第二百四十九話 営業課長、届いた部品の足跡をたどる
翌朝。
アルトが工房に顔を出すと、作業台の上に木箱が三つ並んでいた。
その前で、エルダが腕を組んでいる。
そして、ミハイルは木箱に向かって何やら話しかけていた。
「……君たちは、いつ、どこからやってきたんだい?」
「ミハイル。朝から何をしている?」
アルトが声をかけると、ミハイルは真剣な顔で振り返った。
「部品の聞き込みです!」
「……部品の?」
「はい。昨日、部品にも足跡があると課長がおっしゃいましたので!」
「言ってない。記録を調べると言ったんだ」
「つまり、部品の過去を探るということですよね?」
「言い換え方が妙に壮大だな」
エルダが木箱を指さした。
「この三つは、保管棚にあった留め具よ。どれも同じ種類として管理されていたんだけど、加工の跡が少し違うものが混じっていたの」
アルトは箱の中を確認した。
見た目は、ほとんど同じ留め具だ。
だが、いくつかを並べると、端の仕上がりや表面の滑らかさに小さな違いが見える。
「まずは、いつ届いたものなのかを調べよう。仕入れの記録は残っているか?」
「受け取りの記録はあるわ。ただ、箱の中身を全部数えた記録と、作業場へ運んだ記録が別々なのよ」
「同じ部品なのに、記録が別々か」
「ええ。受け取り担当は数量を確認する。私は作業場へ運ぶときに必要な数を受け取る。でも、箱ごとの印を記録する習慣はなかったの」
アルトはうなずいた。
「それなら、記録を見ても、今ここにある部品がどの箱に入っていたものかまではわからないかもしれないな」
「そうなの。数量は追えても、個々の箱とのつながりが切れている」
ミハイルが、すかさず手を挙げた。
「なら、今後は箱に名前を書きましょう!」
「それは悪くない。ただし、何を書けば後から役に立つ?」
「名前、好きな食べ物、趣味……」
「部品の履歴を調べるんだ。自己紹介欄は必要ない」
「では、長所と短所を……」
「部品に面接をするな!」
アルトは笑いながら、木箱の印を確認した。
三つとも、仕入れ先を示す印は同じだった。
しかし、一つだけ、箱の側面に小さな線が二本引かれている。
「この線は何だ?」
エルダが箱をのぞき込んだ。
「前からあった印かしら……。少なくとも、私が付けたものではないわ」
「受け取り担当が書いた可能性は?」
「確認してみる必要があるわね」
アルトはその印を記録用紙に描き写した。
いきなり原因を決めつけるのではなく、まずは確認できる事実を集める。
営業でも、製造でも、やることは同じだった。
ただし、部品に趣味を聞く必要はない。
そこだけは、ミハイルにも理解してもらいたいところだった。
*
エルダが受け取りの記録を持ってきたのは、それからしばらくしてのことだった。
記録には、留め具の納入日と数量が書かれている。
最初の納入は、十日前。
次は六日前。
そして、三日前にも少量が届いていた。
「三回に分けて届いていたのか」
「ええ。必要になった分を追加で頼んだの。どれも同じ仕入れ先だから、同じ種類の部品として棚に置いていたわ」
「それぞれの納入数量は?」
エルダが記録を指で追う。
「十日前が四十個。六日前が二十個。三日前が十個ね」
アルトは木箱の中身を見た。
「この三箱は、どの納入分に当たるんだ?」
「そこがわからないの。受け取ったときには箱ごとに置いていたけれど、作業場へ運ぶ際にまとめてしまったから」
「つまり、三回分の部品が混ざっている可能性がある」
「そうなるわね」
ミハイルが眉を寄せた。
「これは大変です。部品の出身地がわからなくなってしまった!」
「出身地というより、納入時期だな」
「では、部品の年齢を調べるんですね!」
「年齢でもない!」
アルトは記録用紙に三つの日付を書いた。
十日前。
六日前。
三日前。
「まず、納入時期によって加工の跡に違いがあるかを確認しよう。箱の印だけでは判断できないけれど、受け取り担当が覚えていることがあるかもしれない」
「聞いてみるわ。あの人なら、箱を運んだときのことを覚えているかもしれない」
「頼む。ただし、記憶だけで決めないように。記録と合う部分、合わない部分を分けておこう」
エルダは記録を持って、工房の外へ出ていった。
アルトは残った部品を、加工の跡が似ているもの同士に分けた。
ミハイルも手伝い始めたが、三個目を手に取ったところで首をかしげた。
「課長。これ、どちらの仲間に入れればいいんでしょう?」
「どちらにも決められないなら、無理に分けずに別にしておこう」
「なるほど。わからないものは、わからないままにするんですね」
「正確には、わからないことを記録して、後で確認できるようにするんだ」
「わかりました! では、この部品は『謎の留め具』と名付けます!」
「名前を付ける必要はない!」
「ですが、ただ『保留』と書くより、物語性が……」
「製品管理に物語性はいらない!」
それでもミハイルは、別の場所に部品を置いた。
勝手に仲間分けをしない。
それだけでも、昨日よりは進歩している。
*
昼前、エルダが受け取り担当の職人と一緒に戻ってきた。
「少し、手がかりがあったわ」
アルトはすぐに記録用紙を広げた。
「どんな話だった?」
「十日前に届いた箱は、いつもの仕入れ先の荷車で運ばれてきた。六日前の分も同じ。ただ、三日前の分は、別の荷車に積まれていたそうよ」
「別の荷車?」
「仕入れ先の店の名前は同じ。でも、いつも届けている人とは違う人が運んできたらしいの」
アルトは、三日前の日付に印を付けた。
「その人が運んできた理由は?」
「いつもの担当が別の配達に回っていたから、代わりに運んだそうよ」
「それだけなら、特別な問題とは言えないな」
「ええ。ただ、受け取り担当は、箱の形がいつもと少し違っていた気がすると言っていたわ」
ミハイルが身を乗り出した。
「箱の形が違う! これは重要な手がかりです!」
「そうかもしれない。でも、箱が違ったから部品の品質も違うとは、まだ言えない」
アルトは落ち着いて答えた。
「箱は運ぶためのものだ。中身の製造条件まで示しているとは限らないからな」
「では、箱の形は犯人ではない……?」
「そもそも犯人探しじゃない」
エルダが腕を組む。
「三日前の部品に、加工の跡が違うものが多いかもしれない。まずは、そこを確認したいわね」
「ただ、今ある部品を納入日ごとに分けるのは難しいんだよな」
「そう。箱の印も、日付も残っていないから」
アルトはしばらく考えた。
今の情報だけでは、三日前の納入分が原因だとは言えない。
加工の跡が違う部品が、どの納入分に由来するのかも確定していない。
それでも、次に確認すべき場所は見えてきた。
「仕入れ先に、三回分の納入記録を確認してもらおう。可能なら、製造した時期や、同じ日に作った部品がどの箱に入ったのかも聞きたい」
「そこまでわかるかしら?」
「わからない可能性もある。でも、聞かなければわからないままだ」
アルトは記録用紙の端に、確認事項をまとめた。
納入日。
製造時期。
箱ごとの識別方法。
そして、加工の跡が違う部品についての確認。
「仕入れ先を責めるために聞くんじゃない。原因を一緒に確認するために聞くんだ」
エルダはうなずいた。
「わかったわ。私から連絡してみる」
ミハイルは感心したように、何度もうなずいていた。
「なるほど……。相手を責めるのではなく、協力してもらうんですね」
「そうだ。こちらの記録が不十分だったことも、きちんと伝える必要がある」
「では、僕が手紙を書きましょう!」
「内容は?」
「『あなたの部品が怪しいので、正直に話してください』」
「それは協力をお願いする文章じゃない!」
「では、『あなたの部品を信じています。でも、少しだけ疑っています』」
「もっと悪くなっている!」
アルトは頭を抱えた。
「いいか、確認したい事実を具体的に書くんだ。加工の跡に違いが見られたこと、納入時期を確認したいこと、製造条件に変更がなかったかを尋ねること。それだけでいい」
「なるほど。余計な感情は入れない、と」
「そういうことだ」
「では最後に、『返事をお待ちしています。部品一同』と……」
「部品に手紙を書かせるな!」
エルダが吹き出し、職人まで笑い始めた。
工房の空気は、いつも通りだった。
だが、アルトの頭の中では、確認すべきことが少しずつ整理されていた。
*
午後、アルトはガルドの店へ向かった。
新しい保温容器の納期を、まだ約束できない理由を説明するためだ。
店先では、ガルドが棚の商品を並べ直していた。
「おう、アルト。留め具の具合はどうだ?」
「改良は進んでいる。ただ、完成品の閉まり方に小さな違いが見つかったんだ。今、部品の違いと取り付け方法を確認している」
ガルドは、少し考えてからうなずいた。
「つまり、売り出す前に確かめているってことだな」
「そういうことだ。まだ原因が確定していないから、量産の開始時期も約束できない」
「わかった。こっちも、売る日を決めてから商品が来ないとなれば困る。今の段階で言ってくれる方が助かるよ」
「ありがとう。確認が進んだら、状況を伝える」
ガルドは棚の隅に置かれた旧型の保温容器を見た。
「ところで、残っている旧型はどうする?」
「今のところ、問題が確認されていないものまで一律に悪いとは考えていない。ただ、使い方や状態を確認せずに、新型と同じ説明をするわけにもいかない。販売するかどうかは、状態と案内方法を整理してから相談したい」
「わかった。売れるからって、何でも棚に出せばいいわけじゃないからな」
ガルドはそう言って、旧型の容器を棚の奥へ戻した。
「急いで売って、あとで客に説明できなくなるのは困る。うちの店の信用にも関わるからな」
アルトはうなずいた。
売り手にとって、商品は売れれば終わりではない。
買った客が使い続け、困ったときに相談できることまで含めて、取引の価値になる。
「確認を急ぐよ。ただし、急ぐことと、確認を省くことは別だからな」
「その通りだ。待つ方にも準備がいる。新型がいつ来るか見通せたら、棚の場所も考えておく」
アルトは店を後にした。
ガルドの理解は得られた。
だが、問題が解決したわけではない。
工房に戻ると、エルダが仕入れ先から届いた古い納品書を広げていた。
「アルト、これを見て」
納品書には、部品の種類と数量が書かれている。
その横に、短い補足があった。
――一部、別工程で仕上げ。
「別工程?」
「ええ。仕入れ先が、納期に間に合わせるために一部の部品を別の作業台で仕上げたときの記録らしいの」
アルトは納品書を読み返した。
「いつの納入分だ?」
「三日前の分よ」
エルダの声が少し低くなった。
「ただし、別工程で仕上げた部品が、どの箱に入っていたかは書かれていない。加工の跡が違う部品と一致するかどうかも、まだ確認できていないわ」
「なるほど……」
これで、三日前の納入分を調べる理由は増えた。
しかし、原因が確定したわけではない。
別工程で仕上げたことが品質に影響したのか。
そもそも、加工の跡の違いが問題につながるのか。
確認すべきことは、まだ残っている。
アルトは納品書を記録用紙に添えた。
「仕入れ先に、この別工程の内容を詳しく聞こう。通常の工程と何が違ったのか。使った道具や確認方法も含めてね」
エルダはうなずいた。
「それがわかれば、同じ条件で試せるかもしれない」
ミハイルが、いつになく真剣な表情で口を開いた。
「課長。もし別工程が原因だったら、仕入れ先に怒るんですか?」
「原因がわかっただけでは、怒る理由にはならないよ。まずは何が起きたのかを確認する。そのうえで、必要なら改善方法を一緒に考える」
「では、原因がわからないうちに怒るのは……?」
「相手にとっても、こちらにとっても、得るものが少ないだろうな」
ミハイルは深くうなずいた。
「わかりました。僕も、理由がわかるまでは怒らないようにします」
「それはいい心がけだ」
「ただし、昼食を注文して十分待っても来なかったら……」
「何の話だ!」
「いえ、これは別件です!」
「別件でも、まずは確認しろ!」
工房に笑い声が戻った。
アルトは、三日前の納品書をもう一度見た。
同じ仕入れ先。
同じ種類の部品。
それでも、製造の工程が違えば、仕上がりに差が出る可能性はある。
だが、可能性だけで判断するわけにはいかない。
部品の足跡をたどるには、記録と現物をつなぎ、確かめた事実を一つずつ積み上げる必要がある。
そして今、彼らはようやく、その入口に立ったところだった。
営業メモ ②④⑧
問題が起きたときは、相手を責める前に、確認できている事実と未確認の可能性を分ける。
仕入れ先に確認する際も、「品質が悪い」と決めつけるのではなく、どの納入分にどんな違いが見られたのか、製造工程に変更がなかったかを具体的に尋ねる。自社側の記録が不十分なら、その点も隠さず共有する。
取引先との信頼は、問題が起きないことだけで生まれるのではない。問題が起きたときに、事実を確かめ、改善に向けて協力できることも信頼につながる。
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次回予告
第二百五十話 営業課長、同じ部品なのに違う理由を探る
三日前の納入分には、通常とは異なる工程で仕上げられた部品が含まれていた。
アルトたちは仕入れ先に詳しい確認を依頼するが、返ってきた説明は意外なものだった。
「工程が違っても、仕上がりは同じはずです」
その言葉を確かめるため、エルダは二種類の部品を並べて試験を始める。ところが、結果を見たミハイルが、なぜか胸を張って宣言した。
「原因がわかりました! これは、部品の個性です!」
「その結論は、まだ棚に戻しておけ!」
アルトの確認作業は、次の段階へ進んでいく。




