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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百二十五話 営業課長、注文を断らずに受注を調整する


 朝、アルトが事務所に入ると、ミハイルが予約票を両手に抱えて立っていた。


「課長! 予約が大変なことになっています!」


「今度は何件だ?」


「全部で十一件です!」


「昨日の試験は八件だったな。三件増えたわけか」


「はい! しかも、朝の受け取り希望が九件です!」


 アルトは、机に置かれた予約票を確認した。


 注文番号、商品名、数量、受け取り希望時刻。記入漏れはない。


 しかし、希望時刻を並べてみると、問題はすぐにわかった。


 午前九時に三件。


 午前九時半に四件。


 午前十時に二件。


 残りの二件は昼前だった。


「これは、受け取り時刻が集中しているな」


「そうなんです! 商品は用意できそうなんですが、配達と受け渡しが間に合うかどうか……」


「予約を受け付けたのは誰だ?」


「私です」


「受け付ける前に、対応できるか確認したか?」


「昨日の実績なら、十一件くらいは何とかなると思ったんです」


 アルトは、ミハイルの顔を見た。


「昨日の八件は、どんな条件だった?」


「受け取り時刻が分散していました。配達先も、比較的近い場所にまとまっていて……」


「今日は?」


「朝に集中しています。しかも、遠い店への配達もあります」


「つまり、件数だけを見て判断したわけだな」


「……はい」


 ミハイルは肩を落とした。


「申し訳ありません。すぐにお客様へ、今日は対応できないと連絡します」


「待て」


 アルトは予約票を一枚取った。


「まだ、断ると決まったわけじゃない」


「でも、間に合わなかったら、また信頼を失います」


「そのとおりだ。だからこそ、断る前に、どうすれば約束を守れるか考えるんだ」


 アルトは予約票を机いっぱいに広げた。


「注文を全部受けることと、注文を全部同じ条件で受けることは違う。お客様の希望を確認し、対応できる時間を探そう」


「希望を確認するんですか?」


「そうだ。予約票に書かれた希望時刻が、本当に変更できない時刻なのか。それとも、できればその時刻がいいという希望なのか。そこを確認する」


 ミハイルは、はっとした顔になった。


「私、受け取り希望時刻を、そのまま確定時刻として扱っていました」


「お客様の希望を勝手に変更してはいけない。だが、相談する前から変更できないと決めつける必要もない」


 アルトは立ち上がった。


「まずは、予約を一件ずつ確認しよう」


     *


 最初に連絡したのは、午前九時に受け取りを希望していた旅人だった。


 ミハイルが事情を説明すると、相手は少し考えてから答えた。


「九時に受け取れれば助かるが、九時半までなら待てる。次の町へ向かうのは十時過ぎだからな」


 ミハイルは、すぐに記録した。


「ありがとうございます。では、午前九時半までのお渡しで調整いたします」


 次の旅人は、九時半を希望していた。


 ところが、こちらは事情が違った。


「九時半でないと困る。十時には街道を出発するんだ」


 アルトは横から口を挟まず、ミハイルに最後まで対応させた。


「承知しました。現在、配達順を確認しております。九時半のお渡しが可能かどうか、すぐに確認してご連絡いたします」


 電話を切ったミハイルは、不安そうにアルトを見た。


「課長。あのお客様は、時間を変更できません」


「なら、その条件を優先して考える。全員の希望を同じように扱う必要はないんだ」


「でも、ほかのお客様にも希望があります」


「そうだ。だから、優先順位をつけるときは、こちらの都合だけで決めてはいけない」


 アルトは予約票の横に、三つの項目を書いた。


 変更できない時刻。


 相談すれば変更できる時刻。


 まだ確認していない時刻。


「まず、お客様の事情を確認する。次に、配達と受け渡しの能力を確認する。そして、両方を照らし合わせて、実現できる約束を作るんだ」


「なるほど……」


「ただし、変更できるお客様だからといって、いつまでも後回しにしていいわけじゃない。変更をお願いするなら、理由と選択肢を伝え、納得していただく必要がある」


 ミハイルはうなずいた。


「希望を聞くことは、こちらの都合を押しつけるためじゃないんですね」


「そういうことだ」


     *


 次に、アルトはバルンと配達順を確認した。


 地図の上に十一件の配達先を書き込み、移動時間と受け渡し時間を整理する。


「この順番なら、遠い店を先に回ることになります。ただ、午前九時半を希望しているお客様の店へ到着するには、少し余裕が足りません」


 バルンが説明した。


「逆に、近い店から回ればどうなる?」


「近い店には間に合いますが、遠い店への到着が遅くなります」


「では、配達先を二つの区域に分けたら?」


「荷車がもう一台あれば可能です。ただ、今日は別の配達に使っています」


 アルトは少し考えた。


「荷車を増やすのは、今日すぐには無理だな」


「そうですね。人を増やすのも、急には難しいでしょう」


「なら、今ある体制で、どこまで対応できるか考えよう」


 アルトは、予約票を配達順に並べ替えた。


 変更できない時刻がある二件を先に置く。その二件に間に合う経路を確保し、残りの配達を近い場所ごとにまとめる。


 さらに、ガルドの店での受け渡し時間も確認した。


 予約客が集中する時間帯には、ガルドが普段の接客をしながら全員に対応するのは難しい。


「ガルドさん、朝の受け渡しが重なる時間だけ、予約商品の確認を先に済ませておくことはできますか?」


「注文番号と数量を確認して、商品を別にしておくことはできる。ただし、受け取りに来た本人の確認は必要だな」


「もちろんです。事前にできる準備だけ済ませて、商品を渡すときには注文番号と数量、受取人を確認する形にしましょう」


「それなら、受け渡しにかかる時間を短くできそうだ」


 こうして、配達順と受け渡し方法を調整した。


 しかし、まだ一件だけ、希望時刻どおりに渡せるか判断がつかなかった。


 九時半を希望していた、出発時刻を変更できない旅人だ。


「この方への配達を優先するには、ほかの配達を後ろへずらす必要があります」


 バルンが言った。


「ほかのお客様には、変更の相談をしたのか?」


「ミハイルが連絡しています。二件は三十分程度なら変更できるそうです。ただ、一件は返事待ちです」


「返事を待とう。こちらだけで勝手に変更を確定するわけにはいかない」


 アルトは、記録帳を閉じなかった。


 調整できるところと、できないところ。


 約束できることと、まだ約束できないこと。


 それらを曖昧にしないことが、今回の仕事だった。


     *


 しばらくして、ミハイルが戻ってきた。


「課長! 返事がありました。最後のお客様も、受け取りを午前十時半に変更できるそうです!」


「よし。これで全件の調整ができるな」


「はい! 十一件、全部お受けできそうです!」


「いや、まだだ」


「えっ?」


「配達順を調整できたことと、十一件すべてに確実に対応できることは別だ。バルン、移動時間をもう一度確認してくれ。途中で予定外の作業が入った場合も考えて、余裕があるか確認するんだ」


 バルンは地図を見直した。


 しばらくして、彼はうなずいた。


「この順番なら、必要な余裕時間も確保できる。予定外の配達を追加しなければ、対応できる見込みだ」


「よし。では、お客様には変更後の時刻を個別に連絡しよう。連絡した時刻と、相手が了承したことも記録しておく」


 ミハイルは、予約票を持って連絡を始めた。


「お待たせしました。ご希望を確認した結果、受け渡し時刻を午前十時半に変更させていただければ、確実にお渡しできる見込みです。ご都合はいかがでしょうか?」


 相手が了承すると、ミハイルは確認した内容を記録した。


 変更が難しいお客様には、無理に変更をお願いしない。


 別の受け渡し方法が可能なら提案するが、対応できる見込みがないのに、できると約束することもしない。


 その日の予約は、すべて調整できた。


 商品準備は予定どおりに進み、配達も大きな遅れなく完了した。ガルドの店では、予約客が集中する時間帯も、以前より落ち着いて受け渡しができた。


「いやあ、今日はうまくいったな」


 ガルドが笑った。


「ミハイルさんも、ずいぶん手際がよくなったじゃないか」


「ありがとうございます!」


 ミハイルは得意げに胸を張った。


「私も、ついに予約管理の達人に……」


「待て」


 アルトが、すかさず声をかけた。


「今日は、全員の希望を確認できた。配達順も調整できた。だから、うまくいったんだ。次も同じようにいくとは限らない」


「……はい」


「それに、今回はお客様が時間変更に協力してくださった。こちらの都合だけで調整できたわけじゃない」


 アルトは、予約記録を指で示した。


「大事なのは、今回の調整を特別な対応で終わらせないことだ」


     *


 その日の夕方、アルトは一日の記録をまとめていた。


 十一件の予約。


 変更を相談した件数。


 変更を了承してもらえた件数。


 変更できなかった件数。


 実際の到着時刻。


 受け渡しにかかった時間。


 それぞれを整理すると、いくつかの傾向が見えてきた。


 まず、朝の希望が多いのは、旅人が出発前に商品を受け取りたいからだ。


 つまり、単に朝の予約を減らせば解決するわけではない。


 次に、受け取り時刻を変更できるお客様もいるが、変更できる範囲は人によって違う。


 そして、配達先を近い区域ごとにまとめるだけでは、時間の制約があるお客様に対応できない場合がある。


「課長、今後はどうしましょう?」


 ミハイルが尋ねた。


「予約を受け付けるときに、希望時刻だけでなく、変更できる範囲も確認しよう」


「変更できる範囲?」


「たとえば、九時が希望でも、九時半までなら大丈夫な人もいる。一方で、九時半を過ぎたら受け取れない人もいる。その違いを最初から把握しておけば、配達順を組みやすくなる」


「なるほど!」


「ただし、変更可能な時間を確認したからといって、必ず変更するわけじゃない。基本はお客様の希望を守ることだ。調整が必要な場合にだけ、事前に相談する」


 アルトは、予約受付票に新しい欄を追加した。


 希望受け取り時刻。


 変更可能な時間帯。


 変更できない理由がある場合の確認欄。


 そして、受け付けた時点で、対応可能かどうかを確認した担当者の名前。


「これで、予約を受け付ける段階から、約束を守れるかどうかを判断できるようになる」


「でも、課長。予約の受付に時間がかかるようになりませんか?」


「最初は少し増えるかもしれない。だが、受け付けてから慌てて調整するより、先に確認したほうが、結果的に手間が少なくなる可能性が高い」


「確かに、今日みたいに後から慌てるよりはいいですね」


「それに、記録を続ければ、よくある時間帯や配達先の組み合わせもわかってくる。そうなれば、受付時の判断も早くなるはずだ」


 アルトは、予約票を整えた。


 注文を断らないことが、営業の目的ではない。


 注文を無理に受けて、約束を破ることでもない。


 お客様の事情を理解し、実現できる方法を探し、必要なら条件を相談する。


 そうすることで、注文を失わずに済む場合もある。


 そして、できないことを正直に伝えることも、長い目で見れば信頼につながる。


 ミハイルは、記録帳を見ながらつぶやいた。


「注文を受ける前から、営業は始まっているんですね」


「そうだ。受注とは、注文をもらうことだけじゃない。お客様と、守れる約束を作ることでもある」


 アルトは窓の外を見た。


 街道には、夕方の光の中を旅人たちが歩いている。


 彼らの予定は、それぞれ違う。


 早く出発したい者もいれば、昼までゆっくりしたい者もいる。


 その違いを理解し、無理のない形で商品を届ける。


 それができれば、注文が増えても、信頼を失わずに商売を続けられるはずだ。


 もっとも、アルトには一つだけ気がかりがあった。


 今日の調整は、全員が時間変更に協力してくれたから成立した。


 もし、変更できない注文がさらに増えたら?


 もし、配達先が遠く離れていたら?


 もし、急な注文が同時にいくつも入ったら?


 そのときも、同じ方法で対応できるだろうか。


 アルトは、記録帳の最後に書き加えた。


 受注調整の仕組みはでき始めた。次は、予定外の注文が入ったときの対応を決める。


 商売が成長するということは、問題がなくなることではない。


 今までの方法では対応できない場面が、少しずつ増えていくということでもある。


 そのたびに、現場の頑張りだけに頼るのか。


 それとも、誰が担当しても判断できる仕組みを作るのか。


 アルトの答えは、すでに決まっていた。


⸻


営業メモ ②②④


注文を断らずに受注を調整するには、最初にお客様の事情を確認することが重要である。


希望受け取り時刻が変更できるのか、変更できるならどの程度まで可能なのかを確認すれば、配達順や受け渡し時間を調整できる場合がある。ただし、変更を前提にしてはいけない。基本はお客様の希望を守り、調整が必要な場合は理由と選択肢を伝えて、了承を得る。


受注前には、商品の準備状況、配達経路、受け渡し能力を確認し、対応できる見込みを判断する。対応可能な場合は、確定した受け取り時刻と条件を記録する。対応が難しい場合は、別の時間帯や受け渡し方法を提案し、実現できない約束はしない。


また、今回うまくいった方法が、すべての条件で通用するとは限らない。変更を相談した件数、了承された件数、実際の配達時刻、追加費用などを記録し、調整方法を改善する必要がある。


受注とは、注文をもらうことだけではない。お客様の事情と自社の対応能力をすり合わせ、双方が納得できる約束を作ることである。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百二十六話 営業課長、急な注文に備える仕組みを作る


受け取り時刻を調整することで、十一件の予約を無事に届けたアルトたち。


しかし翌日、予定していなかった大量注文が舞い込む。


お客様は、どうしても今日中に商品を受け取りたいという。だが、すでに決まっている予約を崩せば、別のお客様との約束を破ることになりかねない。


断るべきか。受ける方法を探すべきか。


アルトは、急な注文に対応できる余力をどう確保するのか、そして既存のお客様との約束をどう守るのか、新たな仕組み作りに挑む。

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