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第二十一話 営業課長、初めての仮説を立てる


窓から差し込む朝日が、アルトの部屋を優しく照らしていた。


机の上には、小さな布の上へ並べられた七つの蒼輝石。


淡い青色。


濃い青色。


透き通るもの。


白く濁ったもの。


同じ蒼輝石でも、一つとして同じ輝きはない。


(面白い……。)


アルトは目を細める。


どの石からも青い魔力は流れている。


しかし、その量も流れ方も違っていた。


営業課長だった頃。


売上表を前に、数字の違いから市場の変化を読み取っていた。


「数字は嘘をつかない。」


上司によくそう言われたものだ。


(魔力も同じかもしれない。)


違いがあるなら、必ず理由がある。



朝食を終えたレオンは、アルトを抱いて庭へ出た。


「今日も石を見るのか?」


「あぅ。」


「本当に好きだな。」


レオンは笑いながら蒼輝石を並べる。


アルトは順番に眺めていく。


その時だった。


(……あれ?)


一番小さな蒼輝石だけ、魔力の流れが昨日より弱い。


見間違いではない。


確かに薄くなっている。


(減ってる?)


昨日はもっと輝いていた。


今日は少しだけ暗い。


偶然だろうか。


それとも——。


「旦那様。」


エマが花壇へ水を撒き始める。


その雫が一粒、蒼輝石へ落ちた。


ぽちゃん。


その瞬間。


(……!)


石の青い光が、一瞬だけ強く揺らいだ。


アルトは息をのむ。


(今、反応した。)


ほんの一瞬だった。


だが確かに見えた。


水滴が触れた瞬間だけ、魔力の流れが変化した。



(仮説を立てよう。)


営業時代。


新商品の売上が急に落ちた時、アルトはいつも三つの仮説を書き出していた。


・価格が原因か。


・季節が原因か。


・競合が原因か。


決めつけない。


まず可能性を並べる。


それが失敗しない営業だった。


(今回も同じだ。)


アルトは心の中で整理する。


一つ。


蒼輝石は時間とともに魔力が減る。


二つ。


水に触れると魔力が変化する。


三つ。


外から何かを取り込んでいる可能性がある。


まだ証拠はない。


だから結論は出さない。


(次は確認だ。)


営業課長。


異世界で初めて、自分だけの研究ノートを頭の中へ作り始める。



昼過ぎ。


「アルトー!」


リクたちが屋敷へやって来た。


「また石を見つけたよ!」


「ぼくも!」


「川で拾った!」


机の上には、新しい蒼輝石が三つ並ぶ。


アルトは順番に見比べる。


(やっぱり違う。)


一つは強く光る。


一つは弱い。


そして最後の一つは——。


(……え?)


石の中を、金色の細い光が一筋だけ流れていた。


青ではない。


黄金色。


ほんの一瞬で消えてしまうほど弱い光。


(初めて見る。)


アルトは目を凝らす。


見間違いではない。


確かに存在した。


「どうした?」


リクが首をかしげる。


「あぅ。」


アルトはその石を指差した。


「これ?」


「欲しいの?」


「あぅ!」


「もちろん!」


リクは笑顔で石を渡す。


(ありがとう。)


アルトは胸の鼓動を抑えられなかった。


青だけではない。


別の種類がある。


つまり——。


(蒼輝石にも個体差がある。)


研究は、さらに面白くなってきた。



その日の夕方。


屋敷の書庫。


魔法学院の老魔法使いが置いていった資料を、レオンが眺めていた。


「蒼輝石は未解明……か。」


「学院でも分からないとはな。」


アルトはその言葉を聞き逃さなかった。


(誰も答えを持っていない。)


だからこそ。


営業でも、新しい市場には教科書がなかった。


現場へ行き、自分で見て、自分で考え、自分で答えを作るしかない。


異世界でも、それは変わらない。


アルトは小さく笑った。


(営業も研究も、やることは同じだ。)


未知を恐れない。


観察し、仮説を立て、検証する。


その積み重ねが、いつか世界の常識を変える。


そんな確信が、少しずつ芽生え始めていた。



営業メモ⑳


『結論を急ぐな。仮説は何度でも修正できる。』


優秀な営業ほど、「最初の思い込み」を疑う。


事実を集め、仮説を立て、検証し、必要ならやり直す。


その繰り返しが、大きな成果につながる。



――次回、第二十二話「営業課長、王立魔法学院へ招かれる」


「その子に、一度学院を見せてみませんか。」


老魔法使いから届いた一通の招待状。


それはアルトの人生を大きく変える、新たな扉の始まりだった。

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