第二十四話 営業課長、初めての弟子志願者と出会う
王立魔法学院を訪れてから数日。
屋敷には、いつもの穏やかな時間が流れていた。
庭ではリクたちが木剣を振り回しながら元気よく遊び、アルトはテラスで蒼輝石を眺めている。
(今日は光が少し強いな……。)
朝日を浴びた蒼輝石は、昨日よりもわずかに青く輝いて見えた。
時間帯や天候でも変化するのだろうか。
まだ分からない。
だからこそ面白い。
営業でも、一度の成功で結論を出すことはなかった。
何度も観察し、共通点を探す。
その積み重ねが「確信」になる。
「旦那様。」
執事ガレスが庭へやって来た。
「王立魔法学院から、お客様です。」
「学院から?」
レオンは首をかしげる。
「誰だろうな。」
◇
玄関に立っていたのは、学院で魔法陣の暴走を止めた若い女性研究員だった。
栗色の長い髪を後ろで束ね、紺色の研究用ローブをまとっている。
まだ二十代半ばほどだろう。
知的な瞳の奥には、研究者らしい好奇心が宿っていた。
「初めまして。」
「私はリディアと申します。」
「王立魔法学院で、魔法陣の研究をしております。」
レオンは笑顔で迎える。
「ようこそ。」
「今日はどうされました?」
リディアは少しだけ緊張した様子で頭を下げた。
「実は……お願いがあって参りました。」
◇
応接室。
紅茶が運ばれ、穏やかな空気が流れる。
リディアはアルトを見つめ、少し照れくさそうに笑った。
「学院では、ありがとうございました。」
「あぅ。」
アルトも笑顔を返す。
(この人だ。)
魔法陣の歪みに最初に気付いた研究員。
観察力がある。
営業時代なら、一緒に仕事をしたいタイプだった。
「実は……。」
リディアは姿勢を正した。
「あの日から、ずっと考えていたんです。」
「魔法陣の歪みに、どうして私は気付けたのか。」
「普段なら見逃していたはずなんです。」
レオンが尋ねる。
「何か理由が?」
リディアは少し恥ずかしそうに笑う。
「アルト様が、あの場所を一生懸命指差していたんです。」
「最初は偶然だと思いました。」
「でも、どうしても気になって……。」
アルトは思わず固まる。
(えっ。)
気付いていたのか。
「結果的に、あの一点を確認したことで原因が見つかりました。」
「ですから私は……。」
リディアは深く頭を下げた。
「アルト様から、観察することの大切さを教えていただきました。」
部屋が静まり返る。
レオンとエマは顔を見合わせ、思わず笑みを浮かべた。
「ははは!」
「アルトはまだ赤ちゃんですよ。」
リディアも苦笑する。
「ええ、分かっています。」
「でも、不思議なんです。」
「あの子を見ていると、『もっとよく見なさい』と言われている気がして……。」
アルトは少し照れくさくなった。
(買いかぶりすぎですよ。)
営業課長。
人生初の「師匠扱い」である。
◇
「お願いがあります。」
リディアは改めて頭を下げた。
「もしご迷惑でなければ、時々アルト様に会わせていただけないでしょうか。」
「もちろん研究対象ではありません。」
「私自身が、もっと観察力を磨きたいのです。」
レオンは少し考えたあと、穏やかに笑った。
「構いませんよ。」
「アルトにも、いろいろな人と出会ってほしい。」
「ありがとうございます!」
リディアの表情がぱっと明るくなる。
◇
帰り際。
リディアはアルトへ、小さな木箱を差し出した。
「学院の裏庭で見つけた石です。」
「きっと、アルト様なら喜んでくださると思って。」
箱の中には、小さな蒼輝石が一つ。
しかし、その石は今まで見たものとは違っていた。
中心に、細い銀色の光が流れている。
(また新しい種類……。)
アルトの胸が高鳴る。
蒼輝石には、まだ知らない秘密がある。
そう確信できる一粒だった。
「また来ますね。」
リディアは笑顔で手を振る。
アルトも小さく手を振り返した。
「あぅ!」
その様子を見ていたエマが優しく微笑む。
「アルト様、お友達がまた一人増えましたね。」
アルトは窓の外を見つめる。
前世では、営業という仕事を通して多くの人と出会った。
信頼は、一日では生まれない。
何度も会い、話し、相手を知ることで少しずつ育っていく。
この世界でも、それは同じだった。
新しい出会いが、また一つ未来へつながっていく。
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営業メモ㉓
『人は、知識よりも姿勢から学ぶ。』
営業では、優秀な先輩ほど多くを語らなかった。
真剣に相手を見て、耳を傾け、行動する姿勢が、周囲に良い影響を与える。
言葉以上に、人は背中から学ぶことがある。
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――次回、第二十五話「営業課長、小さな商会を救う」
屋敷を訪れた一人の行商人。
売れ残った商品を前に頭を抱える彼を見て、アルトの営業魂が静かに目を覚ます。
「売れない」のではない。
「売り方」がまだ見つかっていないだけだった。




