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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百七話 営業課長、新規取引先の本当の狙いを読む


 新規取引先との商談当日。


 アルトは、商会の応接室で相手の資料を眺めていた。


 向かい側には、商会の責任者と、その補佐らしき男が座っている。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ」


 アルトは笑顔で頭を下げた。


 商談そのものは、いたって普通に始まった。


 会社の紹介。


 商品の説明。


 現在の取引状況。


 今後の希望。


 ここまでは問題ない。


 だが――。


「年間の生産可能数は?」


 相手が質問した。


「商品によって変わります」


「最大では?」


「現状なら、現在の一・五倍程度でしょうか」


「設備を増やした場合は?」


「二倍程度までなら可能です」


「三倍では?」


「……」


 アルトは相手の顔を見る。


「三倍にする必要がありますか?」


 相手は一瞬だけ黙った。


「いえ。可能性の確認です」


「なるほど」


 アルトは笑った。


 だが、頭の中では別の計算を始めていた。


 この商会は、まだ商品を一つも買っていない。


 なのに――。


 生産能力。


 増産余力。


 納期。


 設備投資。


 取引可能量。


 やたらと供給側の情報を聞いてくる。


「では、納期について」


 相手が次の質問をする。


「大量注文の場合、最短でどのくらい対応できますか?」


「数量によります」


「最大数量なら?」


「先ほど申し上げたように、現在の設備では――」


「いえ」


 相手が遮った。


「設備を増やした場合です」


 アルトは黙った。


 フェルナンが隣で小さく姿勢を変える。


 アルトはそれに気づいた。


 フェルナンも違和感を覚えている。


 だが、まだ口にはしない。


 アルトは質問に答えた。


「設備を増やせば、納期は短縮できます」


「どのくらい?」


「設備投資の規模次第です」


「では、御社が今後予定している設備投資について教えていただけますか?」


「……」


 アルトは笑顔を崩さなかった。


「申し訳ありません」


「はい」


「そこは、まだ具体的に決まっていません」


「そうですか」


 相手は資料に何かを書き込んだ。


 アルトはその手元を見た。


 そして、質問を一つ返した。


「こちらからも、一つ質問してよろしいですか?」


「もちろんです」


「今回、何の商品をお求めでしょう?」


 相手が止まった。


「……先ほど説明いただいた商品です」


「どの商品でしょう?」


「生活用品です」


「具体的には?」


「いくつか候補があります」


「では、第一希望は?」


「……」


 答えが出てこない。


 アルトは笑顔のまま待った。


 やがて相手が言った。


「まずは御社の商品全体を見せていただきたい」


「もちろん可能です」


「そのうえで、取引条件を決めたいと考えています」


「なるほど」


 アルトは頷いた。


 商談は続いた。


 だが、相手は最後まで具体的な商品を指定しなかった。


 代わりに聞いてきたのは――。


 生産量。


 納期。


 仕入れ能力。


 倉庫容量。


 今後の増産計画。


 主要取引先。


 そして、他社への販売量。


 商談が終わった。


「本日はありがとうございました」


「こちらこそ」


 相手と握手を交わす。


 アルトたちは商会を出た。


 外へ出た瞬間。


「課長」


 フェルナンが口を開いた。


「何だ?」


「あの商会、商品を買いたいんでしょうか?」


「どう思う?」


「……分かりません」


「俺もまだ分からない」


 意外な答えだった。


 フェルナンが目を丸くする。


「課長でも分からないんですか?」


「分からないから面白いんだ」


「そういうものですか?」


「ただ、一つだけ分かっている」


「何です?」


 アルトは商会の建物を振り返った。


「今日、あの人たちが一番知りたかったのは、商品じゃない」


「じゃあ、何を?」


「俺たちが、どれだけ商品を作れるかだ」


 フェルナンが考え込む。


「……競合?」


「その可能性もある」


「でも、それなら普通に市場調査をすれば――」


「そう」


 アルトは頷いた。


「だから、まだ決めつけない」


「では、どうします?」


「調べる」


 営業部へ戻ると、アルトは商会の情報を集め始めた。


 取引先。


 販売地域。


 取り扱い商品。


 従業員数。


 倉庫の規模。


 最近の取引量。


 そして、過去半年間の仕入れ状況。


 フェルナンが資料を持ってくる。


「これです」


「ありがとう」


 アルトは資料をめくる。


「……妙だな」


「何がです?」


「この商会、最近仕入れ量が落ちてる」


「売上が落ちた?」


「それだけじゃない」


 アルトは表を指差した。


「仕入れ先が減ってる」


「本当ですね」


「以前は五社から仕入れていた」


「今は三社です」


「そして、そのうち一社との取引量が急激に増えている」


 フェルナンが資料を覗き込む。


「つまり……」


「一社に仕入れを集中させている」


「その理由は?」


「まだ分からない」


 アルトはさらに資料をめくる。


 そこで、一つの数字に目が止まった。


「これだ」


「何です?」


「販売地域」


「はい」


「三か月前から、隣町への販売量が増えている」


「隣町?」


「そう」


「それが何か?」


「うちの商品の販売地域と重なる」


 フェルナンが顔を上げた。


「まさか……」


「まだまさかだ」


 アルトは資料を閉じた。


「推測だけで動くな」


「はい」


「明日、もう一度会う」


「また商談ですか?」


「今度は、こちらから質問する」


 翌日。


 再び同じ応接室。


 相手も昨日と同じ席に座った。


「昨日はありがとうございました」


「こちらこそ」


 アルトは席についた。


「本日は、こちらからいくつか確認させてください」


「どうぞ」


「まず、御社は現在、隣町への販売を増やしていますね?」


 相手の表情が一瞬だけ変わった。


「……はい」


「三か月前から」


「よく調べていますね」


「営業ですから」


 アルトは笑った。


「では次です」


「はい」


「御社は、今後半年間で隣町への販売量をさらに増やす予定ですか?」


 相手は答えなかった。


 代わりに補佐の男を見る。


 その視線を、アルトは見逃さなかった。


「……予定しています」


「どのくらい?」


「現在の二倍程度です」


「なるほど」


 アルトは頷いた。


「だから、生産能力を聞いたんですね」


「……」


「納期も」


「……」


「倉庫容量も」


「……」


 相手が黙る。


「つまり、御社が欲しいのは商品そのものだけではない」


 アルトは続けた。


「安定して大量に仕入れられる供給元です」


 相手がようやく口を開いた。


「その通りです」


「では、なぜ最初からそう言わなかったんです?」


 相手は苦笑した。


「正直に言えば、断られると思ったからです」


「なぜ?」


「現在の御社の生産量では、我々の希望数量を満たせないと思っていました」


「だから、まず可能性を探った」


「はい」


 アルトは頷いた。


「なるほど」


 相手は少し身を乗り出した。


「そこで相談があります」


「どうぞ」


「御社が増産してくだされば、我々は長期契約を結びたい」


「どのくらい?」


「最低でも一年」


「購入量は?」


「現在の二倍」


 アルトは黙った。


 悪い話ではない。


 むしろ、かなり魅力的だ。


 だが――。


「一つ問題があります」


「何でしょう?」


「御社は、なぜ隣町でそこまで販売を増やしたいんです?」


 相手が再び黙った。


 アルトは待った。


 やがて責任者が口を開く。


「隣町で、大型の市場が開かれる予定なんです」


「市場?」


「はい。半年後に新しい定期市が始まります」


「なるほど」


「そこで生活用品を大量に販売したい」


「だから、安定供給が必要」


「はい」


 アルトは考えた。


 ここまでなら、普通の話だ。


 だが、もう一つ確認したい。


「その定期市」


「はい」


「御社だけが出店するわけではありませんよね?」


 相手が笑った。


「もちろんです」


「他の商会も出ますか?」


「かなりの数が出る予定です」


「……分かりました」


 アルトは椅子に深く座った。


 ようやく全体が見えてきた。


 この商会が欲しいのは、単純な仕入れ先ではない。


 定期市で勝つための、安定した商品供給。


 そして――。


「価格競争をするつもりですね」


 相手が少し驚いた。


「分かりますか」


「商人ですから」


「ははは」


 相手が笑う。


「その通りです」


 アルトは笑わなかった。


「では、うちの商品を安くして大量に供給するだけでは、御社も苦しくなります」


「……」


「競合も同じことを考えます」


「確かに」


「だったら、価格以外の武器を作りませんか?」


「武器?」


「はい」


 アルトは資料を広げた。


「納期保証」


「納期保証?」


「一定数量までは必ずこの日までに納品する」


「それは助かります」


「さらに、定期市専用の組み合わせ商品を作る」


「組み合わせ?」


「単品ではなく、複数の商品をまとめる」


 アルトは商品一覧を並べた。


「客が一つずつ選ばなくてもいいようにする」


「なるほど……」


「さらに、一定数量を超えた場合だけ追加値引きをする」


「最初から安くするのではなく?」


「そうです」


 アルトは笑った。


「売れた分だけ、こちらも利益を分ける」


 相手の顔が明るくなる。


「それなら、うちも無理な仕入れをしなくて済む」


「こちらも無理な増産をしなくていい」


「……アルト課長」


「はい」


「長期契約を結びたいという話ですが」


「はい」


「条件を一から見直してもいいでしょうか?」


 アルトは笑った。


「もちろんです」


 商談が終わった。


 商会を出ると、フェルナンが大きく息を吐いた。


「……最初は、競合に情報を抜かれているのかと思いました」


「俺も可能性は考えた」


「でも違いましたね」


「ああ」


「相手は商品を買いたかった」


「ただし、商品だけじゃなかった」


「供給能力そのものを買いたかった」


「そういうことだ」


 フェルナンが笑う。


「課長」


「何だ?」


「今日の商談、最初より条件が良くなってません?」


「なったな」


「どうしてです?」


「相手の本当の目的が分かったからだ」


 アルトは空を見上げた。


「営業は、最初の条件で勝負する必要はない」


「相手の目的が分かれば、条件そのものを作り直せる」


「なるほど」


 フェルナンが頷いた。


 アルトは歩きながら笑った。


「ただし」


「はい?」


「一つだけ失敗した」


「え?」


「昼飯の時間を過ぎた」


「……」


「フェルナン」


「はい」


「腹が減った」


「営業課長が一番大事にするべき条件ですね」


「そうだ」


 二人は笑いながら、営業部へ戻っていった。


 新規取引先との商談は、まだ始まったばかり。


 そしてアルトは、次の課題に気づいていた。


 今回の契約を成功させるには――。


 売るだけでは足りない。


 生産。


 在庫。


 配送。


 営業。


 すべてをつなげる必要がある。


 アルトの営業改革は、少しずつ会社全体を巻き込み始めていた。


営業メモ ②⓪⑥


新規取引先との商談では、「相手が何を買いたいのか」を正確に見極めることが重要です。


相手が「商品を買いたい」と言っていても、実際に求めているものは、


「安定供給」

「短納期」

「在庫の確保」

「販売地域の拡大」

「競合との差別化」


など、別の目的かもしれません。


相手の質問をよく聞くと、その目的が見えてきます。


今回のように、


「どれだけ作れるか」

「どれだけ増産できるか」

「納期はどれくらいか」


という質問が続く場合、相手が本当に確認したいのは商品の性能ではなく、「供給能力」です。


商談では、自社の商品を説明するだけでなく、


「なぜ、それを必要としているのか?」


を確認する。


目的が分かれば、価格勝負ではなく、納期保証やセット販売、数量連動型の値引きなど、新しい提案を作ることができます。


営業とは、条件を受け入れる仕事ではありません。


相手と一緒に、双方が利益を出せる条件を作る仕事です。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百八話 営業課長、会社全体を巻き込む


新規取引の話がまとまり始めた。


しかし、問題は営業だけでは解決できない。


「この数量、本当に作れますか?」


「倉庫に入りません!」


「その納期では運べません!」


営業、製造、倉庫、配送。


それぞれの部署から、次々と問題が噴き出す。


アルトは頭を抱える。


「……どうして商談が決まると、仕事が増えるんだ?」


しかし、そこでアルトは気づく。


売上を伸ばすために必要なのは、営業部だけを強くすることではない。


会社全体を、一つの営業チームにすることだった。

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