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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百四十七話 営業課長、早く作るだけでは解決しないと知る


「アルトさん! 大成功です!」


工房に入るなり、ミハイルが両手を広げた。


「おはよう。今日は何が成功したんだ?」


「製造時間です! 固定具を使ったら、保温容器の留め具を取り付ける作業が早くなりました!」


「それはよかったね」


「これで納期短縮、売上増加、利益拡大! すべて解決です!」


「まだ朝だぞ。解決するのが早すぎる」


アルトが苦笑すると、作業台の向こうからエルダが顔を出した。


「作業時間が短くなったのは事実よ。でも、まだ大成功とは言えないわ」


「どうしてですか?」


「完成した容器を見てちょうだい」


エルダが並べた保温容器は、どれも同じ型だった。


一見すると、違いは分からない。


ところが、エルダが蓋を開け閉めしてみせると、三つの容器で留め具の感触が少しずつ違っていた。


一つ目は、軽い力でカチッと閉まる。


二つ目は、少し力を入れないと閉まらない。


三つ目は、閉まるものの、留め具の位置がわずかにずれていた。


ミハイルは目を丸くした。


「……三つとも、同じ商品ですよね?」


「同じ型よ。でも、取り付けた位置や角度に少し違いが出ているの」


「固定具を使えば、位置はそろうんじゃないんですか?」


「固定具は便利な道具だけれど、置き方や押さえ方まで全部自動で正しくしてくれるわけじゃないわ」


エルダは一つ目の容器を手に取った。


「作業そのものは早くなった。でも、まだ仕上がりを安定させるための確認が必要なの」


ミハイルはしばらく容器を見つめたあと、勢いよく顔を上げた。


「分かりました! では、もっと強力な固定具を作りましょう!」


「どうして、すぐに道具を大きくしたがるの?」


「大きな固定具なら、部品がずれなくなるかもしれません!」


「作業台ごと固定するつもりか?」


アルトが尋ねると、ミハイルは真剣に考え込んだ。


「……作業台を床に固定するところから始めれば」


「工房そのものを改築する話になってしまうぞ」


エルダが笑った。


「固定具を改良することも選択肢の一つだけれど、まずは、どうして違いが出るのか調べましょう」


「なるほど。原因を調べる前に、道具を新しくする必要はないんですね」


「そういうこと」


アルトは帳面を開いた。


「エルダさん、昨日の試験で作った数と、作業にかかった時間を教えてもらえますか?」


「固定具を使って作ったものが十個。取り付けにかかる時間は、以前より短くなったわ。ただし、最後に位置を調整する作業が何度か発生したの」


「その調整に、どれくらい時間がかかったんですか?」


エルダは記録を確認した。


「全部で、かなりの時間になったわ。正確な数字は、作業ごとの記録を見直してまとめるわね」


「お願いします。取り付けが早くなっても、調整に時間がかかっていたら、全体では思ったほど短縮できていない可能性があります」


ミハイルが頷いた。


「つまり、作業の一部分だけを見て喜んではいけないんですね!」


「そう。完成するまでの全体を見ることが大切なんだ」


「では、僕の仕事も全体で評価してください!」


「どういうこと?」


「僕は商品を売るだけでなく、工房まで走ってきました。移動時間も含めれば、かなり働いています!」


「その移動は、仕事のために必要だったのかな?」


「……気持ちを伝えるためです!」


「気持ちはありがたいけれど、走ってくる必要はなかったね」


「僕の努力が!」


「努力は認めるよ。ただ、必要のない仕事を増やすと、かえって全体の効率が落ちることもあるんだ」


ミハイルは、納得したような、していないような顔で帳面に書き込んだ。


「努力と成果は、別々に考える……」


「いいところに気づいたね」


「では、今後は走らずに来ます!」


「そこは普通に歩いてくればいい」


     ◇


アルトとエルダは、製造工程をもう一度確認することにした。


まず、部品を固定具に置く。


次に、位置を合わせる。


そのあと留め具を取り付け、最後に仕上がりを確認する。


一連の作業を見ていると、部品を固定具に置くとき、作業者によって置く向きがわずかに違うことが分かった。


「ここですね」


アルトが指さした。


「固定具そのものではなく、部品を置く位置が毎回少しずれているんだ」


「ええ。置いたあとに目で確認しているけれど、その確認の仕方にも差が出ているみたい」


「なら、置く位置が分かりやすくなるようにできませんか?」


エルダは固定具を手に取り、しばらく考えた。


「部品の端が当たる目印を付けるか、置く方向を間違えにくい形に変える方法が考えられるわ」


「それなら、経験の浅い人でも作業しやすくなりそうですね」


「ただし、目印を付けるだけで十分かどうかは試す必要があるわね」


アルトは頷いた。


「まずは簡単な変更から試しましょう。大きな改造をする前に、今の道具で直せるところがないか確認するんです」


ミハイルが手を挙げた。


「では、僕が目印を付けます!」


「あなた、細かい作業は得意なの?」


「得意です! 帳面に大きな字を書くのは得意です!」


「それは、細かい作業とは言わないわね」


「では、字を小さくします!」


「目印を付ける話から、どうして帳面の話になるんだ」


アルトは笑った。


「ミハイルには、試作品の記録を頼もう。どの固定具を使ったか、どんな置き方をしたか、仕上がりに違いがあったか。それを分かるように書いてくれ」


「お任せください!」


「ただし、記録は事実だけでいいよ。『大成功』『奇跡』『伝説の固定具』といった感想は、別の欄にしておこう」


「感想欄があるんですか!?」


「作らなくていい」


「では、心の中に作ります!」


「それなら自由だ」


エルダは笑いながら、固定具の改良に取りかかった。


     ◇


昼過ぎ、目印を付けた固定具が完成した。


部品を置く向きが分かりやすくなり、置き直す回数も減った。


エルダは同じ手順で、いくつかの試作品を作ってみた。


アルトは作業時間だけでなく、完成後の状態も一つずつ確認した。


「今度は、留め具の位置がそろってきましたね」


「ええ。最初の試作よりは安定しているわ」


ミハイルが、待ちきれない様子で尋ねた。


「では、これで新型を大量生産できますね!」


「まだよ」


エルダは即答した。


「今回は少ない数で試しただけ。もっと作っても同じように仕上がるか、耐久性に問題がないか、確認しないといけないわ」


「でも、改善したんですよね?」


「改善した部分はあるわ。ただし、最終的な品質が安定したと判断するには、もう少し試験が必要なの」


ミハイルは頭を抱えた。


「商売って、どうしてこんなに確認が多いんでしょう……」


「確認が少なければ、売るのは楽になるかもしれないね」


アルトは答えた。


「でも、売ったあとで問題が起きたら、もっと大変になる。お客様への説明も必要だし、商品を直すことになるかもしれない。場合によっては、信用まで失う」


「……確かに」


「だから、売る前に確認する時間も、仕事の一部なんだよ」


エルダは完成した容器を持ち上げた。


「それに、確認をしたからといって、絶対に問題が起きないと保証できるわけではないわ。できる限り問題を見つけ、分かったことを記録して、改善を続けることが大切なの」


アルトは深く頷いた。


「そうですね。品質を守るというのは、一度確認して終わりではありません」


ミハイルも真剣な顔で頷いた。


「分かりました。では、僕も営業活動の品質を確認します!」


「具体的には?」


「お客様に百個と約束していないか、毎日確認します!」


「それはぜひ続けてくれ」


「一日に三回確認します!」


「一回でいい」


「では、朝昼晩の三回!」


「増えているぞ」


「……朝だけにします」


「それで十分だ」


     ◇


夕方、エルダは製造記録をまとめた。


固定具を使ったことで、留め具の取り付け作業は短くなった。


さらに、部品を置く位置を分かりやすくしたことで、仕上がりの違いも減ってきた。


ただし、完成品の耐久試験は続ける必要がある。


アルトは記録を見ながら、ガルドに伝える内容を整理した。


「今の段階では、作業時間が短くなったことと、仕上がりが安定し始めたことを伝えられますね」


「ええ。ただ、納品日を確定できるところまでは、まだ進んでいないわ」


「分かりました。確認が終わる見込みが立ったら、改めて連絡します」


ミハイルが、今度は慎重に手を挙げた。


「アルトさん。ガルドさんに、進捗だけでも伝えたほうがいいでしょうか?」


アルトは少し驚いた。


「いい質問だね。そうだね、今分かっていることを伝えるのは有効だと思う」


「完成日が決まっていなくても、何も伝えないよりはいいんですね」


「そう。ただし、相手が誤解しないように、何が確定していて、何が未確定なのかを分けて伝えること」


「分かりました。『作業時間は短くなりましたが、耐久試験は継続中です。納品日は確認後にご連絡します』ですね」


「その内容なら、現状を正しく伝えられるね」


ミハイルはうれしそうに笑った。


「やりました! 今回は勝手に納期を決めませんでした!」


「それが普通なんだけどね」


「僕にとっては、大きな進歩です!」


「そこは否定しないよ」


アルトも笑った。


その日の仕事を終え、工房を出ようとしたとき、エルダが呼び止めた。


「アルト。今回の改善で、もう一つ分かったことがあるわ」


「何ですか?」


「作業が安定してきたことで、今まで見落としていた小さな違いにも気づきやすくなったの。まだ問題と決まったわけではないけれど、完成品をもう少し詳しく調べたい部分があるわ」


「なるほど。作業方法を改善したことで、確認できることも増えたんですね」


「ええ。急いで数を作るだけだったら、気づかなかったかもしれない」


アルトは頷いた。


「では、その部分も記録しておきましょう。問題があるかどうか、確かめてから判断する。それが一番です」


工房を出たアルトは、夕空を見上げた。


作業時間を短くすることはできる。


道具を工夫し、手順を見直せば、無駄を減らすこともできる。


しかし、早く作れるようになったからといって、すぐに大量生産へ進めるわけではない。


速さと品質。その両方を確認して初めて、安心して商品を届ける準備が整う。


「アルトさん!」


後ろからミハイルの声がした。


「今度こそ、僕にも改善案があります!」


「……一応、聞こうか」


「工房の壁に、僕の標語を貼るんです!」


「何て書くんだ?」


ミハイルは胸を張った。


「『急ぐ前に確認! 売る前に検査! 約束する前にアルトさんに相談!』です!」


アルトは足を止めた。


「最後の一文だけ、妙に具体的だな」


「僕の実体験に基づいています!」


「そこは自覚しているんだな……」


エルダの笑い声が、工房の外まで響いた。


だが、翌日には新たな課題が待っている。


製造方法の改善は進んだものの、耐久試験の結果によっては、留め具の構造そのものをもう一度見直さなければならないかもしれない。


アルトたちは、焦らず、しかし立ち止まらず、次の判断へ進んでいく。


営業メモ ②④⑥


作業時間が短縮しても、それだけで改善成功とは判断しない。完成までの全工程を確認し、仕上がりのばらつきや手直しの回数も記録する。作業方法を改善したあとは、品質が安定しているかを小規模な試作で確かめ、条件が整ってから生産量を増やす。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百四十八話 営業課長、見落としていた小さな違いを追う


固定具の改善によって、製造時間は短くなり、仕上がりも安定し始めた。


ところが、エルダは完成品の一部に、わずかな違いがあることに気づく。


見た目には問題がなくても、長く使ったときに差が出る可能性があるという。


ミハイルは「小さな違いなら、気にしなくてもいいのでは?」と口にするが、アルトは簡単には流さない。


その違いは、無視していい誤差なのか。それとも、今のうちに調べるべき兆候なのか。


営業課長たちは、次の判断材料を探し始める。

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