アルトは瓶を見つめる。


(きれいだ。)


だが、前世の営業経験がすぐに違和感を教えてくれた。


(誰が買う商品なんだ?)


そこが見えてこない。



「貴族向けでは?」


レオンが尋ねる。


グレッグは首を振った。


「もっと豪華な品があります。」


「一般の方には高すぎます。」


「つまり……。」


「誰にも選ばれていないのです。」


その一言で、アルトは確信した。


(商品の問題じゃない。)


(お客様が曖昧なんだ。)


営業で最も危険なのは、


『誰にでも売りたい』


という考えだった。


誰にでも売ろうとすると、結局誰にも響かない。



アルトはテーブルの上の瓶へ手を伸ばす。


そして——


コンコン。


小さく指で叩いた。


澄んだ音色が部屋に響く。


「おっ。」


レオンが笑う。


「気になるのか?」


アルトは何度も瓶を見つめる。


光を受けると、青いガラスが美しく輝いた。


その様子を見ていたエマが、小さく呟く。


「……花を飾ったら素敵でしょうね。」


部屋が静かになる。


グレッグが顔を上げた。


「花……?」


エマは少し慌てる。


「す、すみません。」


「独り言でした。」


しかし、グレッグの表情はどんどん変わっていく。


「そうか……。」


「私は『瓶』として売ろうとしていた。」


「でも、お客様が欲しいのは——。」


レオンが笑顔で続ける。


「部屋を彩る花瓶、ということか。」


「はい!」


グレッグは力強く頷いた。


「用途まで提案していなかったんです!」


アルトは心の中で笑う。


(その通り。)


営業とは、商品の説明ではない。


「使った後の未来」を想像してもらうことだ。



「例えば……。」


グレッグは興奮気味に話し始める。


「季節の花と一緒に飾る。」


「新築祝いの贈り物にする。」


「結婚祝いとして提案する。」


次々と新しいアイデアが生まれていく。


レオンも嬉しそうに頷いた。


「もう答えは見つかったようだな。」


「はい!」


グレッグは立ち上がる。


その目には、自信が戻っていた。


「本当にありがとうございます!」



数週間後。


再びグレッグが屋敷を訪れた。


「ご報告があります!」


表情は以前とは別人のように明るい。


「花屋と協力して販売したところ、大変な評判になりました!」


「花と一緒に飾る暮らしを提案したことで、注文が相次いでおります!」


レオンは満足そうに笑う。


「それは良かった。」


グレッグはアルトの前に、小さな包みを差し出した。


「これはお礼です。」


中には、小さなガラス細工の小鳥が入っていた。


透明な羽が光を受け、虹色に輝いている。


「あぅ!」


アルトは嬉しそうに手を伸ばした。


「ははは。」


レオンが笑う。


「すっかり人気者だな。」


アルトは小鳥を見つめながら思う。


前世では、多くの商談を経験した。


勝ち負けではない。


相手の悩みを一緒に考え、解決する。


その積み重ねが信頼になった。


異世界でも、それは変わらない。


営業という仕事は、誰かの未来を少しだけ明るくする仕事なのだ。



営業メモ㉖


『商品を売るな。未来を提案しよう。』


お客様は商品そのものではなく、その商品で実現できる暮らしや体験に価値を感じる。


「何を売るか」ではなく、「どんな未来を届けるか」。


その視点が、人の心を動かす。



――次回、第二十八話「営業課長、王都で小さな評判になる」


「レオン様のお屋敷には、不思議な赤ちゃんがいるらしい。」


そんな噂が商人だけでなく、貴族たちの間にも少しずつ広がり始める。


その評判は、やがて王都でも指折りの大商会の耳に届くことになる――。

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