第二十五話 営業課長、小さな商会を救う
梅雨明けを思わせる青空が、王都いっぱいに広がっていた。
屋敷の庭では、リクたちが木陰で水遊びをしている。
アルトはテラスでエマに抱かれながら、その様子を眺めていた。
(平和だな。)
そう思った矢先だった。
「旦那様、お客様です。」
執事ガレスが、一人の男性を応接室へ案内してきた。
日に焼けた肌。
大きな荷袋。
使い込まれた革靴。
三十代半ばほどの行商人だった。
「初めまして。」
「私はトーマスと申します。」
レオンは笑顔で席を勧めた。
「今日はどうされました?」
トーマスは申し訳なさそうに頭を下げる。
「実は、大工のダンさんに紹介していただきまして……。」
「こちらのお屋敷なら、何かお役に立てるかもしれないと。」
アルトは耳をぴくりと動かす。
(ダンさん?)
秘密基地を作ってくれたリクの父親だ。
人の縁が、また一つつながった。
◇
トーマスは荷袋から、丁寧に磨かれた木製の食器を取り出した。
皿。
カップ。
スプーン。
どれも職人が丹精込めて作ったことが伝わってくる。
「これは見事だ。」
レオンが感心する。
「ありがとうございます。」
しかし、トーマスの表情は晴れない。
「ですが……売れないのです。」
「王都では陶器ばかりが人気で。」
「木の食器は『安物』と思われてしまいます。」
アルトは食器を見つめる。
(品質は悪くない。)
むしろ、かなり良い。
木目も美しく、手触りも滑らかだ。
営業時代にも、同じような相談を何度も受けた。
「商品は良いのに売れない。」
そんな時、原因は商品ではないことが多い。
◇
トーマスは肩を落とす。
「父の代から続く仕事なんです。」
「このままでは職人たちにも給金を払えません。」
レオンも困ったように腕を組んだ。
「確かに良い品だ。」
「だが、私も商売には詳しくなくてな。」
アルトは木のカップをじっと見つめる。
(軽い。)
(割れない。)
(熱が伝わりにくい。)
次々と特徴が浮かんでくる。
営業時代なら、お客様にこう説明していた。
「木だから安い」のではない。
「木だからこその価値」がある。
その価値を伝えられていないだけだ。
(伝え方だ。)
◇
「あぅ!」
アルトは身を乗り出した。
木のカップを両手で抱え、満面の笑みを浮かべる。
「おっ?」
レオンが笑う。
「気に入ったか?」
アルトは何度も頷く。
「あぅ! あぅ!」
そして、木のカップを胸に抱いたまま離そうとしない。
エマが微笑んだ。
「アルト様、とても嬉しそうですね。」
その様子を見たトーマスが、思わず笑う。
「赤ちゃんは木の器が好きなんですね。」
その瞬間。
レオンの表情が変わった。
「……そうか。」
「赤ちゃんか。」
レオンは木のカップを手に取り、ゆっくり呟く。
「陶器は落とせば割れる。」
「だが木なら安心だ。」
「しかも軽い。」
「冬でも冷たくない。」
トーマスも目を見開いた。
「確かに……。」
「今まで、そこは考えたこともありませんでした。」
アルトは心の中で小さくガッツポーズをした。
(気付いた。)
営業は商品を売る仕事ではない。
「誰の困りごとを解決できるか」を伝える仕事だ。
◇
レオンは笑顔で言った。
「子どものいる家庭向けに売ってみてはどうだ?」
「赤ちゃん用の食器として。」
「木なら安心だと伝えれば、欲しい親は多いはずだ。」
トーマスは立ち上がった。
「それだ……!」
「私は木の食器を売ろうとしていました。」
「でも、本当に売るべきだったのは——。」
「安心して使える毎日だったんですね。」
その瞳には、先ほどまでの迷いはなかった。
◇
帰り際。
トーマスはアルトの前にしゃがみ込む。
「ありがとう。」
「君は何も話していないのに、不思議と答えをもらえた気がする。」
アルトは照れくさそうに笑った。
「あぅ。」
営業課長。
異世界で初めて、商品ではなく”価値”を売ることの大切さを誰かへ伝えた日だった。
◇
数日後。
トーマスから一通の手紙が届く。
『子育て世帯向けに売り方を変えたところ、初日で用意した商品が完売しました。』
『職人たちも大喜びです。』
『本当にありがとうございました。』
レオンは嬉しそうに笑った。
「良かったな、アルト。」
アルトも小さく頷く。
(やっぱり営業って、面白い。)
売るとは、相手を幸せにすること。
前世で学んだその想いは、この異世界でも少しずつ誰かの役に立ち始めていた。
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営業メモ㉔
『商品ではなく、価値を伝えよう。』
お客様が欲しいのは商品そのものではない。
その商品によって得られる安心、便利さ、楽しさ、未来である。
価値を伝えられた時、初めて人は「欲しい」と感じる。
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――次回、第二十六話「営業課長、初めての評判になる」
「木の食器が売れた理由は、レオン様のお屋敷の赤ちゃんらしい。」
そんな噂が王都の商人たちの間で静かに広がり始める。
営業課長の小さな成功は、新たな出会いを呼び寄せようとしていた。




