↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
236/247

第二百三十六話 営業課長、注文変更の連続攻撃をさばく


「アルト! 緊急事態だ!」


 朝、事務所に入った瞬間、ミハイルが叫んだ。


 アルトは鞄を置いた。


「今度は何だ。書類が増殖したのか?」


「違う! 今日は書類じゃない!」


「その言い方だと、別の何かが増殖したように聞こえるぞ」


「注文だ! 注文が増殖している!」


 ミハイルは机の上に三枚の紙を並べた。


「まず、ガルドさんから二十個の注文。次に、数量を二十五個に変更したいという連絡。そして、納品時間を午前から午後に変更したいという連絡!」


「一度に来たのか?」


「いや、順番に来た!」


「なら、順番に確認すればいいだろう」


「ところが、そこへ追加で十個欲しいという連絡まで来たんだ!」


 アルトは紙を見た。


 確定注文は二十個。


 数量変更の希望は二十五個。


 さらに追加で十個。


 納品時間も変更希望。


「……ミハイル。今、確定している数量はいくつだ?」


「ええと……二十個?」


「そうだ。変更はまだ承認していないな?」


「していない!」


「よし。なら、まだ何も壊れていない」


「本当か!?」


「今のところはな」


 ミハイルは胸をなで下ろした。


「よかった……。僕はてっきり、注文が二十個から二十五個になって、さらに十個増えて、合計三十五個を午前中に届けなければならないのかと!」


「誰がそんな約束をしたんだ?」


「僕はしていない!」


「なら、どうして午前中に三十五個届ける話になっている?」


「頭の中で、注文が勝手に合体したんだ!」


「君の頭の中だけで注文を変更するな」


 アルトは椅子に座り、三枚の紙を並べ直した。


「注文変更が来たときは、まず何を確認する?」


「お客様の希望!」


「その次は?」


「製造と配送の状況!」


「そのとおり。希望を聞くことと、希望どおりに対応できると約束することは別だ」


 ミハイルはうなずいた。


「分かった。まずはガルドさんに連絡して、何が必要なのか確認する!」


「よし。数量変更と追加注文が、同じ理由なのかも聞いてくれ。二十五個に増やしたいのに、さらに十個追加したいというのは、少し気になる」


「分かった!」


 ミハイルは勢いよく立ち上がった。


「確認してくる!」


 そして三歩進んだところで振り返った。


「アルト!」


「今度は何だ?」


「ガルドさんに、変更の理由を聞くための書類は必要か?」


「必要ない。まずは話を聞いてこい!」


「了解!」


 ミハイルは走っていった。


 アルトは小さく息を吐いた。


 注文変更そのものが問題なのではない。


 問題は、変更のたびに現場が振り回され、確定した約束まで崩れてしまうことだ。


 その連鎖を止めるには、変更の理由と影響を整理する必要がある。


 そして何より、営業担当者が勝手に約束を増やさないこと。


 アルトは、最後の一点を特に強く心に刻んだ。


 ミハイルが相手だからである。


     ◇


 しばらくして、ミハイルが戻ってきた。


「分かったぞ! ガルドさんは、週末の客が増えそうだから、商品を増やしたいんだ!」


「二十五個に増やしたい理由は?」


「週末の街道で、大きな商隊が通る予定らしい」


「なるほど。では、追加の十個は?」


「それは別の話だった!」


 アルトは顔を上げた。


「別の話?」


「近くの宿屋から、保温容器を置いてみたいという相談があったらしい。まだ正式な注文ではないけど、ガルドさんは、うちの商品を紹介したいんだって!」


「つまり、二十五個はガルドさん自身の店で使う分。追加の十個は、宿屋から注文が入るかもしれないという見込みか」


「そういうこと!」


 アルトはうなずいた。


 これなら、数字が増えた理由は理解できる。


 ただし、宿屋の十個はまだ確定していない。


「ガルドさんには、二十五個への変更を希望していることと、宿屋向けの十個は相談段階であることを分けて伝えよう」


「でも、二十五個も作れるのか?」


「それを今から確認するんだ」


 アルトはエルダを呼び、製造状況を確認した。


「通常の二十個なら予定どおり作れるわ。二十五個にするなら、材料は足りるけれど、作業時間を少し調整する必要があるわね」


「納品予定に影響はありますか?」


「今のところ、同じ日の午後なら対応できそう。ただ、別の注文が入ったら再確認が必要よ」


「分かりました。では、二十五個への変更は、配送側の予定も確認してから返事をします」


 次に、バルンへ確認した。


「午後の配送なら、二十五個を運べるか?」


「荷車の積載量には収まる。ただ、同じ日に別の店へ届ける荷物もあるから、受け取り時間を調整できるか確認したい」


「では、ガルドさんには午後の受け取りが可能か、もう一度確認してもらおう」


 ミハイルが口を挟んだ。


「ということは、二十五個は午後なら大丈夫そうだな!」


「まだ確定じゃない。受け取り時間の確認が残っている」


「そうだった!」


「返事をする前に、製造と配送の両方を確認する。片方が大丈夫でも、もう片方が対応できなければ約束はできない」


「製造できても届けられない。届けられても製造が間に合わない……」


「そういうことだ」


 ミハイルは真剣な顔で考え込んだ。


「営業って、商品を売る仕事だと思っていたけど……」


「それだけじゃない。売った商品を、約束どおりに届けられるところまで考える仕事だ」


「なるほど。じゃあ、僕が売りたいと思った数量と、実際に売れる数量と、ちゃんと届けられる数量は、全部別なんだな」


「よく分かってきたじゃないか」


 ミハイルはうれしそうに笑った。


「よし! これからは、僕が売りたい数量を基準にする!」


「なぜそうなる!」


「しまった! 今のは間違いだ!」


「自分で気づけたのは進歩だな……」


     ◇


 午後、アルトとミハイルはガルドの店へ向かった。


 ガルドは店先で、荷物を整理していた。


「二人とも、わざわざ来てくれたのか」


「注文変更について、確認に来ました。二十五個への変更は、製造と配送の調整ができそうです。ただし、午後の受け取りでお願いしたいのですが、可能でしょうか?」


「ああ、午後なら問題ない。午前中は別の商品を受け取る予定だから、むしろ助かる」


「ありがとうございます。それでは、二十五個への変更を確定します」


 アルトは注文票の数量と納品時間を書き直した。


「これで、二十五個、午後の納品で確定です」


「助かった。急な相談だったのに、対応してくれてありがとう」


「いえ。ただ、宿屋向けの十個については、まだ注文が確定していないと聞いています」


「ああ。宿屋の主人が興味を持っているだけで、まだ決まっていない」


「では、十個分は製造予定には入れず、注文が確定した段階で、対応可能か確認する形にしましょう」


「分かった。それでいい」


 話がまとまったところで、ミハイルが胸を張った。


「ガルドさん! もし宿屋から注文が来たら、ぜひ僕に連絡してください! すぐに対応します!」


 アルトは横を向いた。


「……ミハイル」


「何だ?」


「今、何と言った?」


「すぐに対応します、と!」


「誰が対応できると判断した?」


「……僕?」


「製造と配送の確認は?」


「していない!」


「なら、今の発言は?」


「勢いで言った!」


 ガルドは笑いをこらえながら、ミハイルの肩を叩いた。


「気持ちはありがたいが、次は確認してから頼むよ」


「はい……」


 ミハイルはしょんぼりとうなだれた。


 アルトはフォローするように説明した。


「ガルドさん、注文の相談はいつでも歓迎します。ただ、正式な納期は製造と配送の状況を確認してからお返事します」


「もちろんだ。無理に約束して、後から届けられないと言われるより、最初に確認してもらったほうが助かる」


 ガルドの言葉に、ミハイルは顔を上げた。


「……確認してから返事をするほうが、信頼されることもあるんですね」


「そうだ。すぐに返事をすることだけが、親切とは限らない」


 アルトはうなずいた。


 顧客が本当に求めているのは、気持ちのいい返事だけではない。


 約束した商品が、約束した数量で、約束した時間に届くことだ。


 だからこそ、確認のために少し時間をもらうことが、結果的に顧客の利益を守る場合もある。


 もちろん、返事を先延ばしにしていいわけではない。


 いつまでに回答するのかを伝え、確認が終わったら速やかに返事をする。


 それもまた、営業の仕事だった。


     ◇


 ところが、店を出ようとした瞬間、ガルドの店員が駆け込んできた。


「ガルドさん! 大変です!」


「今度は何だ?」


「宿屋から連絡がありました。保温容器を十個、正式に注文したいそうです!」


 ミハイルの目が輝いた。


「来たああああ!」


 ガルドが驚いて振り返る。


「本当に十個か?」


「はい! ただし、納品は明日の午前中を希望しています!」


 ミハイルの笑顔が止まった。


 アルトも、すぐには答えなかった。


 数量は十個。


 納品希望は明日の午前中。


 しかし、今日の製造予定には入っていない。


 エルダの作業時間、材料の準備、バルンの配送予定。確認すべきことはいくつもある。


「ガルドさん。まずは正式な注文内容を確認しましょう。商品は保温容器十個、納品希望は明日の午前中。これで間違いありませんか?」


「そうだ。宿屋は、明日の朝に来る商隊へ販売したいらしい」


「分かりました。対応できるか確認して、今日中にお返事します」


 ミハイルが小声でささやいた。


「アルト……。これは受けたほうがいいよな?」


「受けたい理由は何だ?」


「新しい取引先につながるかもしれないから!」


「それは大切な理由だ。だが、それだけで決めることはできない」


「もし断ったら、宿屋との取引がなくなるかもしれない」


「その可能性もある。だから、受けられる方法がないかを確認する。ただし、今ある約束を壊してまで受けるべきかは別の問題だ」


 アルトは事務所へ戻る準備をした。


「まず、エルダとバルンに確認する。通常の注文を遅らせずに対応できるか。追加の作業がどれだけ必要か。配送を組み替えられるか。その結果を見て判断する」


 ミハイルは力強くうなずいた。


「分かった! 僕は宿屋に、確認中だと伝えてくる!」


「いい判断だ。回答する時刻も伝えてくれ」


「了解!」


 ミハイルは走り出しかけて、ぴたりと止まった。


「……回答する時刻を決めるための書類は?」


「いらない!」


「はい!」


 今度は、すぐに走り出した。


 アルトはその背中を見送り、注文票を確認した。


 確定済みの二十五個は、午後の納品で約束している。


 新たな十個を受けるなら、既存の約束を守れることが前提だ。


 そして、明日の午前中という希望に対応できない場合でも、代替案を提示できるかもしれない。


 例えば、数量を分けて納品する。納品日を調整する。あるいは、宿屋が必要とする数量と時間を改めて確認し、優先順位を相談する。


 大切なのは、単純に受けるか断るかの二択にしないことだ。


 ただし、代替案を提示する前に、実際に実行できるかを確認しなければならない。


「さて……」


 アルトは歩き出した。


「今度は、どこまで対応できるかだな」


 後ろからミハイルの声が飛んできた。


「アルト! 宿屋の主人から伝言だ!」


「何だ?」


「もし明日の午前中に十個届くなら、来週も追加で注文したいそうだ!」


 アルトは足を止めた。


 新しい取引につながる可能性がある。


 だが、目先の十個を無理に届けることで、既存の顧客との約束を破るわけにはいかない。


 今回の判断は、単なる追加注文の可否では済まなさそうだった。


 目の前の売上と、長く続く信頼。


 その両方を守る方法を見つける必要がある。


 そして、ミハイルはすでに、宿屋の主人に向かって親指を立てていた。


「大丈夫です! うちの営業課長なら、きっと何とかしてくれます!」


「おい、勝手に期待値を上げるな!」


 アルトの叫びが、街道に響き渡った。


営業メモ ②③⑤


注文変更が続いたときは、すべてを即答で引き受けるのではなく、「確定している注文」「変更希望」「追加の相談」を分けて管理する。変更の理由を確認し、製造能力、材料、配送時間、既存の約束への影響を調べてから回答する。


すぐに回答できない場合は、いつまでに返事をするかを顧客に伝える。希望どおりに対応できない場合でも、分納や納品日の調整など、実行可能な代替案を検討する。ただし、新しい注文を獲得するために、既存顧客との約束を安易に犠牲にしてはいけない。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百三十七話 営業課長、十個の追加注文と既存の約束を守り抜く


宿屋から舞い込んだ、明日の午前中までに保温容器を十個届けてほしいという依頼。


来週の追加注文につながる可能性がある一方、製造と配送には余裕がない。


アルトはエルダとバルンに対応可能な範囲を確認し、既存の注文を守りながら新しい取引を成立させる方法を探る。


一方ミハイルは、まだ納品できると決まっていないのに、宿屋の主人から感謝の言葉を先にもらってしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。