第二百五十五話 営業課長、部品の製造履歴を追いかける
「部品の出生の秘密を探る旅に出ましょう!」
朝からミハイルの声が工房に響いていた。
「旅じゃない。仕入れ先に話を聞きに行くだけだ」
アルトは机の上に並べた記録帳を確認しながら答えた。
「しかし、製造履歴を追うのです。これは立派な冒険ではありませんか?」
「冒険にするな。確認事項が増える」
「では、私は冒険者ではなく調査員ですね!」
「それも違う。営業担当だ」
ミハイルは少し考え込んだ。
「営業担当という職業は、ずいぶん忙しいのですね」
「今さら気づいたのか?」
エルダが苦笑しながら、問題の留め具を小箱に入れた。
「これが擦れ跡の出た部品。こちらが、同じ時期に届いた問題のない部品よ。加工痕に違いがあるように見えるけれど、まだ原因とは言い切れない」
「仕入れ先で、加工工程を確認するんだな」
「ええ。どの作業台を使ったのか、途中で別の工程に回したのか。記録が残っているかも確認したい」
アルトは小箱を受け取った。
「先方を責めるためじゃない。原因を一緒に探すためだ。そこは間違えないようにしよう」
「もちろんです」
ミハイルが胸を張った。
「私は相手の気持ちを傷つけず、必要な情報を聞き出す営業担当です!」
「その意気だ」
「まずは、『あなたの工房が原因ではありませんか?』と聞いてみます!」
「傷つけず、の部分はどこへ行った?」
エルダが吹き出した。
◆
仕入れ先の工房では、以前対応してくれたダリオが三人を迎えた。
「おや、また留め具の件か」
「はい。前回は試験に協力していただき、ありがとうございました」
アルトは頭を下げた。
「今日は、部品の加工工程について確認させてください。こちらで擦れ跡の出た部品を調べたところ、加工痕に少し違いがあるように見えました」
「加工痕?」
ダリオは小箱を受け取り、部品を手に取った。
「確かに、こっちは端の仕上がりが少し違うな」
「どの工程で違いが出る可能性があるでしょうか?」
「まずは加工台を確認したい。うちでは同じ部品でも、注文の量や作業の状況によって使う台が違うことがある」
「以前、急ぎの注文で別の作業台を使ったと聞きました」
エルダが補足する。
「ああ。あのときの分だな。だが、別の台を使ったからといって、必ず仕上がりが変わるわけじゃない」
ダリオは棚から製造記録を取り出した。
「これが最近の加工記録だ」
アルトたちは記録帳をのぞき込んだ。
日付、作業者、加工台、仕上げの担当者。
細かな記録が並んでいる。
「ずいぶん丁寧に残しているんですね」
ミハイルが感心した。
「後で何かあったとき、分からなくなると困るからな」
「なるほど。私も自分の行動を全部記録すれば、過去の失敗を振り返れるわけですね」
「お前は記録する前に、失敗を減らせ」
アルトが言うと、ダリオが笑った。
「それで、どの部品を調べたい?」
エルダは小箱から二つの部品を取り出した。
「この二つです。片方は繰り返し使用した後に擦れ跡が出ました。もう片方は、同じ試験でも目立った問題がありませんでした」
ダリオは記録帳をめくった。
「この番号なら……」
指先が一つの行で止まった。
「こっちは通常の加工台。もう一つは、別の加工台で仕上げている」
「やはり、加工台の違いでしょうか?」
ミハイルが身を乗り出す。
「まだ分からん」
ダリオはすぐに答えた。
「別の加工台を使った記録はあるが、同じ台で作った部品が全部同じ状態になるとは限らない。作業者や材料の状態も関係する」
アルトはうなずいた。
「加工台だけを原因にしない方がよさそうですね」
「そういうことだ」
ダリオは別の記録を取り出した。
「それと、気になることがある」
「何でしょう?」
「この日の加工は、途中で一度止まっている。材料が届くのを待っていたんだ」
「材料待ちですか?」
「そうだ。作業を再開したとき、加工台の調整をやり直した記録がある」
エルダの表情が引き締まった。
「調整をやり直した……」
「ただし、調整後に試し加工をしている。記録上は問題なしだ」
「試し加工した部品は残っていますか?」
「普通は残さないが、今回は少し事情が違う」
ダリオは棚の奥から小さな箱を取り出した。
「作業者が確認用に取っておいたものがあるかもしれない」
箱の中には、いくつかの金属片が入っていた。
その一つに、問題の部品とよく似た加工痕が見えた。
「これですか?」
エルダが尋ねる。
「いや、これは試し加工の後に作った部品だ。製品として出荷したものではない」
「では、比較に使えますね」
「使えるかもしれない。だが、保管中に傷がついている可能性もある。扱いには気をつけてくれ」
アルトは慎重に確認した。
「この部品が、いつ、どの作業台で加工されたものか分かりますか?」
「記録を照らし合わせれば分かるはずだ」
ダリオは記録帳を開き直した。
◆
調査を進める中で、ミハイルが一つの記録を指さした。
「課長、見つけました!」
「何を?」
「問題の部品を加工した日の記録です。作業者の欄に『ダリオ』とあります!」
ダリオが顔を上げた。
「俺か?」
「はい。つまり、今回の問題はダリオさんが加工した部品に集中しているということですね!」
「待て」
アルトは記録帳を受け取った。
「この欄は作業者じゃない。確認担当者の欄だ」
「えっ?」
「加工した人の名前は、隣の欄に書いてある」
ミハイルは記録帳をのぞき込んだ。
そこには、別の職人の名前が記されていた。
「……本当ですね」
「危なかったな」
エルダが小さく息を吐いた。
ダリオは苦笑した。
「俺が犯人にされるところだったな」
「申し訳ありません!」
ミハイルは勢いよく頭を下げた。
「私は記録の読み方を間違えてしまいました!」
「間違いに気づけたならいい。だが、確認せずに結論を出すのは危険だ」
アルトは記録帳を閉じた。
「情報を集めることと、情報を正しく読むことは別だ。名前が書いてあっても、それが何の担当なのか確認しないといけない」
「はい……」
ミハイルは肩を落とした。
ダリオは笑いながら言った。
「まあ、俺も自分の名前があったから驚いたよ。記録は見慣れているつもりでも、欄を読み違えることはある」
「今後は気をつけます」
「それに、今回の記録から分かったこともある」
ダリオは別の行を指さした。
「問題の部品を加工した職人は、普段は通常の加工台を使っている。だが、この日は調整後の加工台を使っている」
「つまり、別の加工台を使ったことだけでなく、調整のやり直しも確認する必要があるんですね」
エルダが言った。
「そうだ。調整後の状態が安定していたか、もう一度確認した方がいい」
アルトは記録帳に要点を書き留めた。
「次は、調整前と調整後の試し加工品を比較できれば、手掛かりになりそうです」
「残っているか探してみよう」
ダリオが答えた。
◆
工房を出る前、アルトはダリオに確認した。
「今回の調査で分かったことを整理します。問題の部品は、通常とは異なる加工台で仕上げられたものが含まれている。ただし、それだけが原因とはまだ言えない。加工台の調整をやり直した日があり、その後の試し加工品も確認する必要がある。ここまでで間違いありませんか?」
「間違いない」
「では、こちらでも部品の形状と取り付け位置を調べます。そちらでは、加工台の調整記録と試し加工品を確認していただけますか?」
「分かった。確認できたら知らせる」
「ありがとうございます」
アルトは頭を下げた。
「原因が分かれば、こちらの組み立て工程も見直せます。お互いに無理のない形で改善できればと思っています」
「こちらこそだ。原因が分からないまま出荷を続けるのは、うちとしても気持ちが悪い」
ダリオは小箱を見た。
「それに、部品を作る側としても、使う側で何が起きているか知りたい。こういう話は、早めに共有してもらった方が助かる」
「ありがとうございます」
帰り道、ミハイルは珍しく静かだった。
「どうした?」
アルトが尋ねると、ミハイルは記録帳を見つめた。
「私、名前を見つけた瞬間に、原因が分かったと思ってしまいました」
「誰にでもあることだ」
「でも、あのまま話を進めていたら、ダリオさんに迷惑をかけていました」
「だから、確認が必要なんだ。営業は情報を持っているだけでは足りない。その情報が何を意味しているのか、相手と一緒に確かめる必要がある」
「はい」
ミハイルは少し考えてから顔を上げた。
「課長。私、これからは記録帳の欄を全部確認してから発言します!」
「それがいい」
「まずは自分の名前がどこに書いてあるか確認します!」
「お前の名前は、今日の反省欄に書いておけ」
「反省欄があるんですか?」
「今から作る」
「私専用ですか!」
エルダが笑い声を上げた。
工房に戻ると、アルトはガルドに現状を伝えるための連絡を準備した。
原因はまだ確定していない。
だが、調べるべき場所は少しずつ絞られてきた。
加工台の調整。
試し加工品の状態。
そして、部品の取り付け位置。
一つずつ確かめていけば、必ず次の手掛かりが見つかるはずだ。
そのとき、エルダが小箱の中を確認して声を上げた。
「アルト、ちょっと見て」
「どうした?」
「ダリオさんから預かった試し加工品。これ、問題の部品と加工痕が似ているけれど、端の厚みが違う」
「厚み?」
「ええ。しかも、加工台の調整をやり直す前の部品より、わずかに厚い」
アルトは二つの部品を並べた。
ほんの小さな違いだった。
だが、その違いが留め具の擦れにつながっている可能性がある。
「次は厚みを測ろう。加工台の調整記録とも照らし合わせる」
エルダはうなずいた。
「ようやく、具体的な比較ができそうね」
ミハイルが横から顔を出した。
「厚みなら、私の手で挟んで比べられます!」
「測定器を使え」
「はい!」
「手の感覚は参考程度だ」
「私の感覚は、なかなか鋭いですよ」
「さっき記録の欄を間違えた人間の感覚を、いきなり採用するわけにはいかない」
「それは……反省しています」
アルトは笑いながら、部品を測定台に置いた。
小さな違いを見逃さないこと。
そして、見つけた違いをすぐに原因と決めつけないこと。
その二つを守りながら、アルトたちは次の検証へ進むのだった。
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営業メモ ②⑤④
記録に書かれた情報は、項目の意味まで確認して初めて正しく使える。
名前や数字だけを見て結論を出すと、誤解や責任の押しつけにつながる。
相手と一緒に事実を確認し、分かったことと、まだ分からないことを分けて伝えることが信頼につながる。
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次回予告
第二百五十六話 営業課長、わずかな厚みの差を測り直す
試し加工品と問題の部品に見つかった、わずかな厚みの違い。
エルダは測定を始めるが、測る場所によって数値が変わることに気づく。
ミハイルは測定器の扱いに自信満々だが、その自信がまたしても工房を騒がせることに……。




