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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百二十三話 営業課長、信頼を取り戻す仕組みを作る


 受け渡しの数量を間違えない。


 前回のトラブルを受けて、アルトはその仕組みを整えた。


 商品を渡す側と受け取る側が、注文番号、商品名、数量を一緒に確認する。確認した者の名前と時刻を記録し、予約商品は通常の商品と混ざらないように分けて保管する。


 これで、数量の食い違いが起きたときにも、どこで問題が発生したのかを追いやすくなった。


 そして、一週間後。


「アルト課長! 今度は数量じゃありません!」


 営業担当のミハイルが、朝から事務所に飛び込んできた。


「今度は何だ?」


「商品は全部そろっています! 注文番号も合っています! 確認記録も完璧です!」


「それはいいことじゃないか」


「ですが、お客様がお怒りです!」


「……なぜだ?」


「商品を受け取る時間が遅れたんです!」


 アルトは手にしていた帳簿を閉じた。


 数量は合っている。


 商品もそろっている。


 記録にも問題はない。


 それでも、お客様は怒っている。


「ミハイル。お客様は、何時に商品を受け取る約束だった?」


「午前十時です」


「実際に渡せたのは?」


「午前十時二十五分です」


「二十五分の遅れか」


「はい。でも、たった二十五分ですよ?」


 アルトは、ゆっくりと顔を上げた。


「ミハイル。お客様は、二十五分くらいなら待って当然だと思っているのかもしれない。だが、こちらが勝手に決めていいことじゃない」


「えっ?」


「お客様が十時に受け取れると思っていたなら、その二十五分は約束が守られなかった時間だ」


 ミハイルは口を閉じた。


「それに、商品が届くのを待っている人が、何もせずに立っているとは限らない。次の仕事があるかもしれない。出発する馬車に乗らなければならないかもしれない。お客様の予定まで、こちらの都合でずらしてしまった可能性がある」


 アルトは立ち上がった。


「まずは現場を確認しよう。誰かを叱るのは、その後だ」


     *


 街道沿いの商店、ガルドの店に到着すると、店主は商品の受け渡し場所を片づけていた。


「アルトさん、来てくれたか」


「ご迷惑をおかけしました。まず、今回の状況を教えてください」


 ガルドは腕を組み、店の入口を見た。


「予約した旅人は、十時にここで商品を受け取ることになっていた。ところが十時になっても商品が来ない。十分待っても来ない。旅人は何度も街道の先を確認していたよ」


「その方は、何時に出発する予定だったんですか?」


「十時半だ。次の町へ向かう馬車に乗るつもりだったらしい」


「それで?」


「十時二十五分に商品が届いた。だが、旅人は受け取ったあと、馬車に乗るために走っていった。最後に『商品は受け取れたが、次からは時間を守ってほしい』と言っていたよ」


 アルトは深く頭を下げた。


「お客様にとっては、商品が届いただけでは十分ではなかったんですね」


「そういうことだ。商品が正しくても、受け取れなければ意味がない。いや、受け取れたとしても、予定が狂えば困る」


 ガルドの言葉は厳しかったが、もっともだった。


 アルトは受け渡し記録を取り出した。


 予約番号、商品名、数量、確認者の名前。数量に関する欄は、きちんと埋まっている。


 しかし、時刻を追っていくと、別の問題が見えてきた。


 パンを用意したエルダの店では、午前九時三十分に商品を準備済みとしている。


 配達を担当したバルンが商品を受け取ったのは、午前九時四十分。


 ガルドの店に到着したのは、午前十時二十五分。


「バルンさんは、九時四十分に出発したんですか?」


「いや、商品を受け取ったあと、ほかの荷物も積んだんだ。そっちも同じ方向だったから、一緒に運んだほうが効率がいいと思ってな」


 バルンは申し訳なさそうに答えた。


「それで、どれくらい時間がかかった?」


「十分ほどだ。そこから街道を走ったんだが、途中で別の商店に荷物を届けた。そちらの店主が、荷物の受け取りを確認するのに少し時間がかかってな」


「その予定は、事前に決まっていたのか?」


「いや。出発前に頼まれたんだ。すぐ終わると思っていた」


 アルトは記録帳に目を落とした。


 誰かが二十五分間、何もせずに時間を無駄にしたわけではない。


 バルンは荷物をまとめて運び、配達先でも確認をしていた。ガルドも、商品を受け取るための場所を空けて待っていた。


 問題は、それぞれの作業が、約束した時刻にどう影響するのかを考えていなかったことだった。


「バルンさん。十時に到着する約束をしたとき、どのくらいの余裕を見込んでいた?」


「いつもなら、九時五十分くらいには着けると思っていた。だから十時なら間に合うと……」


「その見込みには、荷物の積み込みや、途中で別の配達を頼まれる可能性は含まれていた?」


「……含まれていなかった」


「なるほど」


 アルトは、バルンを責めなかった。


 彼は自分の経験から、間に合うと判断したのだろう。


 ただし、その経験は、予定外の作業が入らないことを前提にしていた。


 そして、ガルドの店での受け渡し時間は、予約客が馬車に乗る時刻まで考えて決められていなかった。


 数量管理の仕組みは改善された。


 だが、時間管理の仕組みは、まだ整っていなかったのだ。


     *


「よし。関係者を集めよう」


 その日の午後、アルトはエルダ、バルン、ガルド、ミハイルを集めた。


 机の上には、今回の予約記録と配達記録が並んでいる。


「今回の問題は、誰か一人の失敗で片づけられない。まず、約束した時刻と、実際に必要だった時間を分けて考えよう」


 アルトは紙に三つの項目を書いた。


 商品準備。


 配達。


 受け渡し。


「エルダさん。商品は、何時に準備できていましたか?」


「午前九時三十分だよ。数量も、前回の反省を踏まえて二人で確認した」


「では、商品準備については、今回の遅れの原因ではなさそうですね。ただ、今後も準備完了時刻は記録しておきましょう」


「わかったよ」


「バルンさん。配達に必要な時間は、どう見積もっていますか?」


「距離と、普段かかる時間だな」


「それに加えて、積み込み時間、途中の配達、道の混雑、受け渡しにかかる時間も考える必要がある。毎回すべてを正確に予測するのは難しいが、少なくとも、何を含めた見積もりなのかを明確にしよう」


 バルンはうなずいた。


「それと、予定外の配達を途中で追加する場合は、先に決まっている約束に影響しないか確認する。間に合わなくなりそうなら、勝手に判断せず、すぐに連絡するんだ」


「了解した」


 次に、アルトはガルドに向き直った。


「ガルドさん。商品を受け取るとき、どのくらいの時間が必要ですか?」


「普段なら五分もかからない。ただ、店が混んでいれば、確認する場所を空けるまで時間がかかることもある」


「では、商品が到着する時刻だけでなく、受け渡しに必要な時間も見込む必要がありますね」


「そうだな。客が来る時間と店が忙しい時間が重なることもある」


 アルトは三つの項目の下に、さらに二つの言葉を書き足した。


 余裕時間。


 遅延時の連絡。


「これからは、到着予定を決めるとき、必要な作業時間に加えて余裕を見込む。そして、遅れそうだとわかった時点で、店とお客様に連絡する」


 ミハイルが首をかしげた。


「課長。余裕を見込むということは、今までより早い時刻に出発するんですか?」


「それも一つの方法だ。ただし、すべての配達を一律に早くすればいいわけじゃない。距離も、荷物の量も、受け渡しにかかる時間も違うからな」


「では、どうやって決めるんですか?」


「実際の記録から決めるんだ」


 アルトは、今回の配達記録を指で示した。


「今回なら、商品準備から出発までの時間、積み込みにかかった時間、移動時間、途中の配達にかかった時間。それぞれを分けて記録する。何度か繰り返せば、どこで時間がかかりやすいのかが見えてくる」


「なるほど……」


「勘は大事だ。だが、勘だけでは、いつも同じように約束を守れるとは限らない」


 ミハイルは、真剣な顔で記録帳をのぞき込んだ。


「つまり、今度は時間の営業メモですね!」


「いや、営業メモは毎回あるんだが……」


「いえ、そういう意味ではなく!」


「わかっている。たぶん」


 アルトは苦笑した。


 こうして、時間管理の改善が始まった。


     *


 翌日から、ガルドの店で新しい運用を試すことになった。


 予約票には、これまでの注文番号、商品名、数量、受取人に加えて、次の項目を記載する。


 商品準備完了予定。


 出発予定。


 到着予定。


 受け渡しに必要な時間。


 遅延時の連絡先。


 さらに、受け渡し時刻を一つの数字だけで約束するのではなく、商品や距離、顧客の予定に応じて、適切な時間幅を設けることにした。


 ただし、何でもかんでも時間幅を広げるわけではない。


 お客様が馬車に乗る時刻など、動かせない予定がある場合は、その時刻を先に確認する。


 そのうえで、間に合うように出発時刻を設定する。


 間に合う見込みが立たない場合は、安易に約束しない。別の受け渡し方法や、受け取れる時刻をお客様と相談する。


 そして、遅延が発生しそうな場合には、到着してから説明するのではなく、わかった時点で連絡する。


「これなら、少しは安心できるね」


 ガルドは新しい予約票を確認しながら言った。


「もちろん、これだけで遅れがなくなるとは限りません。まずは一週間、実際に運用して、記録を見直します」


「そうしてくれ。うちも、受け渡しに何分かかったか記録するよ」


 バルンも手を挙げた。


「俺も、出発と到着の時刻を必ず書く。途中で予定が変わったときもな」


「お願いします。予定が変わったこと自体を責めるつもりはありません。変わったことがわからないまま、約束だけが残るのが問題なんです」


 アルトは、全員の顔を見渡した。


「そして、お客様への連絡は、遅れが確定してからではなく、遅れそうだと判断した段階で行う。連絡するときは、わからないことを確実な情報のように伝えないこと。到着時刻が読めないなら、確認してから改めて伝える」


「お客様に、まだわからないと言ってもいいんですか?」


 ミハイルが尋ねた。


「もちろんだ。ただし、わからないと言って終わりにするんじゃない。何を確認していて、いつまでに返答するのかを伝えるんだ」


「なるほど……」


「お客様が必要としているのは、都合のいい言葉じゃない。予定を立てるための、正確な情報だからな」


 ミハイルは、今度こそ黙ってメモを取った。


     *


 試験運用の三日目。


 午前中の配達で、バルンは予定外の荷物を頼まれた。


 以前なら、少しくらいなら間に合うと考え、そのまま引き受けていたかもしれない。


 だが、今回は違った。


 先に決まっていたガルドの店への配達時刻を確認し、追加の荷物を運ぶと遅れる可能性があると判断した。


 バルンはすぐにアルトへ連絡した。


「追加の荷物を運ぶと、ガルドの店への到着が予定より遅れる可能性がある。どうする?」


「先に約束した配達を優先しよう。追加の荷物は、別の便で運べるか確認してくれ」


「わかった」


 その後、アルトはガルドの店に連絡し、予定どおりの時刻に商品を受け渡せる見込みであることを伝えた。


 商品は予定時刻の少し前に到着した。


 数量も、注文番号も問題なし。


 ガルドは受け渡し記録に確認時刻を書き込み、満足そうにうなずいた。


「これなら、お客さんも安心できるな」


 しかし、アルトはまだ喜びすぎないようにしていた。


 一度うまくいっただけで、仕組みが完成したとは言えない。


 翌日には雨が降るかもしれない。道が混むかもしれない。商品の準備が遅れることもある。


 大切なのは、問題が起きないことだけではない。


 問題が起きたときに、状況を把握し、必要な人へ連絡し、約束をどう守るか判断できることだ。


 その日の夕方、アルトは一週間分の記録を整理し始めた。


 数量の間違いは減っている。


 受け渡し時刻も、以前より安定していた。


 だが、いくつかの配達では、到着予定を守るために出発を早めすぎていた。別の配達では、余裕時間を多く取りすぎたため、同じ便で運べる荷物を分けて運んでいた。


 信頼を守るための余裕は必要だ。


 しかし、余裕を取りすぎれば、配達の効率が落ち、費用も増える。


「課長。遅れなかったんですから、成功ですよね?」


 記録をのぞき込んだミハイルが言った。


「半分は成功だな」


「半分ですか?」


「お客様との約束は、以前より守れるようになった。でも、余裕時間の設定が適切かどうかは、まだ検証が必要だ」


「なるほど。早く着けば着くほどいい、というわけでもないんですね」


「そういうことだ。お客様が必要としているのは、無意味に早い商品じゃない。必要な時刻に、安心して受け取れる商品だ」


 アルトは記録帳を閉じた。


 数量を正しく届ける。


 約束した時刻に届ける。


 遅れそうなら、早めに知らせる。


 そして、実際の記録をもとに、次の約束を改善する。


 当たり前に見えることほど、仕組みにして初めて、誰が担当しても続けられるようになる。


 そのとき、店の入口からガルドが顔を出した。


「アルトさん。少し相談があるんだが」


「どうしました?」


「おかげで受け渡しは安定してきた。ただ、最近は予約が増えてきてな。このまま増えたら、今の配達方法で全部に対応できるのか心配なんだ」


 アルトは、机の上に置いた記録帳を見つめた。


 信頼を取り戻す仕組みは、少しずつ形になってきた。


 しかし、注文が増えたときにも同じ品質を保てるのか。


 それは、まだ確かめられていない。


「わかりました。次は、どこまでなら確実に約束できるのか、数字で確かめましょう」


 アルトは新しい紙を取り出した。


 信頼を守るためには、約束を増やすだけでは足りない。


 守れる約束を見極めることも、営業の仕事なのだ。


⸻


営業メモ ②②②


信頼は、商品を正しく渡すだけでは生まれない。お客様が必要とする時刻に、安心して受け取れることも重要である。


納期や受け渡し時刻を約束するときは、商品の準備時間、積み込み時間、移動時間、受け渡し時間を分けて考え、現場の実績をもとに余裕時間を設定する。


予定外の作業が入った場合は、先に決まっている約束への影響を確認する。遅延が予想されるなら、遅れてから謝るのではなく、わかった時点で連絡する。その際は、確定している情報と未確定の情報を分け、次にいつ回答できるかも伝える。


また、遅れがなくなったからといって、改善が完了したとは限らない。早く着きすぎていないか、配達費用が増えていないか、余裕時間が適切かも検証する。


営業の基本は、守れない約束をしないこと。そして、約束を守るための仕組みを改善し続けることである。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百二十四話 営業課長、約束できる納期を見極める


予約が増え始めた街道沿いの受け渡しサービス。ガルドから相談を受けたアルトは、今の配達体制で何件まで対応できるのかを調べ始める。


ところが、単純に一日の配達件数を数えただけでは、必要な答えは出てこなかった。


配達先ごとの距離、商品の準備時間、受け渡しの手間、そして突然の注文変更。


増え続ける注文を断るべきか、それとも仕組みを変えて受け入れるべきか。


アルトは、信頼と売上を両立させるための「約束できる限界」に挑む。

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