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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百六十二話 営業課長、使う人の感想を先回りしない


「ガルドさん! ついに完成しました!」


店に入るなり、ミハイルが胸を張った。


ガルドは商品を並べていた手を止め、こちらを振り返る。


「おお、例の保温容器か?」


「はい! 改良した留め具を取り付け、開閉試験も実施しました! 以前より滑らかに閉まり、擦れも少なくなっています!」


「そうか。それはよかったな」


ガルドは笑顔で答えた。


ミハイルは、さらに勢いづく。


「今回は自信があります! きっと使いやすくなっていますよ!」


「ミハイル」


俺は横から声をかけた。


「はい?」


「まだ使ってもらっていない」


「あ……そうでした」


ガルドが首を傾げた。


「使いやすいかどうかは、これから決めるよ」


その言葉に、ミハイルは少しだけ背筋を伸ばした。


「そうですね。失礼しました」


俺はガルドに試験用の保温容器を渡した。


「今回は販売用ではありません。実際に使っていただいて、気づいたことを教えてほしいんです」


「なるほど。店で使ってみればいいんだな?」


「はい。使いにくいところがあれば、遠慮なく言ってください」


「分かった。気づいたことは正直に言うよ」


ガルドは容器を受け取り、蓋を開け閉めした。


カチッ。


「確かに、前より軽い感じがするな」


ミハイルがすぐに反応する。


「そうでしょう! そこが今回の改良点なんです!」


「ただ、まだ店で使っていないからな」


「もちろんです! これから実際に使っていただいて――」


「ミハイル、少し待て」


俺は会話を止めた。


「ガルドさん。まずは普段どんな場面で使うのか、教えてもらえますか?」


「そうだな。朝、店を開ける前に飲み物を用意して、客が来たらすぐに出せるようにしている。昼過ぎには追加で用意することもある」


「容器を開け閉めする回数は?」


「日によって違うな。客が多い日は何度も開けるし、少ない日はそれほどでもない」


「使う人はガルドさんだけですか?」


「いや、忙しいときは店の手伝いにも頼むよ」


俺は頷いた。


同じ容器でも、使う人が変われば操作の仕方も変わる。


実際の使用状況を知ることは、工房での試験とは違った意味を持つ。


「では、しばらく使ってみてください。無理に何かを探す必要はありません。普段どおり使って、気になったことだけ教えてください」


「分かった」


ミハイルが横から口を挟んだ。


「ガルドさん! 使いやすかったら、ぜひ良い評価をお願いします!」


「おい」


俺が睨むと、ミハイルは慌てた。


「ち、違います! 正直な評価をお願いします!」


ガルドは笑いながら容器を棚に置いた。


「心配するな。良いところも悪いところも、ちゃんと言うよ」


その日、俺たちは店の様子をしばらく見せてもらうことにした。


ガルドは普段どおり、客の対応を始めた。


飲み物を用意し、容器から取り出し、蓋を閉める。


何度か繰り返すうちに、俺は一つのことに気づいた。


ガルドは容器を開けるたびに、棚の上に置いていた布を持ち替えている。


「ガルドさん」


「ん? どうした?」


「その布は何に使っているんですか?」


「容器の周りについた水滴を拭くためだよ。冷たい飲み物を入れると、外側が少し濡れることがあるからな」


「毎回拭いているんですか?」


「いや、気になったときだけだ」


俺は容器を見た。


留め具の改良とは関係がないように思える。


だが、実際に使う人の動作には、商品を改善するヒントが隠れていることがある。


その後も、ガルドは何度か容器を使った。


昼を過ぎたころ、ようやく一息ついた。


「どうだった?」


俺が尋ねると、ガルドは容器を持ち上げた。


「蓋は前より開けやすくなったな。閉めるときも引っ掛かりが少ない」


ミハイルが嬉しそうに頷く。


「ありがとうございます!」


「ただ、気になることもある」


ミハイルの笑顔が止まった。


「気になること、ですか?」


「ああ。忙しいときに片手で開けようとすると、容器が少し動くんだ」


「容器が動く?」


「そう。蓋を押さえながら留め具を操作すると、置いてある台の上で少しずれる」


エルダが容器を確認した。


「底の滑り止めが弱いのかしら?」


「それもあるかもしれないな。ただ、以前の容器でも同じように動いていたかは、覚えていない」


俺はガルドに尋ねた。


「片手で操作することは多いんですか?」


「忙しいときはな。もう片方の手で飲み物を用意していることもある」


「両手を使えるときは?」


「問題ないよ。片手で急いで開けようとするときに、少し気になる程度だ」


ミハイルが容器を持ち上げた。


「では、底に滑り止めを付ければ解決ですね!」


「まだ決めるのは早い」


俺は容器を受け取った。


「まずは、どのくらい動くのか確認しましょう」


エルダが台の上に容器を置いた。


ガルドに普段どおりの動作をしてもらう。


片手で蓋を押さえ、もう片方の手で留め具を操作する。


確かに、容器が少し動いた。


今度は、容器の横を軽く押さえながら操作してもらう。


すると、ほとんど動かない。


「なるほど」


エルダが容器の底を確認した。


「底面の形状と、台との接触が関係しているかもしれないわね」


「留め具を改良したことで、操作する力のかかり方が変わった可能性もあります」


俺が言うと、ダリオが考え込んだ。


「以前より軽く開くようになった分、容器を押さえる力が横に逃げているのかもしれないな」


「それも仮説ですね。実際に確かめましょう」


ミハイルは帳面を開き、記録を始めた。


「使用者、ガルドさん。使用場所、店の棚。操作方法、片手で開閉。容器の動き、少しあり……」


「いいぞ。今のところ必要な情報がまとまっている」


「ありがとうございます!」


ガルドが笑った。


「前に比べて、ミハイルもずいぶん落ち着いてきたな」


「はい! 私も成長しました!」


「そうだな。以前なら、もう新しい商品を十個注文させようとしていたかもしれない」


「そ、そんなことはありません!」


俺はミハイルを見た。


「本当か?」


「……五個くらいです」


「減っただけか」


工房の三人が笑った。


その後、俺たちはガルドにもう一つ質問した。


「ほかに、使っていて面倒に感じることはありますか?」


ガルドは少し考えた。


「そうだな。蓋を開けたとき、どこかに置けると助かるんだが」


「置く?」


「今は蓋を片手で持ったまま、中身を取り出している。忙しいときは、蓋を置く場所を探すこともあるんだ」


エルダが目を見開いた。


「蓋を置く場所……」


「そう。容器の横に置けるような場所があれば便利かもしれない」


ミハイルがすぐに反応した。


「では、蓋に小さな台を付けましょう!」


「蓋が重くなりそうだな」


「では、紐で吊るします!」


「今度は邪魔になりそうだ」


「それなら、蓋を頭の上に――」


「ミハイル」


俺は静かに名前を呼んだ。


「はい」


「まずは、ガルドさんがどういう場面で困っているのか聞こう」


ミハイルは口を閉じた。


ガルドが苦笑する。


「いや、面白い案ではあるけどな。俺が欲しいのは、蓋を置く場所というより、置く手間が減ることなんだ」


「置く手間が減る……」


エルダが考え込んだ。


「蓋を容器から完全に外さず、開いた状態で固定できればいいのかしら?」


「そういう方法もあるかもしれないな」


俺はガルドに確認した。


「蓋を開いたまま固定できれば、使いやすくなりそうですか?」


「ああ。片手で中身を取り出せるなら助かる」


「分かりました。ただし、構造を変えると、今度は洗いやすさや安全性も確認する必要があります。すぐに実現できるとは約束できません」


「それでいいよ。実際に使ってみて、気づいたことを伝えただけだからな」


ガルドは容器を棚に戻した。


俺はその様子を見ながら考えた。


今回の改良は、留め具の問題を解決するために始まった。


しかし、実際に使ってもらうと、片手での操作や蓋の置き場所という、工房の試験だけでは気づきにくい問題が出てきた。


商品を作る側が良いと思うことと、使う側が便利だと感じることは、必ずしも同じではない。


そして、使う人の感想を聞く前に、売り手が答えを決めてしまってはいけない。


「ガルドさん、今日はありがとうございました」


「いや、こっちも助かったよ。こういうふうに使い方を見てもらえると、気になっていたことも話しやすい」


ミハイルが深く頭を下げた。


「貴重なご意見をありがとうございました!」


「おう。また何かあれば言うよ」


店を出た後、ミハイルが俺に尋ねた。


「課長。今回、私は少し我慢できたと思いませんか?」


「そうだな。以前よりはずっとよかった」


「では、私の提案も採用されますか?」


「どれだ?」


「蓋を頭の上に固定する案です!」


「採用しない」


「まだ検討もしていないのに!」


「検討する必要がない」


エルダが笑いながら言った。


「でも、ミハイル。今日は良いことも言っていたわよ」


「本当ですか!」


「ええ。ガルドさんの使い方を見てから、記録を取っていたでしょう」


ミハイルは少し照れくさそうに頭をかいた。


「それは、課長に教えてもらったことですから」


俺は前を向いたまま答えた。


「営業は、売る側の都合だけで進めるものじゃない。相手が何に困っているかを知ることから始まる」


「はい!」


改良はまだ終わっていない。


だが、ガルドの言葉から、次に確認すべきことが見えてきた。


留め具を改善しただけで満足せず、実際に使う人の動作を見て、困りごとを拾い上げる。


それが、今回の試用で得られた一番の収穫だった。


そして、蓋を頭の上に固定する案だけは、今後も採用されることはないだろう。


⸻


営業メモ ②⑥①


顧客の感想を聞く前に、売り手が「きっと喜ぶ」「便利なはず」と決めつけてはいけません。


実際の使用場面を観察し、どの動作で困っているのか、何を改善すれば負担が減るのかを確認することが大切です。


顧客が求めているのは、必ずしも新しい機能ではありません。今ある不便を一つ取り除くだけでも、商品やサービスの価値は高まります。


⸻


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百六十三話 営業課長、便利さと使いやすさの違いを考える


ガルドの意見を受け、エルダは蓋を開いたまま固定する方法を検討する。


しかし、便利な仕組みを追加すれば、部品が増え、洗いにくくなる可能性もある。


ミハイルは新機能の案を次々に出すが、アルトは一つの質問を投げかける。


「それは、本当にお客さんが必要としている機能なのか?」

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