第二百二十二話 営業課長、初めての受け渡しトラブルに挑む
「課長! 大変です! 商品が足りません!」
朝、営業課に飛び込んできたミハイルの第一声は、なかなか刺激的だった。
アルトは朝食代わりのパンを片手に、ゆっくり顔を上げた。
「ミハイル。まず確認したいことがある」
「何でしょう!?」
「足りないのは商品か、それとも君の落ち着きか?」
「両方です!」
「それは困ったな。落ち着きは倉庫に発注できないぞ」
「課長! 冗談を言っている場合じゃありません!」
「分かっている。状況を説明してくれ」
ミハイルは持ってきた帳簿を机に広げた。
街道沿いの商店、ガルドの店で始めた予約商品の受け渡し。試験運用の初日、旅人が予約した焼き菓子を受け取りに来たところ、予約票に記された数量と、店に届いている数量が一致しなかったという。
予約票には六個。
店に届いていたのは四個。
旅人は出発を急いでいる。ガルドは自分の店で商品をなくしたのではないかと疑われることを心配している。配送担当者は、納品した数量は間違っていないと主張していた。
「なるほど。いきなり問題が起きたわけか」
「はい! ガルドさんは困っていますし、お客様も怒っています。このままでは、次から協力してもらえなくなるかもしれません!」
「その可能性はある。だが、今すぐ誰かを責めても、商品は増えない」
アルトはパンを皿に置き、帳簿を手に取った。
「ミハイル。今分かっている事実を整理しよう」
「はい!」
「予約票には六個と書いてある。商店には四個ある。配送担当者は、納品時に数量を確認したと言っている。ここまではいいな?」
「はい」
「では、二個がいつ、どこで不足したのか。それを調べる」
ミハイルは勢いよく頷いた。
「分かりました! すぐにガルドさんの店へ行きましょう!」
「その前に、納品記録を確認する」
「えっ、先に現場へ行かないんですか?」
「現場を見るのは大切だ。だが、記録を見ずに現場へ行けば、何を確認すべきか分からないまま走り回ることになる」
アルトは立ち上がった。
「よし。今回は、注文から受け渡しまでの流れを順番に追っていこう」
*
最初に確認したのは、宿屋で受け付けた予約票だった。
注文番号は「A―017」。
商品は焼き菓子、数量は六個。
受け取り予定日は本日、受け取り場所はガルドの商店。支払い状況の欄には、予約時に代金を受け取ったことが記録されていた。
「予約の段階では六個で間違いありませんね」
アルトが尋ねると、予約を担当した宿屋のマルタは頷いた。
「ええ。お客様から六個と聞き取り、復唱して確認しました。予約票も六個になっています」
「控えは残っていますか?」
「もちろんです。こちらが宿屋の控えです」
アルトは受け取った控えを、営業課の予約票と照合した。
注文番号も数量も一致している。
予約受付の段階で、数量を間違えた可能性は低そうだった。
「マルタさん、ありがとうございます。予約受付の記録は問題なさそうです。次は、商品を用意した段階を確認します」
ミハイルが帳簿をのぞき込んだ。
「課長、予約票が六個なら、配送担当者が二個落としたんじゃないですか?」
「可能性の一つだ。だが、まだ決めつけない」
「でも、ほかにどんな理由が……」
「商品を用意したときに四個しかなかった。納品時には六個あったが、二個が途中でなくなった。あるいは、六個を用意したつもりでも、最初から四個しか用意していなかった。考えられる原因はいくつもある」
「なるほど。順番に確認するんですね」
「そうだ。推測だけで人を疑えば、原因を見落とすうえに、信頼まで失うことがある」
*
次に、アルトたちは焼き菓子を仕入れた店へ向かった。
店主のエルダは、注文番号を聞くと、納品記録を取り出した。
「A―017ですね。六個の注文を受けて、六個を用意した記録があります」
「商品を用意したとき、数量はどのように確認しましたか?」
「予約票を見ながら数えました。それから、袋に入れて、袋の表に注文番号を書きました」
エルダは記録を指でなぞった。
「こちらが用意したときの控えです。六個と書いてあります」
「ありがとうございます。では、配送担当者へ渡したときの記録はありますか?」
「あります。ただ……」
エルダは少し言いにくそうに続けた。
「商品を渡すとき、配送担当者が急いでいたんです。私は袋を渡して、担当者が受け取ったところまでは覚えています。でも、その場で一緒に数えたかどうかは、はっきりしません」
アルトは頷いた。
「分かりました。覚えていないことは、無理に断定しなくて大丈夫です」
ミハイルが小声で尋ねた。
「課長、ここが怪しいんじゃないですか?」
「怪しいというより、確認が必要な場所だな。用意した記録はあるが、実際に何個渡したのかを示す記録がない」
「つまり、六個を用意したことと、六個を配送担当者に渡したことは、別の話なんですね」
「その通りだ」
アルトは帳面に書き込んだ。
注文受付。六個。
商品準備。六個。
配送担当者への引き渡し。数量の共同確認記録なし。
「ここで数量を確認していれば、後から原因を追いやすかったはずだ」
*
続いて、配送担当者のバルンを訪ねた。
バルンは馬車の荷台を点検していたが、事情を聞くと、すぐに帳簿を持ってきた。
「私が商品を受け取ったとき、袋は一つでした。荷台に積んで、ガルドさんの店まで運びました。納品時にも袋を渡しています」
「数量は確認しましたか?」
「ええ、袋の表に六個と書いてあったので、その数字を納品記録に写しました」
アルトは顔を上げた。
「袋を開けて、実際に六個あることを確認しましたか?」
「……いえ。袋には六個と書いてありましたから」
「分かりました。では、納品記録の六個は、袋に書かれた数字を転記したものですね?」
「そうなります」
バルンは少し困ったような顔をした。
「私は、袋の中身まで確認する役目だとは聞いていませんでした。商品を運び、納品先へ渡すのが仕事だと思っていました」
「それも重要な情報です。責任を押しつけるために聞いているのではありません。どこで確認が途切れたのかを調べています」
アルトは納品記録を確認した。
確かに六個と書かれている。
しかし、実物を数えた記録ではない。
袋に書かれた数字を写しただけだった。
「ミハイル。ここまでで、何が分かった?」
「予約は六個。仕入れ先も六個を用意したと記録している。でも、配送担当者は中身を数えていない。だから、店に届いた時点で六個あったとは断定できません」
「よく整理できたな」
「ありがとうございます!」
「ただし、まだ原因は確定していないぞ」
「はい……」
ミハイルの肩が少し落ちた。
*
最後に、アルトたちはガルドの商店へ向かった。
ガルドは店の奥から、納品時に使った受け取り票を持ってきた。
「商品を受け取ったとき、私は袋の表を見て、六個と書いてあるのを確認した。だが、店が忙しくて、中身までは数えなかったんだ」
「その後、どうしましたか?」
「袋を棚の下に置いた。それから、旅人が受け取りに来たので、袋を開けて渡そうとした。そこで四個しかないことに気づいたんだ」
「袋を開ける前に、ほかの誰かが触れる機会はありましたか?」
ガルドは考え込んだ。
「店員が棚の下を掃除したが、袋を動かしたかどうかは分からない。私も、別の客に呼ばれて、その場を離れた時間がある」
アルトは店内を見回した。
棚の下は、普段から商品を一時的に置く場所になっているようだった。
「ガルドさん。今回の件で、店側に落ち度があったと決めつけるつもりはありません。ただ、商品を置いてから渡すまでの間に、誰がどのように管理していたかは確認しておきたいのです」
「分かっている。だが、うちで二個なくなったと言われれば、困るのも事実だ」
「もちろんです。ですから、原因が分かるまでは、どこか一つの段階だけに責任があるとは考えません」
アルトは納品記録と受け取り票を並べた。
仕入れ先の準備記録は六個。
配送担当者の納品記録も六個。
商店の受け取り票も六個。
しかし、どの記録にも、実際に中身を数えたことを示す確認欄がなかった。
「ミハイル。記録上は、すべて六個になっている。だが、どの段階でも、実物の数量を二人で確認した証拠がない」
「つまり、数字はそろっているのに、実物がそろっていたかは分からないんですね」
「そういうことだ」
アルトは四つの記録を順番に並べた。
「今回の問題は、誰かが二個をなくしたと断定できる状況ではない。数量を確認したつもりになる仕組みになっていたことが問題なんだ」
ガルドは腕を組んだ。
「では、どうすればいい?」
「引き渡しのたびに、実物を数える。そして、渡す側と受け取る側が一緒に確認する。確認した数量を、双方の記録に残すんです」
「それだけで防げるのか?」
「すべての問題を防げるわけではありません。ただ、少なくとも、どの段階で数量が違ったのかを絞り込みやすくなります」
アルトは続けた。
「それから、商品を受け取ってから旅人に渡すまでの間は、予約番号を付けて、決めた場所で保管する。受け渡し時にも、予約票と実物を照合します」
ガルドはゆっくり頷いた。
「なるほど。袋に書かれた数字を見るだけでは、確認したことにならないわけだ」
「はい。数字を読むことと、実物を確認することは違います」
ミハイルが真剣な顔で付け加えた。
「私も今、帳簿の数字だけを見て、配送担当者を疑いかけました」
「そのことに気づけたなら、次からは行動を変えられる」
アルトは微笑んだ。
*
問題は、旅人への対応だった。
予約した旅人は、次の町へ向かうため、すぐに出発したいと考えていた。
アルトは旅人に事情を説明した。
「申し訳ありません。ご予約いただいた六個のうち、現在、確認できているのは四個です。残り二個については、原因を調べています」
旅人は不満そうに眉を寄せた。
「こちらは六個分の代金を払ったんだ。四個しかないのでは困る」
「おっしゃる通りです。ご迷惑をおかけしました。残り二個については、すぐに用意できるか確認します。もし間に合わない場合は、不足分の代金を返金いたします」
アルトは、その場で仕入れ先へ連絡を取った。
幸い、エルダの店には同じ焼き菓子の在庫があり、二個を追加で用意できた。
ただし、商品を届けるには、通常の配送とは別の手配が必要だった。
アルトは旅人に、少しだけ受け取りを待ってもらえないかと相談した。
「次の出発予定に間に合うよう、できる限り急ぎます。もし、お待ちいただくことで予定に支障が出る場合は、無理にお待たせしません」
旅人は時計代わりの日時計を確認し、少し考えた。
「あと少しなら待てる。ただし、次の町へ向かう荷馬車に遅れたくはない」
「承知しました。間に合うかどうかを、すぐに確認してお伝えします」
アルトは配送担当者と連絡を取り、追加の二個を別の便で届けられることを確認した。
旅人は予定していた出発に間に合い、六個すべてを受け取ることができた。
「今回は助かった。だが、次からは予約した数量が確実に受け取れるようにしてほしい」
「お約束します。今回の原因を調べ、同じことが起きないよう手順を見直します」
旅人を見送ったあと、ミハイルが深く息を吐いた。
「何とか間に合いましたね……」
「そうだな。ただし、追加配送の費用が発生した。今回の対応にいくらかかったかも記録しておこう」
「そこまで記録するんですか?」
「もちろんだ。問題を解決するために必要な費用も、事業の採算を判断する材料になる」
「売上だけでなく、失敗への対応費用も見るんですね」
「そうだ。再発防止のために必要な費用と、仕組みの不備によって繰り返し発生する費用は、分けて考える必要がある」
アルトは記録帳に、追加配送費と対応時間を書き込んだ。
今回のトラブルは解決した。
しかし、同じ仕組みのまま運用を続ければ、再び起きる可能性がある。
それでは、協力店を増やすどころか、取引先の信頼を失ってしまう。
*
営業課へ戻ると、アルトは関係者を集めて、受け渡し手順の見直しを行った。
まず、仕入れ先から配送担当者へ商品を渡す段階。
袋に書かれた数量だけを信用するのではなく、実物を数え、双方が確認する。
次に、配送担当者から協力店へ渡す段階。
商品番号と数量を照合し、受け取り側も実物を確認する。
最後に、協力店から旅人へ渡す段階。
予約票の番号、商品、数量を確認し、受け渡し完了の記録を残す。
「確認のたびに、同じ情報を何度も書くことになりますね」
ロランが指摘した。
「確かに、手間は増える。だから、記録の項目を必要以上に増やさず、同じ注文番号で追跡できるようにする。確認するべき点を絞り、作業を簡単にすることも重要だ」
アルトは新しい受け渡し票を示した。
そこには、注文番号、商品名、数量、確認者、確認時刻、受け渡し状況を記入する欄が設けられていた。
「大切なのは、書類を増やすことではない。実物を確認した事実を、後から確かめられるようにすることだ」
ミハイルが頷いた。
「それなら、数字を転記するだけの確認にはなりませんね」
「そうだ。それから、商品を受け取った後の保管場所も決める。予約商品は通常の商品と分け、注文番号が見える状態で保管する」
ロランが質問した。
「もし、数量が違っていたら?」
「その場で引き渡しを止め、双方で数え直す。それでも解決しなければ、直前の記録を確認して、原因を絞り込む。分からないことを分かったふりで処理しない」
アルトは全員を見渡した。
「そして、問題が起きたときは、まず顧客への影響を抑える。次に事実を確認する。その後、原因を特定し、再発防止策を決める。責任を追及するのは、事実を確認してからだ」
バルンが静かに頷いた。
「今回、私が納品時に袋の数字だけを見たことは事実です。ただ、実物の数量を確認する手順が決まっていなかったのも事実です」
「そうだな。君一人の注意力に頼るのではなく、誰が担当しても同じように確認できる手順を作る。それが今回の改善だ」
アルトは新しい手順書を配った。
「この手順で、もう一度試験運用を行う。一週間後に、作業時間、数量違い、受け渡しの遅れ、追加費用を確認しよう」
ミハイルが手を挙げた。
「課長。もし、問題が一度も起きなかったら?」
「それは良い結果だ。だが、問題が起きなかったことだけで、仕組みが完璧だとは判断しない。確認に時間がかかりすぎていないか、担当者が無理をしていないかも見る」
「つまり、問題が起きないことと、効率よく運用できることの両方が必要なんですね」
「その通りだ」
ミハイルは満面の笑みを浮かべた。
「課長! 今回の件で、私も一つ成長しました!」
「ほう。何を学んだ?」
「袋に書いてある数字を、むやみに信じないことです!」
「よし。では、明日から君の給料袋に書いてある数字も確認するか」
「そこは信じてください!」
営業課に笑い声が広がった。
*
夕方、アルトは新しい受け渡し手順書を確認していた。
今回の問題では、誰かが商品を盗んだ証拠も、意図的に数量をごまかした証拠も見つからなかった。
分かったのは、各段階の記録に数字が残っていても、実物の数量を確かめた事実が残っていなかったことだ。
つまり、記録はあった。
しかし、確認の仕組みが不十分だった。
数字を写すことと、事実を確かめることは違う。
営業において、顧客との約束を守るためには、約束した内容を正しく管理する必要がある。
そして、問題が起きたときに、誰かの記憶や注意力だけに頼らず、事実を追跡できる仕組みが欠かせない。
アルトは手順書を閉じ、窓の外を見た。
試験運用はまだ始まったばかりだ。
今回の問題を解決できたからといって、すべてが順調に進むとは限らない。
それでも、問題を隠さず、事実を確かめ、仕組みを改善できれば、次の失敗を減らすことはできる。
「さて、これで次の受け渡しは少し安心できるかな」
そのとき、ミハイルが新しい書類を持ってきた。
「課長! ガルドさんから連絡です!」
「今度は何だ?」
「新しい予約が入ったそうです。しかも、前回より多い数量です!」
アルトは書類を受け取った。
確かに、予約数は前回より増えている。
「ありがたい話だな。ただし、数量が増えれば、確認の手間も増える。今回決めた手順で問題なく対応できるか、慎重に進めよう」
「はい!」
ミハイルは元気よく返事をした。
「今度は、商品を渡すときに、実物を数えます!」
「それだけじゃないぞ。受け取る側にも確認してもらうんだ」
「分かっています! 六個なら、いち、に、さん、し、ご、ろく!」
「よし。では、十個なら?」
「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、きゅう、じゅう!」
「問題なさそうだな」
「課長、私を何だと思っているんですか!?」
「成長中の営業担当者だ」
アルトは笑いながら、次の予約票に目を落とした。
小さなトラブルは、事業の弱点を教えてくれる。
大切なのは、トラブルが起きないことだけではない。
起きたときに顧客への影響を抑え、原因を確かめ、同じ問題を繰り返さない仕組みを作ることだ。
その積み重ねが、やがて顧客からの信頼になり、新しい商売を支える土台になる。
営業メモ ②②①
数量や納期など、顧客との約束を守るには、記録に数字を残すだけでは不十分である。実物を確認した事実を記録し、引き渡す側と受け取る側が照合できる仕組みを作ることが重要だ。
トラブルが起きたときは、まず顧客への影響を抑え、次に事実を確認する。その後、原因を特定し、再発防止策を実施する。原因が分からない段階で、担当者や取引先の責任だと決めつけてはいけない。
また、トラブル対応にかかった追加配送費や作業時間も記録する。改善策を導入した後は、問題の発生件数だけでなく、作業時間や費用、顧客への影響も確認し、運用全体が改善したかを判断する。
個人の注意力だけに頼らず、誰が担当しても同じように確認できる手順を整えることが、安定した取引と顧客の信頼につながる。
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次回予告
第二百二十三話 営業課長、信頼を取り戻す仕組みを作る
数量違いの原因を受け、受け渡し手順を見直したアルトたち。
新しい手順で再び試験運用を始めるが、今度は受け取り時間の遅れが問題になる。
商品は正しく届いている。それなのに、旅人から不満が出てしまった。
アルトは数量管理だけでは解決できない問題に向き合い、顧客との約束を守るための仕組みをさらに見直す。




