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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第1部 幼少期編

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第二十五話 営業課長、小さな商会を救う


梅雨明けを思わせる青空が、王都いっぱいに広がっていた。


屋敷の庭では、リクたちが木陰で水遊びをしている。


アルトはテラスでエマに抱かれながら、その様子を眺めていた。


(平和だな。)


そう思った矢先だった。


「旦那様、お客様です。」


執事ガレスが、一人の男性を応接室へ案内してきた。


日に焼けた肌。


大きな荷袋。


使い込まれた革靴。


三十代半ばほどの行商人だった。


「初めまして。」


「私はトーマスと申します。」


レオンは笑顔で席を勧めた。


「今日はどうされました?」


トーマスは申し訳なさそうに頭を下げる。


「実は、大工のダンさんに紹介していただきまして……。」


「こちらのお屋敷なら、何かお役に立てるかもしれないと。」


アルトは耳をぴくりと動かす。


(ダンさん?)


秘密基地を作ってくれたリクの父親だ。


人の縁が、また一つつながった。


◇


トーマスは荷袋から、丁寧に磨かれた木製の食器を取り出した。


皿。


カップ。


スプーン。


どれも職人が丹精込めて作ったことが伝わってくる。


「これは見事だ。」


レオンが感心する。


「ありがとうございます。」


しかし、トーマスの表情は晴れない。


「ですが……売れないのです。」


「王都では陶器ばかりが人気で。」


「木の食器は『安物』と思われてしまいます。」


アルトは食器を見つめる。


(品質は悪くない。)


むしろ、かなり良い。


木目も美しく、手触りも滑らかだ。


営業時代にも、同じような相談を何度も受けた。


「商品は良いのに売れない。」


そんな時、原因は商品ではないことが多い。


◇


トーマスは肩を落とす。


「父の代から続く仕事なんです。」


「このままでは職人たちにも給金を払えません。」


レオンも困ったように腕を組んだ。


「確かに良い品だ。」


「だが、私も商売には詳しくなくてな。」


アルトは木のカップをじっと見つめる。


(軽い。)


(割れない。)


(熱が伝わりにくい。)


次々と特徴が浮かんでくる。


営業時代なら、お客様にこう説明していた。


「木だから安い」のではない。


「木だからこその価値」がある。


その価値を伝えられていないだけだ。


(伝え方だ。)


◇


「あぅ!」


アルトは身を乗り出した。


木のカップを両手で抱え、満面の笑みを浮かべる。


「おっ?」


レオンが笑う。


「気に入ったか?」


アルトは何度も頷く。


「あぅ! あぅ!」


そして、木のカップを胸に抱いたまま離そうとしない。


エマが微笑んだ。


「アルト様、とても嬉しそうですね。」


その様子を見たトーマスが、思わず笑う。


「赤ちゃんは木の器が好きなんですね。」


その瞬間。


レオンの表情が変わった。


「……そうか。」


「赤ちゃんか。」


レオンは木のカップを手に取り、ゆっくり呟く。


「陶器は落とせば割れる。」


「だが木なら安心だ。」


「しかも軽い。」


「冬でも冷たくない。」


トーマスも目を見開いた。


「確かに……。」


「今まで、そこは考えたこともありませんでした。」


アルトは心の中で小さくガッツポーズをした。


(気付いた。)


営業は商品を売る仕事ではない。


「誰の困りごとを解決できるか」を伝える仕事だ。


◇


レオンは笑顔で言った。


「子どものいる家庭向けに売ってみてはどうだ?」


「赤ちゃん用の食器として。」


「木なら安心だと伝えれば、欲しい親は多いはずだ。」


トーマスは立ち上がった。


「それだ……!」


「私は木の食器を売ろうとしていました。」


「でも、本当に売るべきだったのは——。」


「安心して使える毎日だったんですね。」


その瞳には、先ほどまでの迷いはなかった。


◇


帰り際。


トーマスはアルトの前にしゃがみ込む。


「ありがとう。」


「君は何も話していないのに、不思議と答えをもらえた気がする。」


アルトは照れくさそうに笑った。


「あぅ。」


営業課長。


異世界で初めて、商品ではなく”価値”を売ることの大切さを誰かへ伝えた日だった。


◇


数日後。


トーマスから一通の手紙が届く。


『子育て世帯向けに売り方を変えたところ、初日で用意した商品が完売しました。』


『職人たちも大喜びです。』


『本当にありがとうございました。』


レオンは嬉しそうに笑った。


「良かったな、アルト。」


アルトも小さく頷く。


(やっぱり営業って、面白い。)


売るとは、相手を幸せにすること。


前世で学んだその想いは、この異世界でも少しずつ誰かの役に立ち始めていた。


⸻


営業メモ㉔


『商品ではなく、価値を伝えよう。』


お客様が欲しいのは商品そのものではない。


その商品によって得られる安心、便利さ、楽しさ、未来である。


価値を伝えられた時、初めて人は「欲しい」と感じる。


⸻


――次回、第二十六話「営業課長、初めての評判になる」


「木の食器が売れた理由は、レオン様のお屋敷の赤ちゃんらしい。」


そんな噂が王都の商人たちの間で静かに広がり始める。


営業課長の小さな成功は、新たな出会いを呼び寄せようとしていた。

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