↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
233/246

第二百三十三話 営業課長、売上だけでは見えない利益を追う


「課長! 大成功です!」


 朝一番、ミハイルが事務所に飛び込んできた。


 アルトは書類から顔を上げる。


「ほう。今度は何をやらかした?」


「第一声がひどくありませんか!?」


「前回までの実績を考慮した、適切な初期対応だ」


「僕の実績を、そんな方向で活用しないでください!」


 ミハイルは頬を膨らませながら、一枚の集計表を机に置いた。


「見てください! 先日の市場の売上です! 予想以上に売れました!」


「おお、これは確かに伸びたな」


 アルトは集計表に目を通した。


 市場に近い二店舗では、当初の予測を上回る販売実績が出ていた。追加注文も入り、第一便だけでは足りなかった商品を、対応可能な範囲で補充できた。


 ロベルトからも、次回の市場に向けて取引を増やしたいという連絡が届いている。


 数字だけを見れば、成功と言っていい結果だった。


 ミハイルは胸を張った。


「これなら、次回はもっと大量に注文を受けられますね!」


「その前に、利益を確認しよう」


「……利益?」


「そうだ。売上が増えたなら、利益も増えたのか。それを調べる」


 アルトは集計表の横に、別の帳簿を置いた。


 材料費、製造にかかった費用、追加配送の費用、受け渡しに必要だった人手。


 売上を作るために、どれだけの費用がかかったのか。


 それを確認しなければ、本当の成果は分からない。


 ミハイルは帳簿を覗き込んだ。


「課長、売上が増えたのに、どうしてそんなに難しい顔をしているんですか?」


「売上が増えたからだ」


「えっ?」


「増えた売上が、ちゃんと利益につながっているか確認する必要がある」


「でも、たくさん売れたんですよ?」


「お前は昨日、昼食を二人分食べたら、食費が二倍になっただろう」


「はい! お腹いっぱいで幸せでした!」


「では、食費が二倍になった分、給料も二倍になったか?」


「……なってません」


「商売も同じだ。売上が増えても、それ以上に費用が増えたら、利益は減ることがある」


 ミハイルは、集計表と帳簿を交互に見た。


「つまり……僕たちは、たくさん売ったことに浮かれている場合じゃない?」


「浮かれるのは構わない。ただし、計算してから浮かれよう」


「浮かれるにも事前確認が必要なんですか!?」


「営業課長としては、浮かれ方の改善も検討したいところだな」


「そんな業務改善、聞いたことありません!」


 アルトは笑いながら、帳簿を開いた。


 ここからが、本当の振り返りだった。


     ◇


 まず、アルトはエルダを訪ねた。


「先日の市場向けに、追加で作った分の費用を確認したいんです」


 エルダは製造記録を取り出した。


「材料費は、予定していた範囲に収まったわ。ただ、追加分を作るために、いつもの製造予定を少し組み替えたの」


「既存の注文に影響はありませんでしたか?」


「納品は守れたわ。でも、作業の順番を変更した分、準備と片付けの手間が増えた。普段より時間もかかっているわね」


 アルトは記録帳に書き込んだ。


「追加分の材料費だけでなく、製造の段取りを変更した手間も考える必要がありますね」


「そういうこと。材料が足りているからといって、追加生産が無料でできるわけじゃないわ」


 そこへ、ミハイルが口を挟んだ。


「でも、エルダさん! 材料が残っていたなら、追加分はお得だったんじゃないですか?」


「ミハイル。材料が残っていることと、作業の手間がかからないことは別だぞ」


「なるほど……。材料は無料で働いてくれないんですね」


「材料は働かないわよ」


 エルダが即座に返した。


 アルトは吹き出した。


「確かに、材料に残業代を払う必要はないな」


「課長まで!」


 エルダは笑いながらも、製造記録を指差した。


「ただし、今回の追加生産は悪いことばかりじゃなかったわ。作業の順番を工夫すれば、次回はもう少し効率よく作れる可能性がある。今回の記録を残しておけば、次の計画に生かせるわね」


「ありがとうございます。追加生産の費用と、改善できる作業を分けて整理します」


 アルトは、今回の費用を単に失敗として扱うつもりはなかった。


 急な追加注文に対応したことで、どこに余分な手間が発生するのかが見えた。


 それは、次回の生産計画を改善するための情報でもある。


 ただし、改善できるからといって、今回の費用がなかったことになるわけではない。


 そこは、きちんと計算する必要があった。


     ◇


 次に、アルトはバルンのもとへ向かった。


「先日の追加配送について、費用と作業時間を確認させてください」


 バルンは配送記録を広げた。


「追加分を届けるために、予定していた順番を変更した。移動距離が極端に増えたわけじゃないが、積み直しと荷下ろしの回数が増えている」


「その分、時間もかかりましたか?」


「当然だ。荷車は、商品を載せれば勝手に目的地へ走ってくれるわけじゃないからな」


 ミハイルが、はっとした顔をした。


「そうか! 荷車にも働いてもらうには、人間が必要なんですね!」


「当たり前だ!」


 バルンが叫んだ。


「ミハイル、お前は荷車を何だと思っているんだ?」


「優秀な配送担当です!」


「俺の仕事を奪うな!」


 アルトは腹を抱えて笑いそうになったが、何とかこらえた。


「では、追加配送にかかった時間と、通常配送への影響を記録しておきましょう。次回、同じ規模の注文が来たとき、どのくらい余裕を見ておくべきか判断できます」


「それなら助かる。追加注文を受けること自体は構わない。ただ、毎回その場で配送順を組み直していたら、いつか無理が出る」


「そのとおりです。追加注文を受ける基準に、配送の余裕も組み込みましょう」


 バルンは頷いた。


 今回、追加配送によって得られた売上は確かにある。


 しかし、その売上を得るために、通常より多くの作業が必要になっていた。


 もし、その手間を無視してしまえば、同じ注文を繰り返したときに、現場の負担ばかりが増えてしまう。


 アルトは配送記録を受け取り、事務所へ戻った。


     ◇


 事務所に戻ると、ミハイルが机の上に数字を並べていた。


「課長! 僕も計算してみました!」


「おお、やる気があるな。どんな計算だ?」


「今回の売上は、前回より大きく増えました!」


「それは分かった。費用は?」


「……まだです!」


「では、何を計算した?」


「売上が増えた喜びです!」


「それは計算できない」


「心の中では、かなり大きな数字ですよ!」


「帳簿に書くなよ」


 アルトは笑いながら、必要な記録を机の上に並べた。


 ロベルトの店舗ごとの売上。追加分の販売数量。エルダの製造記録。バルンの配送記録。受け渡しに必要だった作業の記録。


 さらに、商品が残った店舗についても確認する必要がある。


 売れた店舗の利益だけを見ても、取引全体の成果は判断できないからだ。


「ミハイル。今回は、売れた店舗だけでなく、商品が残った店舗も含めて確認するぞ」


「売れなかった店まで計算するんですか?」


「もちろんだ。商品を作るために費用がかかっている。売れ残った分があるなら、その扱いも考えなければならない」


「でも、次の市場で売ればいいんじゃないですか?」


「品質を保てる商品なら、次回販売できる可能性はある。だが、すべての商品が同じように扱えるわけじゃない。保管できる期間や状態を確認してから判断する必要がある」


 ミハイルは、今度はすぐに反論しなかった。


「……売れ残った商品も、売れたことにして計算してはいけないんですね」


「そうだ。売上と在庫は別だ。まだ売れていない商品を、売上として数えることはできない」


「なるほど……。僕の昼食も、食堂に注文しただけでは、食べたことにならないんですね」


「食べる予定まで売上計上するな!」


 ミハイルは大笑いした。


 アルトも笑ったが、頭の中では数字を整理し続けていた。


 売上は、商品の販売によって得られた金額。


 利益を考えるには、そこから材料費や製造費、配送費など、取引に必要だった費用を差し引かなければならない。


 そして、売れ残った商品があるなら、その数量と今後の扱いも明確にする。


 単に売上の大きさを競うのではなく、取引全体で何が残ったのかを見る。


 それが、次の注文を判断するための土台になる。


     ◇


 午後、ロベルトが事務所を訪れた。


「アルト、先日の市場は助かった。追加分にも対応してもらえたし、各店舗からも好評だったよ」


「ありがとうございます。こちらも、今回の結果を確認しているところです」


「次回は、もう少し多めに注文したいと思っている」


 ミハイルが、勢いよく身を乗り出した。


「ありがとうございます! ぜひ、十倍でお願いします!」


「ミハイル」


 アルトの声が低くなった。


「はいっ!」


「今、誰が注文数量を決めると言った?」


「……ロベルトさんです」


「そのとおりだ。勝手に十倍にするな」


「でも、大きな注文は嬉しいじゃないですか!」


「嬉しいことと、対応できることは別だ」


 ロベルトは声を上げて笑った。


「いや、元気があっていいな。だが、私も十倍を注文すると約束したわけではないぞ」


「そ、そうですよね! では、まず五倍から……」


「ミハイル!」


「はい! 数字を勝手に決めません!」


 アルトはロベルトに向き直った。


「次回の数量については、今回の販売実績と費用を確認してから、改めて相談させてください。売れた数量だけでなく、追加製造や配送にかかった費用も整理したうえで、無理なく継続できる計画を提案したいと考えています」


 ロベルトは満足そうに頷いた。


「それでいい。売上を増やすことだけを考えて、こちらもそちらも苦しくなったら意味がないからな」


「ありがとうございます。次回は、店舗ごとの販売予測と、対応に必要な費用を合わせて検討します」


「期待しているよ」


 ロベルトが帰ったあと、ミハイルは少し考え込んでいた。


「課長。僕、今まで売上が増えれば、商売は成功だと思っていました」


「売上は大事だ。だが、それだけでは十分じゃない」


「今回みたいに、たくさん売れても、そのために費用が増えていたら……」


「そうだ。利益がどれだけ残るかを確認しなければならない。それに、利益が出たとしても、無理な働き方を続けなければ成り立たないなら、長く続けるのは難しい」


 ミハイルは、集計表を見つめた。


「じゃあ、次回は、売上を増やすだけじゃなくて、同じ売上でも、もっと効率よくできないか考えるんですね」


「そのとおりだ。例えば、追加注文の締め切りを明確にする。製造の順番を工夫する。配送の経路を整理する。そうした改善で、費用や手間を抑えられる可能性がある」


「なるほど……」


 ミハイルは、何かを思いついたように顔を上げた。


「課長! 僕、いい方法を思いつきました!」


「今度は何だ?」


「追加注文を全部、前日に受け付ければいいんです!」


「それができるなら苦労しない」


「ええっ!?」


「市場当日の売れ行きは、前日に完全には分からない。前日に確定できる分と、当日の状況を見て判断する分を分ける必要があるんだ」


「そうでした……。やっぱり、商売は難しいですね」


「だから面白いんだろう」


 アルトは笑った。


 正解を一つ見つければ、すべての問題が消えるわけではない。


 今回うまくいった方法が、次回もそのまま通用するとは限らない。


 だからこそ、結果を記録し、費用を確認し、改善できるところを探す。


 それを繰り返すことで、商売は少しずつ強くなっていく。


     ◇


 夕方。


 アルトは、今回の市場の振り返りをまとめた。


 売上が伸びた店舗では、どの商品が、どの時間帯に売れたのか。


 追加注文によって、どれだけ販売機会を増やせたのか。


 その一方で、追加製造や配送にどれだけの手間と費用がかかったのか。


 そして、商品が残った店舗では、次回に向けて何を変えるべきなのか。


 これらを一つずつ整理していく。


 まだ、すべての利益が確定したわけではない。


 売れ残った商品の扱いも、追加費用の細かな集計も残っている。


 だが、今回の結果を正しく把握できれば、次回の注文数量をより現実的に決められるはずだった。


「課長、今日のまとめはどうなりましたか?」


 ミハイルが尋ねた。


「売上は増えた。だが、追加製造と配送に手間がかかっている。店舗によって販売結果にも差がある。次回は、その三つを踏まえて計画を立て直す」


「つまり、売上だけを見て喜んではいけない、と」


「喜ぶなとは言っていない」


「えっ?」


「売れたら喜べ。商売なんだからな。ただし、喜んだ後に計算しろ」


 ミハイルは、ぱっと笑顔になった。


「分かりました! まず喜んで、その後に計算ですね!」


「そうだ」


「では、僕の昼食代も、まず食べて喜んで、その後に計算します!」


「自腹だと言っただろう!」


「喜ぶところまでは自由ですよね!?」


「その自由を、なぜ毎回昼食に使うんだ!」


 事務所に、また笑い声が響いた。


 アルトは笑いながら、最後の記録を書き終えた。


 今回の市場は、成功だったのか。


 売上だけを見れば、間違いなく前進している。


 だが、本当に成功と呼べるかどうかは、費用と売れ残りを含めた結果を確認してから判断する必要がある。


 そして、その数字を次の計画に反映させることができれば、今回の経験は、次の商売を支える力になる。


 アルトは記録帳を閉じた。


「さて、次は店舗ごとの利益を整理して、どの注文を増やすべきか考えるか」


「課長! 僕も手伝います!」


「よし。まずは、この集計表を店舗ごとに分けてくれ」


「はい!」


 ミハイルは張り切って紙束を受け取った。


 ところが、数分後。


「課長……」


「どうした?」


「店舗ごとに分けたんですが、僕の昼食の領収書が混ざっていました」


「なぜだ!」


「必要経費になるかと思って……」


「ならない!」


「営業課長の承認が必要だと思いまして!」


「却下だ!」


 今日もまた、アルトの事務所には笑いが絶えなかった。


 ただし、帳簿の数字だけは、笑ってごまかすわけにはいかない。


 次の市場では、売上だけでなく、利益まで見通した計画が求められる。


 そして、その計画を立てるためには、まだ確認しなければならない数字が残っていた。


営業メモ ②③②


売上の増加が、そのまま利益の増加につながるとは限らない。材料費や製造にかかった手間、追加配送費、売れ残りなどを確認し、取引全体でどれだけ利益が残ったかを把握する。売上・費用・在庫を分けて記録し、次回の数量や配送計画に反映する。売上を伸ばすだけでなく、無理なく利益を残せる仕組みを作ることが重要である。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百三十四話 営業課長、値上げせずに利益を守る方法を探す


市場の振り返りから、追加注文には通常より多くの手間と費用がかかることが分かった。ミハイルは「値上げすれば解決です!」と自信満々に提案するが、ロベルトには価格を簡単に上げられない事情があった。顧客の信頼を守りながら、利益を確保する方法はあるのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。