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第二十六話 営業課長、初めての評判になる


夏の日差しが、王都の石畳を明るく照らしていた。


市場は今日も大勢の人で賑わっている。


「いらっしゃい!」


「焼きたてのパンだよ!」


「新鮮な野菜はいかが!」


威勢のいい声が飛び交う中、一つの店の前だけが特に人だかりになっていた。


「かわいい!」


「この小さな木の器、赤ちゃんにちょうどいいわ。」


「軽くて持ちやすいな。」


店先に並ぶのは、トーマスの木工品だった。


以前は一日いても数点しか売れなかった商品が、今では次々と買われていく。


「ありがとうございます!」


「またお越しください!」


トーマスは汗を拭きながらも、嬉しそうに頭を下げていた。



その様子を少し離れた場所から見つめる男がいた。


恰幅の良い中年商人。


王都で雑貨商会を営む、グレッグという男だった。


「……面白い。」


隣の部下へ視線を向ける。


「急に売れ始めた理由は調べたか?」


「はい。」


部下は小さく頷く。


「どうやら、レオン様のお屋敷へ商品を持ち込んだことがきっかけだとか。」


「屋敷の赤ちゃんが木の器を気に入り、それを見たレオン様が売り方を助言したそうです。」


グレッグは腕を組む。


「赤ちゃんが?」


思わず笑ってしまう。


「そんな話があるものか。」


しかし、商人の勘が囁いていた。


偶然だけでは説明がつかない。


「一度、その屋敷へ行ってみるか。」



その頃、屋敷では——。


リクたちが庭で元気よく遊んでいた。


「アルト!」


「見て!」


木の枝を剣に見立てて、ドラゴン退治ごっこを始めている。


アルトはエマに抱かれながら笑顔で見守っていた。


「あぅ。」


(平和だ。)


その時だった。


「旦那様。」


ガレスが庭へやって来る。


「王都の商人、グレッグ様がお見えです。」


レオンは少し首をかしげた。


「私に商売の話とは珍しいな。」



応接室。


グレッグは礼儀正しく頭を下げた。


「突然の訪問、失礼いたします。」


「私は雑貨商会を営んでおります、グレッグと申します。」


「今日は一つ、お礼を申し上げたく参りました。」


「お礼?」


レオンは不思議そうな表情を浮かべる。


「木工職人のトーマスから話を聞きました。」


「売れなかった商品が、売り方を変えただけで大評判になったと。」


「その助言をされたのが、レオン様だと。」


レオンは苦笑した。


「いや、私ではない。」


「え?」


「きっかけをくれたのは、この子だ。」


レオンはアルトを抱き上げる。


「アルト?」


グレッグは目を丸くした。


赤ん坊が、にこりと笑う。


「あぅ。」


「……。」


部屋に沈黙が流れる。


(信じられないよな。)


アルトは心の中で苦笑する。


自分が逆の立場でも、絶対に信じない。



レオンは笑いながら説明した。


「アルトが木の器をとても気に入ってな。」


「その姿を見て、『子ども向けとして売ればいいのでは』と思いついただけだ。」


グレッグは深く頷く。


「なるほど……。」


「商品の価値ではなく、お客様を変えたのですね。」


商人らしく、本質を理解するのが早かった。


「勉強になります。」


アルトはその言葉に目を細める。


(飲み込みが早い。)


こういう人は伸びる。


営業時代にも、新しい考えを素直に取り入れる会社ほど成長していた。



「実は……。」


グレッグは少し声を落とした。


「私どもの商会にも、一つ売れ残っている商品があります。」


「もしよろしければ、一度だけご意見をいただけませんでしょうか。」


レオンは困ったように笑う。


「私より、商売の専門家に聞いた方が良いのでは?」


「いえ。」


グレッグは首を横に振る。


「固定観念のない意見こそ、大切なのです。」


アルトは思わず感心した。


(いい考え方だ。)


営業でも、新人の一言が大きな改善につながることは珍しくない。


経験は武器になる。


しかし、ときに常識にも縛られる。


だから違う視点が必要なのだ。



帰り際。


グレッグはアルトへ深く頭を下げた。


「今日はお会いできて光栄でした。」


「あぅ。」


アルトも小さく手を振る。


その姿を見て、グレッグは思わず笑みをこぼした。


「不思議な赤ちゃんですね。」


「話しているわけではないのに、なぜか考えさせられる。」


馬車が屋敷を離れていく。


レオンは窓の外を見送りながら呟いた。


「アルトのおかげで、少しずつ人との縁が広がっていくな。」


アルトは静かに頷いた。


営業とは、人をつなぐ仕事。


一つの信頼が、また次の信頼を呼ぶ。


その積み重ねが、やがて大きな力になることを、アルトは前世で何度も経験してきた。


異世界でも、その法則は変わらない。



営業メモ㉕


『信頼は、次の仕事を連れてくる。』


営業では、一件の成功が終わりではない。


満足したお客様は、新しいお客様を紹介してくれる。


信頼は、人から人へと広がっていく最大の財産である。



――次回、第二十七話「営業課長、初めての商談に挑む」


グレッグ商会から届いた一つの依頼。


売れ残った商品の山を前に、アルトは営業課長として培った「観察力」と「仮説思考」で、新たな価値を見つけ出そうとする。

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