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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百十三話 営業課長、値下げを求める客の本音を探る


「課長、今度は値下げの相談です!」


営業課の朝は、今日も慌ただしかった。


若手営業が持ってきた帳面を見て、アルトは小さく息を吐いた。


「昨日は大口注文。今日は値下げか」


「景気がいい話ばかりではありませんね……」


「商売は、売上が増えたら終わりじゃない。売上が増えたときも、減ったときも、考えることはある」


アルトは帳面を開いた。


今回、値下げを求めてきたのは、以前から取引のある商会だった。


これまでの注文は安定している。支払いの遅れもなく、特に大きな問題は起きていなかった。


ところが、先方から突然、こういう申し出があったという。


『今後も継続して取引したいと考えているが、販売価格を見直す必要がある。仕入れ価格を下げてもらえないだろうか』


若手営業が心配そうに尋ねた。


「課長、値下げしたほうがいいんでしょうか?」


「なぜだ?」


「値下げすれば、取引が続きます。断ったら、別の商会から仕入れるかもしれません」


「その可能性はあるな」


アルトは頷いた。


「だが、値下げした結果、こちらの利益がなくなったらどうする?」


「……困ります」


「そうだな。では、値下げしなかった場合は?」


「取引がなくなるかもしれません」


「それも困る」


アルトは帳面を閉じた。


「だから、今すぐ値下げするか、断るかを決める必要はない」


「では、どうするんです?」


アルトは立ち上がった。


「相手が、なぜ値下げを必要としているのかを確認する」


    * * *


午後。


アルトは若手営業と一緒に、取引先の商会を訪れた。


応接室に現れたのは、商会の責任者であるロベルトだった。


「アルト君、よく来てくれた。先日お願いした価格の件だが……」


「はい。今日は、その件について詳しく伺いたいと思いまして」


ロベルトは少し申し訳なさそうに笑った。


「こちらとしても、できれば今までどおり取引を続けたい。だが、最近は競争が厳しくなっていてね」


「競争、ですか?」


「そうだ。近隣の商会が似た商品を扱い始めた。向こうは、うちより安い価格で販売しているらしい」


アルトは頷いた。


「それで、こちらにも値下げを求められたということですね」


「そういうことだ」


ロベルトは身を乗り出した。


「仕入れ価格を一割ほど下げてもらえれば、販売価格を調整できる。そうすれば、客が離れるのを防げると思うんだ」


同行していた若手営業が、すぐに口を開いた。


「一割ですか。それは少し難しいかもしれません」


アルトは若手営業を手で制した。


「ロベルトさん。確認させてください」


「何だろう?」


「競合の商品は、価格以外の条件も同じでしょうか?」


「同じ……とは?」


「商品の品質、納品までの日数、注文できる数量、故障や不具合があった場合の対応です」


ロベルトは考え込んだ。


「品質は、実際に比べてみないと分からない。ただ、向こうは価格が安い。それから、まとめて注文すれば、さらに値引きすると言っているらしい」


「納期はいかがですか?」


「そこまでは聞いていないな」


アルトは帳面に書き留めた。


価格が安いことは分かった。


しかし、それ以外の条件は分からない。


それでは、価格だけを比べて判断することになる。


「もう一つ伺ってもよろしいですか?」


「もちろんだ」


「値下げができれば、今の販売数量を維持できそうでしょうか。それとも、販売数量を増やせる見込みがあるのでしょうか?」


ロベルトは腕を組んだ。


「……正直に言えば、今の数量を維持できれば十分だと思っている」


「なるほど」


「最近は、客が少しずつ安い商品へ流れている。これ以上減ると困るんだ」


アルトは静かに頷いた。


ここでようやく、値下げを求める理由が見えてきた。


ロベルトが欲しいのは、単純に安い仕入れ価格ではない。


競合に客を奪われず、今の販売数量を維持することだった。


ならば、考えるべきは値下げだけではない。


    * * *


アルトは帳面を開き、ロベルトに尋ねた。


「現在、お客様が商品を選ぶとき、価格以外で重視されていることはありますか?」


「そうだな……。うちの客は、仕事で使う道具を買う商人が多い。壊れにくさや、必要なときにすぐ手に入ることも重要だ」


「品切れはありますか?」


「ある。人気のある商品は、入荷してもすぐになくなることがある」


アルトの目が光った。


「品切れの際、お客様はどうされていますか?」


「別の商品を買うこともあるし、他の店へ行くこともある」


「そのお客様は、価格が安いから他店へ行くのでしょうか。それとも、商品がないからでしょうか?」


ロベルトは口を閉じた。


しばらく考えてから、答えた。


「……両方だろうな。ただ、必要なときに買えなければ、値段が多少高くても別の店へ行く客はいる」


「ありがとうございます。では、値下げ以外にも、改善できることがありそうです」


アルトは一枚の紙を取り出した。


「一つ目は、よく売れる商品の在庫を切らさないこと。二つ目は、まとめて注文していただく場合に、数量に応じた価格を設定すること。そして三つ目は、定期的な注文の予定を事前に共有していただくことです」


ロベルトは紙を見た。


「数量に応じた価格?」


「はい。すべての商品を一律に値下げするのではなく、一定数量以上の注文に限って、条件付きの値引きを検討します」


「それなら、こちらもまとめて注文する理由ができるな」


「ただし、数量が増えても、こちらの製造費や配送費が増えすぎれば続けられません。具体的な条件は、費用を確認したうえで決めたいと思います」


ロベルトは頷いた。


「それで、在庫については?」


「販売実績を共有していただければ、売れ筋の商品を優先して製造や納品の予定を立てやすくなります。もちろん、すべての品切れを防げると約束することはできません。ただ、今より予測しやすくなるはずです」


ロベルトは、紙をじっと見つめた。


「つまり、仕入れ価格を下げるだけでなく、うちの販売機会を増やそうというわけか」


「はい。価格を下げることが最善なら、値下げも検討します。ただ、価格を下げる前に改善できることがあるなら、そちらも試したいのです」


ロベルトはゆっくりと笑った。


「なるほど。君は、こちらの利益を増やす方法まで考えてくれるんだな」


「お客様の商売が続かなければ、こちらも長く取引できませんから」


    * * *


商談を終えた帰り道。


若手営業は、納得したような、まだ不思議そうな顔をしていた。


「課長。今回は値下げを断ったわけではないんですね」


「そうだ」


「でも、値下げを求められたのに、在庫や注文方法の話になりました」


「相手が本当に解決したい問題が、価格だけとは限らないからな」


アルトは歩きながら説明した。


「例えば、品切れが原因でお客様を逃しているなら、仕入れ価格を一割下げても、その問題は解決しない」


「確かに……」


「反対に、競合との価格差が大きく、どうしても値下げが必要な場合もある。そのときは、こちらの利益を計算したうえで、対応できる条件を考える」


若手営業は頷いた。


「つまり、値下げするかどうかは、理由を確認してから決めるんですね」


「そのとおり」


アルトは笑った。


「値下げは、便利な道具だ。ただし、何でも解決できる魔法じゃない」


「魔法……」


若手営業が考え込む。


「もし、値下げするたびに注文が増えたら、どんどん安くすればいいんでしょうか?」


「その結果、利益がなくなったら?」


「……商売が続きません」


「正解」


アルトは若手営業の肩を軽く叩いた。


「価格を下げるなら、何を得るために下げるのかを決める。注文数量が増えるのか。継続契約が取れるのか。配送費が減るのか。それとも、新しい取引先を紹介してもらえるのか」


「値下げの代わりに、こちらも何か得られる条件を考えるんですね」


「そうだ。ただ安くするのではなく、双方に意味のある取引にするんだ」


若手営業は、何度も頷いた。


    * * *


三日後。


ロベルトから連絡が届いた。


競合商品の納期は、注文状況によって大きく変わるらしい。


さらに、まとめて注文した場合の値引きは大きいものの、必要な商品がすべて同じ日に届くとは限らないという。


一方、アルトたちの商品は、安定した納品計画を立てられる。


ロベルトは、商品の販売実績を共有し、毎月の注文予定を早めに連絡することに同意した。


その条件を踏まえ、アルトは製造担当と経理担当に相談した。


一定数量以上の注文について、配送の効率化によって削減できる費用の一部を値引きに回せるか。


確認の結果、数量と納品日をまとめられる範囲であれば、小幅な値引きが可能だと分かった。


アルトは、その条件をロベルトへ提示した。


一律一割の値下げには応じない。


代わりに、一定数量以上の注文には、数量に応じた価格を適用する。


さらに、毎月の注文予定を事前に共有してもらい、製造と配送の計画を立てやすくする。


ロベルトは提案を受け入れた。


「これなら、うちも販売計画を立てやすくなる。値段だけで競争するより、ずっといい」


「ありがとうございます。今後も、販売状況を確認しながら条件を見直していきましょう」


こうして、値下げの相談は、単なる価格交渉ではなく、継続的な取引を改善する商談へと変わった。


営業課へ戻ったアルトは、若手営業に結果を報告した。


「今回のポイントは何だと思う?」


若手営業は、すぐに答えた。


「値下げを求められたら、まず理由を確認することです」


「それから?」


「価格以外の問題も調べること。今回は品切れと納品の安定性が重要でした」


「よし」


アルトは満足そうに頷いた。


「もう一つ付け加えるなら、値下げをする場合は、こちらにも継続できる条件を作ることだ」


若手営業は帳面に書き留めた。


その日の営業課には、値下げを断ったという報告ではなく、新しい取引条件が決まったという報告が残った。


アルトは窓の外を眺めた。


価格を下げることはできる。


だが、価格だけを下げ続ければ、いずれ限界が来る。


必要なのは、相手が困っていることを見つけ、価格以外の方法も含めて解決策を考えることだ。


「さて……次は、何が起きるかな」


アルトが呟いた、その瞬間。


若手営業が新しい書類を持ってきた。


「課長! 今度は、お客様から商品の改善要望が届いています!」


アルトは、ゆっくりと目を閉じた。


「……商売は、飽きさせてくれないな」


営業課に笑い声が響いた。


営業メモ ②①②


値下げを求められたとき、最初に確認するべきなのは「いくら下げればよいか」ではなく、「なぜ値下げが必要なのか」です。


競合との価格差が問題なのか、品切れで販売機会を失っているのか、納品が不安定なのか。原因によって、効果的な対策は変わります。


値下げが必要な場合も、一律に価格を下げるのではなく、一定数量以上の注文や、継続的な発注、配送の効率化などを条件にできないか検討します。


ただし、数量が増えれば必ず利益が増えるわけではありません。製造費、配送費、値引き額を確認し、取引を継続できる利益が残るかを計算することが必要です。


営業の目的は、値下げに応じることでも、値下げを拒否することでもありません。お客様が抱えている問題を理解し、自社の利益も守りながら、双方が継続できる条件を作ることです。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百十四話 営業課長、お客様の改善要望から新商品を考える


「課長、この商品、ここが使いにくいそうです!」


取引先から届いた、商品の改善要望。


単なる不満として片づけるのか。それとも、新しい商機として捉えるのか。


アルトは、現場の声から商品の価値を見直し始める。


「お客様の不満は、次の売上につながるヒントかもしれない」


改善要望を、会社の成長につなげる方法とは――。

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