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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第百九十二話 営業課長、HB―13の持ち主を追う


「……HB―13」


アルトは、机の上に置かれた記録用紙を見つめた。


さっきまで確かに存在していた文字が、紙の端から黒い粉になって崩れ落ちている。


『十三を追うな』


そして、その下に残された言葉。


『次は、お前だ』


脅しだ。


間違いない。


だが、アルトは紙そのものよりも、その前にフェルナンが持ってきた地下保管庫の記録に目を向けた。


「フェルナン」


「はい」


「地下二層の入退室記録。HB―13が使われた時間をもう一度確認してくれ」


「三日前、午後四時五十二分です」


「名前は?」


「ありません」


「所属は?」


「ありません」


「権限区分は?」


フェルナンは記録をめくった。


「……例外管理系統」


アルトの眉が動いた。


「個人じゃない」


「え?」


「この権限、最初から人間に発行されてないんじゃないか?」


フェルナンが黙った。


アルトは椅子から立ち上がった。


「権限には二種類ある」


「個人に与えるものと、役職に与えるもの……ですか?」


「そうだ」


営業の世界でも同じだった。


担当者が変わっても、部署として使える権限は残る。


担当者が退職しても、決裁権限そのものは消えない。


だからこそ、引き継ぎが発生する。


そして――


引き継ぎの記録が消されれば。


誰が使ったのか分からなくなる。


「HB―13は、ハロルド本人の権限じゃない」


アルトは言った。


「ハロルドが作った、あるいは運用した役職に付随する権限だ」


「つまり……ハロルドがいなくなっても使える?」


「その可能性が高い」


フェルナンの顔から血の気が引いた。


「じゃあ、三日前に使ったのは……」


「ハロルドとは限らない」


アルトは即答した。


ここで名前を決めつけるわけにはいかない。


ハロルドが十年前に表舞台から消えた。


だが、制度は残った。


権限も残った。


そして誰かが、それを使った。


問題は――


誰が、どの役職で使ったのか。


「権限台帳を探す」


「権限台帳?」


「役職ごとに、何ができるかを記録した台帳だ。十年前のものと現在のものを並べる」


「分かりました」


二人は文書管理課の奥へ向かった。


だが、数歩進んだところでアルトが足を止めた。


「待て」


「どうしました?」


「さっきから、妙じゃないか?」


「妙?」


アルトは周囲を見回した。


人がいる。


職員もいる。


紙をめくる音もする。


それなのに――


静かすぎる。


「誰も、こっちを見てない」


フェルナンが周囲を見る。


確かにそうだった。


アルトたちが先ほど地下保管庫の記録を確認していたことを、誰も気にしていない。


普通なら、何かしら視線が集まる。


だが今日は違う。


「……見られてないんじゃない」


アルトが低く言った。


「見ないようにされてる」


その瞬間。


遠くで、金属音が鳴った。


カチン。


文書管理課の奥にある扉が閉まった音だった。


フェルナンが振り返る。


「今のは?」


「確認しよう」


二人が向かった先には、古い権限台帳を保管している棚があった。


しかし。


棚の一角だけ、妙に空いていた。


「……またか」


アルトが呟く。


ハロルドの人事記録。


地下保管庫の記録。


そして今度は権限台帳。


必要なものだけが消えている。


「抜かれたのは一冊だけです」


フェルナンが棚を確認した。


「タイトルは?」


「例外管理権限台帳。十年前から現在までの更新記録です」


アルトは目を細めた。


「やっぱりな」


「何がです?」


「俺たちが追っているものを、向こうも分かってる」


三日前。


地下保管庫から原本が消えた。


同じ頃、HB―13が使われた。


そして今。


権限台帳が消えた。


偶然ではない。


アルトは棚の奥に手を入れた。


指先に紙が触れる。


一枚。


引き抜く。


そこには、台帳そのものではなく、更新記録の控えが残っていた。


「……あった」


フェルナンが覗き込む。


「何です?」


アルトは紙を読む。


『例外管理権限 更新』


日付は十年前。


そして、その下。


『HB―13』


「発行先は?」


フェルナンが聞く。


アルトはその欄を見る。


空白だった。


「……ない」


「空白?」


「発行先が記録されてない」


だが、その横には別の欄がある。


『使用可能役職』


そこに書かれていた。


『例外管理制度運用責任者』


フェルナンが息を呑む。


「ハロルドの役職……」


「十年前はな」


アルトは続けて下を見る。


更新履歴がある。


十年前。


七年前。


三年前。


そして――現在。


「……おかしい」


「何がです?」


「役職名が変わってる」


十年前。


『例外管理制度運用責任者』


七年前。


『制度運用監査補佐』


三年前。


『制度運用監査担当』


現在。


『記録管理統括』


フェルナンが首を傾げる。


「それなら、HB―13も役職変更のたびに引き継がれた?」


「普通ならな」


アルトは紙を指で叩いた。


「でも、この記録には引き継ぎ先が書かれてない」


「……じゃあ」


「権限だけが残った」


アルトは静かに言った。


「役職名が変わっても、HB―13という権限だけは生き続けた」


その瞬間だった。


奥の机から声がした。


「営業課長」


二人が振り返る。


そこにいたのは、文書管理課の職員だった。


「その記録、どこで見つけました?」


「棚です」


「……そうですか」


職員の表情が固い。


アルトは、その表情を見逃さなかった。


「何か知ってるのか?」


「いえ」


「じゃあ、なぜそんな顔をする?」


「……」


職員は答えない。


アルトは一歩近づいた。


「三日前、地下二層に誰かが入った」


「……」


「HB―13が使われた」


「……」


「その翌日に、権限台帳の一部が抜かれた」


職員の喉が動く。


「そして今、俺たちがHB―13について調べている」


アルトはそこで言葉を切った。


「それでも何も知らないと言うか?」


職員はしばらく黙っていた。


やがて、小さく口を開いた。


「……知っているというほどではありません」


「なら、聞いたことがある?」


「はい」


「誰から?」


職員は周囲を確認した。


そして声を落とした。


「昔から、こう言われています」


「何を?」


「HB―13は……人ではなく、席に付いている権限だと」


アルトの目が鋭くなる。


「席?」


「はい。担当者ではありません。そこに座った人間が、一定の条件を満たせば使える権限だと」


「条件は?」


職員は首を横に振った。


「そこまでは……」


「誰が知ってる?」


「昔の管理担当者です」


「名前は?」


「……」


職員は答えなかった。


だが、その沈黙が答えだった。


アルトは一歩下がった。


「ハロルドか」


「名前は聞いていません」


職員は慌てて首を振る。


「ただ……昔の担当者から聞いた話です」


「なるほど」


アルトはそれ以上追及しなかった。


ここで無理に聞けば、この職員まで消される可能性がある。


前話の言葉が頭をよぎる。


『次に消されるのは、記録ではない』


人間かもしれない。


担当者かもしれない。


証言者かもしれない。


「フェルナン」


「はい」


「この人を一人にするな」


「分かりました」


職員が驚く。


「え?」


アルトは振り返った。


「あなたは今、俺たちに重要な情報を渡した」


「でも、私は……」


「だから危ない」


アルトは淡々と言った。


「俺たちが調べていることを、向こうが把握しているなら、情報を持っている人間も狙われる」


職員の顔が青ざめた。


その直後。


文書管理課の鐘が鳴った。


一回。


二回。


三回。


通常の終業を知らせる鐘ではない。


警告音だった。


職員たちが一斉に立ち上がる。


「何だ?」


フェルナンが聞く。


別の職員が叫んだ。


「承認経路が変更されています!」


「どの案件だ!」


「現在処理中の――」


そこで声が止まった。


アルトは走った。


中央端末の画面を見る。


そこには、一件の新しい承認経路が表示されていた。


『一次確認』


『例外確認』


『原本照合』


そして最後に。


『特別承認』


アルトの目が止まる。


「……なんだ、これ」


フェルナンが画面を見る。


「この経路……」


「十年前にはない」


その通りだった。


十年前のS・03には、この最後の項目は存在しない。


だが現在。


HB―13を使った案件だけに、この経路が追加されている。


そして最後の承認欄には――


名前がなかった。


役職もない。


ただ一つ。


『継承権限』


とだけ表示されていた。


アルトは画面を見つめた。


「そういうことか……」


フェルナンが振り向く。


「何が分かったんです?」


アルトは答えた。


「ハロルドを消したんじゃない」


「……」


「ハロルドの名前を消しても、制度が動くようにしたんだ」


十年前。


ハロルドは制度を整えた。


その後、役職は変わった。


人も変わった。


だが。


HB―13は残った。


そして今。


誰かが、その継承権限を使っている。


「だから、持ち主を追っても無駄なんだ」


アルトは拳を握った。


「追うべきなのは、人間じゃない」


フェルナンが問う。


「じゃあ、何を?」


アルトは画面に表示された最後の言葉を指差した。


『継承権限』


「この権限が、誰から誰へ移ったのか」


その瞬間。


画面の表示が一度消えた。


そして、新しい一行が現れた。


『継承先を確認しました』


アルトの表情が変わる。


「……誰だ?」


表示が切り替わる。


『現在の継承先』


そこまで表示されたところで――


画面が暗転した。


フェルナンが叫ぶ。


「消えた!」


「違う」


アルトは画面を睨んだ。


「消されたんじゃない」


「え?」


「向こうから切ったんだ」


つまり。


こちらが見ていることを、相手も見ている。


アルトはゆっくり息を吐いた。


「完全に……こっちを見てるな」


そして。


暗くなった画面の端に、一瞬だけ文字が浮かんだ。


『継承者確認済』


アルトは目を細めた。


「……次は、俺たちの番か」


だが、その言葉とは裏腹に。


アルトの口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。


営業では。


相手が反応した瞬間が、一番重要だった。


「フェルナン」


「はい」


「ようやく、向こうが動いた」


「……はい」


「なら、追える」


アルトは立ち上がった。


「HB―13そのものじゃない」


「継承先を調べる」


十年前から続いていた仕組み。


名前を変え。


役職を変え。


担当者を変え。


それでも残り続けた権限。


その先にいる人間を。


今度こそ、見つける。


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ ①⑨①


人ではなく「仕組み」を追う。


担当者が変われば、普通は責任の所在も変わる。


しかし、権限そのものが役職に紐づいている場合、担当者が変わっても仕組みは残る。


営業でも同じだ。


「誰が担当していたか」だけを調べていると、担当変更のたびに情報が途切れる。


重要なのは、


誰が担当したか。


ではなく、


その担当者に何の権限が渡されていたか。


そして、その権限が次に誰へ渡ったか。


人ではなく、権限の流れを追う。


すると、表面からは見えなかった組織の本当の構造が見えてくる。


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第百九十三話 営業課長、継承権限の行き先を追う


HB―13は、ハロルド本人に与えられた権限ではなかった。


役職に残され、担当者が変わっても受け継がれていた権限。


そしてアルトたちは、ついにその「継承先」に触れる。


だが、表示された名前は――


現在の文書管理課に存在しない人物だった。


なぜ存在しない人間に権限が渡っているのか。


そして、三日前に地下二層へ入った人物との関係は。


アルトの調査は、十年前の過去から現在へと一気につながり始める。

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