第二百五十話 営業課長、同じ部品なのに違う理由を探る
工房の作業台には、二種類の留め具が並んでいた。
一方は、これまで使ってきた通常工程の部品。
もう一方は、三日前の納入分に含まれていた、別工程で仕上げられた部品だ。
見た目は、ほとんど変わらない。
並べて眺めても、違いを見つけるのは難しかった。
ただし、昨日までのアルトなら、見た目が同じなら問題ないと考えていたかもしれない。
今は違う。
見た目が同じでも、使ったときに同じ結果になるとは限らない。
「よし。今日は、この二種類を比べてみよう」
アルトが言うと、エルダは測定具を手に取った。
「仕入れ先から返事が来たわ。三日前の部品は、急ぎの注文に対応するため、一部を別の作業台で仕上げたそうよ」
「作業台が違っただけか?」
「それだけではないみたい。普段使っている固定具が足りなくなって、別の固定具を使ったらしいの」
アルトは二種類の留め具を見比べた。
「つまり、仕上げる場所だけでなく、固定する道具も違った可能性があるわけだ」
「ええ。ただ、仕入れ先は『同じ寸法になるように作ったから、品質に問題はないはずだ』と言っているわ」
ミハイルが胸を張った。
「なるほど! 同じ寸法なら、同じ品質! これで解決ですね!」
「まだ何も解決していないぞ」
「えっ?」
「寸法が同じかどうかも、使ったときに同じ動きをするかどうかも、これから確かめるんだ」
ミハイルは二つの留め具を交互に見た。
「では、僕が見分けてみせます!」
「何を基準に?」
「長年の営業経験です!」
「君の営業経験、まだそんなに長くないだろう」
「心の中では、ベテランです!」
「心の中だけで製品検査をするな!」
エルダが笑いながら、測定具を作業台に置いた。
「まずは寸法から確認するわ。見た目で判断するより、実際に測った方が確実だから」
*
最初に調べたのは、留め具の厚みだった。
通常工程の部品を五つ。
別工程の部品も五つ。
それぞれ同じ位置を測り、記録用紙に数字を書き込んでいく。
「通常工程の五つは、ほぼ同じ範囲に収まっているわね」
エルダが言った。
「別工程の方は?」
「こちらも、大きな差はない。ただ、端の部分にわずかな違いがあるものが混じっているわ」
「その違いは、問題になる大きさなのか?」
「今の段階では判断できない。どこまでの違いなら正常に使えるのか、基準を確認する必要があるわ」
アルトはうなずいた。
測定値に差があることと、その差が不具合につながることは別の話だ。
数字が違うからといって、すべてを不良品と決めつけるわけにはいかない。
逆に、数字が近いからといって、安全だと決めつけることもできない。
「次は、実際に容器へ取り付けてみよう。部品単体の測定だけでは、使ったときの動きまではわからないからな」
エルダは二種類の留め具を、それぞれ同じ治具を使って取り付けた。
一つ目。
蓋を閉める。
カチッ。
二つ目。
カチッ。
三つ目。
カチッ。
音だけなら、どれも似ている。
しかし、アルトが順番に開閉してみると、別工程の部品を使った容器の一つだけ、閉じる直前にわずかな引っかかりがあった。
「……これか」
「私も気になっていたの。何度か試すと、引っかかるものと、そうでないものがあるわ」
「同じ別工程の部品でも、全部が同じ結果になるわけじゃないんだな」
「ええ。だから、別工程だから全部悪いとも、全部問題ないとも言えないのよ」
ミハイルが、深刻な顔でうなずいた。
「つまり、部品には個性があるんですね!」
「違う。今はまだ、どんな条件で差が出るのかを調べているところだ」
「でも、個性という言葉なら、お客様にも親しみを持ってもらえます!」
「品質のばらつきを、個性という言葉でごまかすな!」
「では、『一つひとつ違う、世界に一つだけの留め具』は?」
「売り文句にするな!」
エルダは笑いながらも、記録用紙に結果を書き込んだ。
「同じ治具を使っても、閉まり方に差が出る。ここは重要ね」
「そうだな。作業者の取り付け方だけでは説明できない可能性がある」
アルトは、二種類の部品を分けて置いた。
まだ原因はわからない。
だが、確認すべき場所は少しずつ絞られてきた。
*
昼過ぎ。
エルダは、留め具を取り付ける前の部品を再び並べた。
「もう一つ、試したいことがあるわ」
「何をするんだ?」
「固定具の違いが、部品の形に影響しているかもしれない。仕入れ先に、普段使っている固定具と、別工程で使った固定具の両方を確認してもらいたいの」
「こちらでも、同じ部品を使って取り付け方を変えてみるか?」
「それはできるわ。ただし、部品そのものの違いと、取り付け方の違いを混ぜないようにしたいの」
アルトは少し考えた。
「まずは部品をそろえて、取り付け方だけを変える。次に、取り付け方をそろえて、部品だけを変える。そうすれば、何が影響しているのかを分けて考えやすい」
「そういうことね」
ミハイルが、勢いよく手を挙げた。
「では、僕が条件を変えてみます!」
「どんな条件を?」
「まず、留め具を取り付ける前に励まします!」
「条件を変えるって、そういう意味じゃない!」
「『君ならできる!』と声をかければ、部品も本来の力を発揮するかもしれません!」
「部品のやる気を検査する予定はない!」
アルトは笑いながら、ミハイルに記録用紙を渡した。
「君は、試験した部品の番号と、どの条件で取り付けたかを記録してくれ」
「記録係ですか?」
「そう。条件がわからなくなったら、結果を比べられないからな」
「お任せください! 今度こそ、正確に記録します!」
ミハイルは紙に向かい、真剣に書き始めた。
数分後。
「課長、記録できました!」
「見せてくれ」
アルトが用紙を受け取る。
そこには、こう書かれていた。
通常工程の部品――やる気あり。
別工程の部品――やる気が読めない。
アルトは静かに用紙を置いた。
「ミハイル」
「はい!」
「これは何の記録だ?」
「部品の状態です!」
「違う!」
「では、やる気の測定結果でしょうか?」
「そんな測定はしていない!」
エルダは作業台に手をついて笑いをこらえていた。
「ごめんなさい……。でも、これはちょっと……」
「エルダまで笑わないでください!」
「ミハイル。部品番号、使用した固定具、取り付けた担当者、閉まり方。この四つを記録するんだ」
「わかりました! 今度こそ!」
アルトは、記録用紙を新しく一枚渡した。
「頼むぞ。君のやる気は十分に伝わったから」
「はい! 部品にも伝えておきます!」
「伝えなくていい!」
*
試験を繰り返すうちに、少しずつ傾向が見えてきた。
通常工程の部品は、閉まり方が比較的安定している。
別工程の部品は、すべてが悪いわけではないものの、いくつかに引っかかりが見られた。
そして、同じ別工程の部品でも、取り付ける位置を微調整すると、引っかかりが弱まるものがあった。
「これは、部品の形と取り付け位置の両方が関係しているのかもしれないわね」
エルダが言った。
「ただし、まだ断定はできない。ほかの部品でも同じ結果になるか、確認が必要だわ」
アルトは記録を見直した。
「少なくとも、今の試験では、別工程の部品を使ったときに、閉まり方が不安定になるものがある。それは確認できた」
「ええ。仕入れ先の説明だけで問題なしと判断しなくてよかったわ」
「もちろん、仕入れ先が間違っていると決まったわけでもない。寸法が同じでも、形の細かな違いが使い心地に影響することがある。その可能性を一緒に確認する必要があるんだ」
ミハイルが記録用紙を持ってきた。
「課長! 今回は正しく記録しました!」
アルトは目を通した。
部品番号。
工程の区分。
取り付け条件。
開閉確認の結果。
必要な情報が、きちんとそろっていた。
「よし。これなら比較できる」
「ありがとうございます!」
「ようやく、部品のやる気から卒業できたな」
「はい! 部品の気持ちは、記録できないと学びました!」
「学ぶ場所が、そこなのか……」
エルダが笑った。
「でも、ミハイルの言う通り、見た目だけではわからないこともあるわね」
「そうだな。だから、目で見て、測って、実際に使ってみる。それぞれの結果を合わせて考える必要がある」
アルトは記録用紙をまとめた。
「次は、仕入れ先の固定具について確認しよう。こちらの試験結果も伝えて、同じ条件で再現できるか相談する」
「わかったわ。別工程の部品が、どんな固定具で作られたのか。そこがわかれば、もう少し原因に近づけるかもしれない」
アルトはうなずいた。
品質の問題を解決するには、誰か一人の判断だけでは足りない。
現物を調べる人。
製造の条件を知る人。
記録を管理する人。
それぞれの情報をつなげて、初めて見えてくることがある。
営業の仕事も同じだ。
取引先の言葉をそのまま信じるだけでも、疑ってかかるだけでも、問題は解決しない。
相手の説明を聞き、自分たちの手元でも確かめ、同じ事実を見ながら次の対応を決める。
それが、長く付き合える取引につながる。
*
夕方。
エルダのもとに、仕入れ先から追加の返事が届いた。
普段使っている固定具は、部品を一定の位置で押さえる構造になっている。
一方、三日前に使った固定具は、形が似ているものの、押さえる位置がわずかに違っていたという。
「やっぱり、固定具に違いがあったのね」
エルダは資料を見つめた。
「ただ、これだけでは、今回の引っかかりの原因だと断定できない。実際に固定具を見て、同じ部品で試す必要があるわ」
「仕入れ先から、現物を借りられそうか?」
「確認してみる。向こうも、こちらの試験結果には興味を持ってくれたみたい」
アルトはほっと息をついた。
少なくとも、話し合いは前に進んでいる。
ミハイルが、資料をのぞき込んだ。
「課長。固定具が違ったということは、犯人が見つかったんですね!」
「まだ犯人はいない」
「では、容疑者ですか?」
「その言い方もやめなさい」
「わかりました。重要参考部品ですね!」
「部品に肩書きを付けるな!」
エルダが、とうとう声を上げて笑った。
「もう、ミハイル。あなたがいると、検査が少し楽しくなるわね」
「ありがとうございます! では、検査手当を……」
「そこにつなげるな!」
アルトは苦笑しながら、二種類の留め具を箱に戻した。
今日の試験でわかったのは、別工程の部品の一部に、閉まり方の違いが見られたということ。
その違いには、部品の形や取り付け位置が関係している可能性がある。
そして、別工程で使われた固定具にも、通常とは異なる点があった。
ただし、原因の確定には、まだ試験が必要だ。
焦って結論を出せば、別の問題を見落とすかもしれない。
アルトは記録用紙の最後に、次の確認事項を書き加えた。
――固定具の違いが、部品の形と閉まり方に影響するかを確かめる。
小さな違いの正体は、少しずつ見え始めていた。
だが、その違いを本当に説明できるようになるには、もう一歩、踏み込む必要がありそうだった。
営業メモ ②④⑨
見た目や寸法が似ていても、実際の使用結果まで同じとは限らない。
原因を調べるときは、部品そのもの、加工工程、取り付け方法などの条件を一度に変えず、一つずつ比較する。試験した部品の番号や条件、結果を記録しておけば、再現性を確認しやすくなる。
取引先の説明を否定することが目的ではない。現物と記録を使って事実を確かめ、双方が納得できる改善策を探すことが重要だ。
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次回予告
第二百五十一話 営業課長、原因を確かめるために頭を下げる
仕入れ先から、別工程で使った固定具を借りられることになった。
ところが、確認を進めるには、工房側でも作業台と人手を確保しなければならない。エルダは製造予定を調整し、アルトは仕入れ先に追加の協力を頼むことになる。
「こちらの記録が足りなかったことも、きちんと伝えよう」
アルトがそう告げると、ミハイルはなぜか一緒に頭を下げ始めた。
「僕も、部品の気持ちを記録してしまった責任があります!」
「そこは反省しなくていいから、次は正しく書いてくれ!」
原因究明は、工房の外へと広がっていく。




