第百九十九話 営業課長、二つの承認経路を照合する
アルトは、R―4の画面をもう一度開いた。
『A―17』
『旧保管番号 RH―11』
『現行保管番号 IK―27』
『変更理由 原本管理系統変更』
その下に、詳細欄がある。
『変更目的――第一受付保管系統から制度運用管理系統への原本管理移管』
フェルナンが頷いた。
「これなら、番号変更自体は普通ですね」
「ああ」
アルトも頷いた。
「七年前にA―17の管理部署が変わった。だから管理番号も変えた。それ自体はおかしくない」
「じゃあ、黒帳は関係ない?」
「逆だ」
アルトは画面を指差した。
「こういう正規の処理だからこそ、利用できたんだ」
「……利用?」
「黒帳が番号を変えたんじゃない」
アルトはゆっくり言った。
「黒帳は、すでに存在していた番号変更の仕組みを利用した」
フェルナンが黙った。
アルトは、RH―11とIK―27を並べて表示した。
「考えてみろ。七年前、A―17は正式に第一受付保管庫から制度運用管理区画へ移された」
「はい」
「その時、原本の管理責任部署が変わった。だからRH―11は旧番号になり、IK―27が新しい番号になった」
「つまり、RH―11を探す理由がなくなる」
「通常業務ならな」
アルトは続けた。
「現在の担当者がA―17を確認するなら、IK―27を検索する。RH―11は過去の番号として扱われる」
「……それなら」
「S―03とのつながりが見えなくなる」
フェルナンの顔から表情が消えた。
S―03。
十年前の受付記録。
旧番号RH―11。
そして、七年前にRH―11からIK―27へ変更されたA―17。
この二つをつなぐには、旧保管記録まで遡らなければならない。
「黒帳は、ここを使ったんですね」
「ああ」
アルトは答えた。
「ただし、最初から黒帳のために作られたわけじゃない」
そこが重要だった。
第一受付保管庫から制度運用管理区画へ原本を移す。
管理責任部署を変更する。
管理番号を再付番する。
旧番号を旧保管記録へ送る。
どれも、制度としては合理的な処理だ。
問題は、その後だった。
「黒帳側は、IK―27だけを現行記録として扱った」
「RH―11を消した?」
「違う」
アルトは首を振った。
「消していない」
「じゃあ?」
「残したまま、辿りにくくした」
フェルナンが息を呑んだ。
アルトは画面を切り替えた。
『現行台帳検索――IK―27』
『旧番号照合――別保管記録』
『旧保管記録閲覧――権限確認要』
『関連案件自動表示――対象外』
アルトは、一つずつ読み上げた。
「ここだ」
「……関連案件自動表示、対象外」
「IK―27を検索しても、S―03は出てこない」
「でも、RH―11を検索すれば?」
「出る」
アルトがRH―11を入力した。
画面に表示された。
『RH―11』
『関連案件 S―03』
『後続管理番号 IK―27』
フェルナンが目を見開いた。
「逆なら、全部つながる……」
「そういうことだ」
新しい番号から古い番号へは、通常検索では辿れない。
古い番号から新しい番号へは、旧保管記録を開けば辿れる。
つまり、過去を知っている者にはつながる。
現在だけを見る者には、つながらない。
「黒帳にとって、都合がいい」
フェルナンが呟いた。
「ああ」
アルトは頷いた。
「しかも、誰かが記録を改ざんした証拠になりにくい」
正式な移管記録がある。
正式な番号変更もある。
承認もある。
原本の移動も記録されている。
だから、表面だけを調べれば、すべて正規処理に見える。
黒帳が利用したのは、その「正しさ」だった。
「じゃあ、具体的には何をしたんです?」
「三つだ」
アルトは指を立てた。
「一つ目。現行案件では新番号だけを使う」
一本。
「二つ目。旧番号を参照する必要がある処理では、旧保管記録まで辿らせる」
二本。
「そして三つ目」
アルトはR―3の記録を開いた。
「承認経路と原本保管経路を別々に管理する」
フェルナンが画面を見比べる。
R―3。
R―4。
同じA―17なのに、二つの経路が完全には重ならない。
「だから……」
「承認台帳だけ見れば、制度運用担当を通っている」
「でも原本側では?」
「その記録が欠けている」
アルトは答えた。
「そして、RH―11まで遡らなければ、S―03との関係にも気づけない」
フェルナンが唇を結んだ。
「つまり黒帳は、記録を消したんじゃなくて……」
「記録同士を離した」
アルトが言った。
「一つ一つの記録は残っている。だけど、普通の検索では一枚の流れとして見えない」
それは、黒帳の本質に近かった。
帳簿そのものを消す必要はない。
人間が追えない形に分ければいい。
原本。
承認。
保管番号。
継承権限。
それぞれを別の管理系統に置く。
そして、旧番号と新番号の橋を、通常の検索経路から外す。
「これなら、十年前のS―03を調べても……」
「A―17までは簡単には届かない」
「A―17を調べても……」
「S―03には戻れない」
「でも、両方の旧記録を知っている人間なら?」
アルトは答えなかった。
代わりに、R―4の画面に表示された一行を見た。
『旧番号との対応情報――旧保管記録に保存』
ラウルは、ここまで辿った。
だからR―2を使った。
だからR―3を確認した。
そして、R―4まで来た。
彼は、黒帳そのものを見つけたのではない。
黒帳が利用していた「記録同士の切れ目」を見つけたのだ。
「……ラウルは、これを見つけた」
アルトが呟いた。
「はい」
「だから、原本は一つじゃないと言った」
「原本が二つあるというより……」
フェルナンが言葉を探す。
「同じ原本を、別々の記録として追わせる仕組みがある?」
「近い」
アルトは頷いた。
「原本そのものは一つでも、管理上の入口を分ければ、人間には別々の案件に見える」
その瞬間。
R―4の端末が短く鳴った。
画面に新しい表示が出る。
『RH―11 関連記録更新』
アルトとフェルナンが同時に画面を見る。
『閲覧記録――現在時刻』
『閲覧対象――旧保管番号対応表』
『閲覧者――記録なし』
アルトの目が細くなった。
「……やっぱりな」
「何がです?」
「黒帳は、まだこの経路を使っている」
七年前に終わった話ではない。
番号変更も。
旧保管記録も。
RH―11も。
現在も、誰かが使っている。
しかも――。
閲覧者の名前が残っていない。
アルトは端末を閉じた。
「旧受付保管庫へ行くぞ」
「今度は何を探すんです?」
「RH―11の原本だ」
アルトは歩き出した。
「番号じゃない。実物を確認する」
黒帳が利用したのが、記録の分断なら。
その分断の最初に置かれた原本を見れば――。
誰が、どこで、何を切り離したのか。
その痕跡が残っているかもしれない。
そして二人はまだ知らなかった。
RH―11の原本には、A―17への移管記録とは別に――
もう一つの「保管番号変更」が記されていることを。
営業メモ ①⑨⑧
営業では、担当者が変わったり、管理番号が変更されたりすること自体は珍しくない。
問題なのは、変更そのものではない。
「なぜ変更されたのか」
「変更前の情報はどこに残っているのか」
「変更後の情報と、変更前の情報が正しくつながっているか」
この三つを確認しないまま、「新しい番号だから」「新しい担当者だから」と過去の情報を切り離してしまうと、そこに情報の断絶が生まれる。
そして、その断絶は、悪意のある人間にとって利用しやすい隙間になる。
営業でも同じだ。
顧客番号が変わった。
担当者が変わった。
部署が変わった。
契約書の管理場所が変わった。
そのたびに「新しい情報だけ」を見てはいけない。
変更前と変更後を一本の線として確認する。
数字や帳票が正しいだけでは足りない。
「変更の理由」と「変更後のつながり」まで確認して、初めて情報は本当に管理できている。
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次回予告
第二百話 営業課長、RH―11の中身を確認する
旧受付保管庫へ戻ったアルトとフェルナン。
RH―11の原本を確認すると、そこにはA―17への移管記録だけではなく、別の保管番号変更履歴が残されていた。
その変更先を辿った先にあったのは、十年前のS―03と直接つながる、もう一つの受付記録。
そして、その記録に残されていた承認印は――。
アルトは、十年前と七年前、二つの案件をつなぐ本当の経路を追い始める。




