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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百十一話 営業課長、仕入れ先との交渉に挑む


「課長、材料が足りません!」


朝の営業課に、製造担当の悲痛な声が響いた。


アルトは手にしていた帳面をゆっくりと閉じた。


「……昨日も似たような声を聞いた気がするな」


「気のせいではありません!」


「そうか。では、気のせいであってほしかった問題が現実になったわけだ」


「笑っている場合じゃありません!」


製造担当が机に一枚の書類を置いた。


原材料の仕入れ先から届いた通知だった。


来月以降、納品できる原材料の数量を減らしたい。


理由は、仕入れ先側の調達量が減少しているため。


現時点では、いつ通常の供給量に戻るか分からない。


アルトは書類を読み終え、眉を寄せた。


「このままだと、どのくらい足りなくなる?」


「今の受注量なら、来月の半ばには製造計画を見直さなければなりません」


「定番化を進めている商品は?」


「現在の在庫と入荷予定分で、しばらくは対応できます。ただ、追加注文が増えれば危険です」


「他の商品への影響は?」


「原材料の一部が共通しています。こちらを優先すれば、別の商品が作れなくなる可能性があります」


アルトは椅子から立ち上がった。


売れる商品を見つけた。


製造量を調整する仕組みも作り始めた。


ところが、肝心の材料が足りない。


商品が売れているのに、作れない。


営業にとっては、頭の痛い問題だった。


「仕入れ先との商談を設定してくれ」


製造担当が不安そうに尋ねた。


「値上げを要求されたら、どうします?」


「まずは話を聞く」


「それだけですか?」


「それだけで終わるつもりはない」


アルトは書類を手に取った。


「ただし、相手の事情も分からないうちから、値下げや増量を要求するつもりもない」


そして、にやりと笑った。


「商談は、相手を言い負かす競技じゃないからな」


    * * *


その日の午後。


アルトは製造担当を伴い、長年取引のある原材料の仕入れ先を訪ねた。


応接室に現れたのは、仕入れ先の責任者であるバルドだった。


「アルト君か。連絡をもらったときは驚いたよ」


「急なお願いですみません」


「いや、こちらこそ申し訳ない。納品量を減らす話だからな」


バルドは苦い顔で通知書を机に置いた。


「実は、こちらも困っているんだ」


アルトはすぐに本題へ入らなかった。


「差し支えなければ、何が起きているのか教えていただけますか?」


バルドは少し考え、話し始めた。


「原材料を集めている地域で、今年は収穫量が落ちている。さらに、別の大口取引先からも注文が増えていてね」


「原材料そのものが不足しているのですか。それとも、運ぶ手段にも問題が?」


バルドが顔を上げた。


「そこまで考えているのか」


「供給量が減る理由によって、こちらが協力できることも変わりますから」


バルドは頷いた。


「両方だ。集められる量が減っているうえ、運搬にも時間がかかっている」


アルトは帳面に書き留めた。


「では、今の段階で確認させてください。来月、確実に納品できる量はどのくらいでしょうか?」


「通常の七割程度だ」


「七割は確約できますか?」


「今の見込みならな。ただし、収穫状況によっては変わる」


「なるほど」


アルトは、すぐに増量を要求しなかった。


代わりに、別の質問をした。


「納品時期を分ければ、供給量を増やせる可能性はありますか?」


バルドは腕を組んだ。


「一度に大量に運ぶのは難しい。しかし、何度かに分けるなら、多少は融通できるかもしれない」


「どのくらいでしょう?」


「詳しく調べなければ分からないが……通常の七割に加えて、少量なら追加できる可能性はある」


アルトは頷いた。


商談の方向が見えてきた。


不足している原材料を、無理に増やしてもらう。


それだけでは解決しない。


相手が動かせる量と時期を把握し、その条件に合わせて自分たちの計画を組み直す必要がある。


「ありがとうございます。では、こちらの事情も説明させてください」


    * * *


アルトは、自社の製造計画を机に広げた。


「現在、こちらでは注文の増加に合わせて、製造量を段階的に増やす準備をしています」


バルドは書類を眺めた。


「この商品が、そんなに売れているのか」


「ありがたいことに、継続して注文をいただけるようになりました。ただ、まだ需要がどこまで伸びるかは分かりません」


「それで、どれだけ材料が必要なんだ?」


「当初の予定では、通常の供給量を維持していただければ問題ありませんでした。しかし、供給量が七割になると、既存の商品にも影響が出ます」


アルトは、製造担当に目配せした。


製造担当が説明を引き継ぐ。


「現在の在庫を使えば、すぐに製造が止まるわけではありません。ただし、複数の商品で同じ材料を使っているため、どの商品を優先するか決める必要があります」


バルドは眉を寄せた。


「こちらの事情で、そちらに迷惑をかけているな」


「いえ。供給量が減ること自体を責めるつもりはありません」


アルトは落ち着いた口調で続けた。


「ただ、お互いに先の見通しが立たないままでは困ります。そこで、一つ提案があります」


帳面を開き、三つの案を書いた。


一つ目。


『納品日を分ける』


二つ目。


『必要量を事前に共有する』


三つ目。


『供給量が不足した場合の優先順位を決める』


「まず、納品日を分けることで、運搬の負担を減らせないでしょうか」


バルドは考え込んだ。


「それなら検討できる。まとめて運ぶより手間は増えるが、運搬の予定を組み直せば対応できる可能性がある」


「ありがとうございます。二つ目ですが、こちらから翌月の必要量を早めにお伝えします。確定した注文と、今後増える可能性のある数量は分けてお知らせします」


「見込みと確定分を分けるのか」


「はい。見込みをすべて確定注文として扱っていただく必要はありません。ただ、増える可能性を事前に知っていただければ、準備がしやすくなると思います」


バルドは頷いた。


「それは助かる。急に注文が増えると、こちらも対応できないからな」


アルトは三つ目の項目を指した。


「最後に、どうしても供給量が不足した場合です。こちらの注文だけを優先してほしいとは言いません。どの程度なら確実に供給できるかを確認し、その範囲で双方が納得できる配分を決めたいのです」


バルドは、しばらく黙っていた。


やがて、ゆっくりと口を開いた。


「アルト君。君は、もっと材料を寄こせと言いに来たんじゃないのか?」


「必要な量を確保したいとは思っています」


アルトは笑った。


「でも、できないことを約束していただいても、こちらが困るだけですから」


バルドは声を上げて笑った。


「ははは! 確かにそうだ!」


そして、真剣な顔に戻った。


「よし。こちらでも調べよう。納品日を分けた場合に、どれだけ追加できるか。来月以降の見通しも含めて、三日以内に回答する」


「ありがとうございます」


「ただし、今の段階では増量を確約できない。そこは理解してくれ」


「もちろんです。こちらも、確定した供給量に合わせて製造計画を見直します」


商談は、すぐに大幅な増量を勝ち取る形では終わらなかった。


それでも、双方が次に何をすべきかは明確になった。


アルトにとって、それは十分に前進だった。


    * * *


帰り道。


製造担当が、ずっと気になっていたことを尋ねた。


「課長。結局、材料は増えるんでしょうか?」


「まだ分からない」


「……それでは、商談の成果があったのかどうか」


「あるさ」


アルトは即答した。


「相手が確実に供給できる量と、追加できる可能性のある量を分けて考えられるようになった。それに、三日後には具体的な回答が来る」


「ですが、数量は確定していません」


「だから、こちらも計画を二つ用意する」


アルトは指を一本立てた。


「供給量が七割のままなら、既存の取引先への納品を守りながら、製造する商品を調整する」


二本目の指を立てる。


「追加供給が可能なら、その分を使って定番商品の製造量を増やす。ただし、追加分を全部使い切る前提にはしない」


製造担当は感心したように頷いた。


「最初から、どちらの場合も考えておくんですね」


「そうだ。回答が来てから考え始めると、また時間がかかるからな」


「なるほど……」


少し間を置いて、製造担当が言った。


「課長は、いつも先回りして考えますね」


「いや」


アルトは苦笑した。


「今までの人生で、先回りして考えなかった結果、何度も痛い目を見たからな」


「……何があったんです?」


「話すと長い」


「聞きたいです!」


「その前に、製造計画を作ろう」


「逃げましたね!?」


二人の声が、通りに響いた。


    * * *


三日後。


仕入れ先から回答が届いた。


通常の七割に加えて、運搬日を分散すれば、一定量を追加できる。


ただし、追加分は毎月保証できるものではなく、月ごとに確認が必要だった。


アルトは製造担当と倉庫担当を集め、回答内容を共有した。


「これなら、当面の製造計画を組み直せます」


製造担当が安堵の息を漏らす。


「助かりました。これで、すぐに製造を止めずに済みます」


倉庫担当も頷いた。


「納品日が分かれていれば、保管場所も確保できます」


アルトは黒板に新しい流れを書いた。


『必要量の予測』


『仕入れ先への事前連絡』


『供給量の確認』


『製造計画の決定』


『納品と販売実績の確認』


「今後は、この流れを毎月繰り返しましょう。仕入れ先に必要量を早めに伝え、供給できる量を確認してから製造計画を決める」


若手営業が手を挙げた。


「課長。これって、仕入れ先にも販売実績を伝えたほうがいいんですか?」


「必要な範囲でな。こちらがどんな商品を、どれくらい売っているのかが分かれば、相手も供給計画を立てやすくなる」


「でも、販売実績を伝えると、もっと高い値段を要求されませんか?」


アルトは頷いた。


「その可能性はある。だから、何でもかんでも見せればいいわけじゃない。共有する情報と、こちらで管理する情報は分ける」


そして、黒板に書き加えた。


『信頼は、情報を全部渡すことではない』


『必要な情報を、必要な相手と共有すること』


「お互いに協力できる関係を作る。ただし、相手任せにも、自社の都合の押しつけにもならないようにする」


若手営業は、真剣な顔で書き留めた。


その様子を見て、アルトは満足そうに頷いた。


これで、すべてが解決したわけではない。


供給量は月ごとに変わる可能性がある。


需要も、これからどう伸びるか分からない。


だからこそ、仕入れ先との連絡を一度きりの交渉で終わらせず、継続的な確認の仕組みに変える必要があった。


アルトは帳面を閉じた。


「よし。これで、売れる商品を安定して届けるための土台が一つできたな」


その瞬間。


営業担当が、勢いよく駆け込んできた。


「課長! 新しい取引先から連絡です!」


「今度は何だ?」


「隣町の商人です! 例の商品を、まとめて仕入れたいそうです!」


会議室が静まり返った。


アルトはゆっくりと天井を見上げた。


「……仕入れ先との交渉が終わった途端に、これか」


製造担当が震える声で尋ねる。


「どれくらいの注文です?」


営業担当は帳面を開いた。


「今までの最大注文数の、三倍です!」


「三倍!?」


製造担当の悲鳴が響いた。


アルトは深く息を吐き、それから笑った。


「まず、数量と納期を確認しよう。受けるかどうかは、それからだ」


売れる商品を作る。


必要な材料を確保する。


無理のない数量を製造する。


そして、約束した日に届ける。


その一つひとつを積み重ねてこそ、商品は会社の柱になる。


アルトは新しい注文書を受け取った。


「さて……次は、大口注文との商談だな」


営業課長の戦いは、まだまだ続く。


営業メモ ②⓪⑨


仕入れ先との交渉では、単に「もっと安く」「もっと多く」と要求するだけでは、安定した取引関係は築けません。


まず、供給量が減る理由を確認します。原材料そのものが不足しているのか、運搬能力に問題があるのか、それとも他の取引先との注文が重なっているのか。原因によって、取れる対策は変わります。


今回のように、納品日を分散する、必要量を早めに共有する、供給不足時の対応を事前に決めるといった方法なら、仕入れ先の負担を考慮しながら供給の安定化を目指せます。


また、確定した供給量と、追加できる可能性のある量は分けて考えることが重要です。未確定の供給を前提に製造計画を組むと、納品遅延につながる危険があります。


営業は、お客様との関係だけでなく、仕入れ先との関係も築く仕事です。


双方の事情を理解し、無理なく継続できる仕組みを作ることが、長期的な売上と信用につながります。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百十一話 営業課長、大口注文の裏にある条件を読む


「課長、今までの三倍の注文です!」


喜ぶべき大口注文。しかし、アルトはすぐに受注を決めなかった。


数量、納期、支払い条件。そして、相手が本当に求めているもの。


「大きな注文ほど、確認することがある」


売上を追うだけでは見えない条件を、アルトはどう読み解くのか――。

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