第二十六話 営業課長、初めての評判になる
夏の日差しが、王都の石畳を明るく照らしていた。
市場は今日も大勢の人で賑わっている。
「いらっしゃい!」
「焼きたてのパンだよ!」
「新鮮な野菜はいかが!」
威勢のいい声が飛び交う中、一つの店の前だけが特に人だかりになっていた。
「かわいい!」
「この小さな木の器、赤ちゃんにちょうどいいわ。」
「軽くて持ちやすいな。」
店先に並ぶのは、トーマスの木工品だった。
以前は一日いても数点しか売れなかった商品が、今では次々と買われていく。
「ありがとうございます!」
「またお越しください!」
トーマスは汗を拭きながらも、嬉しそうに頭を下げていた。
◇
その様子を少し離れた場所から見つめる男がいた。
恰幅の良い中年商人。
王都で雑貨商会を営む、グレッグという男だった。
「……面白い。」
隣の部下へ視線を向ける。
「急に売れ始めた理由は調べたか?」
「はい。」
部下は小さく頷く。
「どうやら、レオン様のお屋敷へ商品を持ち込んだことがきっかけだとか。」
「屋敷の赤ちゃんが木の器を気に入り、それを見たレオン様が売り方を助言したそうです。」
グレッグは腕を組む。
「赤ちゃんが?」
思わず笑ってしまう。
「そんな話があるものか。」
しかし、商人の勘が囁いていた。
偶然だけでは説明がつかない。
「一度、その屋敷へ行ってみるか。」
◇
その頃、屋敷では——。
リクたちが庭で元気よく遊んでいた。
「アルト!」
「見て!」
木の枝を剣に見立てて、ドラゴン退治ごっこを始めている。
アルトはエマに抱かれながら笑顔で見守っていた。
「あぅ。」
(平和だ。)
その時だった。
「旦那様。」
ガレスが庭へやって来る。
「王都の商人、グレッグ様がお見えです。」
レオンは少し首をかしげた。
「私に商売の話とは珍しいな。」
◇
応接室。
グレッグは礼儀正しく頭を下げた。
「突然の訪問、失礼いたします。」
「私は雑貨商会を営んでおります、グレッグと申します。」
「今日は一つ、お礼を申し上げたく参りました。」
「お礼?」
レオンは不思議そうな表情を浮かべる。
「木工職人のトーマスから話を聞きました。」
「売れなかった商品が、売り方を変えただけで大評判になったと。」
「その助言をされたのが、レオン様だと。」
レオンは苦笑した。
「いや、私ではない。」
「え?」
「きっかけをくれたのは、この子だ。」
レオンはアルトを抱き上げる。
「アルト?」
グレッグは目を丸くした。
赤ん坊が、にこりと笑う。
「あぅ。」
「……。」
部屋に沈黙が流れる。
(信じられないよな。)
アルトは心の中で苦笑する。
自分が逆の立場でも、絶対に信じない。
◇
レオンは笑いながら説明した。
「アルトが木の器をとても気に入ってな。」
「その姿を見て、『子ども向けとして売ればいいのでは』と思いついただけだ。」
グレッグは深く頷く。
「なるほど……。」
「商品の価値ではなく、お客様を変えたのですね。」
商人らしく、本質を理解するのが早かった。
「勉強になります。」
アルトはその言葉に目を細める。
(飲み込みが早い。)
こういう人は伸びる。
営業時代にも、新しい考えを素直に取り入れる会社ほど成長していた。
◇
「実は……。」
グレッグは少し声を落とした。
「私どもの商会にも、一つ売れ残っている商品があります。」
「もしよろしければ、一度だけご意見をいただけませんでしょうか。」
レオンは困ったように笑う。
「私より、商売の専門家に聞いた方が良いのでは?」
「いえ。」
グレッグは首を横に振る。
「固定観念のない意見こそ、大切なのです。」
アルトは思わず感心した。
(いい考え方だ。)
営業でも、新人の一言が大きな改善につながることは珍しくない。
経験は武器になる。
しかし、ときに常識にも縛られる。
だから違う視点が必要なのだ。
◇
帰り際。
グレッグはアルトへ深く頭を下げた。
「今日はお会いできて光栄でした。」
「あぅ。」
アルトも小さく手を振る。
その姿を見て、グレッグは思わず笑みをこぼした。
「不思議な赤ちゃんですね。」
「話しているわけではないのに、なぜか考えさせられる。」
馬車が屋敷を離れていく。
レオンは窓の外を見送りながら呟いた。
「アルトのおかげで、少しずつ人との縁が広がっていくな。」
アルトは静かに頷いた。
営業とは、人をつなぐ仕事。
一つの信頼が、また次の信頼を呼ぶ。
その積み重ねが、やがて大きな力になることを、アルトは前世で何度も経験してきた。
異世界でも、その法則は変わらない。
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営業メモ㉕
『信頼は、次の仕事を連れてくる。』
営業では、一件の成功が終わりではない。
満足したお客様は、新しいお客様を紹介してくれる。
信頼は、人から人へと広がっていく最大の財産である。
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――次回、第二十七話「営業課長、初めての商談に挑む」
グレッグ商会から届いた一つの依頼。
売れ残った商品の山を前に、アルトは営業課長として培った「観察力」と「仮説思考」で、新たな価値を見つけ出そうとする。




