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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百十話 営業課長、売れる商品を定番商品にする


「課長、この商品……もう一時的なヒットじゃありません」


朝の営業課。


若手営業の報告を聞いたアルトは、手元の帳面をめくった。


携帯用保温容器に続き、前回の新規取引先へ納めた商品も好調だった。三段階に分けた納品は予定どおり進み、取引先からは追加注文が続いている。


最初は試しに仕入れた少量の商品だった。


ところが、使い勝手の良さが評判になり、今では取引先が自ら別の商人へ勧めてくれているという。


「どれくらい売れている?」


「最初の納品から、毎回追加注文が来ています。しかも、注文数が少しずつ増えています」


「なるほど」


アルトは帳面に目を落とした。


「では、問題です」


若手営業が背筋を伸ばす。


「この商品を、これからどう売る?」


「もっと多く仕入れます!」


「元気があってよろしい」


「ありがとうございます!」


「だが、不正解だ」


「ええっ!?」


営業課に小さな笑いが起きた。


アルトは帳面を閉じた。


「売れているからといって、仕入れを増やせばいいわけじゃない。需要がいつまで続くか分からないし、仕入れを増やした結果、売れなくなったら在庫が残る」


「では、広告を増やしますか?」


「それも選択肢の一つだ。ただし、今は広告を増やす前に確認することがある」


アルトは黒板へ向かった。


そして、三つの言葉を書いた。


『誰が買っているか』


『なぜ買っているか』


『次も買う理由があるか』


「この三つを調べよう」


若手営業は首を傾げた。


「次も買う理由、ですか?」


「そうだ。初めて買ってくれることと、何度も買ってくれることは違うからな」


アルトは黒板を指した。


「一度だけ珍しさで売れる商品と、必要だから繰り返し売れる商品。会社の柱にしたいのは、どちらだ?」


「繰り返し売れる商品です」


「正解」


アルトは満足そうに頷いた。


「では、売れたという結果だけでなく、売れた理由を調べよう」


    * * *


最初に向かったのは、商品の販売を担当している取引先だった。


店主はアルトを見るなり、笑顔で手を振った。


「アルト君! また売れたぞ!」


「ありがとうございます。今日は少し、お話を伺いたくて」


「何でも聞いてくれ。こいつは本当によく売れる」


店主は商品を棚から取り出した。


「最初は、物珍しさで買う客が多かった。だが最近は違う。前に買った客が、もう一つ欲しいと言ってくる」


「もう一つ、ですか?」


「ああ。自分用に買った客が、家族にも勧めるんだ。それから、仕事仲間への贈り物にする客もいる」


アルトは帳面に書き留めた。


「買い足す理由は何でしょう?」


「使ってみて便利だったからだろうな。最初は半信半疑だった客も、実際に使うと手放せなくなるらしい」


「では、不満はありませんか?」


店主は少し考え込んだ。


「不満というほどではないが、欲しいときに店にないことがある」


アルトの手が止まった。


「品切れですか?」


「そうだ。売れる日と売れない日の差があるから、どれくらい仕入れればいいのか読みにくい」


「品切れのとき、お客様はどうしています?」


「別の商品を買う客もいるが、次に来ると言って帰る客もいる。もちろん、本当に戻ってくるかは分からん」


アルトは静かに頷いた。


商品そのものには、繰り返し買ってもらえるだけの魅力がある。


問題は、必要なときに商品があるとは限らないことだった。


「ありがとうございます。大事なことが分かりました」


「何がだ?」


「この商品を定番にするには、売り込むだけでは足りないということです」


店主は不思議そうな顔をした。


アルトは帳面を閉じた。


「お客様が欲しいと思ったときに、きちんと買えるようにする。それが次の課題です」


    * * *


営業課へ戻ると、アルトはすぐに製造担当と倉庫担当を呼んだ。


「この商品を、定番商品として扱いたいと思っています」


製造担当が腕を組む。


「定番ということは、継続して作るということですね?」


「そうです。ただし、最初から大量に作るつもりはありません」


「それなら、具体的には?」


アルトは帳面を開いた。


「まず、過去の注文数を確認します。次に、注文が増えた理由を整理する。そして、毎回必要になりそうな数量を予測します」


倉庫担当が尋ねた。


「予測が外れたらどうするんです?」


「外れる前提で考えます」


「……最初から外れるんですか?」


「未来を正確に当てられる人間がいたら、私は今ごろ商売ではなく占いをやっています」


会議室に笑いが起きた。


アルトは続ける。


「大切なのは、予測が外れないことじゃない。外れたときに対応できることです」


黒板に、三つの項目を書いた。


『通常の製造数』


『追加製造できる数』


『追加製造に必要な日数』


「通常の注文に対応する分は、定期的に作る。ただし、最初から需要の最大値に合わせて作るのは危険です」


製造担当が頷く。


「売れなければ在庫が残りますからね」


「そうです。逆に、予想より売れた場合は追加製造できる余地を残しておく」


倉庫担当が腕を組んだ。


「倉庫にも余裕が必要ですね」


「ええ。商品の置き場所だけでなく、いつ入って、いつ出ていくかも決めておきたい」


アルトは黒板に矢印を書き足した。


『注文実績 → 需要予測 → 製造計画 → 在庫確認 → 納品』


「毎回、この流れで確認します。売れた数を見て終わりにするのではなく、次の製造計画に反映させるんです」


製造担当は黒板を見つめた。


「これなら、いきなり大量生産を始めるより安全ですね」


「その通りです」


「ただし、注文が急増したら、追加製造が間に合わない可能性があります」


「だから、そこも先に決めます」


アルトは最後に書き加えた。


『追加注文の受付基準』


「製造できる数量を超えそうなら、営業は納品日を調整する。無理な納期は約束しない。必要なら予約として受け付ける」


若手営業が感心したように呟いた。


「売れる商品なのに、注文を制限することもあるんですね」


「ある」


アルトは即答した。


「売れるからこそ、約束を守らなければならないんだ」


    * * *


数日後、アルトは取引先を訪ねた。


店主は、いつものように商品を並べていた。


「アルト君。今日は何の相談だ?」


「今後も安定して商品をお届けできるようにしたいと思いまして」


「それは助かる。最近、品切れを心配するようになってきたからな」


「そこで、二つお願いがあります」


アルトは帳面を開いた。


「一つ目は、売れた数量を定期的に教えていただきたいことです」


「売れた数量?」


「はい。いつ、何個売れたかが分かれば、次に必要な数量を予測しやすくなります」


店主は頷いた。


「それくらいなら問題ない」


「二つ目は、次に必要になりそうな数量を、早めに相談していただきたいことです」


「まだ売れていない分まで、注文しろということか?」


「いえ、確定注文でなくても構いません。見込みを教えていただければ、こちらも製造の準備ができます」


店主は少し考えた。


「つまり、売り切れてから慌てて注文するんじゃなく、売り切れる前に次の準備をするわけか」


「その通りです」


「なるほどな。こちらも、品切れで客を逃したくない」


店主は帳面を取り出した。


「なら、こちらも販売記録をつけよう。どのくらいの間隔で売れるか分かれば、仕入れの判断もしやすくなる」


アルトは笑顔で頷いた。


「ありがとうございます。お互いに無理なく続けられる形にしましょう」


そのとき、店主がふと思い出したように言った。


「そういえば、隣町の商人もこの商品を欲しがっていたぞ」


アルトの笑顔が固まった。


「……隣町、ですか?」


「ああ。紹介してやろうか?」


ありがたい話だ。


新しい取引先が増える。


売上が増える可能性もある。


しかし、アルトの頭には、製造能力、倉庫容量、配送予定が浮かんでいた。


「ぜひお願いします。ただ、最初は少量から始めさせてください」


「おや。もっと売りたいんじゃないのか?」


「売りたいです」


アルトは正直に答えた。


「でも、売りたいことと、届けられることは別ですから」


店主は大声で笑った。


「ははは! 営業なのに、売りすぎを心配するとはな!」


「営業だからこそ、心配するんです」


アルトも笑った。


「売った後に困るのは、お客様ですからね」


    * * *


その日の夕方。


営業課では、新しい販売記録の帳面が配られていた。


記録する項目は、商品名、販売数量、販売日、品切れの有無、追加注文の予定。


さらに、取引先から聞いた購入理由も記入することになった。


若手営業は、帳面をめくりながら唸っている。


「課長……営業の仕事って、こんなに記録が必要なんですか?」


「必要な分だけだ」


「でも、項目が多いですよ」


「じゃあ、聞こう」


アルトは机に肘をついた。


「次の注文を予測するために、何が分かればいい?」


「何個売れたか……でしょうか」


「それだけで十分か?」


若手営業は考えた。


「いつ売れたか。品切れになったか。それから、どうして買ったのか……」


「正解」


アルトは笑った。


「記録は、書くこと自体が目的じゃない。次の判断に使うためにある」


「なるほど……」


「使わない記録を増やしても、仕事が増えるだけだ。必要な情報を集めて、次の行動を変える。そこまでやって、初めて意味がある」


若手営業は真剣な顔で帳面を閉じた。


「分かりました。販売記録を次の仕入れに活用します!」


「よし。期待しているぞ」


若手営業が元気よく頭を下げた、その直後。


製造担当が営業課へ飛び込んできた。


「アルト課長! 追加製造の相談です!」


「今度は何だ?」


「定番化を進めている商品ですが、原材料の仕入れ先から、来月は納品量が減るかもしれないと連絡がありました!」


アルトの笑顔が消えた。


「……需要だけ見ていても駄目か」


製造担当が頷く。


「材料がなければ、作れません」


アルトはゆっくりと立ち上がった。


「よし。次は仕入れ先も含めて考えよう」


若手営業が小声で呟く。


「課長……問題が終わりませんね」


アルトは肩をすくめた。


「商売というのは、そういうものだ」


そして、帳面を手に取った。


売れる商品を見つける。


安定して作る。


確実に届ける。


そして、必要な材料を確保する。


一つの問題を解決すると、次に解決すべき問題が見えてくる。


だが、それは悪いことではない。


商品が売れなければ、そもそも考える必要のない問題なのだから。


アルトは笑った。


「さて……今度は仕入れ先との商談だな」


営業課長の仕事は、まだまだ終わりそうになかった。


営業メモ ②⓪⑨


一時的なヒット商品を定番商品に育てるには、売上の数字だけで判断しないことが大切です。


誰が買っているのか。なぜ買っているのか。どのくらいの頻度で買い続けるのか。品切れによって、どれだけ販売機会を逃しているのか。


こうした情報を集め、製造数や在庫、納品計画に反映させます。


ただし、需要を予測して大量に作るだけでは危険です。需要が落ち込めば、在庫と資金が会社の負担になります。


通常の製造数と追加製造できる数量を分け、予測が外れた場合にも対応できる余地を残すことが重要です。


また、取引先の販売実績を定期的に共有してもらえば、品切れになる前に次の製造や納品を準備できます。


営業の役割は、商品を売ることだけではありません。


売れ続ける理由をつかみ、会社が安定して供給できる仕組みを作ることも、重要な営業活動なのです。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百十一話 営業課長、仕入れ先との交渉に挑む


「課長、材料が足りません!」


売れ続ける商品を定番にするため、製造体制を整え始めたアルト。


しかし、今度は原材料の供給に問題が発生する。


仕入れ先は、なぜ納品量を減らそうとしているのか。


価格を下げるだけでは解決できない問題に、アルトは営業の基本へ立ち返る。


「こちらの都合を伝える前に、相手の事情を聞こう」


会社の未来を左右する、新たな商談が始まる――。

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