↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
216/248

第二百十六話 営業課長、改良商品の価格をどう決めるか


 改良型の携帯用保温容器が、ようやく商品化に向けて動き始めた。


 目盛りは見やすくなり、蓋の開閉機構も改善が進んでいる。洗浄用の部品についても、取り付ける向きを間違えにくい構造が見つかった。


 残る課題は、量産できる形に整えることだった。


 そして、その課題を解決するために開かれた会議で、アルトは思わぬ数字を突きつけられた。


「課長。改良型の製造原価ですが、従来品より二割ほど高くなりそうです」


 工房責任者のガレスが、見積書を机の上に置いた。


「二割か……。主な原因は?」


「蓋の部品が増えました。それから、洗浄用部品の加工に手間がかかります。目盛りの印刷にも、従来品より時間が必要です」


「製造工程を見直しても、同じですか?」


「ある程度は削れます。ただし、今の品質を維持するなら、原価を従来品と同じにするのは難しいでしょう」


 アルトは見積書を眺めた。


 改良型には、確かな価値がある。


 残量を確認しやすくなり、移動中の蓋の扱いも改善され、洗浄の負担も減る。


 だが、商品が便利になったからといって、価格を自由に上げられるわけではない。


 お客様には、お客様の予算がある。


 会社には、会社が利益を確保しなければならない事情がある。


 どちらか一方だけを優先すれば、長く続く商売にはならない。


「ミーナ、現在の従来品の販売価格と、月ごとの販売数量をまとめてくれ。ガレスには、改良型の原価と製造可能数量を整理してほしい」


「分かりました」


「それから、改良型を買ってくれそうなお客様にも、価格について意見を聞こう」


 ミーナが不思議そうな顔をした。


「課長、まだ正式な価格が決まっていないのに、お客様に聞くんですか?」


「決まっていないから聞くんだよ。こちらの都合だけで値段を決めて、あとから高すぎたと分かっても遅いからね」


「でも、お客様に価格を聞くと、安くしてほしいと言われませんか?」


「言われるだろうな」


「それでも聞くんですか?」


「もちろんだ。安くしてほしいという意見も、必要な情報の一つだからね」


 アルトは見積書を閉じた。


「ただし、お客様が安い価格を望んでいることと、その価格で買うことしか考えていないことは、同じではない」


 ミーナは首を傾げた。


「どう違うんでしょう?」


「それは、実際に話を聞けば分かるよ」


     *


 その日の午後、アルトは販売記録を確認した。


 従来品は、発売当初こそ苦戦したものの、使い方の説明を改善してから売上が伸びていた。


 主な購入者は、行商人や長距離を移動する商人だった。


 購入後の問い合わせを見ると、保温性能そのものへの不満は少ない。一方、残量の確認や蓋の開閉、洗浄方法に関する質問は何度も寄せられていた。


「なるほど。改良型の価値は、保温性能を高めることではないんだな」


 アルトは記録帳に書き込んだ。


 従来品が提供しているのは、飲み物を温かく保つという価値。


 改良型が追加で提供するのは、移動中の使いやすさと、手入れにかかる時間の削減だった。


 つまり、お客様が得るものは、商品の性能だけではない。


 移動中に残量を確かめやすくなる。


 飲み物を補充するタイミングを判断しやすくなる。


 帰着後の洗浄にかかる手間を減らせる。


 蓋の扱いに気を取られる時間も減らせる可能性がある。


 その価値を、価格にどう反映させるか。


 それが今回の課題だった。


「課長、販売記録をまとめました」


 ミーナが書類を持ってきた。


「ありがとうございます。従来品は、どんなお客様が繰り返し購入していますか?」


「行商人が中心です。特に、毎日長い距離を移動する方ほど、購入後の追加注文が多いですね」


「では、改良型の試用をお願いしたお客様に、価格についても聞いてみよう」


「どんなふうに聞きますか?」


「いきなり『いくらなら買いますか』とは聞かない。まず、どの機能が役立ったかを確認する。そのうえで、従来品と比べてどれほどの価値を感じるか、価格が上がるなら何が気になるかを尋ねるんだ」


 ミーナは頷き、質問項目を記録した。


「値段だけを聞くと、安いほうがいいという答えになりやすい。でも、使う場面と得られる効果を確認すれば、価格を判断する理由が見えてくるんですね」


「そのとおり。営業は、数字だけを集める仕事ではない。数字の裏にある理由を理解する仕事でもある」


 アルトは立ち上がった。


「では、行こう。価格を決めるための商談だ」


「課長、今日は値下げ交渉をされる側ではないんですよね?」


「価格を決める前だから、まだどちらでもないな」


「その答え、全然安心できません!」


     *


 最初に訪ねたのは、改良型を試してくれたロベルトだった。


 ロベルトは荷車の横で、改良型の保温容器を手に取った。


「これは確かに便利になったぞ。目盛りが見やすいから、飲み物を補充する時期が分かりやすい。洗浄も前より楽になった」


「ありがとうございます。従来品と比べて、どの点が最も役立ちましたか?」


「目盛りだな。以前は、残りが少なくなってから気づくことがあった。今は早めに分かる」


「蓋についてはどうでしょう?」


「扱いやすくなった。ただ、厚い手袋をしていると、まだ少し開けにくい。そこはもう少し改善してほしい」


 アルトは、その意見も記録した。


 そして、価格の話に移った。


「今回の改良型は、従来品より製造費用が高くなる見込みです。販売価格も多少上がる可能性があります」


 ロベルトは、すぐに答えた。


「できれば、今までと同じ価格がいいな」


「そうですよね。では、仮に価格が上がる場合、どのくらいなら検討できますか?」


「うーん……。上がり幅にもよるが、あまり高いと困る。商売道具は一つだけじゃないからな」


「分かりました。ちなみに、使いやすくなったことで、仕事にどんな変化がありましたか?」


 ロベルトは少し考えた。


「補充のタイミングを早めに考えられるようになった。それに、手入れが楽なら、次の日の準備も早く済む」


「その時間が減ることには、どのくらい価値がありますか?」


「毎日のことだからな。少しずつでも手間が減るなら助かる。ただ、それだけで何でも高く買えるわけじゃない」


「もちろんです」


 アルトは頷いた。


 ロベルトは、改良型に価値を感じていた。


 しかし、価値を感じることと、どんな価格でも購入することは別だった。


 アルトは価格を無理に受け入れさせようとはしなかった。


「ありがとうございます。価格を決める際の参考にします。まだ確定していないので、決まり次第、改めてご案内します」


「そうしてくれ。便利になったのは本当だから、無理のない値段なら、仲間にも勧めたい」


 商談を終えたあと、ミーナが尋ねた。


「課長、ロベルトさんは価格が上がっても買ってくれそうでしたか?」


「可能性はある。ただし、今の段階では断言できない」


「便利だと言っていたのに?」


「便利だという感想は、購入の判断材料の一つだよ。実際に購入するかどうかは、価格や予算、ほかの商品との比較も関係する」


 アルトは記録帳を閉じた。


「お客様の言葉を、こちらの都合のいいように解釈しないことだ」


     *


 翌日、営業課では、製造原価と販売価格の検討会が開かれた。


 ガレスが、改良型の見積もりを説明した。


「現在の試算では、改良型の製造原価は従来品より二割高い。ただし、製造数が増えれば、部品のまとめ買いや作業工程の見直しで、多少は下げられる可能性がある」


「どの程度まで下げられそうですか?」


「まだ確定できない。一定数を製造した場合の試算が必要だ」


「では、販売担当者が想定する数量を確認し、その数量で製造した場合の原価を出してもらいましょう」


 アルトは続けた。


「ただし、原価が下がることを前提に価格を決めるのは避けたい。想定どおりに売れなかった場合、利益が出なくなる可能性があるからです」


 会議に参加していた経理担当者が頷いた。


「販売数量が増えるまで、製造原価が高い状態が続くかもしれません。最初から利益を確保できる価格を検討すべきです」


「そうですね。では、価格を三つの観点から整理しましょう」


 アルトは黒板に書き込んだ。


 製造原価。


 お客様が感じる価値。


 市場で受け入れられる価格。


「製造原価を無視すれば、売れるほど赤字になる可能性があります。お客様が感じる価値を無視すれば、ただ高いだけの商品になる。市場価格を無視すれば、競合商品と比較されたときに選ばれにくくなる」


 ミーナが手を挙げた。


「では、この三つを満たす価格を探すんですね」


「そうだ。ただし、三つの条件が必ずきれいに重なるとは限らない」


「その場合はどうするんですか?」


「価格を決める前に、商品そのものを見直す。必要な機能を残しながら、製造費用を下げられないか考える。あるいは、従来品と改良型の二種類を用意する方法もある」


 ガレスが顔を上げた。


「二種類か。従来品を残し、改良型を上位商品として販売するということか?」


「そうです。すべてのお客様が、改良型の機能を必要としているわけではありませんから」


 アルトは黒板に二つの欄を作った。


 従来品は、基本的な保温性能を求めるお客様向け。


 改良型は、移動中の使いやすさや手入れのしやすさを重視するお客様向け。


「従来品を必要とするお客様には、手頃な価格で選べる商品を残す。一方、追加の機能に価値を感じるお客様には、改良型を提案する。これなら、お客様の選択肢を狭めずに済みます」


 経理担当者が尋ねた。


「ただし、二種類を製造すれば、在庫管理や製造工程が複雑になりませんか?」


「そのとおりです。ですから、販売数量と製造負担を確認してから決めます。選択肢を増やすこと自体が目的ではありません」


 アルトは、全員を見渡した。


「大切なのは、商品を増やすことではなく、お客様の異なるニーズに応えながら、会社が利益を確保できる仕組みを作ることです」


     *


 会議の後、アルトは改良型の価格案を作成した。


 まず、現状の原価で製造した場合に必要な価格を算出する。


 次に、販売数量が増えた場合の原価低減を試算する。


 そして、顧客への聞き取り結果を踏まえ、どの価格帯なら購入を検討してもらえるかを整理した。


 その結果、すぐに大幅な値上げをするより、まずは機能を必要とする顧客を対象に、小規模な販売を始めるのが現実的だと分かった。


 改良型の製造数量を限定し、購入者の反応と製造コストを確認する。


 その間、工房は製造工程の改善を進める。


 販売担当者は、どの機能が購入の決め手になったのかを記録する。


 一定期間後に、価格、利益、販売数量、顧客の評価をまとめて、正式な販売方針を決める。


「課長、最初から全量を作るのではなく、試験的に販売するんですね」


 ミーナが計画書を読みながら言った。


「そうだ。まだ需要も原価低減の効果も確定していない。分からないことが多い段階では、取り返しのつく範囲で始めるのがいい」


「でも、少量しか販売しなければ、利益も少ないですよね?」


「そのとおり。ただし、売れるかどうか分からない商品を大量に作って、在庫を抱える危険もある」


「つまり、最初の販売は利益を最大化するためだけではなく、判断に必要な情報を集めるためでもあるんですね」


「よく分かったな」


 ミーナは胸を張った。


「私も成長しましたから!」


「そうだな。では、価格表の計算を頼む」


「……急に仕事が戻ってきましたね」


「成長した人には、成長に見合った仕事を任せるものだ」


「課長、そういうときだけ部下の成長を強調しないでください!」


 アルトは笑いながら、別の書類を手渡した。


 もちろん、ミーナは文句を言いながらも、計算を始めた。


     *


 数日後、改良型の限定販売について、ロベルトに説明する機会が訪れた。


 アルトは価格案と、改良型で変わった点をまとめた資料を用意した。


「今回は、従来品をなくすのではなく、二種類から選べる形を検討しています。基本的な保温性能を求める方には従来品を、残量の確認や手入れのしやすさを重視する方には改良型を提案する予定です」


 ロベルトは資料をじっくりと読んだ。


「つまり、便利な機能が必要な人だけが、改良型を選べるわけだな」


「はい。改良型の価格は従来品より高くなりますが、その理由と、追加される機能を明確に説明します」


「それなら分かりやすい。俺の仲間にも、手頃な道具を求める者と、仕事の効率を優先する者がいるからな」


「ありがとうございます。まずは限定数で販売し、使い勝手と製造コストを確認する予定です」


 ロベルトは頷いた。


「では、俺は改良型を何個か仕入れてみよう。実際に仲間に使ってもらい、反応を確かめたい」


「承知しました。販売後の感想も、ぜひ聞かせてください」


 商談を終えたミーナは、ほっとした表情を浮かべた。


「課長、価格を上げても、ちゃんと注文をいただけましたね」


「そうだな。ただし、これで価格設定が成功したと決めつけるのは早い」


「えっ、まだですか?」


「注文が入ったことと、継続して利益を出せることは別だからね。実際に使ってもらい、満足度や再注文の有無、製造にかかった費用まで確認しよう」


 アルトは受注記録に目を落とした。


 今回の商談で分かったのは、すべてのお客様が同じ商品を求めているわけではないということだった。


 価格を抑えた商品を必要とする人もいれば、追加機能に価値を感じ、多少高くても使いたいと考える人もいる。


 どちらが正しいという話ではない。


 大切なのは、それぞれのニーズを理解し、無理なく選べる商品を用意することだ。


 そして、会社が継続して利益を出せるようにすることも忘れてはならない。


 アルトは新しい販売計画を机の上に置いた。


「よし。まずは限定販売の結果を集めよう。数字とお客様の声、その両方を見てから次の判断をする」


「分かりました。今度は、売れた数量だけでなく、利益や再注文も記録します」


「そのとおり。売上が増えたから成功、売上が少ないから失敗、という単純な話ではないからな」


「では、課長。もし売上も利益も少なかったら?」


「原因を調べて、改善する」


「もし原因が分からなかったら?」


「調べ方を見直す」


「もし、何をしても売れなかったら?」


 アルトは少し考えた。


「そのときは、撤退も選択肢に入れる」


 ミーナは目を丸くした。


「せっかく開発したのに、やめるんですか?」


「開発にかけた費用を惜しんで、利益の出ない商品を売り続けるのは危険だ。過去に使ったお金は、もう戻ってこない。大切なのは、これから先にどうするかだ」


 ミーナは、ゆっくりと頷いた。


 商品を作ることにも、売ることにも、続けることにも判断が必要だった。


 営業とは、ただ注文を取る仕事ではない。


 お客様に価値を届け、会社が利益を確保し、その取引を長く続けられるようにする仕事なのだ。


 そして、改良型の本当の価値が分かるのは、これからだった。


営業メモ ②①⑤


価格設定では、製造原価だけでなく、お客様が感じる価値と、市場で受け入れられる価格を合わせて考える必要がある。


今回のポイントは三つ。


一、価格を決める前に、お客様がどの機能に価値を感じているかを確認する。便利だという感想だけでなく、実際の使用場面や購入判断の理由を聞く。


二、顧客のニーズに応じた商品構成を検討する。すべてのお客様に高機能な商品を勧めるのではなく、基本機能を求める層と追加機能を求める層の両方に選択肢を用意する。


三、限定販売で需要と採算性を検証する。販売数量だけでなく、製造原価、利益、顧客の評価、再注文まで確認して、正式な販売方針を決める。


値上げを受け入れてもらうこと自体が目的ではない。お客様が納得できる価値を提供し、会社が継続して利益を出せる価格を見つけることが重要である。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百十七話 営業課長、売上と利益の違いを教える


改良型の限定販売が始まり、注文は予想以上に集まった。


ところが、販売担当者たちは売上の数字に喜ぶ一方、経理担当者から思わぬ指摘を受ける。


売上は伸びているのに、会社に残る利益は期待したほど増えていないというのだ。


値引き、製造費用、配送コスト。アルトは一つずつ数字を確かめながら、売上だけを追いかける危険性を部下たちに教える。


本当に会社を成長させる数字とは何なのか。


営業課長の数字講座が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。