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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百五十二話 営業課長、繰り返し使って初めて見える問題に挑む


 工房の作業台に、改良型の保温容器が四つ並んでいた。


 その横には、試験結果を記録するための紙と、開閉回数を数えるための小さな木札が置かれている。


 今日の目的は、単純だった。


 留め具を何度も開閉し、使い続けたときに問題が起きないか確認する。


 見た目がきれいでも、一度閉めて問題がなくても、それだけでは十分ではない。


 毎日使う商品なら、毎日の使用に耐えられる必要がある。


「今回は、開閉を繰り返す試験をするわ」


 エルダが四つの容器を指さした。


「通常工程の部品を使ったものと、別工程の部品を使ったもの。それぞれ二つずつ用意したの」


「条件をそろえて比較するわけだな」


「ええ。開閉するときの力も、できるだけ同じになるようにするわ。途中で留め具の状態も確認する」


 アルトは記録用紙を確認した。


「何回まで試す予定だ?」


「まずは百回。その途中で異常が出たら、そこで止めて状態を確認する。百回で問題がなくても、それだけで長期間使えると判断するわけではないけれど」


「最初の比較としてはいいな」


 ミハイルが勢いよく手を挙げた。


「課長! 回数を数える役目は僕にお任せください!」


「頼もしいな。正確に頼むぞ」


「はい! 僕の計算能力を見せて差し上げます!」


 アルトは少し不安を覚えた。


「数えるだけだからな。難しい計算は必要ないぞ」


「そこはご安心ください。僕は一から百まで数えられます!」


「それは普通に安心できる話のはずなんだが……」


 エルダが小さく笑った。


「では、お願いするわね」


 こうして、試験が始まった。


     *


「一回!」


 ミハイルが声を上げた。


 エルダが蓋を開け、再び閉める。


「二回!」


 カチッ。


「三回!」


 カチッ。


 最初のうちは順調だった。


 アルトは留め具の動きを観察し、エルダは閉じるときの感触を確認する。


 ミハイルは木札を一枚ずつ動かしながら、回数を数えていた。


「二十回!」


「もう二十回か」


 アルトが記録用紙に数字を書き込む。


「まだまだいけます! 次は三十回を目指しましょう!」


「目指すというより、順番に数えるだけだぞ」


「目標があった方が頑張れます!」


「そうか……」


 ミハイルは、やけに張り切っていた。


 ところが、四十回を過ぎた頃から、少し様子が変わった。


「四十六回!」


 カチッ。


「四十七回!」


 カチッ。


「四十九回!」


 アルトが顔を上げた。


「ミハイル。四十八回は?」


「……あれ?」


「今、四十七回の次に四十九回と言ったぞ」


「おかしいですね。四十八回が逃げたのでしょうか」


「数字は逃げない」


「では、僕が見失ったんですね!」


「それはそうだろうな」


 エルダが手を止めた。


「一度、記録を確認しましょう。回数が曖昧になったら、試験結果の意味がなくなるわ」


「はい!」


 ミハイルは木札を並べ直した。


 しかし、木札は四十七枚ではなく、四十九枚あった。


「……あれ?」


「今度はどうした?」


「木札が二枚多いです」


「数え間違いだな」


「いえ、違います! 僕はちゃんと数えました!」


「その言葉を、さっきも聞いた気がするぞ」


 ミハイルは木札を一枚ずつ確認し始めた。


 すると、木札の裏側に小さな印が付いているものが二枚あった。


「これは何だ?」


 アルトが尋ねると、ミハイルは少し気まずそうに答えた。


「応援用です」


「応援用?」


「はい。頑張っている容器に、応援の気持ちを込めて追加しました!」


「木札を追加しても、容器は頑張らないぞ!」


「でも、気持ちは伝わるかと……」


「試験に気持ちを混ぜるな!」


 エルダは笑いながらも、木札をすべて回収した。


「ミハイル。これからは、私が開閉回数を数えるわ。あなたは記録用紙への記入をお願い」


「わかりました……」


「数える人と記録する人を分ければ、間違いにも気づきやすくなる」


 アルトはそう言って、記録用紙を整えた。


「試験では、作業そのものだけじゃなく、記録の正確さも大事だからな」


「はい。今度は数字に応援を入れません!」


「最初から入れないでくれ」


     *


 試験を再開してからは、順調に進んだ。


 五十回。


 六十回。


 七十回。


 エルダが一定の動きで開閉を繰り返す。


 アルトは、十回ごとに留め具の状態を確認した。


 通常工程の部品を使った容器は、今のところ大きな変化がない。


 別工程の部品を使った容器も、一つは問題なく動いていた。


 しかし、もう一つの容器では、六十回を過ぎた頃から、閉じるときにわずかな抵抗が出始めた。


「少し感触が変わってきたわね」


 エルダが手を止めた。


「最初より引っかかる感じがある」


 アルトも蓋を開閉してみた。


 確かに、最初よりも閉じるときに力が必要だった。


「これは記録しておこう。まだ壊れてはいないけれど、変化が出ている」


「ええ。ここから先は、無理に続けず、いったん状態を確認しましょう」


 エルダは留め具を取り外した。


 目立った破損はない。


 しかし、接触する部分に、わずかな擦れ跡が見つかった。


「ここね」


「摩耗しているのか?」


「まだ断定はできないけれど、擦れた跡があるわ。最初からあった傷なのか、開閉を繰り返してできたものなのか、確認する必要がある」


 アルトは記録用紙に、六十回を過ぎた頃から抵抗が増えたことを書き込んだ。


「通常工程の部品では、同じような変化は出ていないな」


「そうね。ただ、試験した数はまだ少ない。これだけで別工程の部品が原因だとは決められないわ」


 ミハイルが、心配そうに容器を見た。


「課長。これは大変です。容器が疲れてしまったんでしょうか?」


「疲れたというより、使うことで部品に変化が出た可能性がある」


「では、休ませれば元に戻りますか?」


「人間の疲労とは違うんだ」


「そうですか……。では、温かい飲み物を差し入れるのは?」


「容器の中に入れるな!」


 エルダが吹き出した。


「ミハイル、容器に飲み物を入れるのは本来の使い方よ」


「そうでした! それなら、いつも通りですね!」


「でも、今は試験中だから、余計な条件を加えないでね」


「はい!」


 アルトは、擦れ跡のある部品を小さな袋に入れた。


「この部品は、ほかのものと混ぜずに保管しておこう。あとで試験前の状態と比較できるようにする」


「わかったわ」


     *


 午後の試験では、残りの容器も開閉を繰り返した。


 結果は、同じではなかった。


 通常工程の部品を使った二つは、百回まで大きな変化が見られなかった。


 別工程の部品を使った二つのうち、一つは百回まで問題なく動いた。


 もう一つは、六十回を過ぎた頃から抵抗が増え、擦れ跡も確認された。


「同じ別工程でも、結果が違うのね」


 エルダが記録を見ながら言った。


「部品の形の違いが影響しているのかもしれない。取り付け位置も関係している可能性がある」


 アルトは、四つの試験結果を並べた。


「今回わかったことは、百回の開閉で問題が出なかったものもあれば、途中で感触が変わったものもあったということだ」


「ええ。百回まで問題がなかったからといって、長期間の使用に問題がないとは言えないわ」


「逆に、六十回で抵抗が増えたものは、その原因を調べる必要がある」


 ミハイルが、記録用紙を見つめていた。


「課長。僕は、今回の試験で大切なことを学びました」


「何だ?」


「百回数えるより、百回正確に数える方が大変だということです!」


「それは間違いないな」


「そして、応援用の木札は不要だということも!」


「そこも覚えてくれてよかった」


「次回からは、応援の気持ちは声で伝えます!」


「それも試験中は控えてくれ」


「はい!」


 アルトは、擦れ跡のある留め具を手に取った。


 小さな跡だった。


 目立つ傷でもない。


 新品の状態では、ほとんど気づかなかっただろう。


 だが、開閉を繰り返すことで、その小さな違いが少しずつ表に出てきた。


「エルダ。擦れ跡の位置と、留め具の厚み、それから取り付け位置をもう一度比べてみよう」


「そうね。どこが接触しているのか、詳しく調べてみるわ」


「必要なら、仕入れ先にも試験結果を共有しよう」


「わかった。向こうでも同じ条件で試してもらえるかもしれないわね」


 アルトはうなずいた。


 今回の試験は、製品の欠点を探すためだけのものではない。


 使い続けたときに何が起きるのかを知り、安心して使える商品に近づけるためのものだ。


 問題が見つかったことは、必ずしも悪いことではない。


 出荷する前に気づけたのなら、改善する機会になる。


     *


 夕方。


 アルトは試験結果を持って、ガルドの店を訪れた。


「今日は、繰り返し開閉する試験をしたんだ」


「どうだった?」


「四つの容器で試した。三つは百回まで大きな変化がなかったけれど、一つは六十回を過ぎた頃から閉まり方に変化が出た」


「全部が同じ結果じゃなかったのか」


「そうなんだ。だから、まだ原因を確定できない。今は、部品の形や取り付け位置、固定具との関係を調べている」


 ガルドは記録用紙を見た。


「百回も開け閉めしたのか。ずいぶん大変な試験だな」


「使う人は、毎日何度も開け閉めするからね。売る側が一度試しただけで問題ないと言うわけにはいかない」


「確かにな」


 ガルドは納得したようにうなずいた。


「結果が出るまでは、新型の注文を急がない方がいいな」


「助かるよ。確認できたことは、きちんと報告する」


「こっちも、店に置く場所を考えておく。今度は、使い方を説明する札も用意したいな」


「いい考えだ。商品の特徴だけでなく、開け閉めするときの注意点も必要なら案内できる」


 ガルドは笑った。


「客に使い方を説明する前に、ミハイル君に説明しておいた方がいいかもしれないな」


「……どうしてだ?」


「この前、留め具に応援していたんだろう?」


「もうそこまで広まっているのか……」


 アルトは額に手を当てた。


「ミハイル君は、うちの店でも人気者になれそうだぞ」


「人気者の方向が違う!」


     *


 工房に戻ると、エルダが試験用の留め具を並べていた。


「アルト。少し気になることがあるの」


「何かわかったのか?」


「擦れ跡が出た部品と、百回まで問題がなかった部品を比べていたんだけど……」


 エルダは二つの留め具を並べた。


「擦れ跡が出た方は、留め具の端がほんの少しだけ内側に曲がっているように見えるの」


「取り付ける前から?」


「そこまではわからない。取り付けたときに曲がったのか、開閉を繰り返すうちに変形したのか、確認が必要ね」


 アルトは二つの部品を見比べた。


「最初の形を記録しておけば、途中でどう変わったか比較できるな」


「ええ。次は取り付ける前の部品を測って、試験の途中でも同じ場所を確認するわ」


 アルトはうなずいた。


「今度は、開閉回数だけでなく、部品の形の変化も追おう」


 ミハイルが、そっと近づいてきた。


「課長。次の試験では、僕も何か役に立てますか?」


「もちろん。回数の記録と、試験前後の部品の整理を頼みたい」


「お任せください! 今度は応援用の木札を使いません!」


「それは助かる」


「代わりに、百回ごとに拍手をします!」


「拍手もいらない!」


 エルダの笑い声が工房に響いた。


 アルトは、記録用紙の最後に次の確認事項を書き加えた。


 ――試験前後で、留め具の形がどう変わるかを確認する。


 小さな擦れ跡は、ただの傷なのか。


 それとも、長く使うことで起きる変形の始まりなのか。


 答えは、まだ出ていない。


 けれど、今回の試験で見つかった変化を見過ごすわけにはいかなかった。


 商品を売るということは、売った後の使われ方にも責任を持つということなのだから。


営業メモ ②⑤①


商品を確認するときは、新品の状態だけで判断しないこと。


実際の使用を想定して繰り返し試験を行い、途中で変化がないかを確認する。異常が見つかった場合は、無理に試験を続けず、状態を記録して原因を調べる。


また、試験回数だけでなく、使用前後の部品の状態も比較すると、目に見えにくい変化を発見しやすくなる。


「今は問題ない」と「長く使っても問題ない」は別の判断。確認できた範囲を正確に伝えることが、商品の信用を守る。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百五十三話 営業課長、傷の正体を見極める


百回の開閉試験で、一つの留め具に擦れ跡が見つかった。


エルダは、試験前後の部品の形を比べるため、測定方法を工夫することにする。


ところが、ミハイルが測定具を持ち上げて、妙なことを言い出した。


「課長! この部品、試験前より少し痩せた気がします!」


「部品に体重の概念はない!」


小さな傷の正体を追うアルトたちに、次の課題が待ち受けていた。

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