↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
218/249

第二百十八話 営業課長、売上目標の立て方を見直す


「課長! 来月の売上目標が決まりました!」


朝一番、営業課の扉を勢いよく開けて飛び込んできたのは、若手営業のミハイルだった。


アルトは手にしていた書類から顔を上げた。


「ほう。ずいぶん早いな。で、いくらになった?」


「今月の売上が百金貨でしたから、来月は百二十金貨です!」


「二十金貨増やした理由は?」


「気合いです!」


「よし、ミハイル。君の気合いを二十金貨で買い取ろう」


「えっ! 本当ですか!?」


「ただし、売上が届かなかったら給料から差し引く」


「それは気合いの相場が厳しすぎませんか!?」


営業課に笑いが広がった。


アルトは苦笑しながら、ミハイルの持ってきた書類を受け取った。


目標売上、百二十金貨。


前月実績、百金貨。


増加率、二十パーセント。


数字だけを見れば、計算は間違っていない。


だが、営業目標は計算問題ではない。


「ミハイル。今月、百金貨を売れた理由を説明してくれ」


「ええと……みんなで頑張ったからです!」


「では、来月は今月より二割頑張るのか?」


「そうです!」


「人間の頑張りを、金貨と同じように二割ずつ増やせるなら、世の中の経営者は苦労しないんだがな」


「うっ……」


アルトは書類を机に置いた。


前世で営業課長をしていた頃、彼は何度も同じ光景を見てきた。


前年より一割増し。

前月より二割増し。

景気がいいから三割増し。


目標を決める会議では、根拠のない数字ほど堂々と発表される。


そして月末になると、現場の営業担当者が頭を抱えるのだ。


「目標を高くすること自体が悪いわけじゃない。問題は、その数字を達成できる根拠があるかどうかだ」


アルトは立ち上がり、壁に掛けられた黒板へ向かった。


「まず、今月の百金貨を分解してみよう」


チョークを手に取り、数字を書き始める。


「既存顧客からの注文が六十金貨。新規顧客からの注文が二十五金貨。改良型の携帯用保温容器が十五金貨。合計百金貨だ」


「はい。そこまでは記録にあります」


「では、既存顧客の六十金貨は、来月も同じだけ売れるのか?」


「たぶん……」


「新規顧客の二十五金貨は、同じ客が来月も買ってくれるのか?」


「それは……分かりません」


「改良型の保温容器は?」


「今月は予想より売れましたから、来月はもっと売れると思います!」


「その予想の根拠は?」


ミハイルは口を開きかけ、閉じた。


アルトは頷いた。


「分からないことが分かった。それだけでも前進だ」


「課長、今のは褒められたんでしょうか?」


「もちろんだ。営業の仕事は、分からないことを分かったふりで売ることじゃない。分からないことを調べて、判断できる状態にすることだ」


アルトは黒板に三つの項目を書いた。


既存顧客の注文見込み。

新規顧客の商談見込み。

商品の供給能力。


「この三つを調べずに目標を決めたら、数字はただの願望になる」


     *


その日の午前中、アルトは営業課の担当者たちを集め、過去三か月の販売記録を並べた。


売上だけではない。


訪問した顧客の数。

商談した件数。

見積もりを提出した件数。

受注した件数。

一件当たりの平均注文額。


それぞれを帳簿から拾い上げていく。


「課長、こんなに細かく調べる必要があるんですか? 売上だけ見れば十分では?」


中堅の営業担当者、ロランが尋ねた。


「ロラン。君は今月、何件の顧客を訪問した?」


「四十件です」


「そのうち、具体的な商談になったのは?」


「二十件です」


「見積もりを出したのは?」


「十件です」


「受注したのは?」


「五件です」


アルトは黒板に数字を書いた。


訪問四十件。

商談二十件。

見積もり十件。

受注五件。


「訪問した四十件のうち、半分が商談になった。商談の半分で見積もりを出し、その半分が受注につながった。今月の君の数字は、そういう流れだ」


「なるほど……」


「では、来月に受注を十件に増やしたいなら、どうする?」


「訪問を八十件に増やします!」


ロランは即答した。


「正解の一つだ。ただし、八十件も回れるのか?」


「……無理です」


「移動時間も商談準備もあるからな。訪問数を倍にすれば受注も倍になるとは限らない」


アルトは続けた。


「別の方法もある。商談から見積もりにつながる割合を上げる。見積もりから受注につながる割合を上げる。一件当たりの注文額を増やす。既存顧客からの追加注文を増やす。どこを改善すれば目標に届くのか、考えるんだ」


「つまり、根性で訪問件数を増やす前に、今の営業活動のどこに改善の余地があるか調べるんですね」


「そういうことだ。もちろん、訪問が必要な場面では訪問する。だが、目的のない訪問を増やしても、疲労と靴底の消耗が増えるだけだ」


「私の靴底は、すでに限界です!」


「靴屋への売上貢献は十分だな」


再び笑いが起きた。


しかし、アルトは黒板の数字を指で叩いた。


「忘れるな。受注率を上げたいなら、数字の裏にある理由も調べる必要がある。見積もりで断られた理由が価格なのか、納期なのか、商品の使い方なのか。それが分からなければ、改善策も立てられない」


ロランは真剣な顔で帳簿を見直し始めた。


     *


午後、アルトは倉庫と製造部門を訪ねた。


営業課だけで目標を決めても意味がない。


売れる見込みがあっても、商品を作れなければ売上にはならないからだ。


製造責任者のバルドは、保温容器の製造予定表を机に広げた。


「改良型は、今月の注文が予想を上回りました。来月も同じ勢いで注文が来るなら、製造工程を調整する必要があります」


「現在の余力は?」


「標準型なら、今の人員で月に二百個ほど追加できます。改良型は組み立てと検査に時間がかかるので、追加できるのは八十個程度です」


「八十個か……」


アルトは記録を確認した。


改良型は価格が高く、顧客からの評価も良い。だが、製造原価も配送費も標準型より高い。売上だけを見て注文を受けすぎれば、利益を削る可能性がある。


「来月の販売目標を決める前に、改良型を何個まで安定して作れるか、もう一度確認してほしい。品質検査の時間は削らないこと」


「承知しました。工程を見直して、組み立て作業の無駄を減らせるか調べます」


次に倉庫責任者へ確認すると、保管場所にも余裕はあるものの、複数の商品を一度に大量保管するのは難しいと分かった。


配送担当者からは、遠方への小口配送が増えると運搬費が膨らむという報告があった。


アルトはそれぞれの話を記録した。


「売上目標は営業課の数字だが、達成できるかどうかは会社全体の力で決まる。営業が勝手に約束して、製造と倉庫に無理を押しつけるわけにはいかない」


営業課へ戻ると、ミハイルが待ち構えていた。


「課長! 既存顧客に来月の注文予定を聞いてきました!」


「おお、早いな。どうだった?」


「継続して注文する予定のお客様が多かったです。ただ、二社は今月に多めに仕入れたので、来月は注文を減らすそうです」


「それは重要な情報だ」


「それから、新しい市場へ進出する商人がいて、保温容器を追加で買いたいそうです。でも、まだ販売数は決まっていません」


「いい報告だ。確定した注文と、可能性のある注文を分けて記録しよう」


ミハイルは帳簿を開いた。


「注文予定が確定している分、商談中で受注の可能性がある分、まだ情報収集中の分……という分類でいいですか?」


「そうだ。ただし、商談中の注文を、すでに売れることが決まった数字として扱ってはいけない」


「なるほど。期待と確定は別物ですね」


「営業で一番高くつく勘違いの一つだな」


     *


夕方、営業課の全員が集まった。


アルトは新しい目標案を黒板に書いた。


まず、継続注文が見込める既存顧客の売上。

次に、受注の可能性を過去の実績から見積もった商談分。

最後に、新規開拓や追加提案によって上積みを狙う分。


「目標を三つに分ける。第一に、今ある取引を維持して確保する売上。第二に、進行中の商談から積み上げる売上。第三に、新しい活動によって獲得を目指す売上だ」


ロランが首を傾げた。


「第三の売上は、まだ決まっていないんですよね?」


「その通りだ。だからこそ、必要な営業活動と期限をセットにする。どの顧客に、いつまでに、何を提案するのか。そこまで決めて初めて、目標を達成するための計画になる」


「でも、課長。上から『売上を二十パーセント増やせ』と言われたら、どうするんですか?」


「まず、その数字の根拠を確認する。市場が伸びているのか、新しい顧客が増えたのか、商品を増産できるのか。それとも単に希望なのか」


「希望だった場合は?」


「希望を計画に変えるための条件を整理する。必要な人員、訪問件数、受注率、製造能力、納期。条件を整えれば達成できるのか、今のままでは難しいのかを説明する」


アルトは一度、全員を見渡した。


「高い目標を掲げることと、無理な目標を押しつけることは違う。目標は人を追い詰めるための数字じゃない。何をすれば成果が出るのか、全員が同じ方向を向くための道具だ」


その言葉に、営業課の面々は静かに頷いた。


目標を決めるだけなら簡単だ。


だが、根拠を示し、行動に落とし込み、途中で状況を確かめ、必要なら修正する。それには手間がかかる。


それでも、その手間を惜しめば、月末に帳簿とにらめっこする羽目になる。


アルトは、黒板に書かれた百二十金貨という数字を消した。


そして、調査した実績と顧客の注文予定、商談の進捗、製造と配送の能力をもとに、新しい目標案を組み立てていった。


数字は、願えば増えるものではない。


しかし、数字の意味を理解し、行動を変えれば、結果を変えることはできる。


「よし。これなら、目標を立てた理由も、達成するために何をするのかも説明できる」


「課長、では来月はこの目標で頑張ります!」


ミハイルが拳を握った。


「待て。まだ一つ足りない」


「えっ!? 何ですか?」


「途中で確認する日だ。月末まで結果を見ないのでは遅い。月の半ばで進捗を確認して、予定と実績に差があれば原因を調べる」


「つまり、月の途中でも帳簿とにらめっこするんですね……」


「そうだ。ただし、帳簿を睨んでも売上は増えないぞ」


「では、何をすれば?」


「顧客に会いに行くんだ」


「結局、営業ですね!」


「営業課だからな」


その日、営業課の黒板には、根拠のある売上目標と、それを実現するための行動計画が並んだ。


数字だけの目標が、ようやく仕事の計画へと変わったのだった。


営業メモ ②①⑦


売上目標は、前月実績に一定の割合を上乗せするだけでは適切に設定できない。既存顧客の継続注文、新規商談の受注見込み、平均注文額、訪問件数、商談化率、受注率などを確認し、目標の根拠を明確にすることが重要である。


また、営業部門だけで目標を決めず、製造能力、在庫、配送能力、利益への影響も確認する。確定した売上と、商談中の見込み売上は区別して管理する。


目標を決めた後は、月の途中でも進捗を確認する。予定と実績に差が生じたら、担当者の努力不足と決めつけず、顧客の状況、商談の停滞理由、供給上の制約などを調べ、具体的な対策につなげよう。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百十九話 営業課長、数字だけでは見えない商機を探る


売上目標を見直したアルトたち。


帳簿上では大きな売上につながらない小口の注文に、ある共通点があることが分かる。


一見すると手間ばかりかかる取引。しかし、その背後には、まだ誰も気づいていない商機が隠れていた。


アルトは顧客の声と販売記録を照らし合わせ、新しい需要を探り始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。