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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百三十二話 営業課長、売れ残りの責任を押しつけない


「課長! 事件です!」


 朝一番、ミハイルが事務所の扉を勢いよく開けた。


 アルトは手元の帳簿から顔を上げる。


「今度は何だ。注文が十倍になったか?」


「違います!」


「では、俺の給料が十倍になったか?」


「そんな事件なら、僕もぜひ参加したいです!」


「お前はまず自分の給料を心配しろ」


「はい! ……って、そうじゃありません!」


 ミハイルは大きな紙束を机の上に広げた。


「昨日の市場の結果が集まりました!」


「おお。待っていたぞ」


「売れた店、売れなかった店、追加注文が入った店、商品が残った店! 全部まとめました!」


 アルトは紙束を手に取り、目を通した。


 市場に近い二店舗では、予想以上に商品が売れていた。追加分も役立ち、次回の市場でも取引を増やしたいという連絡が来ている。


 一方、別の店舗では、予想より客足が伸びず、商品が残っていた。


 そして、その報告書の最後には、ミハイルの手書きでこう書かれていた。


 『売れ残りの原因:担当者の販売努力不足』


 アルトは紙を机に置いた。


「ミハイル」


「はい!」


「この結論は、誰が出した?」


「僕です!」


「何を調べて?」


「売れた店と売れなかった店を比較しました!」


「比較したのは分かった。何を比較した?」


「売上です!」


「……それだけか?」


「はい!」


 アルトはゆっくりと息を吐いた。


「よし。今日の仕事が決まったな」


「えっ、何ですか?」


「この結論が正しいか、調べ直す」


「でも、売れなかったんですよ?」


「売れなかったことと、担当者の努力が足りなかったことは、同じ意味じゃない」


 ミハイルは首を傾げた。


「でも、売れた店もあるじゃないですか」


「そうだな。では、売れた店と売れなかった店では、何が違った?」


「……店の場所?」


「それも一つだ」


「客の数?」


「それもある」


「店員さんの声の大きさ?」


「大声を出せば売れるなら、商人ではなく合唱団が市場を支配している」


「課長、例えが独特すぎませんか?」


「お前が大声だけで売上を説明しようとするからだ」


 アルトは報告書を指で叩いた。


「売上という結果だけを見て、原因を決めつけるな。まず、何が起きたのかを調べよう」


     ◇


 アルトとミハイルは、商品が残った店舗へ向かった。


 店主のロベルトの担当者は、売れ残った商品を数えながら、困った顔をしていた。


「アルトさん、昨日は申し訳ありませんでした。思ったほど売れませんでした」


「謝る必要はありません。まず、状況を教えてください」


「市場には人が集まっていましたが、うちの店の前を通る客は、予想より少なかったんです」


 ミハイルがすかさず口を挟む。


「では、もっと大きな声で呼び込みをすればよかったんじゃないですか?」


 店主は苦笑した。


「実は、かなり声を出したんですよ。途中で隣の店の店主に、少し静かにしてくれと言われまして」


「えっ!?」


「隣の店は、静かな雰囲気を売りにしている店だったんです。こちらが声を張り上げるたびに、お客さんがそちらへ流れてしまいましてね」


 ミハイルは口を閉じた。


 アルトは真顔で頷く。


「なるほど。声を大きくすることが、必ずしも販売につながるわけではないんですね」


「はい。途中から呼び込みを控えました」


「それで、客の反応はどうでしたか?」


「商品を手に取ってくれる方はいました。ただ、使い方が分からないという声も多かったです」


 アルトは顔を上げた。


「使い方が分からない?」


「ええ。商品そのものは見てもらえるんですが、何に便利なのか、どう使うのかを聞かれることが何度もありました」


 今回の商品は、以前から取り扱っている携帯用の保温容器だった。


 移動中でも飲み物や食品の温度を保ちやすいという利点がある。しかし、その使い道を知らない客にとっては、少し変わった形の容器にすぎない。


「商品を見せることと、使う場面を想像してもらうことは別なんです」


 アルトはそう言って、ミハイルを見た。


「お前なら、この商品をどう説明する?」


「ええと……保温性に優れた、携帯用の容器です!」


「間違ってはいない。だが、それを聞いて、客は何ができると思う?」


「……容器を持ち運べます」


「容器はだいたい持ち運べる」


「そんな! 僕の説明が!」


「商品説明としては合格だ。販売の説明としては、もう一歩だな」


 アルトは店主に尋ねた。


「お客さんから、具体的にはどんな質問がありましたか?」


「長い道を歩くときにも使えるのか。食べ物を入れてもいいのか。手入れは難しくないのか。そういった質問ですね」


「では、その質問に答える案内を用意しましょう。旅人向け、商人向け、宿泊客向けで、使う場面を具体的に伝えるんです」


 店主の表情が明るくなった。


「なるほど。商品の特徴だけでなく、使い道を見せるわけですね」


「はい。ただし、実際に確認できている性能の範囲で説明します。できないことまで約束してはいけません」


 ミハイルは慌てて自分の報告書を取り出した。


「課長! ということは、販売努力不足という結論は……」


「まだ判断できない。客の数、商品の見せ方、説明内容、価格、販売時間。調べることは残っている」


「……僕、先に犯人を決めてしまったんですね」


「事件なら、まず証拠を集めろ。商売なら、まず原因を調べろ。どちらも同じだ」


「課長、商売を事件捜査みたいに言わないでください!」


「では、お前は今日から営業探偵だ」


「その肩書き、給料は上がりますか?」


「上がらない」


「探偵なのに!?」


 店主が吹き出した。


 アルトも笑った。


 だが、ミハイルは今度こそ報告書の結論を消し、原因の欄を空白に戻した。


     ◇


 次に、予想以上に売れた店舗を訪ねた。


 店主は満面の笑みで、空になった商品棚を指差した。


「いやあ、昨日はよく売れました! 追加分も助かりましたよ」


「それはよかったです。何が特に売れたんですか?」


「市場の入口に近いこともあって、旅人が多かったんです。それに、商品を実際に使っているところを見せたら、興味を持ってくれるお客さんが増えました」


「使っているところを?」


「ええ。店の前で、容器に入れた飲み物を用意したんです。旅の途中でも温かい飲み物を楽しめると説明したら、話を聞いてくれる方が増えました」


 アルトは頷いた。


「商品の使い方を具体的に見せたんですね」


「はい。説明だけでは伝わりにくいことも、実物を見てもらうと分かりやすいようです」


 ミハイルが得意げに胸を張った。


「やっぱり、販売努力の差ですね!」


 アルトはすぐに首を振った。


「それだけで説明できるか?」


「えっ?」


「この店は市場の入口に近い。旅人が多く通る。商品を実演する場所も確保できた。隣の店との関係も問題なかった。そうした条件も違うだろう」


「……確かに」


「販売の工夫は大切だ。だが、売れた店の工夫だけをまねしても、同じ結果になるとは限らない」


 アルトは店主に尋ねた。


「実演を始めたのは、何時ごろですか?」


「午前中からです。昼を過ぎてからは、客足が落ち着いたので少し控えました」


「では、時間帯ごとの販売数も記録しておきましょう。次の市場で、どの時間に何をするのが効果的か、判断しやすくなります」


「分かりました!」


 ミハイルは、また報告書に書き込んだ。


 今度は、売れた店にも売れなかった店にも、同じように確認事項を並べている。


「課長。売れた理由を調べるのも大事なんですね」


「もちろんだ。失敗の原因だけを調べて、成功の理由を調べないのは片手落ちだ」


「なるほど……。では、僕の報告書も調べてください!」


「何を?」


「僕が昨日、昼食を追加注文した理由です!」


「腹が減ったからだろう」


「さすが課長! 原因究明が早い!」


「お前の場合は、証拠を集める必要もない」


「ひどい!」


 アルトは笑いながら、売上記録を受け取った。


 数字は、結果を教えてくれる。


 しかし、数字だけでは、なぜその結果になったのかまでは分からない。


 結果を見て人を責めるのは簡単だ。


 原因を調べて、次に生かせる方法を見つけるほうが、ずっと難しい。


 そして、営業課長の仕事は、責任を押しつけることではなく、次に同じ問題が起きにくい仕組みを作ることだった。


     ◇


 事務所に戻ると、アルトは各店舗の報告を並べた。


 売れた店舗と、商品が残った店舗。


 それぞれの立地、客層、販売時間、商品の説明方法、残数。


 情報を整理していくと、少しずつ違いが見えてきた。


 市場の入口に近い店舗では、旅人の立ち寄りが多かった。


 奥まった場所の店舗では、商品を見つけてもらう機会が少なかった。


 実演を行った店舗では、使い方に関する質問が減り、購入につながる例があった。


 ただし、すべての店舗で同じ傾向が出たわけではない。


「課長。次の市場では、売れなかった店に、もっと商品を説明するよう指導すればいいんでしょうか?」


 ミハイルが尋ねた。


「一律に指導する前に、店舗ごとの状況を確認しよう。説明の問題なのか、客層の問題なのか、陳列場所なのか。それによって、打つ手は変わる」


「では、売れた店は?」


「うまくいった方法を記録して、別の店でも試せるか検討する。ただし、場所や客層が違うなら、同じ方法が通用するとは限らない」


 ミハイルは、少し考え込んだ。


「つまり、売れ残りを出した人が悪いと決めるより、次に売れる方法を見つけるほうが大事なんですね」


「そうだ。もちろん、決められた手順を守らなかった場合は、その事実を確認する必要がある。何でも仕組みのせいにするわけではない。だが、証拠もなく人の責任にしてはいけない」


「分かりました!」


 ミハイルは、最初の報告書を取り出した。


 そして、大きく書き直した。


 『売れ残りの原因:調査中。店舗ごとの条件を確認し、次回の販売方法を検討する』


「これならどうですか?」


「ずいぶんよくなったな」


「ありがとうございます!」


「ただし、調査中という言葉を、永遠に使い続けるなよ」


「えっ?」


「調査して、分かったことを次の行動につなげる。それが仕事だ」


「はい! 調査中で終わらない営業を目指します!」


「よし」


 アルトは報告書を受け取り、記録帳の横に置いた。


 今回の市場では、売上が伸びた店もあれば、商品が残った店もあった。


 その結果を、単純に成功と失敗に分けることはできない。


 売れた店からは、再現できる工夫を学ぶ。


 売れ残った店からは、改善できる問題を見つける。


 そして、次回の注文数量や販売方法に反映する。


 それができれば、今回の売れ残りも、ただの損失では終わらない。


「課長!」


 ミハイルが、また勢いよく手を挙げた。


「今度は何だ?」


「僕も原因を調査しました!」


「何の?」


「今日、僕の昼食がまだ届いていない原因です!」


「食堂に行って自分で受け取ってこい!」


「調査の結果、課長の指示が原因でした!」


「その報告書は受理しない!」


 事務所に笑い声が響いた。


 アルトは、ミハイルの報告書を机の端に置いた。


 営業の現場では、思いどおりにならないことが起きる。


 商品が売れない日もあれば、予想を超えて売れる日もある。


 大切なのは、誰かを責めて終わることではない。


 結果の裏側を調べ、次の行動を変えることだ。


 そうすれば、失敗は経験になる。


 そして、その経験が積み重なれば、同じ失敗を繰り返さない仕組みへと変わっていく。


 アルトは次回の市場に向けた改善案を書き始めた。


 次は、売上だけでなく、売れ残りの量や追加注文への対応も含めて、今回の結果を振り返る必要がある。


 ただし、ひとつだけ問題があった。


「課長! 僕の昼食の件は、まだ解決していません!」


「それは商売の問題じゃない!」


「僕にとっては重大な問題です!」


「自分で解決しろ!」


 営業課長の一日は、まだまだ終わりそうになかった。


営業メモ ②③①


売上や売れ残りという結果だけで、担当者の努力不足と決めつけない。店舗の立地、客層、販売時間、商品説明、陳列方法などを確認し、原因を切り分ける。売れた店舗の工夫も記録し、別の店舗で再現できるか検討する。調査は責任追及のためではなく、次の行動と仕組みを改善するために行う。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百三十三話 営業課長、売上だけでは見えない利益を追う


市場の結果をまとめたアルトは、売上が伸びた店舗ほど利益も増えているとは限らないことに気づく。追加製造や配送にかかった費用を計算すると、思いがけない数字が浮かび上がった。ミハイルは売上記録を見て大喜びするが、アルトの表情は次第に険しくなっていく。

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