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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百三話 営業課長、黒帳の最後の経路を押さえる


 制度運用管理区画。


 R―4の扉を開けたアルトは、最初に壁の表示を確認した。


 ――原本保管経路確認。


 その下には、現在確認中の案件が表示されている。


 A―17。


「来ています」


 フェルナンが端末を確認した。


「R―4で、今まさにA―17の保管経路が照合されています」


「使用者は?」


「……記録なし」


 アルトは頷いた。


 予想どおりだった。


 HB―13の自動継承。


 個人確認の省略。


 そしてR―2という固定されない席。


 ここまでの仕組みなら、使用者の名前を残さずに処理できる。


「でも、今回は違う」


 アルトは端末の下にある別の記録欄を指した。


「見ろ」


 フェルナンが画面を覗き込む。


 そこには、HB―13とは別の権限名が表示されていた。


 ――原本移送確認権限。


 フェルナンが目を見開く。


「これは……」


「HB―13じゃない」


「あの自動継承とは別です」


「ああ」


 アルトは画面を確認した。


 原本移送確認権限。


 この権限は、原本を勝手に移動させるためのものではない。


 原本を別の保管区画へ移す際に、実際の移送処理と記録を照合するための権限。


 つまり――。


「これを持っている人間は、原本そのものを動かすんじゃない」


 アルトが言う。


「移動したという記録を確定できる」


 フェルナンが息を呑んだ。


「じゃあ、黒帳は……」


「そうだ」


 アルトは画面を見つめた。


「HB―13で入口を作って、原本移送確認権限で出口を整えていた」


 それぞれの権限は正規のものだ。


 一つだけ見れば、不正ではない。


 だが――。


 組み合わせれば、原本の移動経路を別のものとして記録できる。


 アルトはさらに履歴を開いた。


 A―17。


 七年前。


 第一受付保管庫。


 ↓


 制度運用管理区画。


 正式な移管。


 その後――。


 もう一つの記録。


 制度運用管理区画。


 ↓


 旧受付保管庫。


「……戻っている」


 フェルナンが呟いた。


「ああ」


 アルトの声が低くなる。


「A―17は、一度ここへ移された後、旧受付保管庫へ戻されている」


「でも、現在の記録にはありません」


「だからRH―11を追ったんだ」


 旧保管番号。


 新保管番号。


 再移送。


 その途中で、別の番号が付けられた。


 そして、その番号だけが現在の記録から切り離されていた。


「これが黒帳の最後の手順ですか?」


「まだだ」


 アルトは履歴の下を見る。


 最後の欄。


 ――原本移送確認者。


 そこには名前があった。


 だが、アルトはすぐには口にしなかった。


「課長?」


「これは重要だ」


「誰の名前です?」


「名前を見る前に、役職を見る」


 フェルナンが画面を確認する。


 ――文書管理担当。


 その下。


 ――担当者:セレナ・オルフェ。


 フェルナンが息を呑んだ。


「セレナ……」


 アルトは頷いた。


 十年前。


 セレナは受付担当だった。


 七年前。


 文書管理課へ異動。


 A―17の原本移管確認に関わっている。


 そして現在。


 原本保管担当。


「これで決まりですか?」


 フェルナンが尋ねる。


「いや」


 アルトは即答した。


「まだだ」


「でも、セレナの名前が――」


「名前が残っているからこそ、慎重に見る」


 アルトは履歴を拡大した。


「ここを見ろ」


 セレナの名前の横。


 ――本人確認:済。


 ――端末認証:済。


 ――原本現物確認:済。


 ――移送指示者:制度運用担当。


「移送指示者は別人です」


「ああ」


 アルトは頷いた。


「セレナは移送を確認した。でも、移送を指示したとは書かれていない」


「つまり……」


「彼女だけを黒帳の実行者とすることはできない」


 アルトはさらに履歴を追った。


 すると、もう一つの記録が現れた。


 ――移送指示。


 指示元――制度運用管理区画。


 処理席――R―3。


 承認――セドリック・ヴァーン。


 フェルナンが黙り込む。


「また……」


「ああ」


 セドリックの承認印。


 だが、アルトはそこで終わらなかった。


「ここまで来て、やっと分かった」


「何がです?」


「黒帳は、承認者を隠れ蓑にしていたんだ」


 承認者は、正規の申請を承認する。


 原本担当者は、指示された移送を確認する。


 制度運用担当は、権限を使う。


 R―2は継承権限を確認する。


 R―3は承認経路を確認する。


 R―4は原本保管経路を確認する。


 それぞれの人間は、自分の担当業務をしている。


 だから誰一人として、一連の全体像を持っていない。


「黒帳が使ったのは、人間の秘密じゃない」


 アルトは言った。


「分業だ」


 フェルナンが顔を上げた。


「分業……」


「そうだ」


 アルトは続けた。


「仕事を分けること自体は正しい。問題は、分けた情報を最後に誰も横断して確認しなかったことだ」


 そして三年前。


 HB―13の個人確認が省略された。


 それによって、一つだけ決定的な穴ができた。


「誰が全体を操作したのか」


 アルトは画面を指した。


「それだけが、分からなくなった」


 沈黙。


 フェルナンが静かに尋ねた。


「では、黒帳は誰なんです?」


 アルトは少しだけ考えた。


「ここまでの記録を見る限り、黒帳という名前の一人の人間が全部をやったわけじゃない」


「……え?」


「黒帳は、仕組みを利用するための呼び名だったんだ」


 フェルナンが目を見開く。


「組織ではなく?」


「ああ」


 アルトは記録を並べた。


「少なくとも、今見えているのは一人の指揮系統じゃない」


 十年前。


 S―03で管理系統変更予定が記録された。


 七年前。


 A―17が移管され、番号と管理責任部署が変わった。


 三年前。


 HB―13が自動継承へ変更された。


 そして現在。


 旧番号と新番号をつなぐ者だけが、過去の経路を辿れる。


「誰かが最初から全部を計画したわけじゃない」


 アルトは言った。


「途中から、この仕組みを利用する人間が現れた」


「では、黒帳は……」


「何人もの人間が利用した結果として残った、裏の経路だ」


 フェルナンが息を吐いた。


 それなら説明がつく。


 十年前の異常。


 七年前の移管。


 三年前の権限変更。


 それぞれの時点で、同じ人物がすべてを操作する必要はない。


 誰かが作った仕組みを、次の誰かが利用する。


 その結果、黒帳という「経路」だけが残る。


「じゃあ、今も誰かが使っている理由は?」


「簡単だ」


 アルトは端末を見る。


「便利だからだ」


「便利……?」


「正規の記録を壊さずに、過去の情報へ近づける。しかも、担当者を一人に固定しなくていい」


 アルトは苦笑した。


「悪用する人間にとって、これほど都合のいい仕組みはない」


 その瞬間。


 端末に新しい通知が入った。


 ――A―17。


 ――原本移送確認。


 ――処理終了。


 フェルナンが画面を見る。


「終わりました」


「いや」


 アルトは首を振った。


「まだだ」


 処理終了の下。


 小さな文字が表示されている。


 ――次処理:旧記録参照。


 アルトの目が鋭くなった。


「まだS―03を追っている」


「では、S―03を閉じれば――」


「違う」


 アルトは立ち上がった。


「逆だ」


「逆?」


「S―03を開く」


 フェルナンが驚く。


「黒帳が欲しがっている記録を、こちらから正式に公開する」


「でも、それでは……」


「公開範囲を限定する」


 アルトは端末を操作した。


「S―03の関連記録を、正式な監査案件として一本化する」


 十年前のS―03。


 七年前のA―17。


 三年前のHB―13変更。


 R―2。


 R―3。


 R―4。


 これまで分断されていた記録を、一つの監査案件として登録する。


 すると――。


 黒帳が利用していた「隙間」が消える。


 旧番号を知っている人間だけが辿れる道ではなくなる。


 正式な監査経路として、すべての関連記録がつながるからだ。


「これなら、誰かが勝手に古い番号を使う必要がなくなる」


 アルトが言う。


「そして、今後アクセスすれば――」


「名前が残る」


「そうだ」


 HB―13の空欄も、監査案件に紐づければ別の確認記録が必要になる。


 R―2も、R―3も、R―4も。


 それぞれの処理が一つの案件として記録される。


「これが黒帳への答えだ」


 アルトは操作を確定した。


 ――監査案件登録。


 ――関連記録:S―03。


 ――関連記録:A―17。


 ――関連記録:RH―03。


 ――関連記録:RH―11。


 ――関連権限:HB―13。


 ――関連席:R―2、R―3、R―4。


 最後に表示された。


 ――登録完了。


 その瞬間だった。


 HB―13の表示が消えた。


 ――権限使用終了。


 フェルナンが画面を見つめる。


「……止まりました」


「ああ」


 アルトは静かに息を吐いた。


「これで、今までのやり方は使えない」


 黒帳の経路は塞がった。


 誰かを捕まえたわけではない。


 だが、誰が使おうとしても、これまでのように痕跡を隠したまま進むことはできない。


 アルトは最後に、セレナの名前が残る記録を確認した。


「セレナも呼ぶ」


「事情を聞くんですか?」


「ああ」


「犯人として?」


「違う」


 アルトは首を振った。


「証人としてだ」


 そして、もう一人。


 エドガー。


 ラウル。


 セドリック。


 ハロルド。


 それぞれの名前も、アルトの頭に浮かぶ。


 誰か一人を悪者にすれば、話は簡単になる。


 だが、この事件はそんな単純なものではない。


 正しい制度。


 正しい分業。


 正しい承認。


 そこにできた小さな隙間。


 そして、その隙間を利用した人間たち。


 それが長い年月をかけて、黒帳という裏の経路を作り上げていた。


「長かったな」


 フェルナンが呟いた。


「ああ」


 アルトも頷く。


「でも、ようやく終わりが見えた」


 その言葉と同時に、端末へ一件の通知が入った。


 ――監査案件登録に伴う関連職員への確認要請。


 対象者――セレナ・オルフェ。


 対象者――エドガー・ミルズ。


 対象者――セドリック・ヴァーン。


 アルトは画面を見つめた。


 そして、小さく笑った。


「さて」


「どうしました?」


「ここからは、記録じゃない」


 アルトは扉へ向かった。


「本人たちに聞く番だ」


営業メモ ②⓪②


問題を解決するとき、犯人を一人決めれば終わるとは限らない。


むしろ、複数の担当者がそれぞれ正しい仕事をしていた結果、全体として問題が起きることもある。


その場合に必要なのは、誰かを責めることではない。


「どこで情報が分断されたのか」


「誰が全体を確認できなかったのか」


「その隙間を誰かが利用できる状態になっていなかったか」


そこを確認すること。


仕事を細分化することは大切だ。


しかし、細分化した仕事を最後につなげる仕組みも同じくらい大切。


担当者ごとの正しさだけでは、組織全体の正しさにはならない。


最後に全体を見る人間が必要なのだ。


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百四話 営業課長、黒帳を利用した者と向き合う


黒帳の経路を正式な監査案件として一本化したアルト。


HB―13による匿名のアクセスは止まり、これまで分断されていた記録も一つにつながった。


残るのは、実際にこの仕組みを利用していた人間への確認。


セレナ、エドガー、そしてセドリック。


三人の証言を聞くことで、十年前から続いていた黒帳の利用経緯が明らかになる。


しかし、最後にアルトの前へ出てきた人物は――。


長く続いた黒帳編が、ついに決着へ向かう。

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