第二十一話 営業課長、初めての仮説を立てる
窓から差し込む朝日が、アルトの部屋を優しく照らしていた。
机の上には、小さな布の上へ並べられた七つの蒼輝石。
淡い青色。
濃い青色。
透き通るもの。
白く濁ったもの。
同じ蒼輝石でも、一つとして同じ輝きはない。
(面白い……。)
アルトは目を細める。
どの石からも青い魔力は流れている。
しかし、その量も流れ方も違っていた。
営業課長だった頃。
売上表を前に、数字の違いから市場の変化を読み取っていた。
「数字は嘘をつかない。」
上司によくそう言われたものだ。
(魔力も同じかもしれない。)
違いがあるなら、必ず理由がある。
◇
朝食を終えたレオンは、アルトを抱いて庭へ出た。
「今日も石を見るのか?」
「あぅ。」
「本当に好きだな。」
レオンは笑いながら蒼輝石を並べる。
アルトは順番に眺めていく。
その時だった。
(……あれ?)
一番小さな蒼輝石だけ、魔力の流れが昨日より弱い。
見間違いではない。
確かに薄くなっている。
(減ってる?)
昨日はもっと輝いていた。
今日は少しだけ暗い。
偶然だろうか。
それとも——。
「旦那様。」
エマが花壇へ水を撒き始める。
その雫が一粒、蒼輝石へ落ちた。
ぽちゃん。
その瞬間。
(……!)
石の青い光が、一瞬だけ強く揺らいだ。
アルトは息をのむ。
(今、反応した。)
ほんの一瞬だった。
だが確かに見えた。
水滴が触れた瞬間だけ、魔力の流れが変化した。
◇
(仮説を立てよう。)
営業時代。
新商品の売上が急に落ちた時、アルトはいつも三つの仮説を書き出していた。
・価格が原因か。
・季節が原因か。
・競合が原因か。
決めつけない。
まず可能性を並べる。
それが失敗しない営業だった。
(今回も同じだ。)
アルトは心の中で整理する。
一つ。
蒼輝石は時間とともに魔力が減る。
二つ。
水に触れると魔力が変化する。
三つ。
外から何かを取り込んでいる可能性がある。
まだ証拠はない。
だから結論は出さない。
(次は確認だ。)
営業課長。
異世界で初めて、自分だけの研究ノートを頭の中へ作り始める。
◇
昼過ぎ。
「アルトー!」
リクたちが屋敷へやって来た。
「また石を見つけたよ!」
「ぼくも!」
「川で拾った!」
机の上には、新しい蒼輝石が三つ並ぶ。
アルトは順番に見比べる。
(やっぱり違う。)
一つは強く光る。
一つは弱い。
そして最後の一つは——。
(……え?)
石の中を、金色の細い光が一筋だけ流れていた。
青ではない。
黄金色。
ほんの一瞬で消えてしまうほど弱い光。
(初めて見る。)
アルトは目を凝らす。
見間違いではない。
確かに存在した。
「どうした?」
リクが首をかしげる。
「あぅ。」
アルトはその石を指差した。
「これ?」
「欲しいの?」
「あぅ!」
「もちろん!」
リクは笑顔で石を渡す。
(ありがとう。)
アルトは胸の鼓動を抑えられなかった。
青だけではない。
別の種類がある。
つまり——。
(蒼輝石にも個体差がある。)
研究は、さらに面白くなってきた。
◇
その日の夕方。
屋敷の書庫。
魔法学院の老魔法使いが置いていった資料を、レオンが眺めていた。
「蒼輝石は未解明……か。」
「学院でも分からないとはな。」
アルトはその言葉を聞き逃さなかった。
(誰も答えを持っていない。)
だからこそ。
営業でも、新しい市場には教科書がなかった。
現場へ行き、自分で見て、自分で考え、自分で答えを作るしかない。
異世界でも、それは変わらない。
アルトは小さく笑った。
(営業も研究も、やることは同じだ。)
未知を恐れない。
観察し、仮説を立て、検証する。
その積み重ねが、いつか世界の常識を変える。
そんな確信が、少しずつ芽生え始めていた。
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営業メモ⑳
『結論を急ぐな。仮説は何度でも修正できる。』
優秀な営業ほど、「最初の思い込み」を疑う。
事実を集め、仮説を立て、検証し、必要ならやり直す。
その繰り返しが、大きな成果につながる。
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――次回、第二十二話「営業課長、王立魔法学院へ招かれる」
「その子に、一度学院を見せてみませんか。」
老魔法使いから届いた一通の招待状。
それはアルトの人生を大きく変える、新たな扉の始まりだった。




