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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第百九十四話 営業課長、旧受付保管庫で待っていた者


地下へ続く階段を、アルトとフェルナンは駆け下りていた。


「まだ使用中です!」


フェルナンが後ろから叫ぶ。


「分かってる!」


アルトは足を止めない。


旧受付保管庫。


三日前に原本が消えた場所。


そして今、HB―13が使われている場所。


相手が何をしているのかは分からない。


だが、一つだけ確かなことがある。


向こうもアルトたちの存在を知っている。


ならば。


先に動かなければ、また記録を消される。


「あと何分です?」


「端末上では、権限使用が継続中です!」


「それだけ分かれば十分だ」


アルトは階段を下り切った。


地下二層。


空気が冷たい。


長い廊下の先に、旧受付保管庫の扉が見える。


アルトは歩みを緩めた。


「……おかしい」


「何がです?」


「扉が開いてる」


フェルナンも足を止めた。


確かに。


三日前に来たときは、旧受付保管庫の扉は施錠されていた。


今は――


数センチだけ開いている。


「誰かいる?」


フェルナンが声を落とす。


アルトは返事をしなかった。


扉の隙間を見る。


明かりが漏れている。


中に誰かいる。


だが、人の気配がない。


アルトはフェルナンに手で合図した。


二人で扉の左右に分かれる。


そして。


アルトがゆっくり扉を押した。


ギィ……。


古い蝶番が鳴る。


「……誰もいない?」


保管庫には、誰もいなかった。


棚。


木箱。


古い記録。


それだけ。


だが。


中央に置かれた机の上には、一枚の紙があった。


アルトが近づく。


紙には、たった一つの番号。


『HB―13』


「……権限を使った人物は、ここにいるわけじゃない?」


フェルナンが周囲を見回す。


アルトは紙を手に取った。


裏返す。


何もない。


「違う」


「え?」


「ここにいる」


アルトは紙を机に戻した。


「ただし、人間じゃない」


「……?」


アルトは机の横にある小型端末を指差した。


端末には、現在時刻とともに一つの処理が表示されていた。


『旧受付保管庫 原本照合開始』


「原本を照合している?」


「はい」


「誰が?」


フェルナンが画面を確認する。


「使用者欄は空白です」


「なら、もう一度考えろ」


アルトは周囲を見回した。


「人間がここに来て操作しているなら、普通は操作端末に何かしら痕跡が残る」


「でも、ない」


「そう」


アルトは棚へ向かった。


「なら、別の場所から権限を使っている」


「遠隔操作?」


「可能性はある」


アルトが一番奥の棚の前で止まった。


そこには、三日前に見た痕跡が残っていた。


棚の隙間。


埃の途切れ。


一つだけ空いた箱。


「ここだ」


「三日前に原本が抜かれた場所ですか?」


「ああ」


アルトは箱の周囲を確認する。


「でも、三日前とは違う」


「何が?」


「埃だ」


フェルナンが覗き込む。


箱の下。


細い線のように埃が途切れている。


その線は、棚の奥へ続いていた。


「……箱を動かした?」


「そうだ」


アルトは棚を押した。


動かない。


「フェルナン、手伝え」


二人で力をかける。


ギ……。


棚が数センチ動いた。


その奥から、金属製の小さな扉が現れた。


「隠し保管庫……?」


フェルナンが息を呑む。


扉には鍵穴がない。


代わりに、黒い印が刻まれている。


『13』


アルトはその印を見つめた。


「第十三条……」


「ハロルドが作った例外管理制度の?」


「たぶんな」


だが。


アルトはすぐに手を伸ばさなかった。


「待て」


「どうしました?」


「ここまで露骨なのが気になる」


相手が本当に証拠を消したいなら。


わざわざ第十三条を示す印を残す必要はない。


むしろ。


「見つけさせたい?」


フェルナンが呟く。


アルトは頷いた。


「その可能性がある」


「罠でしょうか?」


「かもしれない」


だが。


中央端末の表示を見る。


『原本照合開始』


処理はまだ続いている。


時間がない。


アルトは意を決した。


「開ける」


フェルナンが身構える。


アルトが扉に手を触れた。


すると。


カチッ。


鍵が開いた。


二人とも固まった。


「……鍵が掛かってなかった?」


「いや」


アルトは首を横に振る。


「HB―13で開いた」


つまり。


今ここで使われている権限は。


この扉を開けるためのものだった。


「中に何がある?」


アルトが扉を開く。


小さな空間だった。


棚が三つ。


その中央に、一つだけ木箱が置かれている。


箱には古い文字で、


『S―03』


と書かれていた。


フェルナンが息を呑む。


「原本……?」


アルトは箱を開けた。


中には一冊の薄い記録簿。


表紙には。


『S―03 受付・承認経路原本』


とある。


「これが……」


アルトは慎重にページをめくる。


十年前。


最初の受付。


担当者。


処理時刻。


承認経路。


すべてが記録されている。


そして。


最後のページ。


そこには、ラウルの筆跡があった。


フェルナンが声を震わせる。


「ラウル……」


アルトはページを読む。


『S―03原本確認』


『A―17への移行理由について、現行記録と旧記録に不一致あり』


その下。


さらに一行。


『本件は、十年前の処理だけでは説明できない』


アルトの目が鋭くなる。


ラウルは。


十年前のS―03を見つけただけではなかった。


その時点で。


すでに現在につながる異常を見つけていた。


だが。


さらに重要なのは、その次だった。


『確認対象』


『承認経路変更記録』


『原本保管先変更記録』


『権限継承記録』


アルトの手が止まった。


「……権限継承記録?」


「十年前から?」


フェルナンが驚く。


アルトは頷いた。


「ラウルは、三年前に初めてHB―13を知ったんじゃない」


「じゃあ……」


「十年前の時点で、権限の継承そのものに違和感を持っていた」


ただし。


ラウルが当時知っていたのは、制度の全容ではない。


あくまで。


一つの案件に不自然な権限処理があった。


その程度だったのだろう。


アルトはページをめくる。


最後の一文。


『原本を一つにまとめると、経路が消える』


その下に。


『原本は分けて保管されている』


さらに。


『第一受付保管庫』


『例外管理保管区画』


『制度運用管理区画』


三つの保管先が書かれていた。


「……三つ」


フェルナンが呟く。


「原本が三つに分かれている?」


「いや」


アルトは首を横に振った。


「原本そのものが三冊あるわけじゃない」


「では?」


「一つの案件を、三つの管理区画に分けて記録している」


受付。


承認。


制度運用。


三つを合わせなければ、本当の経路が分からない。


「だから『原本は一つではない』だったのか」


フェルナンが呟く。


アルトは答えなかった。


ラウルは三年前。


この仕組みに気づいた。


そして。


三つの記録を追い始めた。


その結果。


A―17が消えた。


RK―37が移された。


そして。


ラウル自身が記録から消えた。


「アルトさん」


フェルナンがページの端を指差した。


「ここ……」


そこには、別の筆跡で短い文章が書かれていた。


『この先は、原本ではない』


アルトの目が止まる。


「……何だ?」


さらに下。


『ラウルへ』


「ラウル宛て?」


「たぶんな」


『お前がここまで来たなら、次に確認すべきは――』


そこで文章が途切れている。


紙が切り取られていた。


「また消されてる」


フェルナンが言う。


だが。


アルトは首を横に振った。


「違う」


「え?」


「これは後から破られたんじゃない」


切り口を確認する。


古い。


そして。


紙の端には、別の記録が残っている。


『複写済』


「複写……?」


「誰かが、この文章を別の場所へ写した」


アルトは周囲を見回した。


その瞬間。


奥の棚から。


カチッ。


小さな音がした。


二人が振り返る。


誰もいない。


しかし。


三つある棚のうち、一番右側。


『制度運用管理区画』


と書かれた棚の扉が、ゆっくり開いていた。


「……」


フェルナンが剣に手をかける。


アルトは手で制した。


「待て」


棚の中から。


一枚の紙が滑り落ちた。


床に落ちる。


アルトが拾う。


そこには、現在の日付。


そして。


『継承権限による照合終了』


と記されていた。


その下に。


『次の確認対象――』


文字が途中で消えている。


だが。


最後に残った文字だけは読めた。


『R―2』


アルトの表情が変わる。


「……R―2」


フェルナンも息を呑む。


R―2。


これまで何度も記録に現れた。


黒帳との関係を疑わせる、あの記号。


そして。


その紙の裏には、もう一つ。


短い文字があった。


『ラウルは、ここを見た』


アルトは紙を握りしめた。


三年前。


ラウルは、この場所に来た。


そして。


何かを見つけた。


だが。


見つけたものは、S―03そのものではない。


その先にある。


R―2。


そして、今。


HB―13が再び動いている。


「フェルナン」


「はい」


アルトは地下保管庫の奥を見つめた。


「俺たちは、ラウルの足跡を追ってると思ってた」


「違うんですか?」


「違う」


アルトはゆっくり首を振った。


「ラウルが追っていたものを、今度は俺たちが追っている」


そのとき。


中央端末の警告音が鳴った。


一度。


二度。


三度。


フェルナンが端末を見る。


「HB―13の使用が終了しました」


「時間は?」


「今です」


アルトは振り返った。


だが。


誰もいない。


旧受付保管庫にも。


隠し保管庫にも。


人の姿はない。


それでも。


最後に開いた棚の奥には。


新しい足跡が一つだけ残っていた。


湿った地下の床に。


つい今しがた付いたような。


靴跡。


アルトはそれを見つめた。


「……近くにいたな」


相手は。


確かにここにいた。


そして。


自分たちが来ることを知った上で、原本を残していった。


アルトは靴跡の先を見た。


その先には。


さらに奥へ続く、もう一つの扉があった。


扉には。


古い文字でこう刻まれていた。


『制度運用管理区画』


アルトはゆっくり手を伸ばす。


「行くぞ」


フェルナンが頷いた。


二人は。


ラウルが三年前に見た場所へ向かった。


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ ①⑨③


相手が残した情報を、すべて「罠」と決めつける必要はない。


重要なのは、


「なぜ、それを残したのか?」


という視点だ。


隠したい人間なら、すべてを消す。


しかし、相手が一部だけを残しているなら、そこには目的がある。


見せたい情報。


見せたくない情報。


そして、見せることでこちらを動かしたい情報。


営業でも、相手が提示してくる資料をそのまま受け取るだけでは、本当の意図は見えない。


何を見せたのか。


何を見せなかったのか。


そして、


「なぜ今、それを見せたのか」


そこまで考える。


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第百九十五話 営業課長、ラウルが見た制度運用管理区画


旧受付保管庫の奥に残されていた、もう一つの区画。


そこは十年前にハロルドが管理していた制度運用の記録が集められていた場所だった。


アルトたちは、そこでラウルが三年前に残した照合記録を発見する。


だが、その記録には――


ラウル自身が「確認を中止した」と記されていた。


なぜ、ラウルは調査を止めたのか。


そしてR―2とは何なのか。


さらに、制度運用管理区画の奥には、現在も誰かが使っている形跡が残されていた。

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