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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百二十一話 営業課長、街道沿いの商店を味方につける


「課長、商店の協力を得るための資料を作ってきました!」


朝の営業課で、ミハイルが自信満々に一枚の紙を差し出した。


アルトは受け取り、目を通した。


そこには大きな文字で、こう書かれていた。


『旅人向け商品の販売にご協力ください! 売上アップのチャンスです!』


その下には、保温容器、焼き菓子、飲み物の絵が描かれている。


アルトは数秒間、黙っていた。


「ミハイル」


「はい!」


「これは、商店の店主に渡す資料か?」


「もちろんです! 見た目も分かりやすくしました!」


「うん。見た目は分かりやすい」


「ですよね!」


「では、質問だ。この資料を受け取った店主は、何をすればいい?」


「商品を売ってもらいます!」


「どうやって?」


「ええと……お客様に勧めてもらいます!」


「商品はどこから仕入れる?」


「私たちが届けます!」


「売れ残ったら?」


「……」


「代金はいつ支払う?」


「……」


「商品の保管場所は?」


「課長! 資料の裏側に書く予定でした!」


「裏側は真っ白だが?」


「これから書く予定でした!」


アルトは資料を机に置いた。


「ミハイル。君のやる気は伝わる。だが、店主が知りたいのは、君のやる気ではない」


「では、何でしょう?」


「協力したら自分の店にどんな利益があるのか。そして、どんな負担が発生するのかだ」


ミハイルは頭を抱えた。


「商売って、どうしてこんなに考えることが多いんでしょう……」


「考えずに始めると、もっと考えることが増えるからだ」


「それは嫌です!」


「なら、今のうちに考えよう」


アルトは黒板に三つの言葉を書いた。


利益。負担。不安。


「今日は、この三つを整理してから商店を訪問する。相手を味方につけたいなら、まず相手の立場を理解することだ」


     *


午前中、アルトたちは街道沿いの商店へ向かった。


最初に訪れたのは、町から半日ほど離れた場所にある雑貨商だった。


店主のガルドは、アルトの説明を最後まで聞いたあと、腕を組んだ。


「話は分かった。旅人が事前に注文した商品を、うちの店で受け取れるようにするんだな」


「はい。宿屋で注文を受け、指定された商品をこちらへ届けます。旅人は道中で立ち寄り、商品を受け取る仕組みです」


「なるほど。だが、うちにはすでに普段の客がいる。旅人向けの商品を置くために棚を空ける余裕はないぞ」


アルトは頷いた。


「今回は、店頭に大量の商品を並べていただく必要はありません。事前に予約された分だけを届ける方法を考えています」


「予約分だけ?」


「はい。まずは受け取り予定日の前に数量を確認し、必要な分だけ納品します。販売用の在庫を抱える必要はありません」


ガルドは少し考えた。


「それなら、場所の問題は小さくなるかもしれん。だが、旅人がいつ来るか分からないだろう。うちは客を待つためだけの店じゃない」


「おっしゃる通りです」


アルトは、あらかじめ用意していた計画案を開いた。


「そこで、受け取り時間をある程度決めたいと考えています。例えば、午前と午後に受け取り時間帯を設定し、その時間に合わせて納品と受け渡しを行う方法です」


「その時間に客が集中したら?」


「最初は受け付ける件数を制限します。店の普段の仕事に支障が出ない範囲から始め、負担が大きければ時間や件数を見直します」


ガルドは計画案を手に取った。


「ふむ……。商品を置かずに、受け渡しだけをするなら検討の余地はあるな」


「ありがとうございます。もう一つ、確認させてください。受け渡しを担当する方の作業時間について、どの程度なら確保できそうでしょうか?」


ガルドは意外そうな顔をした。


「作業時間まで考えているのか?」


「店主さんにとっては、商品の売上だけでなく、手間も費用ですから」


「……そうだな。忙しい時間帯に客が来れば、普段の商売に影響する。受け取りの時間を限定できるなら、少しは対応できるだろう」


アルトは記録帳に書き留めた。


商品を置く場所がない。


受け渡しのために店員を拘束されたくない。


つまり、この商店が求めているのは、余計な在庫を抱えず、作業時間を予測できる仕組みだった。


「ガルドさん。まずは一週間、少数の予約商品だけで試してみませんか。作業時間と件数を記録し、負担に見合う対価を含めて条件を決めたいと思います」


「一週間か……。それなら、実際にやって判断できるな」


「無理に続けていただく必要はありません。結果を見て、お互いに続ける価値があるかを確認しましょう」


ガルドは頷いた。


「よし。詳しい条件が決まったら、もう一度話をしよう」


店を出たミハイルは、感心したように息を吐いた。


「課長、すごいですね。商品を売ってくださいと頼むだけではなく、店主の負担を減らす話をしたんですね」


「相手の負担を無視した提案は、相手にとって仕事を増やすだけだからな」


「でも、協力してもらうためには、店主に利益も必要ですよね?」


「その通りだ。善意だけで商売を続けてもらうわけにはいかない」


アルトは歩きながら続けた。


「協力することで利益が出る。負担が管理できる。不安が解消される。この三つがそろって、ようやく継続的な取引を検討してもらえる」


「なるほど……」


「もっとも、条件を整えても断られることはある。その場合は、相手に協力する意思がないのか、それとも今の仕組みが合っていないのかを見極めるんだ」


ミハイルは頷いた。


「では、次の商店では、その三つを意識して話を聞きます!」


「いい心がけだ。今度は資料を裏表まで確認してから出そうな」


「まだその話を引っ張るんですか!?」


     *


次に訪れたのは、街道沿いで食料品を扱う商店だった。


店主のニーナは、アルトの提案を聞くと、すぐに首を横に振った。


「申し訳ないけれど、うちでは難しいわね」


ミハイルが慌てて口を開いた。


「で、でも、予約分だけですし、在庫を抱える必要もありません!」


「それは分かるわ。でも、食料品は管理が大変なの。届いた商品が傷んでいたらどうするの? 旅人が受け取りに来なかったら? 代金の精算で間違いがあったら?」


ミハイルは言葉に詰まった。


ニーナは続けた。


「うちは普段の商売だけで手いっぱいなのよ。新しい仕事を増やすなら、失敗したときの責任まで考えなければならないでしょう?」


アルトはすぐに反論しなかった。


「おっしゃる通りです。まだ、その点は十分に詰められていません」


ニーナは少し意外そうにアルトを見た。


「てっきり、何とか引き受けてほしいと言われると思ったわ」


「条件が整っていないのにお願いするのは、こちらの都合を押しつけることになりますから」


アルトは帳面を開いた。


「もし差し支えなければ、どの点が解決すれば検討できそうか、教えていただけませんか?」


ニーナは少し考えた。


「まず、食品の保存方法と期限をはっきりさせることね。それから、受け取りに来なかった商品の扱い。うちが勝手に代金を負担するような仕組みなら、お断りよ」


「分かりました。食品の保存条件は仕入れ先と確認します。受け取りがなかった場合も、誰が費用を負担するのかを事前に決めます」


「それなら、もう一度話を聞くことはできるわ。でも、条件が決まるまでは約束できないわね」


「もちろんです。今日は率直に教えていただき、ありがとうございました」


店を出たミハイルは、少し落ち込んだ様子だった。


「課長。断られてしまいましたね」


「そうだな」


「ガルドさんのところは前向きだったのに……」


「商店ごとに事情が違うからな。同じ提案をすれば、全員が協力してくれるわけではない」


「でも、ニーナさんは、何が問題なのか具体的に教えてくれました」


「そこが重要だ。断られたという結果だけで終わらせず、理由を次の改善に生かす」


アルトは帳面を閉じた。


「ニーナさんの指摘で、私たちの計画に足りないものが分かった。食品の保存条件、受け取りがなかった場合の処理、責任の分担だ」


「つまり、提案を断られたことにも意味があるんですね」


「ある。ただし、断られた相手に何度も同じ提案を押しつけてはいけない。改善した条件を提示できるようになってから、改めて相談すればいい」


ミハイルは真剣な顔で頷いた。


     *


午後、アルトたちは町へ戻り、営業課で仕組みを具体化することにした。


まず、宿屋で受けた予約を、どのように街道沿いの商店へ伝えるか。


注文内容が間違って伝われば、商品を受け取れない旅人が出てしまう。


そのため、予約票には次の項目を記載することにした。


注文番号。


注文した商品の種類と数量。


受け取り予定日と時間帯。


受け取り場所。


代金の支払い状況。


注文内容を変更できる期限。


「注文番号を付ければ、名前が似ているお客様でも間違えにくくなりますね」


ロランが言った。


「そうだ。さらに、宿屋、納品担当者、受け取り商店がそれぞれ同じ番号を確認できるようにする。誰がどの商品を扱っているのかも記録する」


ミハイルが手を挙げた。


「課長、注文番号を大きく書いた札を商品につけるのはどうでしょう?」


「いい案だ。ただし、札が外れても確認できるよう、予約票にも同じ番号を記載しておこう」


次に、商品の受け渡し手順を決めた。


納品担当者は、商品と予約票を照合する。


商店側は、届いた数量と状態を確認する。


旅人が来たら、予約番号を確認し、商品を渡す。


受け渡しが完了したら、記録に印を付ける。


受け取り期限を過ぎても引き取りがない場合は、あらかじめ決めた手順に従って宿屋へ連絡する。


食品は保存条件と販売期限を確認し、条件を満たさないものは販売しない。


「これなら、受け渡しの間違いは減らせそうですね」


ロランが言った。


「減らすことはできるが、ゼロになるとは限らない。だから、間違いが起きた場合の連絡先と対応方法も決めておく」


アルトは続けた。


「それから、協力店にお願いする仕事を増やすなら、対価も明確にしなければならない」


会計担当者が計算用紙を広げた。


「受け渡し一件につき一定の手数料を支払う方法なら、作業量に応じた費用として管理できます。ただし、金額は実際の作業時間と、事業全体の利益を見て決める必要があります」


「その通りだ。安すぎれば協力店の負担になる。高すぎれば、こちらの利益が残らない。まずは試験期間中の作業時間を記録して、妥当な条件を探ろう」


ミハイルが感心したように言った。


「課長、これだけ決めれば、もう大丈夫ですね!」


「いや、まだだ」


「ええっ!?」


「仕組みを作ることと、実際に問題なく運用できることは違う。予約が集中したときに処理できるか、配送が遅れたらどうするか、商品が不足したらどうするか。実際に動かして確かめる必要がある」


「……私、今の言葉を聞く前は、完成したと思っていました」


「完成したと思った瞬間に、確認すべきことが見つかる。それが仕事だ」


「課長の仕事には、終わりがないんですね……」


「あるぞ。帰宅時間だ」


「それは課長が決めてください!」


「では、今日の記録をまとめたら帰っていい」


「はい! すぐにまとめます!」


ミハイルは勢いよく書類に向かった。


その姿を見ながら、アルトは苦笑した。


     *


数日後、アルトはガルドの商店を再び訪れた。


今回は、予約票の見本、受け渡し手順、費用の試算を用意していた。


ガルドは一通り目を通すと、ゆっくり頷いた。


「前に聞いたときより、ずいぶん具体的になったな」


「ご指摘いただいた作業時間と受け取り件数について、記録できるようにしました。まずは一週間、受け渡し件数を一日五件までに制限して試したいと考えています」


「五件なら、忙しい時間を避ければ対応できるだろう。だが、うちにどれくらい利益がある?」


アルトは、手数料の試算を説明した。


「一件ごとに手数料をお支払いします。作業時間が想定より長くなる場合は、記録をもとに条件を見直します。ただし、試験期間中は件数の上限を設け、店の通常業務に影響が出ないようにします」


ガルドは腕を組み、少し考えた。


「よし。一週間なら試してみよう。ただし、うちの客を待たせるような状況になれば、いったん止めさせてもらうぞ」


「もちろんです。その場合の連絡方法も決めておきましょう」


「分かった。まずはやってみようじゃないか」


アルトは頭を下げた。


「ありがとうございます。実際に運用して、問題があれば一緒に改善していきたいと思います」


商店を出ると、ミハイルが嬉しそうに言った。


「課長! 協力店が一軒、決まりましたね!」


「そうだな。だが、まだ成功したわけではない」


「またそれですか……。少しくらい喜んでもいいじゃないですか!」


「喜ぶのはいい。だが、結果を確かめるまでは、成功と決めつけないことだ」


「分かりました。では、一週間後に喜びます!」


「一週間後に問題が見つかったら?」


「……問題を解決してから喜びます!」


アルトは笑った。


「よし。それでいい」


新しい販売網は、まだ小さな一歩を踏み出したばかりだ。


協力店が一軒増えたことよりも大切なのは、相手の事情を確認し、負担と利益を整理し、無理なく試せる条件を作れたことだった。


営業とは、相手を説得して動かすだけの仕事ではない。


相手が動ける条件を整え、双方が納得できる取引を作る仕事でもある。


その日の夕方、営業課にはガルドの商店を試験拠点とする計画が掲示された。


しかし、掲示板の下には、ミハイルが書いた小さな追記があった。


『試験が成功したら、協力店を増やす。失敗したら、原因を調べる。どちらにしても、課長から仕事が増える可能性あり』


アルトはその文字を見つけ、眉を上げた。


「ミハイル。これは誰が書いた?」


「……営業課の未来予測です!」


「未来予測の精度を上げるために、明日はニーナさんの指摘事項を整理してくれ」


「ほら! やっぱり仕事が増えました!」


営業課に、今日も笑い声が響いた。


営業メモ ②②⓪


取引先に協力を依頼するときは、商品の魅力だけでなく、相手にとっての利益、作業負担、不安を具体的に整理することが重要である。


在庫を抱えたくない相手には予約分だけを扱う方法を提案し、作業時間が限られている相手には受け渡し時間や件数に上限を設けるなど、相手の事情に合わせて仕組みを調整する。


また、注文番号、納品数量、受け取り期限、代金の精算、商品の保管条件、問題発生時の連絡方法などを明確にしておく。協力店に作業を依頼するなら、手数料などの対価も検討する必要がある。


最初から大規模に展開せず、少数の協力店で試験運用を行い、作業時間、間違いの件数、顧客の反応、費用と利益を確認してから拡大する。相手が無理なく続けられる条件を整えることが、長期的な取引関係につながる。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百二十二話 営業課長、初めての受け渡しトラブルに挑む


街道沿いの商店を拠点に、予約商品の受け渡しが始まった。


ところが、試験運用の初日から、予約票と届いた商品の数量が一致しない問題が発生する。


旅人は受け取りを急ぎ、商店は責任の所在を気にし、配送担当者は自分の記録に間違いはないと主張する。


アルトは誰かを責める前に、注文から納品までの流れを一つずつ確かめる。

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