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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第二百話 営業課長、RH―11の中身を確認する


 地下の旧受付保管庫。


 アルトは、棚の前で足を止めた。


 目の前にあるのは、古びた記録箱だった。


 側面には、かすれた文字でこう記されている。


 ――RH―11。


「これが……A―17の旧保管番号ですね」


 フェルナンが確認する。


「ああ。七年前、A―17が第一受付保管庫から制度運用管理区画へ移されたとき、旧番号として残されたものだ」


 アルトは箱に手を伸ばした。


 だが、すぐには開けなかった。


「課長?」


「先に周囲を確認する」


 アルトは箱の上下、棚の奥、隣の記録箱を順番に確認していく。


 記録箱には、それぞれ保管番号が付けられている。


 RH―09。


 RH―10。


 RH―11。


 RH―12。


 番号は連続していた。


 つまり、RH―11だけが特別に作られた箱ではない。


「普通の保管番号ですね」


「そう見える」


 アルトはしゃがみ込み、箱の底面を確認した。


 そこにも管理印がある。


 第一受付保管庫。


 七年前のものだった。


「やっぱり、ここはA―17の最初の保管場所だ」


「では、黒帳はここにA―17を隠した?」


「違う」


 アルトは即座に否定した。


「そこを間違えると、全部がおかしくなる」


「……どういう意味です?」


「この番号変更そのものは、正規の処理だ。第一受付保管庫から制度運用管理区画へ原本管理が移った。だからRH―11からIK―27へ番号が変わった」


 アルトは箱を見つめた。


「黒帳がやったのは、番号変更を作ることじゃない」


「利用した……?」


「ああ」


 アルトは静かに答えた。


「正しい変更を、正しいまま利用したんだ」


 フェルナンの表情が変わった。


 アルトは箱を開けた。


 中には、数枚の記録用紙と、古い受付票、それから保管番号変更票が入っていた。


「上から順番に確認します」


 フェルナンが記録用紙を並べる。


 一枚目。


 A―17。


 受付日。


 担当部署。


 原本管理場所。


 二枚目。


 保管場所変更。


 三枚目。


 番号変更。


 そして四枚目。


 アルトの手が止まった。


「……これだ」


 そこには、こう記されていた。


 旧保管番号――RH―11。


 新保管番号――IK―27。


 変更理由――原本管理系統変更。


 変更承認――済。


 承認者――セドリック・ヴァーン。


 フェルナンが息を呑む。


「また、セドリック……」


「名前だけで判断するな」


 アルトは記録を指で押さえた。


「ここで確認すべきなのは、セドリックが変更を命じたかどうかじゃない」


「では?」


「誰が変更を申請し、誰が実際に番号を付け替え、変更後の情報をどこへ登録したのかだ」


 営業でいえば、担当者変更と同じだ。


 承認者の名前だけを見ても、実際に何が起きたのかは分からない。


 アルトは変更票の下にある小さな欄を確認した。


 申請担当――文書管理担当。


 登録担当――受付記録担当。


 原本移送確認――制度運用担当。


「三つに分かれてる」


「申請、登録、移送確認……」


「そうだ」


 アルトは頷いた。


「これなら、一つの人間が全部を操作する必要がない」


 フェルナンが眉をひそめる。


「それが黒帳にとって都合がいい?」


「正確には、悪用しやすい」


 アルトは続けた。


「一人が全部やれば、痕跡は一か所に集まる。だが、三つの担当に分かれていれば、一つずつの処理は正規業務に見える」


 番号を変える。


 新しい番号を登録する。


 旧番号を過去情報として保管する。


 原本を移す。


 どれも、それだけなら異常ではない。


「でも、全部をつなげて見なければ……」


「一つの事件だと分からない」


 アルトは答えた。


 そのときだった。


 箱の底に、薄い紙が一枚貼り付いているのが見えた。


「フェルナン」


「はい」


「これを剥がす」


「慎重に」


 フェルナンが端を押さえ、アルトがゆっくり紙を持ち上げる。


 紙の裏側に、古い番号が書かれていた。


 ――RH―11。


 その下に、さらに別の番号。


 ――RH―03。


「……RH―03?」


 フェルナンが声を落とした。


 アルトはすぐに隣の記録を探した。


 RH―03。


 棚番号を確認する。


 だが、そこにある箱には別の札が付いていた。


「ない」


「番号変更されていますね」


「ああ」


 箱の管理表を確認する。


 旧保管番号――RH―03。


 現行保管番号――KS―08。


 変更理由――受付記録整理。


 アルトの目が細くなった。


「今度はA―17じゃない」


「では、何の記録です?」


 アルトは管理表の関連案件欄を確認した。


 そこに、小さく記されていた。


 関連受付――S―03。


 フェルナンが絶句した。


「S―03……」


「十年前の案件だ」


 アルトは紙を置いた。


「A―17の番号変更だけを追っていたら、ここには辿り着けない」


 七年前のA―17。


 十年前のS―03。


 一見すると、別々の案件。


 だが、旧番号を辿るとつながる。


「黒帳は、記録を消したんじゃない」


 アルトの声が低くなる。


「記録の入口を変えたんだ」


「入口?」


「現在の番号から探せば、現在の管理情報しか出てこない。でも旧番号を知っていれば、その前の記録へ辿れる」


 フェルナンが理解する。


「つまり、知らない人間には見えない。でも、知っている人間には辿れる」


「そういうことだ」


 アルトはRH―03の変更票を取り出した。


 変更日。


 七年前。


 A―17が移管された日と近い。


「同じ時期に、別の受付記録でも番号変更が行われている」


「偶然ですか?」


「まだ分からない」


 アルトは即答した。


「だから承認経路を見る」


 変更票の裏側。


 承認欄を確認する。


 第一確認――受付記録担当。


 第二確認――文書管理担当。


 最終承認――セドリック・ヴァーン。


 フェルナンの顔が強張る。


「また同じです」


「ああ」


 アルトはS―03の記録を思い出していた。


 十年前。


 S―03で見つかった承認経路の変更。


 その後に続いたA―17。


 そして七年前の番号変更。


 さらに現在のR―2、R―3、R―4。


 すべてが一本の線になり始めていた。


 しかし――。


「待ってください」


 フェルナンが一枚の紙を差し出した。


「ここを」


 変更票の下部。


 小さな記入欄。


 変更後の参照先――KS―08。


 関連旧記録――S―03。


 だが、その横に赤い印がある。


 ――参照制限。


「参照制限……?」


 アルトは眉を寄せた。


「誰が付けた?」


 フェルナンが記録を探す。


 担当者欄。


 空白。


 承認欄。


 セドリック・ヴァーン。


「……またです」


「いや」


 アルトは首を横に振った。


「今回は違う」


「違う?」


「セドリックの承認印は、参照制限そのものの承認じゃない」


 アルトは承認欄の文言を指した。


 承認対象――保管番号変更。


 参照制限――別処理。


「番号変更は承認している。でも、その後に付けられた参照制限は、この承認欄の対象外だ」


 フェルナンが息を呑む。


「じゃあ……誰かが番号変更の承認を利用して、その後に別の処理を追加した?」


「可能性はある」


 アルトは断定しなかった。


「だが、ここまで来れば調べられる」


 変更履歴をさらに確認する。


 受付記録整理。


 番号変更。


 参照制限。


 そして、その後の更新。


 最後の更新日時を見た瞬間。


 アルトの指が止まった。


「……三日前」


「三日前?」


「この記録、十年前のものだぞ」


 フェルナンが記録を覗き込む。


 確かに、古い記録の最後に新しい更新履歴が残っている。


 更新内容――旧番号参照対応表。


 更新者――記録なし。


 更新理由――照合継続。


 アルトはゆっくり立ち上がった。


「ラウルだ」


「え?」


「三日前、ラウルがここを見ている」


 だが、その直後。


 端末の画面が一度だけ点滅した。


 そして、新しい表示が浮かび上がる。


 ――旧番号参照対応表。


 ――現在閲覧中。


 ――対象番号:RH―03。


 ――関連案件:S―03。


 ――閲覧者:記録なし。


 フェルナンが振り返る。


「課長……」


「ああ」


 アルトは画面を見たまま答えた。


「誰かが、今もこの経路を使っている」


 その瞬間、保管庫の奥で小さな音がした。


 カタン。


 二人が同時に振り向く。


 棚の一番下。


 RH―03の記録箱が、わずかに前へ動いていた。


「誰かいるのか?」


 フェルナンが声を上げる。


 返事はない。


 アルトは手を上げた。


「待て」


 棚へ近づく。


 箱の下には、細い紙片が落ちていた。


 アルトが拾い上げる。


 そこには、短い文字だけが残されていた。


『S―03の最初の受付記録を探せ』


 その下に、もう一行。


『承認印ではなく、印が押される前を見る』


 アルトは黙った。


 承認印は結果だ。


 印が押される前には、申請がある。


 申請の前には、判断がある。


 そして判断の前には――。


「フェルナン」


「はい」


「S―03の最初の受付記録を探す」


「十年前の受付記録ですね」


「ああ」


 アルトは紙片を握った。


「承認印が同じだったことより、その印が押されるまでに誰が何を動かしたのか。それを確認する」


 営業では、決裁印だけを見て案件の全体像を判断することはできない。


 決裁に至るまでの提案。


 変更理由。


 担当者。


 そして、決裁後に実行された処理。


 そこまで追って、初めて一つの案件になる。


 アルトはRH―03の箱を見つめた。


 十年前のS―03。


 七年前のA―17。


 二つの案件をつないでいたのは、単なる番号変更ではない。


 その変更を正規の手順として成立させるための、別々の処理だった。


 そして、その処理の先に――。


 同じ承認印が残っている。


「次は、十年前だ」


 アルトはそう言って、旧受付保管庫を出る準備を始めた。


 だが、彼はまだ知らなかった。


 S―03の最初の受付記録には、現在の記録には残っていない「受付担当者」の名前が存在していたことを。


 そしてその名前こそが、七年前のA―17移管と、現在の制度運用管理区画をつなぐ人物だった。


営業メモ ①⑨⑨


営業では、変更後の数字だけを見ていると、変更前に何があったのかを見失う。


管理番号、担当者、部署、保管場所。


それらが変わったときに確認すべきなのは、「新しい情報が正しいか」だけではない。


「なぜ変わったのか」

「誰が変更を申請したのか」

「誰が承認したのか」

「変更後、どこまで情報が引き継がれたのか」


ここまで確認する必要がある。


そして、もう一つ大切なのが「変更前の情報を知っている人間」だ。


新しい番号だけを知っている人間と、古い番号から現在までの経路を知っている人間では、見えている情報量がまったく違う。


営業でも、顧客番号が変わったからといって、過去の商談履歴まで切り離してはいけない。


番号が変わったときほど、古い情報と新しい情報を一本につなげて確認する。


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第二百一話 営業課長、S―03の最初の受付担当を追う


十年前のS―03。


アルトとフェルナンは、最初の受付記録を探し始める。


そこには現在の記録から消えていた、最初の受付担当者の名前が残されていた。


さらに、その担当者が七年前に文書管理課へ異動していた事実が判明する。


だが、問題は名前だけではなかった。


S―03の受付票には、承認印が押される前に行われた、もう一つの処理が記録されていた。


アルトは、黒帳が利用した「最初の隙間」に辿り着く。

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