↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
217/254

第二百十七話 営業課長、売上と利益の違いを教える


 改良型の携帯用保温容器を限定販売してから、一週間が過ぎた。


 営業課の朝礼で、ミーナが誇らしげに報告した。


「課長! 改良型の注文が、予想を上回りました!」


「それはよかった。どれくらい上回ったんだ?」


「当初の販売目標の一・五倍です。取引先からの追加注文も入っています!」


 営業課の社員たちから歓声が上がった。


「やりましたね!」


「この調子なら、すぐに定番商品になりそうです!」


「工房に増産をお願いしましょう!」


 アルトは笑顔で頷いた。


「みんな、よく頑張ってくれた。お客様の声を聞き、商品の価値を伝えた成果だな」


 ミーナは胸を張った。


「はい! 価格を少し上げても、便利さを評価して買ってくださるお客様がいると分かりました!」


「それは大きな収穫だ。では、次に確認することは何だと思う?」


「次の販売目標ですね!」


「それも必要だな」


「それから、製造数量を増やすための計画です!」


「それも必要だ」


「あと、もっと多くのお客様に紹介するための宣伝でしょうか?」


「それも必要だな」


 ミーナは首を傾げた。


「課長、全部正解なのに、どうしてそんなに物足りなさそうなんですか?」


「どれも大切だが、まだ確認していない数字がある」


「数字……?」


 アルトは机の上に置かれた販売報告書を手に取った。


「今回の販売で、会社にいくら利益が残ったかだ」


 営業課の歓声が、ぴたりと止まった。


     *


 その日の午後、アルトは営業課、工房、経理担当者を集め、販売結果の確認会を開いた。


 黒板には、今回の改良型の販売実績が書かれていた。


 販売数量は目標を大幅に上回った。


 売上金額も、従来品を販売していたときより増えている。


 ところが、経理担当のマルクは、報告書を見ながら難しい顔をしていた。


「売上は伸びています。ただし、利益は当初の見込みほど増えていません」


「どうしてですか?」


 ミーナが尋ねた。


「製造原価が想定より高くなっています。それに、少量ずつ複数の取引先へ届けたため、配送費用も増えました」


 ガレスも頷いた。


「限定販売だったので、部品をまとめて仕入れることができなかった。製造工程もまだ安定していないため、作業時間がかかっている」


「でも、改良型は従来品より高い価格で販売していますよね?」


 ミーナは納得できない様子だった。


「価格を上げて、たくさん売れた。それなのに、利益が増えないんですか?」


 マルクが答えた。


「販売価格が上がっても、製造や配送にかかる費用がそれ以上に増えれば、利益は伸びません」


 アルトは黒板に三つの言葉を書いた。


 売上。


 費用。


 利益。


「商売の基本を整理しよう。売上は、お客様に商品を販売して得た金額だ。そこから商品を作るための費用や、販売・配送などにかかる費用を差し引いたものが利益になる」


 アルトは、簡単な例を示した。


 ある商品を一個百二十リュートで販売し、製造や配送などに一個九十リュートかかったとする。


 この場合、一個当たりに残る利益は三十リュートだ。


 もし販売価格を百三十リュートに上げても、製造や配送にかかる費用が百十五リュートになれば、残る利益は十五リュートに減ってしまう。


「つまり、値段を上げれば利益が増えるとは限らないんですね」


 ミーナが言った。


「そのとおり。もちろん、今の数字は仕組みを説明するための例だ。実際の販売では、どこにいくら費用がかかっているかを確認しなければならない」


 アルトは黒板を指した。


「売上が増えたことは喜んでいい。でも、それだけで商売がうまくいっていると判断してはいけないんだ」


「では、今回の販売は失敗だったんでしょうか?」


 ミーナの表情が曇った。


 アルトは首を横に振った。


「そうは言っていない。今回の販売で、改良型を欲しがるお客様がいると分かった。どの機能が評価されたのかも見えてきた。これは大きな成果だ」


「それなら、何が問題なんですか?」


「需要があることと、利益を確保しながら供給できることは別だからだ」


 アルトは報告書を机に置いた。


「今は、売れると分かった段階だ。次は、どうすれば無理なく作り、届け、利益を残せるかを考える。そのために数字を調べるんだ」


     *


 アルトは、今回の販売にかかった費用を一つずつ確認することにした。


 まずは製造原価だった。


 ガレスが、工房の記録を持ってきた。


「改良型は、蓋の部品が増えたことに加え、洗浄用部品の取り付けに時間がかかっています。目盛りを付ける作業も、まだ手作業が中心です」


「作業時間が長くなっているのは、どの工程ですか?」


「主に蓋の組み立てと、目盛りの位置を確認する工程だな」


「その二つを分けて調べましょう。品質を落とさずに作業を短縮できる方法があるか、確認したいです」


 ガレスは頷いた。


「分かった。ただし、無理に作業を急がせるのは避けたい。蓋の密閉性は、安全に関わる部分だからな」


「もちろんです。必要な検査を省いて原価を下げても、意味がありません」


 アルトは次に、配送費用の記録を確認した。


「マルクさん、配送費用が増えたのは、どんな理由ですか?」


「注文を受けるたびに、別々の日程で商品を届けた取引先が多かったためです。少量の注文でも個別に配送していました」


「注文が増えたことで、配送の回数も増えたわけですね」


「はい。しかも、取引先ごとに届ける日が異なり、荷車の積載量にも余裕がある日がありました」


 アルトは地図を広げた。


 取引先の位置と、現在の配送経路を書き込んでいく。


「近い場所にある取引先を、同じ日にまとめて回れないでしょうか?」


 マルクが地図を覗き込んだ。


「この三軒なら、同じ経路で届けられそうです。納品日を調整できれば、配送回数を減らせる可能性があります」


「では、取引先に希望納品日を確認し、まとめて配送できる日程を提案しましょう。ただし、必要な商品を必要な日に届けられることが前提です」


「配送費用を減らすために、お客様に不便をかけてはいけないということですね」


「そのとおり。会社の都合だけで納品日を変更すれば、取引先の商売に影響が出る。双方にとって都合のよい方法を探す必要がある」


 ミーナが感心したように言った。


「同じ商品を同じ価格で売っていても、作り方や届け方で利益が変わるんですね」


「そうだ。営業が受注した後の工程にも、利益を改善する余地がある」


     *


 次に、アルトは値引きの記録を確認した。


「ミーナ、今回の改良型を販売するとき、値引きはしたか?」


「はい。複数個をまとめて購入してくださった取引先には、少しだけ値引きをしました」


「その値引きは、どんな理由で決めたんだ?」


「まとめて買っていただければ、売上が増えると思ったからです」


「まとめて買ってもらうことで、会社側の費用はどう変わる?」


「ええと……。一度に多く作れるなら、製造費用を抑えられるかもしれません。配送もまとめられます」


「そうだな。では、実際にどのくらい費用が減ったのかは確認したか?」


 ミーナは黙った。


「……確認していません」


「責めているわけではないよ。今までは、注文を取ることに意識が向いていたんだろう。ただ、値引きは一度実施すると、次の商談でも同じ条件を求められることがある」


 アルトは記録帳に線を引いた。


「値引きをするなら、会社にもメリットがある条件を明確にしよう」


「例えば、一定数量以上の注文があれば、製造や配送の効率が上がる分だけ値引きするということですか?」


「そうだ。ただし、数量が増えたからといって、必ず費用が下がるわけではない。保管費用が増えたり、納品を急ぐために追加費用が発生したりすることもある」


 マルクが頷いた。


「値引きの判断には、販売数量だけでなく、追加で発生する費用も含めて考える必要がありますね」


「そのとおり。お客様にとって魅力があり、会社にも利益が残る条件を作る。それが営業の役割だ」


 ミーナは、自分が値引きを提案した商談を思い出していた。


 注文を増やすために価格を下げる。


 それ自体が悪いわけではない。


 しかし、値引きによって増えた売上と、減ってしまった利益を比較していなければ、正しい判断はできない。


「課長。これからは、値引きの理由も記録したほうがよさそうですね」


「いい考えだ。値引き前の条件、値引き後の注文数量、追加でかかった費用、最終的な利益を確認できるようにしよう」


「そうすれば、どんな値引きが効果的だったか分かりますね」


「そういうことだ」


     *


 数日後、営業課では新しい販売管理表が作られた。


 そこには、売上金額だけでなく、製造原価、配送費用、値引き額、その他の費用、利益を記録する欄が設けられていた。


 さらに、取引先ごとに、注文数量と納品回数も記録することになった。


 ミーナは表を見ながら、首を傾げた。


「課長、記録する項目が増えましたね」


「必要な情報を残すためだからな」


「営業の仕事が、だんだん帳簿係に近づいている気がします」


「数字を記録するだけなら、帳簿係だな」


「では、営業は何が違うんですか?」


「記録した数字を使って、次の行動を決めることだよ」


 アルトは販売管理表を指さした。


「例えば、ある取引先は注文数量が多いのに利益が少ない。別の取引先は注文数量が少なくても、配送費用が低く、利益がしっかり残っている。こうした違いが分かれば、取引条件を見直すきっかけになる」


「利益が少ない取引先には、値上げをお願いするんですか?」


「それも選択肢の一つだ。ただし、すぐに値上げを求めるのではなく、まず原因を調べる。配送回数が多いのか、値引きが大きすぎるのか、それとも特別な対応に費用がかかっているのか」


「原因によって、改善方法が変わるんですね」


「そうだ。問題の原因を確かめずに価格だけを変えても、根本的な解決にはならない」


 ミーナは販売管理表を見直した。


「売上が多いお客様が、必ずしも利益を多く生んでいるとは限らない……」


「そのとおり。ただし、利益が少ない取引先を単純に切り捨てるのも間違いだ。将来の成長につながる取引や、ほかの取引との相乗効果がある場合もあるからな」


「では、目先の数字だけで判断してはいけないんですね」


「そうだ。数字は判断の材料だが、判断そのものではない」


 アルトは、販売管理表の下に新しい欄を加えた。


 改善案。


 実施した内容。


 実施後の結果。


「数字を見て終わりにせず、何を変えたか、その結果どうなったかまで残す。これで、同じ失敗を繰り返しにくくなる」


「分かりました。次の販売会議では、売上だけでなく、利益と改善結果も報告します」


「頼んだよ」


「ところで課長。利益の報告が悪かった場合も、朝礼で発表するんですか?」


「もちろんだ」


「……売上が良かったときだけ発表したいです」


「それでは、都合のいい数字しか見ない営業課になってしまうだろう?」


「ですよね……」


 ミーナは、少しだけ肩を落とした。


 アルトは笑いながら、彼女の作った表を受け取った。


     *


 その月の終わり、改良型の限定販売について、二回目の検討会が開かれた。


 製造工程の見直しによって、目盛りを付ける作業の時間が短縮できた。


 配送日程を調整した取引先では、まとめて納品できるようになり、配送費用も抑えられた。


 一方、蓋の改良には安全性を確保するための追加検査が必要であり、ここは費用を削るべきではないと判断された。


 値引きについても、まとめて配送できる数量を条件に設定し直すことになった。


「今回の改善で、利益を増やせる見通しが立ちましたね」


 マルクが報告した。


「ただし、今後も同じように改善できるとは限りません。販売数量や材料価格が変われば、結果も変わります」


「その点は、毎月確認していきましょう」


 アルトは頷いた。


 ガレスが、少し嬉しそうに言った。


「最初は、原価が高くなったことばかり気になっていた。だが、工程を見直すと、品質を落とさずに改善できる部分もあったな」


「今回の目的は、単純に費用を削ることではありません。お客様が必要としている価値を維持しながら、無駄な費用を減らすことです」


「確かに、蓋の検査を省けば費用は減るかもしれないが、それでは安心して使ってもらえない」


「そうです。削ってよい費用と、削ってはいけない費用を見分けることも重要です」


 ミーナが報告書を閉じた。


「課長。今回のこと、営業課の全員に共有してもいいですか?」


「もちろんだ。売上を増やす工夫だけでなく、利益を守る工夫も共有しよう」


「それから、値引きの記録方法も説明します」


「頼んだよ」


 会議が終わり、参加者たちが席を立ち始めた。


 アルトは黒板に残った三つの言葉を見つめた。


 売上。


 費用。


 利益。


 売上を増やすことは大切だ。


 しかし、利益を確保できなければ、会社は従業員に給料を払い、材料を仕入れ、設備を維持し、次の商品を開発することが難しくなる。


 利益は、会社が次の仕事を続けるための力でもある。


「課長、次の目標は売上と利益の両方を伸ばすことですね」


 ミーナが尋ねた。


「そうだな。ただ、どちらか一方だけを無理に伸ばすのではなく、お客様に価値を届けながら、継続して利益を確保できる仕組みを作ろう」


「分かりました。今度こそ、売上だけに浮かれないようにします」


「期待しているよ」


 ミーナは自信満々に頷いた。


「では、明日の朝礼で、今回の売上と利益を両方発表します!」


「いいね」


「ただし、売上の数字を先に発表して、利益は最後に……」


「ミーナ」


「はい」


「数字の順番で印象操作をしようとしない」


「まだ何もしていません!」


 営業課に笑い声が響いた。


 売上の数字に喜ぶことは悪くない。


 だが、その数字の裏側にある費用と利益を理解しなければ、商売を長く続けることはできない。


 アルトは、販売管理表を手に取り、次の改善計画を確認した。


 売って終わりではない。


 作り方を見直し、届け方を工夫し、値引きの条件を考え、結果を検証する。


 その積み重ねが、お客様の満足と会社の利益を両立させていくのだった。


営業メモ ②①⑥


売上が増えても、利益が増えるとは限らない。製造原価、配送費用、値引きなどを把握し、取引ごとの採算性を確認することが重要である。


今回のポイントは三つ。


一、売上・費用・利益を分けて確認する。売上金額だけで判断せず、商品を作り、届け、販売するために必要な費用を把握する。


二、利益が伸びない原因を特定する。製造工程、配送回数、値引き条件など、原因に応じた改善策を選ぶ。品質や安全性に必要な費用まで削ってはいけない。


三、改善前後の数字を比較する。何を変更し、費用や利益がどう変化したかを記録することで、効果のある施策を継続しやすくなる。


営業の役割は、注文を増やすことだけではない。お客様に価値を届けながら、会社が事業を継続できる利益を確保することも重要な責任である。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百十八話 営業課長、売上目標の立て方を見直す


売上と利益を確認する仕組みが整い、営業課は次の月の目標を立てることになった。


ところが、各担当者が提出した目標を並べると、根拠が曖昧な数字や、達成が難しい数字が目立ち始める。


「先月より二割増し」「もっと頑張れば達成できる」――そんな目標で、本当に会社を成長させられるのか。


アルトは、過去の実績、顧客の需要、営業活動の量、受注率をもとに、根拠のある目標を立てる方法を教える。


目標は、気合いで決めるものなのか。それとも、達成への道筋を描くためのものなのか。


営業課の新たな挑戦が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。