第二十七話 営業課長、初めての商談に挑む
真夏の朝。
王都には、今日も市場の活気が響いていた。
屋敷の庭では、アルトがエマに抱かれながら涼しい風を受けている。
「あー!」
リクたちは木陰で水を掛け合い、元気いっぱいに遊んでいた。
その平和な時間を破るように、一台の馬車が屋敷の門をくぐる。
「旦那様。」
執事ガレスが玄関へ向かった。
「グレッグ商会の皆様がお見えです。」
レオンは笑顔で迎えに出る。
「ようこそ。」
「今日はどのようなご用件でしょう。」
グレッグは深く一礼した。
「先日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。」
「実は、お話しした売れ残りの商品を持って参りました。」
「ぜひ一度、ご覧いただけませんでしょうか。」
◇
応接室へ運び込まれた木箱は三つ。
蓋が開けられると、中から現れたのは色鮮やかなガラス瓶だった。
青。
赤。
緑。
透明。
どれも繊細な装飾が施され、美しい。
「これは……。」
レオンが思わず手に取る。
「見事な細工だ。」
「職人が一つひとつ手作業で作っています。」
グレッグは誇らしげに答えた。
しかし、その表情には悩みも滲んでいる。
「ですが、ほとんど売れません。」
「高価すぎる、と言われるのです。」
アルトは瓶を見つめる。
(きれいだ。)
だが、前世の営業経験がすぐに違和感を教えてくれた。
(誰が買う商品なんだ?)
そこが見えてこない。
◇
「貴族向けでは?」
レオンが尋ねる。
グレッグは首を振った。
「もっと豪華な品があります。」
「一般の方には高すぎます。」
「つまり……。」
「誰にも選ばれていないのです。」
その一言で、アルトは確信した。
(商品の問題じゃない。)
(お客様が曖昧なんだ。)
営業で最も危険なのは、
『誰にでも売りたい』
という考えだった。
誰にでも売ろうとすると、結局誰にも響かない。
◇
アルトはテーブルの上の瓶へ手を伸ばす。
そして——
コンコン。
小さく指で叩いた。
澄んだ音色が部屋に響く。
「おっ。」
レオンが笑う。
「気になるのか?」
アルトは何度も瓶を見つめる。
光を受けると、青いガラスが美しく輝いた。
その様子を見ていたエマが、小さく呟く。
「……花を飾ったら素敵でしょうね。」
部屋が静かになる。
グレッグが顔を上げた。
「花……?」
エマは少し慌てる。
「す、すみません。」
「独り言でした。」
しかし、グレッグの表情はどんどん変わっていく。
「そうか……。」
「私は『瓶』として売ろうとしていた。」
「でも、お客様が欲しいのは——。」
レオンが笑顔で続ける。
「部屋を彩る花瓶、ということか。」
「はい!」
グレッグは力強く頷いた。
「用途まで提案していなかったんです!」
アルトは心の中で笑う。
(その通り。)
営業とは、商品の説明ではない。
「使った後の未来」を想像してもらうことだ。
◇
「例えば……。」
グレッグは興奮気味に話し始める。
「季節の花と一緒に飾る。」
「新築祝いの贈り物にする。」
「結婚祝いとして提案する。」
次々と新しいアイデアが生まれていく。
レオンも嬉しそうに頷いた。
「もう答えは見つかったようだな。」
「はい!」
グレッグは立ち上がる。
その目には、自信が戻っていた。
「本当にありがとうございます!」
◇
数週間後。
再びグレッグが屋敷を訪れた。
「ご報告があります!」
表情は以前とは別人のように明るい。
「花屋と協力して販売したところ、大変な評判になりました!」
「花と一緒に飾る暮らしを提案したことで、注文が相次いでおります!」
レオンは満足そうに笑う。
「それは良かった。」
グレッグはアルトの前に、小さな包みを差し出した。
「これはお礼です。」
中には、小さなガラス細工の小鳥が入っていた。
透明な羽が光を受け、虹色に輝いている。
「あぅ!」
アルトは嬉しそうに手を伸ばした。
「ははは。」
レオンが笑う。
「すっかり人気者だな。」
アルトは小鳥を見つめながら思う。
前世では、多くの商談を経験した。
勝ち負けではない。
相手の悩みを一緒に考え、解決する。
その積み重ねが信頼になった。
異世界でも、それは変わらない。
営業という仕事は、誰かの未来を少しだけ明るくする仕事なのだ。
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営業メモ㉖
『商品を売るな。未来を提案しよう。』
お客様は商品そのものではなく、その商品で実現できる暮らしや体験に価値を感じる。
「何を売るか」ではなく、「どんな未来を届けるか」。
その視点が、人の心を動かす。
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――次回、第二十八話「営業課長、王都で小さな評判になる」
「レオン様のお屋敷には、不思議な赤ちゃんがいるらしい。」
そんな噂が商人だけでなく、貴族たちの間にも少しずつ広がり始める。
その評判は、やがて王都でも指折りの大商会の耳に届くことになる――。




