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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百六十七話 営業課長、改良の優先順位を決める


「課長。私は、全部を良くしたいです!」


工房に入るなり、ミハイルが宣言した。


「朝からずいぶん意欲的だな」


「はい! 一号の固定力、二号の操作性、それに耐久性。全部を兼ね備えた、完璧な留め具を作りましょう!」


エルダが図面から顔を上げた。


「言うのは簡単だけれど、全部を一度に変えると、何が原因で結果が変わったのか分からなくなるわ」


「では、一つずつ全部を変えましょう!」


「それは一つずつではないわね」


「……あれ?」


俺は思わず笑った。


どうやらミハイルは、改良する項目を増やすことと、改良を進めることを混同しているらしい。


作業台には、一号と二号の試作品が並んでいた。


一号は固定力が強いものの、解除に力が必要だった。二号は軽く操作できるが、容器を傾けると蓋が揺れやすい。さらに、どちらも五十回の開閉試験で動きに変化が見られていた。


「まずは、何を一番先に改善するべきか決めよう」


俺は二つの試作品を指差した。


「ガルドさんが実際に使う場面を考えるんだ」


「蓋を開けたまま中身を取り出す場面ですね」


「それだけじゃない。中身を注ぐとき、容器を移動するとき、使い終わって洗うとき。それぞれの動作を考えてみよう」


エルダが頷いた。


「蓋を開けたまま固定できても、注ぐときに外れるなら困るわね」


「反対に、絶対に外れないほど強く固定して、閉じるのに両手が必要になっても困ります」


「つまり、固定力と操作性の両方が必要ということですね!」


ミハイルが口を挟んだ。


「そうだ。ただし、優先順位は同じではない」


「どう違うんですか?」


俺は容器を手に取った。


「まず、蓋が予期せず動く問題だ。これは使っている人が驚いたり、手元を狂わせたりする可能性がある。だから、最優先で確認したい」


「では、固定力ですね」


「正確には、必要な場面で蓋が安定していることだ。固定力だけを強くすればいいわけじゃない」


エルダが図面に線を引いた。


「傾けても外れにくい。でも、閉じるときには無理な力がいらない。その両立を目指すのね」


「次に操作性。毎回の動作が重ければ、使う人の負担になる」


「耐久性は三番目ですか?」


ミハイルが尋ねた。


「いや、耐久性も無視できない。最初は問題なくても、何度か使ううちに固定できなくなったら困る。ただ、どの部分がどのように変化するのかを、今はもう少し確認したい」


ダリオが二号を手に取った。


「優先順位を決めることと、ほかの問題を後回しにすることは違うわけだな」


「そうです。最初に取り組む問題を決めるだけで、残りを忘れるわけではありません」


ミハイルは帳面に書き始めた。


「最優先は、蓋が予期せず外れないこと。次に、開閉のしやすさ。さらに、繰り返し使ったときの変化を確認する……」


「いいな。では、実際の使い方をもう少し具体的に考えよう」


俺は容器を作業台に置いた。


「ガルドさんは、どんなときに蓋を開いたままにしたいと言っていた?」


ミハイルが答える。


「忙しいときに、片手を空けたいとおっしゃっていました」


「そうだ。では、そのとき容器をどう扱う?」


「中身を取り出すか、注ぐか……」


「そう。容器を持ち上げたり、少し傾けたりすることもある。蓋が開いたまま固定される機能は、そうした動作と一緒に使われる可能性がある」


エルダが容器の蓋を開いた。


「なら、試験も台の上だけでは足りないわね」


「ただし、いきなり中身を入れて試す必要はありません。まずは空の状態で、どの程度傾けると蓋が動くのか確認しましょう」


「その後で、実際の使用に近い条件を加えるのね」


「はい。安全を確認しながら、段階的に進めましょう」


ミハイルが手を挙げた。


「課長。ガルドさんの動きを再現するために、私が店員役をやります!」


「それはいいな」


「そして、課長がお客様役です!」


「なぜ俺がお客様なんだ?」


「課長なら、細かいところまで指摘してくださいます!」


「褒めているようで、面倒な役を押しつけているな」


エルダが笑った。


「それなら、私が容器を準備するわ。ダリオは試験の状態を見ていて」


「分かった」


俺たちは作業台の周りを片付け、ガルドの店で使う場面を簡単に再現することにした。


ミハイルが店員役になり、容器を台の上に置く。


「いらっしゃいませ! 本日は保温容器をご覧になりますか?」


「客が来る前に、蓋を開けておいてくれ」


「かしこまりました!」


ミハイルが蓋を開く。


カチッ。


蓋は固定された。


そこへ俺が客の役で近づく。


「飲み物を一つ頼む」


「ありがとうございます!」


ミハイルは容器を少し傾けようとした。


その瞬間、蓋がわずかに揺れた。


「おっと!」


ミハイルが動きを止める。


「今の動きだ」


俺は蓋を確認した。


「客に渡すために注ぐとき、蓋が動いたら気になる。これでは、安心して使えない」


「確かに……。店員役をしてみると、容器を傾けないわけにはいきませんね」


「そういうことだ」


エルダが容器を受け取った。


「今の動きを基準にして、どの角度まで安定しているか確認しましょう」


「それと、蓋を閉じる動作も見ておきたいですね」


ダリオが言った。


「注ぎ終わった後、すぐに蓋を閉じられないと作業が止まる」


「そうだな。固定することだけでなく、解除して閉じるまでの一連の動作を考える必要がある」


ミハイルが帳面を開いた。


「では、固定、注ぐ、解除、閉じる。この四つを一連の動作として確認します!」


「いい整理だ」


「そして、最後にお客様へ笑顔で商品を渡す!」


「それは留め具の試験項目ではない」


「接客品質も大切です!」


「それは別の営業メモに書いておこう」


工房に笑いが起きた。


エルダは一号と二号を並べ、形状をじっと見比べていた。


「一号の引っ掛かりは深いけれど、解除するときに擦れる。二号は接触面が広いけれど、傾けたときに安定しない」


「一号の形を少しだけ変えれば、両方を改善できる可能性はありませんか?」


俺が尋ねると、エルダは頷いた。


「あると思う。引っ掛かりの深さを維持しながら、解除する方向の角度を変えれば、必要な力を減らせるかもしれない」


「ただし、変えるのはその部分だけですね」


「ええ。ほかの寸法は今のままにして、まずは一つの変更がどう影響するか確認するわ」


ダリオが図面を覗き込む。


「加工する前に、今の形状も測っておこう。比較できるようにしておけば、変化が分かりやすい」


「お願いします」


ミハイルが記録を始めた。


「試作品三号。改良目的は、固定力を保ちながら解除を軽くすること。変更箇所は引っ掛かり部分の角度……」


「まだ三号とは決まっていないぞ」


「えっ?」


「改良の方向は決まったが、試作品の番号は作ってからでいい」


「なるほど。名前を付けるのは完成してからですね!」


「名前を付けること自体、急がなくていい」


ミハイルは少し残念そうだった。


エルダが図面を作業台に広げる。


「それにしても、最初に考えていたより確認することが増えたわね」


「実際に使う場面を考えれば、必要なことが見えてきます」


俺は蓋を開いた状態の容器を見た。


「ただ、全部を一度に解決しようとすると、何を優先するのか分からなくなる。だから、まずは使う人が困る可能性の高いところから直していく」


「順番を決めるだけで、作業が進めやすくなりますね」


エルダが言った。


「営業も同じです。お客様が求めていることを全部並べるだけでは、提案にならない。何が一番困っていて、何を先に解決すべきなのかを考える必要があります」


ミハイルが頷いた。


「では、今回の改良で一番大切なのは、蓋が勝手に閉じないことですね」


「そうだ。便利にするための機能が、使う人を不安にさせてはいけない」


その後、エルダは一号の形状を参考に、引っ掛かり部分の角度を少し変えた図面を描いた。


加工する場所は一か所だけ。


まずはその変更によって、固定力と解除のしやすさがどう変わるかを確認する。


二号の接触面については、今回の試作では変更しない。


「これなら、結果が分かりやすいわ」


エルダが図面をまとめた。


「加工が終わったら、同じ条件で試験しましょう」


「お願いします」


ミハイルは帳面を閉じた。


「課長。今日の試験で分かったことがあります」


「何だ?」


「全部を一度に良くしようとすると、何を直したのか分からなくなる。でも、優先順位を決めて一つずつ直せば、次に何をすればいいのか見えてきます」


「その通りだ」


「それから、私が一番先に直すべきなのは、話を最後まで聞かずに動き出す癖ですね!」


「自分で気づいていたのか」


「はい。今日も試作品の名前を先に考えていました」


「そこは改善の優先順位が高そうだな」


エルダとダリオが笑った。


ミハイルは少しだけ頬を膨らませた。


「次は、試作品の番号を付ける前に、ちゃんと確認します!」


「まずは、その調子で頼む」


俺たちは次の試験に向けて準備を始めた。


便利な商品を作るために、機能を増やす必要はない。


使う人が本当に困っていることを見つけ、その問題から順番に解決していく。


その積み重ねが、長く使ってもらえる商品につながるのだ。


⸻


営業メモ ②⑥⑥


複数の課題があるときは、すべてを同時に解決しようとせず、利用者への影響が大きい問題から優先して取り組みます。


今回の場合、蓋が予期せず動く問題を先に確認し、そのうえで解除のしやすさや耐久性を改善していきます。


営業でも、お客様の要望をすべて並べるだけでは十分ではありません。何が最も困っていることなのかを見極め、解決する順番を提案することが大切です。


⸻


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百六十八話 営業課長、三つ目の試作品に手応えを感じる


引っ掛かり部分の角度だけを変更した、新しい試作品が完成した。


一号の固定力と、二号の操作性。その両方を目指した改良だった。


「今度こそ、いい結果が出るかもしれませんね!」


期待を込めて試験を始めるアルトたち。


ところが、蓋の開閉を繰り返していると、これまでとは違う小さな変化が見つかる。


改良の手応えと、新たな課題。


三つ目の試作品は、果たして合格に近づけるのか。

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