表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/43

第二十五話 営業課長、小さな商会を救う


梅雨明けを思わせる青空が、王都いっぱいに広がっていた。


屋敷の庭では、リクたちが木陰で水遊びをしている。


アルトはテラスでエマに抱かれながら、その様子を眺めていた。


(平和だな。)


そう思った矢先だった。


「旦那様、お客様です。」


執事ガレスが、一人の男性を応接室へ案内してきた。


日に焼けた肌。


大きな荷袋。


使い込まれた革靴。


三十代半ばほどの行商人だった。


「初めまして。」


「私はトーマスと申します。」


レオンは笑顔で席を勧めた。


「今日はどうされました?」


トーマスは申し訳なさそうに頭を下げる。


「実は、大工のダンさんに紹介していただきまして……。」


「こちらのお屋敷なら、何かお役に立てるかもしれないと。」


アルトは耳をぴくりと動かす。


(ダンさん?)


秘密基地を作ってくれたリクの父親だ。


人の縁が、また一つつながった。



トーマスは荷袋から、丁寧に磨かれた木製の食器を取り出した。


皿。


カップ。


スプーン。


どれも職人が丹精込めて作ったことが伝わってくる。


「これは見事だ。」


レオンが感心する。


「ありがとうございます。」


しかし、トーマスの表情は晴れない。


「ですが……売れないのです。」


「王都では陶器ばかりが人気で。」


「木の食器は『安物』と思われてしまいます。」


アルトは食器を見つめる。


(品質は悪くない。)


むしろ、かなり良い。


木目も美しく、手触りも滑らかだ。


営業時代にも、同じような相談を何度も受けた。


「商品は良いのに売れない。」


そんな時、原因は商品ではないことが多い。



トーマスは肩を落とす。


「父の代から続く仕事なんです。」


「このままでは職人たちにも給金を払えません。」


レオンも困ったように腕を組んだ。


「確かに良い品だ。」


「だが、私も商売には詳しくなくてな。」


アルトは木のカップをじっと見つめる。


(軽い。)


(割れない。)


(熱が伝わりにくい。)


次々と特徴が浮かんでくる。


営業時代なら、お客様にこう説明していた。


「木だから安い」のではない。


「木だからこその価値」がある。


その価値を伝えられていないだけだ。


(伝え方だ。)



「あぅ!」


アルトは身を乗り出した。


木のカップを両手で抱え、満面の笑みを浮かべる。


「おっ?」


レオンが笑う。


「気に入ったか?」


アルトは何度も頷く。


「あぅ! あぅ!」


そして、木のカップを胸に抱いたまま離そうとしない。


エマが微笑んだ。


「アルト様、とても嬉しそうですね。」


その様子を見たトーマスが、思わず笑う。


「赤ちゃんは木の器が好きなんですね。」


その瞬間。


レオンの表情が変わった。


「……そうか。」


「赤ちゃんか。」


レオンは木のカップを手に取り、ゆっくり呟く。


「陶器は落とせば割れる。」


「だが木なら安心だ。」


「しかも軽い。」


「冬でも冷たくない。」


トーマスも目を見開いた。


「確かに……。」


「今まで、そこは考えたこともありませんでした。」


アルトは心の中で小さくガッツポーズをした。


(気付いた。)


営業は商品を売る仕事ではない。


「誰の困りごとを解決できるか」を伝える仕事だ。



レオンは笑顔で言った。


「子どものいる家庭向けに売ってみてはどうだ?」


「赤ちゃん用の食器として。」


「木なら安心だと伝えれば、欲しい親は多いはずだ。」


トーマスは立ち上がった。


「それだ……!」


「私は木の食器を売ろうとしていました。」


「でも、本当に売るべきだったのは——。」


「安心して使える毎日だったんですね。」


その瞳には、先ほどまでの迷いはなかった。



帰り際。


トーマスはアルトの前にしゃがみ込む。


「ありがとう。」


「君は何も話していないのに、不思議と答えをもらえた気がする。」


アルトは照れくさそうに笑った。


「あぅ。」


営業課長。


異世界で初めて、商品ではなく”価値”を売ることの大切さを誰かへ伝えた日だった。



数日後。


トーマスから一通の手紙が届く。


『子育て世帯向けに売り方を変えたところ、初日で用意した商品が完売しました。』


『職人たちも大喜びです。』


『本当にありがとうございました。』


レオンは嬉しそうに笑った。


「良かったな、アルト。」


アルトも小さく頷く。


(やっぱり営業って、面白い。)


売るとは、相手を幸せにすること。


前世で学んだその想いは、この異世界でも少しずつ誰かの役に立ち始めていた。



営業メモ㉔


『商品ではなく、価値を伝えよう。』


お客様が欲しいのは商品そのものではない。


その商品によって得られる安心、便利さ、楽しさ、未来である。


価値を伝えられた時、初めて人は「欲しい」と感じる。



――次回、第二十六話「営業課長、初めての評判になる」


「木の食器が売れた理由は、レオン様のお屋敷の赤ちゃんらしい。」


そんな噂が王都の商人たちの間で静かに広がり始める。


営業課長の小さな成功は、新たな出会いを呼び寄せようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ