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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百六話 営業課長、売れない商品の相談を受ける


 営業部に戻って三日目。


 アルトは、朝から一枚の報告書を眺めていた。


「……半年?」


「はい」


 向かいに座っているのは、若手営業のカイルだった。


「半年間、売れてないのか?」


「正確には、ほとんど売れていません」


「ほとんど?」


「最初の一か月で少し売れました。でも、それ以降は……」


 カイルは苦笑した。


「ほぼゼロです」


 アルトは報告書をめくった。


 商品名。


 価格。


 原材料。


 製造数。


 販売実績。


 一通りの数字が並んでいる。


「品質に問題は?」


「ありません」


「価格は?」


「同じ種類の商品と比べても、高くありません」


「供給量は?」


「十分です」


「納期は?」


「問題ありません」


「じゃあ、何で売れない?」


「それが分からないんです」


 カイルが困った顔をする。


「だから、課長に相談を……」


「よし」


 アルトは報告書を閉じた。


「商品を見に行こう」


「え?」


「資料だけじゃ分からない」


「今からですか?」


「今から」


 営業課長が立ち上がる。


 カイルも慌てて立ち上がった。


「フェルナン!」


「はい!」


 少し離れた机から声が返ってくる。


「一緒に来てくれ」


「分かりました」


「あと、その商品の販売記録を全部持ってきてくれ」


「全部ですか?」


「全部」


「……また記録ですか?」


 フェルナンが嫌そうな顔をする。


 アルトは笑った。


「今回は黒帳じゃない」


「それなら安心しました」


 三人は倉庫へ向かった。


 案内された棚には、問題の商品がきれいに並べられていた。


「これです」


 カイルが一つを取り出した。


「商品名は?」


「携帯用保温容器です」


「ほう」


 アルトは手に取った。


 見た目は悪くない。


 丈夫そうで、軽い。


 持ち運びにも便利そうだ。


「何を入れるんだ?」


「温かい飲み物です」


「なるほど」


 アルトは蓋を開ける。


 中もきれいに加工されている。


「実際に使ってみた?」


「はい」


「どうだった?」


「普通に便利でした」


「普通?」


「はい」


 アルトは商品を見つめた。


「じゃあ、一つ質問」


「はい」


「誰が買う?」


「え?」


 カイルが固まった。


「この商品を、一番欲しがるのは誰だ?」


「ええと……」


「商人か?」


「たぶん……」


「農家?」


「使うかもしれません」


「旅人?」


「便利だと思います」


「兵士?」


「それも……」


「つまり?」


「……いろんな人です」


 アルトは頷いた。


「それが問題だ」


「え?」


「いろんな人が使える商品と、誰が買うか分からない商品は違う」


 カイルは商品を見る。


「でも、便利ですよ?」


「便利だから売れるとは限らない」


「……」


「誰にとって、どんな場面で便利なのか。それが伝わらなければ、ただの便利そうな道具だ」


 フェルナンが商品を手に取った。


「確かに……」


「じゃあ販売記録を見よう」


 倉庫の机に資料を広げた。


 最初の一か月だけ、少し売れている。


 しかし二か月目から急激に落ちている。


「最初に買った人は?」


 アルトが尋ねる。


「旅商人が多いです」


「次は?」


「商人です」


「その次」


「……ほとんどありません」


「なぜ?」


 カイルは資料を見ながら考える。


「一度買った人が、追加で買ってない?」


「そうだ」


 アルトは頷いた。


「最初の購入者は、実際に使ってみた」


「はい」


「でも、リピートしていない」


「……ということは」


「商品そのものに問題がある可能性もある」


 カイルの顔が曇る。


「やっぱり商品が悪いんでしょうか?」


「まだ決めるな」


 アルトは販売記録を指差した。


「ここを見ろ」


「どこです?」


「購入後の問い合わせ」


 そこには数件の記録があった。


 最初の客。


『使い方が分からない』


 二人目。


『どのくらい保温できるのか分からない』


 三人目。


『洗浄方法が分からない』


 四人目。


『蓋の交換部品はあるのか』


 カイルが目を見開く。


「……これ」


「そう」


 アルトは頷いた。


「商品が悪いんじゃない」


「説明が足りない?」


「その可能性が高い」


 フェルナンが記録をめくる。


「でも、説明書は付いてますよ」


「見せてくれ」


 カイルが説明書を取り出した。


 アルトは開いてみる。


 一ページ。


 二ページ。


 三ページ。


 そして――。


「……これは駄目だ」


「え?」


「何が書いてある?」


 カイルが説明書を見る。


「使用方法……注意事項……保管方法……」


「誰が読む?」


「買った人……?」


「違う」


 アルトは説明書を机に置いた。


「買う前の人だ」


「買う前?」


「この商品は、使い方が分からないから売れないんじゃない」


 アルトは商品を持ち上げた。


「買った後の便利さが、買う前に伝わっていない」


 カイルが黙る。


「店頭に置いてある商品には、価格しか書いてない」


「……はい」


「保温時間も書いてない」


「はい」


「どんな場面で便利なのかも書いてない」


「はい」


「交換部品があることも書いてない」


「……ありません」


 アルトは笑った。


「そりゃ売れない」


 フェルナンが吹き出した。


「課長、容赦ないですね」


「だってそうだろ」


 アルトは商品を机に置く。


「商品が悪いんじゃない」


「売り方が悪い?」


「正確には、買う理由を作れていない」


 アルトは紙を一枚取り出した。


「まず、売る相手を絞る」


「旅人ですか?」


「もっと具体的に」


「……長距離を移動する旅人?」


「いい」


「あと、行商人」


「それもいい」


「兵士……」


「兵士は後だ」


 アルトは考える。


「まずは行商人と長距離移動する商人に絞ろう」


「なぜです?」


「一番、使う場面が明確だからだ」


 アルトは紙に書いた。


『朝、温かい飲み物を入れる』


『昼になっても温かい』


『途中で店を探す必要がない』


『長時間移動でも使える』


「これを店頭に出す」


「説明書ではなく?」


「説明書は買った後に必要だ」


 アルトは笑う。


「買う前に必要なのは、説明じゃない」


「……買う理由」


「そういうこと」


 カイルの表情が変わった。


「じゃあ、広告も変えます」


「待て」


「はい?」


「広告だけ変えるな」


「え?」


「売り場も変える」


 アルトは商品を置いた。


「今は棚に一個置いてあるだけだ」


「はい」


「それを実際に使っている場面を作る」


「実演ですか?」


「そう」


 さらに紙に書く。


『朝』


『移動中』


『昼』


 三つの場面を見せる。


「商品そのものを売るんじゃない」


 アルトは言った。


「この商品を使った後の生活を売るんだ」


 カイルは何度も頷いた。


「分かりました」


「それと、もう一つ」


「はい」


「買った人から話を聞く」


「感想ですか?」


「感想じゃない」


 アルトは販売記録を見る。


「『どこで使ったか』『何が便利だったか』『何が不便だったか』を聞く」


「それを次の販売に使う」


「そう」


「つまり、売った後の情報を次の営業に戻す」


「やっと分かったか」


 カイルが笑った。


「これ、営業部全体でやったほうがいいですね」


「その通り」


 フェルナンが横から口を挟む。


「課長」


「何だ?」


「また仕事が増えましたね」


「営業だからな」


「黒帳が終わったと思ったら、今度は販売方法改革ですか」


「嫌か?」


「いいえ」


 フェルナンは商品を手に取った。


「面白そうです」


 数日後。


 商店街の一角。


 問題の商品が店頭に並んでいた。


 ただし、以前とは違う。


 商品の横には、大きな紙が置かれている。


『朝に入れた飲み物が、昼まで温かい』


 その下には、実際に使っている旅商人の絵。


 さらに、


『長距離移動の途中で店を探す必要なし』


『交換用の蓋あり』


『洗浄方法も簡単』


 そして実演用の商品が一つ。


 カイルが店頭に立つ。


「実際に触ってみませんか?」


 最初の客は興味を示さなかった。


 二人目も通り過ぎた。


 三人目が足を止める。


「本当に昼まで温かいのか?」


「はい。実際に試してみますか?」


「ほう」


 カイルが蓋を開ける。


 湯気が上がった。


「おお……」


 客の目が変わる。


「いくらだ?」


 カイルが価格を伝える。


「……悪くないな」


「長距離の移動をされる方なら、かなり便利ですよ」


「俺は行商をしている」


「でしたら、ちょうどいいです」


 その客は一つ購入した。


 それを見て、別の客が足を止める。


「それ、何だ?」


「携帯用保温容器です」


「何に使う?」


 カイルは笑った。


「実際に見てみますか?」


 その日の夕方。


 販売数は、これまでの一週間分を超えていた。


 営業部に戻ると、カイルが興奮した顔で報告する。


「課長!」


「どうだった?」


「売れました!」


「何個?」


「予定の二倍です!」


「そうか」


「すごいですね!」


「いや」


 アルトは首を横に振った。


「商品は変わってない」


「……あ」


「変えたのは、伝え方だ」


 カイルは納得したように頷いた。


「商品を売るんじゃなくて、その商品を使う未来を売る……」


「そう」


 アルトは椅子に座る。


「営業ってのは、商品を押しつける仕事じゃない」


「はい」


「相手が『これがあれば助かる』と思える理由を、一緒に見つける仕事だ」


 フェルナンが横で頷く。


「課長」


「何だ?」


「営業に戻ってから、ずいぶん楽しそうですね」


 アルトは笑った。


「やっぱり俺は、こっちのほうが性に合ってる」


 その言葉に、営業部の若手たちも笑った。


 黒帳という長い問題を解決した。


 仕組みの隙間も塞いだ。


 そして今度は、目の前の商品をどう売るか。


 アルトの仕事は、再び営業へ戻った。


 だが――。


 その日の夕方。


 机の上に、新しい相談書が一枚置かれていた。


『新規取引先開拓について』


 アルトはそれを見て、口元を上げる。


「……今度は新規開拓か」


 フェルナンが隣から覗き込む。


「大変そうですね」


「そうでもない」


「なぜです?」


「知らない客に会える」


 アルトは立ち上がった。


「営業としては、一番面白い仕事だろ?」


 久しぶりに戻った営業課長の毎日は――。


 まだ始まったばかりだった。


営業メモ ②⓪⑤


「商品が売れない」と相談されたとき、最初から商品の品質や価格を疑ってはいけません。


確認するべきなのは、


「誰に売ろうとしているのか」

「その人は、どんな場面で使うのか」

「買う前に、商品の価値が伝わっているか」

「買った後に、困ったことは何か」


です。


特に重要なのが「買う理由」です。


商品の性能を並べるだけでは、お客様は動きません。


「この商品を使えば、自分の何が楽になるのか」


そこまで具体的に想像できるように伝えることで、商品は単なる物から「必要な物」に変わります。


そして、購入後の感想や問い合わせは、次の営業の材料になります。


売って終わりではなく、


「売る → 使ってもらう → 話を聞く → 改善する → また売る」


この循環を作る。


これが営業を強くする基本です。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百七話 営業課長、新規取引先の本当の狙いを読む


新規取引先開拓を任されたアルト。


紹介された商会は、条件も規模も申し分ない。


ところが商談が始まると、相手は妙な質問ばかりしてくる。


「納期は?」


「生産量は?」


「他社との取引は?」


「それから……今後、どこまで増産できますか?」


アルトは相手の質問を聞きながら、ある違和感に気づく。


「この商会、本当に商品を買いたいのか?」


久しぶりの新規開拓。


営業課長の読みが、試される。

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