第二十二話 営業課長、王立魔法学院へ招かれる
初夏の柔らかな風が、屋敷の庭を吹き抜ける。
アルトは揺りかごの中から、窓辺に並べられた蒼輝石を眺めていた。
朝日を浴びた石は、それぞれ異なる青い魔力をゆっくりと放っている。
(やっぱり、一つひとつ違う。)
強いもの。
弱いもの。
そして、昨日見つけた金色の光を宿した一粒。
その石だけは、まるで何かを隠しているように静かに輝いていた。
「旦那様、お手紙です。」
執事ガレスが応接室へ一通の封書を運んできた。
封には、銀色の杖と本を組み合わせた紋章が刻まれている。
レオンは封を開き、目を丸くした。
「王立魔法学院からだ。」
エマも驚く。
「学院から、ですか?」
「先日の先生からの手紙らしい。」
レオンは手紙を読み進める。
やがて、小さく笑った。
「なるほど。」
「アルトを学院へ招待したいそうだ。」
「えっ?」
エマが思わず声を上げる。
「赤ちゃんを、ですか?」
「見学だけらしい。」
「蒼輝石が見つかった場所や、石そのものに興味があるそうだ。」
アルトは心の中で静かに頷いた。
(やっぱり動き始めた。)
研究者は、未知を放っておけない。
それは前世でも、この世界でも同じだった。
◇
数日後。
アルトはレオンとエマに抱かれ、初めて王立魔法学院を訪れた。
王都の北側、小高い丘に建つ学院は、まるで一つの城だった。
白い石造りの校舎。
空へ伸びるいくつもの塔。
中庭には噴水があり、色鮮やかな花々が咲いている。
ローブ姿の学生たちが本を抱えながら行き交い、あちこちから魔法の実習らしき光が見えた。
(すごい……。)
思わず見入る。
前世で営業先として訪れた大企業の研究所を思い出した。
設備が整い、人材が集まり、新しい技術が生まれる場所。
ここも同じ空気を感じる。
「ようこそ。」
出迎えたのは、先日屋敷を訪れた老魔法使いだった。
「お待ちしておりました。」
レオンは頭を下げる。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。」
「こちらこそ。」
老人は優しく微笑み、アルトへ視線を向ける。
「坊やも元気そうですな。」
「あぅ。」
老人は少しだけ目を細めた。
(やっぱり、この子は普通ではない。)
そんな考えが、一瞬だけ脳裏をよぎる。
もちろん口には出さない。
◇
学院の中を案内される。
巨大な図書館。
魔法薬を調合する実験室。
魔法陣が描かれた講義室。
どれもアルトの知的好奇心を刺激した。
(見てみたい……。)
(全部読みたい……。)
しかし現実は赤ちゃんである。
本棚に手を伸ばしても、届かない。
ページをめくることもできない。
営業課長。
今日も最大の敵は、自分の年齢だった。
◇
「こちらが鉱石研究室です。」
老人が一枚の扉を開ける。
そこには大小さまざまな鉱石が整然と並べられていた。
赤。
緑。
透明。
黒。
そして、一つだけ。
蒼輝石。
(あっ。)
アルトは思わず身を乗り出した。
学院に保管されている蒼輝石は、自分が持つものよりも大きい。
しかし——。
(弱い?)
魔力が薄い。
屋敷にある石よりも、明らかに輝きが小さい。
(どうしてだ?)
老人は説明を始める。
「これが学院に残る最後の蒼輝石です。」
「二百年以上前に採掘されたものだと言われています。」
「今では研究材料として保存しているだけで、詳しい性質はいまだ解明されておりません。」
アルトは考える。
(二百年前……。)
(屋敷の近くで拾った石は新しい。)
もし時間が経つほど魔力が減るなら。
昨日、自分が立てた仮説と一致する。
(時間経過で魔力が減少する。)
まだ断定はできない。
だが、証拠が一つ増えた。
◇
その時だった。
「失礼します!」
若い研究員が慌てて部屋へ飛び込んできた。
「教授!」
「実験中の魔法陣が、また暴走しました!」
老人はため息をつく。
「またか。」
「原因は?」
「分かりません……。」
老人はレオンたちへ頭を下げた。
「申し訳ありません。」
「少し席を外します。」
そう言って研究室を後にする。
アルトは扉の向こうを見つめた。
(原因不明の魔法陣……。)
営業時代なら、まず現場を見る。
現場には必ず答えがある。
(見に行きたい。)
だが、赤ちゃんは勝手に歩いて行けない。
アルトは小さくため息をついた。
営業課長。
人生初の研究所見学は、好奇心との戦いでもあった。
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営業メモ㉑
『答えは会議室ではなく、現場にある。』
営業では、机の上の資料だけでは本当の原因は見えてこない。
実際に現場へ足を運び、自分の目で確かめる。
その一歩が、大きな成果につながる。
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――次回、第二十三話「営業課長、現場主義を貫く」
暴走する魔法陣。
誰にも分からない原因。
しかしアルトの目には、魔法陣から漏れ出す「青い魔力の歪み」がはっきりと見えていた。
営業課長の”現場主義”が、王立魔法学院の常識を揺るがし始める。




