第二十三話 営業課長、現場主義を貫く
王立魔法学院の廊下に、慌ただしい足音が響いていた。
「教授! 魔力の流出が止まりません!」
「第二実験室です!」
若い研究員が息を切らせながら報告する。
老魔法使いは表情を引き締めた。
「分かった。すぐ向かおう。」
レオンたちは通路の端へ避ける。
「忙しそうだな。」
「申し訳ありません。」
老魔法使いは軽く頭を下げ、そのまま研究員たちと走り去っていった。
アルトは、その背中をじっと見つめる。
(現場だ……。)
営業時代、トラブルが起きた時に真っ先に向かったのは、会議室ではない。
工場。
店舗。
取引先。
答えはいつも現場にあった。
(見たい。)
その一心で、アルトは実験室の方角へ体を乗り出した。
「あぅ! あぅ!」
「ん?」
エマが首をかしげる。
「どうしたんですか?」
アルトは必死に廊下の奥を指差す。
「向こうが気になるの?」
「もしかして、音が怖いのかしら。」
(違う、違う!)
営業課長。
言葉が話せないもどかしさに、心の中で頭を抱える。
◇
「少しだけ様子を見てみるか。」
レオンが苦笑しながら言った。
「学院の中を見るために来たんだ。」
「迷惑にならない範囲ならいいだろう。」
エマも頷く。
三人は研究員の邪魔にならないよう、第二実験室へ向かった。
扉は半開きになっていた。
中では十数人の研究員が慌ただしく動き回っている。
床一面に描かれた巨大な魔法陣。
淡い青い光を放ちながら、不規則に明滅していた。
「魔力が安定しません!」
「供給を止めろ!」
「だめです、止まりません!」
室内は騒然としている。
その光景を見た瞬間。
アルトの目が見開かれた。
(見える。)
魔法陣から流れる青い魔力。
しかし、その一部だけ。
一本の細い線が途中でねじれていた。
まるで川の流れに、倒木が引っ掛かっているようだった。
(あそこだ。)
歪みは一点だけ。
そこから全体の流れが乱れている。
◇
「なぜ止まらない……。」
老魔法使いが額に汗を浮かべる。
「魔法陣そのものは正しいはずだ。」
研究員も首を振る。
「昨日まで正常でした!」
アルトは必死にその一点を指差した。
「あぅ!」
誰も気付かない。
「ばぶ!」
さらに大きな声を出す。
レオンが笑う。
「アルトも応援してるぞ。」
(違うー!)
営業課長。
人生最大級のすれ違いである。
◇
その時だった。
一人の若い女性研究員が足を止めた。
「……あれ?」
アルトが指差す先と、自分の視線が重なる。
「教授。」
「ここの魔力の流れ、おかしくありませんか?」
老魔法使いが近付く。
「どこだ?」
「この接続部分です。」
全員が息をのむ。
確かに。
魔法陣を構成する魔力の線が、ほんのわずかにずれていた。
「こんな小さな歪みが……。」
「修正します!」
研究員が魔法陣を書き直す。
次の瞬間。
ブゥン……
暴れていた魔力が、静かに収束した。
部屋を満たしていた光は穏やかになり、やがて正常な青い輝きへ戻る。
「止まった!」
「成功です!」
研究室に歓声が上がった。
◇
老魔法使いは静かに息を吐いた。
「……盲点だった。」
「魔法陣全体ばかり見て、一点の歪みを見落としていた。」
若い女性研究員も安堵の表情を浮かべる。
「本当に小さなズレでした。」
レオンは感心したように笑う。
「さすが学院だな。」
アルトは胸の中で小さくガッツポーズをした。
(やっぱり。)
営業でも同じだった。
大きな問題ほど、原因は意外なほど小さいことがある。
だから全体を見るだけでは足りない。
細部まで観察する。
その積み重ねが答えへつながる。
◇
帰り際。
老魔法使いはアルトを優しく見つめた。
「今日は不思議な一日でした。」
アルトも老人を見返す。
その瞬間。
老人は、ほんの一瞬だけ違和感を覚えた。
(……今。)
(この子と目が合った時、まるで”考えられている”ような気がした。)
もちろん、そんなはずはない。
相手はまだ赤ん坊だ。
老人は自分の考えを笑い飛ばした。
「また、遊びに来てください。」
レオンが笑顔で答える。
「ぜひ。」
馬車が学院を離れていく。
窓の外では、王立魔法学院の白い塔が夕日に照らされ、黄金色に輝いていた。
アルトは静かに目を閉じる。
(現場を見る。)
(観察する。)
(仮説を立てる。)
営業も、研究も、本質は変わらない。
その確信が、また一つ深まった一日だった。
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営業メモ㉒
『大きな問題ほど、小さな原因を疑え。』
営業の現場では、売上低下の原因が「たった一つの伝達ミス」だったことも珍しくない。
全体だけを見るのではなく、小さな違和感を見逃さない。
それが、本当の問題解決につながる。
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――次回、第二十四話「営業課長、初めての弟子志願者」
「教授、あの赤ちゃん……気になります。」
学院でアルトの様子を見ていた若き女性研究員が、思いもよらない申し出をする。
「私に、あの子を研究させてください。」
アルトの知らないところで、新たな縁が動き始めていた。




