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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百十二話 営業課長、大口注文の裏にある条件を読む


「課長、今までの三倍の注文です!」


営業担当の声が、営業課に響いた。


アルトは差し出された注文書を受け取り、ゆっくりと目を通した。


隣町の商人からの新規注文。


希望数量は、これまでの最大注文数の三倍。


希望納期は、十日後。


支払い条件は、納品後三十日以内。


アルトは注文書を机に置いた。


「……なるほど」


製造担当が身を乗り出した。


「受けますか?」


「まだ決めない」


「ええっ!? こんな大口注文ですよ!」


「大口だからこそ、だ」


アルトは注文書を指で叩いた。


「数量が三倍になったことばかり見ていると、大切な条件を見落とす」


若手営業が首を傾げる。


「でも、注文してくれるということは、商品が必要なんですよね?」


「そうだな。では、質問だ」


アルトは若手営業を見た。


「なぜ、今までの三倍も必要なんだ?」


「それは……売れると思っているから?」


「なぜ売れると思っている?」


「……」


「十日後でなければならない理由は? 支払いが三十日後なのはなぜだ?」


若手営業は口を閉じた。


アルトは頷いた。


「注文書には、相手の希望は書いてある。でも、その希望の理由までは書いていない」


そして、立ち上がった。


「商談に行こう。数量だけを見て受注を決めるのは、その後だ」


    * * *


隣町の商会は、市場に近い大通り沿いにあった。


店先には多くの商品が並び、奥では従業員たちが忙しそうに荷物を運んでいる。


アルトが応接室に通されると、商会の責任者であるダリオが笑顔で迎えた。


「よく来てくれた、アルト君。例の商品、評判がいいらしいな」


「ありがとうございます。おかげさまで、こちらでも注文が増えています」


「それなら話が早い。ぜひ、うちにも大量に納めてほしい」


ダリオは注文書を取り出した。


「これが希望数量だ。十日後までに、すべて届けてほしい」


アルトは書類を確認した。


「ありがとうございます。まず、今回の数量について、少し詳しく伺ってもよろしいでしょうか?」


「もちろんだ」


「三倍という数量は、どのように決められたのですか?」


ダリオは満足そうに頷いた。


「隣町の市場が拡大しているんだ。新しい販売場所も確保できそうでね。今のうちに商品を押さえておきたい」


「販売場所は、もう決まっているのでしょうか?」


「一部は決まっている。残りは、これから交渉する予定だ」


アルトは帳面に記録した。


「では、三倍という数量は、確定した販売先だけで必要な量ですか。それとも、これから確保する販売先も含めた見込みでしょうか?」


ダリオの表情が少し変わった。


「……両方だな」


「差し支えなければ、それぞれの数量を分けて考えたいのですが」


「なぜだ?」


「確定した販売先に必要な商品と、これから販売先を確保するための商品では、必要になる時期が違う可能性があるからです」


ダリオは腕を組んだ。


「確かに、そうかもしれん」


アルトは続けた。


「確定している販売先には、必要な数量を確実にお届けする。まだ決まっていない販売先の分は、販売計画が固まった段階で追加する。その形なら、双方にとって無理が少ないと思います」


ダリオはしばらく考えた。


「なるほど。君は、注文を減らしたいのか?」


「いいえ。継続してお取引いただきたいと考えています」


アルトはまっすぐに答えた。


「一度に大量に納めても、売り切れなければ在庫が残ります。逆に、予想以上に売れた場合は追加の商品が必要になります。ですから、確定分と見込み分を分けて、販売の進み具合に合わせて納品する方法をご提案しています」


ダリオは、ふっと笑った。


「商人相手に、売りすぎる心配をされるとは思わなかったな」


「売れない心配もしていますよ」


「ははは! 正直な男だ」


場の空気が少し和らいだ。


だが、アルトにはもう一つ、確認すべきことが残っていた。


「次に、納期について伺ってもよろしいでしょうか。十日後という期限は、何か決まった催しや販売開始日に関係しているのでしょうか?」


ダリオの笑顔が消えた。


「……実は、ある」


    * * *


ダリオは机の上の書類を整理しながら、事情を説明した。


隣町では、十日後に大きな市が開かれる。


その市に合わせて、新しい販売場所を設ける計画が進んでいるらしい。


商品を並べられれば、まとまった売上が期待できる。


しかし、販売場所の使用許可は、まだ正式には下りていない。


「市が始まるまでに商品を確保しておきたい。場所が決まってからでは、間に合わないかもしれんからな」


アルトは頷いた。


「つまり、十日後という期限には、市の開始日という理由がある。ただし、販売場所の一部はまだ確定していない、ということですね」


「その通りだ」


「ありがとうございます。では、もう一つだけ」


アルトは注文書の支払い条件を示した。


「納品後三十日以内のお支払いについてです。こちらは、いつもその条件でお取引されているのでしょうか?」


ダリオは少し気まずそうに咳払いした。


「いや。今回は、少し事情が違う」


アルトは黙って続きを待った。


「市が終わってから売上金を回収する予定なんだ。商品の仕入れ代金を先に支払うと、運転資金が厳しくなる可能性がある」


なるほど。


数量が三倍。


納期は十日後。


支払いは三十日後。


そして、販売場所の一部は未確定。


それぞれを別々に見れば、特別に珍しい条件ではない。


しかし、全部を組み合わせると、ある危険が見えてくる。


商品を大量に納めた後、予定どおり売れなければ、ダリオの商会には在庫と支払いの問題が残る。


そして、代金の回収が遅れれば、アルトの会社にも資金繰りの負担が及ぶ。


「課長……」


同行していた若手営業が、小声で囁いた。


「これ、受けて大丈夫なんでしょうか?」


アルトはすぐには答えなかった。


受けるべきか、断るべきか。


その判断には、もう少し情報が必要だった。


「ダリオさん。今回の市で、確実に販売できる数量は、どのくらいとお考えですか?」


「過去の市の実績から考えると、今までの注文量の一・五倍程度なら、十分に売れる見込みだ」


「三倍のうち、残りの数量は?」


「販売場所が増えれば売れると考えている。ただ、確約できるほどではない」


アルトは帳面に数字を書き込んだ。


確実性の高い需要と、期待を含んだ需要。


この二つを一緒にしてはいけない。


「分かりました。こちらから、納品方法をご提案させてください」


    * * *


アルトは新しい紙を取り出した。


「まず、確実に販売できる見込みのある数量を第一便として納めます。市の開始日に間に合うよう、製造と配送の予定を調整します」


ダリオは頷いた。


「それで?」


「第二便は、市の開始後、実際の販売状況を確認してから納品します。売れ行きが予想を上回れば、追加で製造する準備を進めます」


「売れ行きが悪かった場合は?」


「第二便の数量を減らすか、納品時期を調整します。ただし、追加製造や配送の都合がありますので、変更できる期限は事前に決めておきます」


ダリオは紙を見つめた。


「それでは、三倍の数量を確保できるとは限らないな」


「おっしゃるとおりです」


アルトは正直に答えた。


「ただ、現時点で三倍すべてを確定させるより、実際の販売状況に合わせて追加するほうが、在庫の負担を抑えられます」


「うちとしては、売れたときに商品が足りなくなるのも困るんだが」


「そこで、第二便のために、製造できる数量と追加納品に必要な日数をあらかじめ確認します。すべての数量を確約することはできませんが、どこまで対応できるかは先にお伝えします」


ダリオは腕を組んだまま考え込んだ。


アルトはさらに、支払い条件について説明した。


「お支払いについても、今回の数量すべてを一括で後払いにするのではなく、第一便と第二便で納品と請求を分ける方法をご提案します」


「請求も分けるのか」


「はい。ただし、具体的な支払日と信用条件については、経理担当と確認したうえで決めさせてください」


アルトはそこで、言葉を切った。


「一つだけ、お願いがあります」


「何だ?」


「販売場所が確定した数量と、まだ交渉中の数量を分けて教えてください。確定していない分については、正式な注文として受ける前に、もう一度確認させていただきたいのです」


ダリオはゆっくりと頷いた。


「つまり、うちの希望を全部そのまま受けるのではなく、実際に売れる見込みと、支払える条件を確認したいわけだな」


「はい。大口のお取引だからこそ、長く続けられる形にしたいのです」


長い沈黙の後、ダリオは笑った。


「分かった。こちらも販売場所の交渉を急ごう。確定している数量を今日中に整理して、君に連絡する」


「ありがとうございます」


「それから、君の会社には、今回のような大口注文に対応できる数量と納期を、一覧にしてもらいたい」


アルトは頷いた。


「承知しました。受注可能な数量と、追加製造に必要な日数を整理しておきます」


商談は、当初の注文書をそのまま受け取る形では終わらなかった。


だが、無理な約束をせず、相手の事情を理解したうえで、双方が判断できる材料をそろえることができた。


アルトにとって、それが今回の大きな成果だった。


    * * *


帰り道。


若手営業は、何度も注文書の写しを見直していた。


「課長。三倍の注文なのに、最初から全部受けなかったんですね」


「全部受ける条件が整っていなかったからな」


「でも、断ったわけでもありません」


「そうだ」


アルトは頷いた。


「受注するか、断るか。その二つだけで考える必要はない。数量を分ける、納期を調整する、条件を確認する。そうすれば、実現できる取引になることもある」


若手営業は、ふと顔を上げた。


「もし、あの商人が三倍の数量をどうしても十日後までに納めてほしいと言ったら、どうしますか?」


「製造能力と仕入れの見通しを確認する。実現できるなら条件を整えて受ける。できないなら、できないと伝える」


「大口注文でもですか?」


「大口注文だからこそだ」


アルトは足を止めた。


「売上の大きさに目がくらんで、守れない約束をしたらどうなる?」


「納品が遅れます」


「そのとおり。お客様の販売機会を失わせるかもしれないし、こちらの信用も失う。場合によっては、代金の回収にも影響する」


若手営業は真剣な表情になった。


「注文書に書かれた数量だけでなく、その注文が実現できるかを確認するんですね」


「そういうことだ」


アルトは笑った。


「注文書は、商談の終わりじゃない。条件を確認するための出発点だ」


    * * *


翌日。


ダリオの商会から、販売数量についての回答が届いた。


確定した販売場所で必要な数量は、当初の注文の一・五倍程度。


残りは、販売場所の使用許可が下りてから判断したいという。


アルトは製造担当と経理担当を呼び、改めて条件を確認した。


第一便は確定数量を基準に製造する。


第二便は、販売実績と追加注文を確認してから数量を決める。


支払いは納品ごとに請求内容を明確にし、支払期日と与信条件は経理担当の確認を経て確定する。


さらに、第二便の追加製造に必要な日数を、ダリオへ事前に伝えることになった。


すべての希望が、そのまま実現したわけではない。


しかし、確定した数量を確実に届ける道筋はできた。


若手営業が、ほっとした顔で言った。


「これなら、製造部も無理をせずに済みますね」


製造担当が頷いた。


「最初から三倍を作る必要がなくなりました。追加分の準備は必要ですが、販売状況を見ながら判断できます」


経理担当も帳面を閉じた。


「支払い条件も、数量と納品時期に合わせて確認できました。これなら、資金繰りの見通しを立てやすくなります」


アルトは全員を見渡した。


「よし。大口注文を受けるときは、今回のように数量、納期、支払い条件を分けて確認しよう」


そして、黒板に書き加えた。


『注文の大きさだけで判断しない』


『確定した需要と見込みの需要を分ける』


『納品条件と支払い条件を確認する』


「売上は大切だ。でも、売上の数字だけでは会社は守れない。商品を届け、代金を回収し、次の取引につなげる。そこまで考えて初めて、良い商談になるんだ」


若手営業は深く頷いた。


そのとき、営業担当が新しい報告書を持ってきた。


「課長、もう一件、相談があります!」


アルトは目を細めた。


「今度は何だ?」


「別の取引先から、値下げの相談です!」


「……今度は値下げか」


アルトは椅子に腰を下ろした。


「よし。まずは、なぜ値下げが必要なのかを聞こう」


若手営業が笑った。


「課長、もう答えを知っているみたいですね」


「いや」


アルトは帳面を開いた。


「相手が違えば、理由も違う。商談のたびに、ちゃんと確認するさ」


大口注文を受けることも、値下げに応じることも、目的ではない。


お客様が必要としているものを理解し、会社が守れる条件を整え、双方に利益のある取引を続けること。


それが、アルトの目指す営業だった。


営業メモ ②①⓪


大口注文を受ける際は、注文数量だけで判断してはいけません。


数量、納期、支払い条件を分けて確認し、その注文を本当に実現できるかを見極める必要があります。


特に重要なのは、確定した需要と、まだ見込み段階の需要を分けることです。販売場所や購入者が確定していない数量まで一度に製造すると、売れ残りや資金繰りの悪化につながる可能性があります。


また、納品後の支払い条件も重要です。売上が大きくても、代金を回収できなければ、仕入れや人件費などの支払いに影響します。支払期日や取引先の信用状況については、経理担当と連携して確認しましょう。


すべての希望をそのまま受ける必要はありません。数量を分ける、納品日を調整する、追加注文の条件を決めるなど、実現可能な取引に組み直す方法があります。


大口注文の価値は、金額の大きさだけでは決まりません。確実に納品し、代金を回収し、次の取引につなげられることが重要なのです。


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次回予告


第二百十二話 営業課長、値下げを求める客の本音を探る


「課長、今度は値下げの相談です!」


新しい取引先から届いた価格交渉。


競合より安くしてほしいという相手に、アルトはすぐに値下げを約束しなかった。


「安くしたい理由を、まず聞かせてください」


価格の裏に隠れた本当の事情とは何か。


値下げ以外の提案で、双方に利益のある商談を作れるのか――。

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