第二十話 営業課長、魔法使いと出会う
朝の陽射しが、王都をやさしく照らしていた。
庭ではリクたちが今日も元気よく遊び回り、アルトの前には昨日集めた青い石が並べられている。
エマが苦笑しながら言った。
「すっかり石集めが趣味になってしまいましたね。」
「旦那様も、『男の子だからな』と笑っていましたよ。」
「あぅ。」
(趣味じゃないんだけどな……。)
アルトは心の中で苦笑する。
目の前の石からは、それぞれ違う強さの青い光が立ち上っていた。
強く光るもの。
かすかに揺れるもの。
ほとんど反応のないもの。
(やっぱり魔力の濃さが違う。)
営業時代、売上データを並べて傾向を探したことを思い出す。
数字が並べば法則が見える。
魔石も同じだ。
数を集めれば、きっと共通点が見つかる。
その時だった。
「失礼いたします。」
執事ガレスが庭へ姿を現した。
「旦那様、お客様がお見えです。」
「魔法学院の先生がお越しになりました。」
◇
応接室では、レオンと一人の老人が向かい合っていた。
深い紺色のローブ。
長く伸びた白い髭。
背筋は年齢を感じさせないほど真っ直ぐで、その瞳には鋭い知性が宿っている。
アルトはエマに抱かれながら部屋へ入ると、老人の視線がこちらへ向いた。
「ほう。」
老人は穏やかに微笑む。
「こちらがご子息ですかな。」
「ああ、アルトだ。」
「最近は石集めに夢中らしくてな。」
レオンが笑う。
「石?」
老人の眉がわずかに動いた。
「もしよろしければ見せていただけますかな。」
エマは布袋を差し出した。
老人は中から一つの青い石を取り出す。
その瞬間だった。
老人の表情が変わる。
「……これは。」
空気が静まり返る。
レオンが首をかしげた。
「何か珍しい石なのか?」
老人は石をじっと見つめる。
「旦那様。」
「この石は、どちらで?」
「屋敷の近くの林ですよ。」
「子どもたちが遊んでいて拾ったそうです。」
老人は驚きを隠せない様子だった。
「まさか……。」
「こんな場所に残っていたとは。」
アルトの胸が高鳴る。
(知っている。)
(この人は何か知っている。)
◇
老人は石を机へ置く。
「正式には『蒼輝石』と呼ばれています。」
「魔力を蓄える特殊な鉱石です。」
レオンは目を丸くした。
「そんな貴重なものだったのか。」
「ええ。」
「ですが現在では、ほとんど採れません。」
「王立魔法学院でも研究用に少量保管されているだけです。」
アルトは老人の話を一言も聞き漏らすまいと集中する。
(蒼輝石……。)
(やっぱり魔法に関係していた。)
老人は石を見つめながら続けた。
「ただ一つ、不思議なことがあります。」
「この石は、魔力を蓄えることは知られています。」
「ですが、どういう仕組みで魔力を保持しているのかは、まだ誰にも分かっておりません。」
(……!)
アルトの心臓が大きく跳ねた。
未解明。
その一言が胸に刺さる。
営業時代、新市場の分析を任された時と同じ感覚だった。
「誰も分かっていない。」
だからこそ、挑戦する価値がある。
◇
「先生。」
レオンが笑う。
「うちの息子は、その石がお気に入りらしい。」
「毎日眺めていますよ。」
老人はアルトを見つめる。
その目は、赤ん坊を見る目ではなかった。
まるで、一人の研究者を見るような視線。
「坊や。」
「君には、この石がどう見える?」
「……。」
もちろん答えられない。
「あぅ。」
アルトは小さく笑うしかなかった。
老人も微笑む。
「失礼。」
「赤ん坊に聞くことではありませんでしたな。」
しかし、その瞳から疑念は消えていなかった。
◇
帰り際。
老人はレオンへ一枚の名刺代わりの木札を渡した。
「もし、また蒼輝石が見つかりましたら、ご一報ください。」
「ぜひ調査したい。」
「もちろんだ。」
老人は最後にもう一度アルトを見る。
「……面白い。」
小さくそう呟くと、静かに屋敷を後にした。
アルトは窓から去っていく背中を見送りながら、小さく拳を握る。
(蒼輝石。)
(未解明。)
(研究者。)
点だった情報が、少しずつ線になり始めている。
そして、その線はきっと、この世界の大きな秘密へつながっている。
営業課長の新しい挑戦は、まだ始まったばかりだった。
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営業メモ⑲
『分からないことは、成長のチャンスである。』
営業でも、「前例がないからできない」と考える人と、「前例がないからこそ挑戦する」と考える人では、数年後に大きな差が生まれる。
未知の課題は、不安ではなく可能性でもある。
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――次回、第二十一話「営業課長、初めての仮説を立てる」
蒼輝石は、なぜ魔力を蓄えられるのか。
誰も解けなかった謎に、アルトは営業時代に身につけた「仮説思考」で挑み始める。




