第二百五十八話 営業課長、加工台の調整に隠れた原因を探る
「加工台だけでなく、もう一つ変更されていたものがあった?」
アルトは、ダリオから届いた連絡を読み返した。
「そう。調整をやり直した日に、作業台の下に敷いている固定板も交換したらしいの」
エルダが記録をのぞき込む。
「固定板?」
「加工台そのものが動かないように支える板だ。以前から使っていたものが少し傷んでいたので、新しいものに交換したそうだ」
「それは重要な情報だな」
アルトは記録帳を開いた。
加工台の調整。
固定板の交換。
試し加工。
作業再開。
これまで確認していたのは加工台の調整だけだった。
「つまり、同じ日に二つの変更が行われていたわけだ」
「ええ。加工台の調整が原因なのか、固定板の交換が影響したのか、あるいは両方なのか。今の段階では分からない」
ミハイルが横から顔を出した。
「課長、固定板というのは、加工台を支える板ですよね?」
「そうだ」
「では、板の下にさらに板を敷けば、もっと安定するのではありませんか?」
「板を増やせば安定するとは限らない」
エルダが答えた。
「高さや水平が変わってしまう可能性があるわ」
「なるほど。では、板の下に板、その下に板……」
「やめなさい。工房が板の山になる」
アルトは苦笑した。
「まずは、実際に何が変わったのかを確認しよう。想像だけで改善策を決めるのは早い」
「分かりました!」
ミハイルは記録帳を開いた。
「今回の調査項目は、加工台、固定板、調整内容の三つですね」
「そうだ。それぞれを分けて確認しよう」
◆
翌日、アルトたちは再びダリオの工房を訪れた。
「連絡をもらった件だな」
ダリオが作業台の前で迎えてくれた。
「固定板の交換について詳しく聞きたいと思いまして」
アルトが説明すると、ダリオはうなずいた。
「分かった。実物を見てもらった方が早い」
案内された先には、問題の部品を加工した作業台があった。
大きな加工台の下に、厚い固定板が取り付けられている。
「これが交換した固定板だ」
ダリオは加工台の下を指さした。
「以前のものは、長く使っていたせいで一部が削れていた。作業中にわずかな揺れが出ることがあったんだ」
「それで交換したんですね」
「そうだ。新しい板に替えた後、加工台の高さと水平を調整し直した」
エルダは加工台の周囲を確認した。
「固定板を交換したことで、加工台の位置も変わった可能性がありますね」
「ある。だから調整をやり直したんだ」
「そのとき、どの部分を調整したんですか?」
「高さと水平。それから、部品を固定する位置も確認した」
アルトは記録帳に書き込んだ。
「固定板を交換する前と後で、加工台の状態を比較した記録はありますか?」
「交換前の記録はある。ただ、細かい数値までは残していない」
「なるほど」
「交換後は、水平を確認して問題なしと判断した。だが、部品を加工した後の仕上がりまで、細かく比較したわけじゃない」
エルダが加工台を見つめた。
「それなら、固定板の交換が加工精度に影響した可能性も調べたいですね」
「そうだな」
ダリオは作業台の横に置かれた古い固定板を見せた。
「これが交換前のものだ」
板の端には、長年使われた跡が残っていた。
「この部分が削れている」
エルダが指で示した。
「確かに、片側だけ少し減っていますね」
「以前は、この板の状態に合わせて加工台を調整していた。新しい板に交換したことで、支え方が変わった可能性はある」
アルトは二つの板を見比べた。
「新しい方が必ず良いとは限らない。交換後の状態に合わせて、加工台全体が正しく調整されているか確認する必要があるんですね」
「その通りだ」
ダリオは真剣な表情でうなずいた。
◆
「では、実際に比較してみましょう」
エルダが提案した。
「ただし、今ここで加工台の設定を変えるのではなく、まずは現在の状態を確認したいです」
「分かった」
ダリオは加工台の周囲を片づけた。
エルダは確認用の道具を取り出し、加工台の水平を調べ始めた。
ミハイルも記録係として横についた。
「水平確認、開始します!」
「声に出さなくてもいい」
「記録係ですから、気持ちを込めています!」
「気持ちは数字に入れなくていいぞ」
ミハイルは真面目な顔で記録帳を開いた。
エルダは複数の位置を確認した。
「こちらは問題なさそう。反対側も……」
しばらくして、彼女は確認用の道具を置いた。
「現在の水平は、大きく崩れていないわ」
「では、固定板の交換は問題なかったということですか?」
ミハイルが尋ねた。
「まだよ。現在の状態が安定していることと、加工した部品に影響がなかったことは別の話」
「なるほど」
エルダは加工台の固定部分を確認した。
「ここも確認したい。固定板と加工台の間に、わずかな隙間がないか調べるわ」
「隙間ですか?」
「固定板が均等に支えていなければ、作業中に力がかかったとき、加工台がわずかに動く可能性がある」
ダリオが答えた。
「交換した直後は問題なかったと思うが、もう一度確認してみよう」
エルダは確認用の薄い板を使い、固定部分を調べた。
一か所だけ、ほかよりもわずかに入りやすい場所があった。
「ここね」
「何かありましたか?」
アルトが尋ねる。
「隙間があるように見える。ただ、これだけでは固定板が原因とは言えないわ。板自体の表面や、加工台側の接触面にも違いがあるかもしれない」
ダリオは腕を組んだ。
「交換前の固定板は、削れた部分があった。新しい板は平らに見えるが、加工台との接触面が完全に一致しているとは限らない」
「なるほど」
アルトは記録した。
「固定板の表面と加工台の接触面、それぞれ確認する必要があるな」
ミハイルが手を挙げた。
「では、私が隙間に紙を挟んで確認します!」
「紙の厚みが分からないだろう」
「では、薄い紙を使います!」
「薄さが分からない」
「では、もっと薄い紙を……」
「そういう問題ではない」
エルダは笑いながら言った。
「確認する道具にも、決まった基準が必要なの。適当なものを使うと、結果が人によって変わってしまうわ」
「分かりました。紙の採用は見送ります」
「紙に採用不採用があるのか?」
アルトは苦笑した。
◆
その後、ダリオは交換前の固定板に関する記録を探してくれた。
記録には、交換前の加工台の水平確認と、交換後の調整内容が残されていた。
しかし、固定板の接触状態については詳しい記録がなかった。
「交換前は、古い板の削れた部分に合わせて加工台を調整していたようだ」
ダリオが説明する。
「新しい板に交換した後、加工台の高さを合わせ直した。だが、固定板と加工台の接触状態までは記録していない」
「つまり、調整した内容は分かるけれど、どの部分がどう変わったのかまでは追えないんですね」
エルダが言った。
「そういうことだ」
アルトは記録帳を閉じた。
「今回の調査で、加工台だけでなく固定板の交換も確認対象になった。ここは大きな前進です」
「ただ、固定板が原因だと決まったわけではない」
ダリオが念を押す。
「もちろんです。部品の加工面の傾きと、加工台の状態を別々に確認していきましょう」
「助かる。うちでも、交換後の固定板と加工台の接触状態をもう一度調べてみる」
「こちらでは、問題の部品と問題のない部品を、同じ測定方法で比較します」
エルダが続けた。
「もし加工台の状態が影響しているなら、同じ条件で加工した部品にも似た傾向が出るはずです」
「分かった。加工台の確認結果が出たら知らせよう」
アルトは頭を下げた。
「ありがとうございます。原因を一緒に探していただけるのは、本当に助かります」
ダリオは笑った。
「こちらも、自分たちが作った部品がどこで問題を起こしているのか知りたいからな。売った後のことまで分かれば、次の仕事にも役立つ」
「そうですね」
「それに、ミハイル君の紙の案も、なかなか面白かった」
ミハイルが顔を上げた。
「ありがとうございます!」
「採用はしないがな」
「そこは残念です!」
◆
帰り道。
ミハイルは記録帳を抱えながら歩いていた。
「課長」
「何だ?」
「今回、原因が二つに増えましたね」
「正確には、確認する対象が増えたんだ。原因が増えたと決まったわけじゃない」
「なるほど。固定板の交換が影響した可能性と、加工台の調整が影響した可能性。さらに部品そのものの違いもある」
「そうだな」
「全部を一度に調べると、また分からなくなりそうですね」
アルトは少し笑った。
「いいところに気づいたな。だから、条件を一つずつ分ける」
「まず固定板と加工台の状態を確認する。次に、同じ条件で加工した部品を比較する。そうすれば、どこに違いがあるか見つけやすくなるんですね」
「その通りだ」
ミハイルはうれしそうに記録帳を開いた。
「今日の学びを書いておきます!」
「頼む」
「原因を探すときは、変更したことを全部洗い出す!」
「いいな」
「それから、変更した人の名前も確認する!」
「それは必要だが、責任を押しつけるためじゃないぞ」
「分かっています。確認するためです!」
アルトはうなずいた。
工房に戻ると、エルダはすでに次の試験の準備を始めていた。
「次は、同じ加工台で試し加工をして、加工面の状態を確認したい」
「固定板の確認結果を待たなくていいのか?」
「並行してできることは進めておきたい。ただし、加工台の設定は勝手に変えない。現在の状態を記録してから試すわ」
「分かった。ダリオにも、その方針を伝えよう」
アルトはガルドへの連絡も忘れずに準備した。
納品時期はまだ未定。
品質確認は継続中。
しかし、原因を調べるための協力体制は整いつつあった。
そのとき、エルダが記録帳を見て小さく声を上げた。
「待って。もう一つ、見落としていたことがある」
「何だ?」
「固定板を交換した日と、問題の部品を加工した日が同じとは限らないわ」
アルトは記録を確認した。
確かに、交換作業は午前中。
部品の加工は午後だった。
「それがどうした?」
「交換後、加工を始めるまでの間に、加工台を一度動かしている記録があるの」
「加工台を動かした?」
「ええ。作業場所を空けるために、少し位置をずらしたらしい」
アルトは記録を見つめた。
固定板を交換した。
加工台を調整した。
そして、その後に加工台を動かしていた。
「つまり、調整後に位置を動かしたなら、もう一度確認が必要だった可能性があるな」
エルダは静かにうなずいた。
「そう。加工台を動かした後、どこまで再確認したのか。それを調べる必要がある」
ミハイルが記録帳を抱え直した。
「調べることが、また一つ増えましたね」
「そうだな」
アルトは苦笑した。
「だが、変更したことを一つずつ確認すれば、原因は絞り込める」
「では、次は加工台を動かした後の記録ですね!」
「そうだ」
ミハイルは勢いよく書き込んだ。
「加工台、移動後の確認!」
その下に、なぜか小さくこう書き足した。
『工房内の引っ越しは慎重に』
アルトはそれを見て笑った。
「間違いではないが、少し大げさだな」
「いえ。机を動かしただけで書類が見つからなくなることもありますから」
「それはお前の机の話だろう」
「……はい」
エルダが笑った。
問題の部品に隠された小さな傾き。
その原因は、加工台だけではなく、作業環境の変化にも関係しているかもしれない。
アルトたちは、次の確認へ進むことにした。
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営業メモ ②⑤⑦
問題が起きたときは、直前に変更したことを一つずつ洗い出す。
設備を交換した、調整した、移動した。どれも小さな変更に見えても、結果に影響する可能性がある。
変更後に何を確認したのかまで記録しておけば、原因を追いやすくなる。
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次回予告
第二百五十九話 営業課長、動かした後の確認を見直す
加工台の移動後、十分な確認が行われていなかった可能性が浮かび上がった。
アルトたちは、移動前と移動後の状態を比較するため、ダリオの工房で再確認を始める。
ところが、ミハイルが「動かしたのは加工台だけではない」と気づく。
作業現場に隠れていた、もう一つの変更とは。




