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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第百九十話 営業課長、地下二層で十年前の原本と対面する


 地下二層へ続く階段は、旧受付保管庫のさらに奥にあった。


 壁際に設置された古い棚を動かすと、その裏から細い鉄扉が現れた。


 扉には錆びた札が掛かっている。


『旧受付B』


 アルトは札を見つめた。


「……これだな」


「さっき見つけた紙片と同じだ」


 フェルナンが頷く。


 だが、アルトはすぐに扉を開けなかった。


 扉の前に残っているもの。


 それを見ていた。


「フェルナン」


「分かってる」


 床に薄く残った足跡。


 埃の積もり方から考えて、かなり最近ついたものだ。


 しかも一人分。


「今日だ」


「間違いないのか?」


「この地下二層は、長期間使われてない。だから埃が均一に積もってる」


 アルトは足跡の端を指差した。


「ここだけ崩れてる」


「つまり、誰かが最近通った」


「しかも、俺たちより先に」


 フェルナンが腰に手をやる。


「罠じゃないか?」


「可能性はある」


 アルトは扉を見た。


「でも、ここまで来て帰る営業課長はいない」


「営業なのか?」


「営業課長だ」


「便利な言葉だな……」


 フェルナンがため息をつく。


 アルトは苦笑しながら、鍵を確認した。


 鍵は掛かっていない。


 それが逆に不自然だった。


「開けるぞ」


 ゆっくりと扉を押す。


 ギィィ……。


 冷たい空気が流れ出した。


 その奥には、地下二層の古い保管室が広がっていた。


 棚。


 木箱。


 古い帳簿。


 そして、壁際に並べられた金属製の保管庫。


 アルトは灯りを持ち上げる。


「旧受付B……」


 棚の札を追っていく。


 A。


 B。


 C。


 そして。


「……あった」


 B―17。


 古い木箱だった。


 表面には、かすれた文字で記されている。


『S・03』


 アルトの手が止まる。


「これが……第二原本」


 フェルナンが近づく。


「開けるか?」


「慎重に」


 アルトは封印を確認した。


 封印は古い。


 だが、完全には切れていない。


「十年前から誰も触ってない……わけじゃない」


「どういうことだ?」


「封印の上に、別の跡がある」


 古い封印の横。


 そこには、ごく小さな傷があった。


 最近、誰かが確認した跡。


「さっきの足跡と同じだ」


 アルトは箱を開けた。


 中には、一冊の薄いファイルが入っていた。


 表紙には、


『S・03 原本』


 とだけ書かれている。


 アルトは息を整えた。


 そして、最初のページをめくる。


「……受付記録」


 そこには、十年前の受付日時。


 担当者。


 案件番号。


 そして、最初の承認経路が記録されていた。


 一枚目。


 受付。


 二枚目。


 照合。


 三枚目。


 担当部署確認。


 四枚目。


 承認。


 そこまでは、現在残っている記録と大きく変わらない。


「……これだけなら、意味がない」


 フェルナンが呟く。


「いや」


 アルトは次のページをめくった。


「違う」


 現在の記録には存在しない欄がある。


『経路変更理由』


 そこには、短く書かれていた。


『原本確認後、承認経路を変更』


 アルトの眉が動く。


「原本確認後……?」


 つまり。


 最初の承認経路と、最終的な承認経路は違っていた。


 アルトはページをめくる。


 そこには、変更前の経路が残っていた。


 そして――。


「……セドリック・ヴァーン」


 最初の承認者として、名前が記されている。


 フェルナンが息を呑む。


「やっぱりセドリックが――」


「待て」


 アルトは止めた。


「ここだけで判断するな」


「でも名前がある」


「そうだ」


 アルトは頷いた。


「ただし、これは十年前の承認者として名前があるだけだ」


 承認した。


 それは事実。


 しかし。


 命令した。


 それは、まだ分からない。


「問題は、その後だ」


 アルトはページをめくる。


 変更後の承認経路。


 そこには、現在まで残っている記録とは違う名前があった。


「……誰だ?」


 フェルナンが覗き込む。


 そこに書かれていた名前は――。


『記録統括補佐 ハロルド・ベイン』


 アルトは知らない名前だった。


「ハロルド・ベイン……」


 名前の横には、古い承認印。


 そして、その下に手書きの記載。


『以後、本件に関する原本照合は統括補佐経由とする』


 アルトは黙り込んだ。


 十年前。


 S・03の承認経路は変更された。


 その変更後の窓口になったのが、ハロルド・ベイン。


「この人、今は?」


 フェルナンが尋ねる。


 アルトは資料を探した。


 人事記録。


 異動記録。


 退職者記録。


 だが。


「……ない」


「ない?」


「ハロルド・ベインという名前が、現在の職員記録に残ってない」


 フェルナンが眉をひそめる。


「退職したんじゃないか?」


「それなら退職記録がある」


 アルトは別の紙を確認する。


「異動もない」


 さらに古い資料。


「死亡記録もない」


 アルトの表情が変わった。


「じゃあ、どこへ?」


 答えはなかった。


 しかし。


 原本には、もう一つの記録があった。


 ページの端。


 小さな受付印。


『A―17』


 アルトは目を細める。


「ここでもA―17……」


 十年前の時点で。


 S・03の原本には、すでにA―17が記されていた。


 七年前に突然作られた番号ではない。


 最初から存在していた。


 そして、そのA―17へ移管する指示を出した人物。


 記録統括補佐。


 ハロルド・ベイン。


「……これで一つ分かった」


 アルトは静かに言った。


「A―17は、単なる保管番号じゃない」


「どういう意味だ?」


「最初の承認経路を変更した後、その案件を別管理にするための番号だったんだ」


 フェルナンが黙る。


 アルトは続けた。


「つまり、A―17は結果じゃない」


「結果じゃない?」


「分岐点だ」


 S・03。


 受付。


 照合。


 承認。


 そして原本確認。


 そこで経路が変わる。


 その変更後の案件を管理する番号がA―17。


 そして、その原本が七年前に文書管理課へ移された。


 さらに三年前。


 ラウルがA―17を検索。


 その直後。


 A―17は現行台帳から消された。


「……ラウルは、番号を追っていたんじゃない」


 アルトは原本を見つめた。


「経路が変わった場所を追っていたんだ」


 その瞬間。


 アルトの脳裏に、ラウルの最後のメモが浮かんだ。


『最初に疑うべきは、帳簿ではない』


 そうだ。


 帳簿そのものではない。


 帳簿に記録される前。


 どの経路に乗せるかを決める場所。


 そこが本当の始まりだった。


「……だから黒帳は消せる」


 アルトが呟く。


「帳簿を消す必要がない」


「え?」


「最初から、違う経路に乗せればいい」


 フェルナンが息を呑んだ。


 正常な案件として受付する。


 照合する。


 そこで少しだけ経路を変える。


 別番号を付ける。


 別の場所へ移す。


 承認を通す。


 最後に原本を整理する。


 すべてが正式な処理に見える。


 だから後から見れば、異常が分からない。


「……完全に仕組みだ」


 フェルナンが呟く。


「ああ」


 アルトは頷いた。


「だから、黒帳を作った人間を探すだけじゃ意味がない」


 必要なのは。


 どこで。


 誰が。


 どんな基準で。


 経路を変えたのか。


 そこだった。


 アルトは原本をさらにめくった。


 すると最後のページに、別の紙が挟まっていた。


 十年前のものとは思えない。


 紙が新しい。


「……これは?」


 フェルナンが身を乗り出す。


 紙には、最近の筆跡で一行だけ書かれていた。


『S・03の原本を確認した者へ』


 アルトの目が細くなる。


 続きがある。


『もし、この原本に辿り着いたなら――』


 そこで文章が途切れていた。


 下には、名前がない。


 代わりに。


 数字だけが残されている。


『13』


 アルトは紙を裏返す。


 何もない。


「十三……?」


 フェルナンが呟いた。


「分からない」


 アルトは紙を封筒へ入れた。


 そのときだった。


 地下二層の奥。


 どこかで金属音がした。


 カン。


 二人が同時に振り返る。


「……誰かいる」


 フェルナンが声を落とした。


 アルトは灯りを消した。


 暗闇。


 しばらく待つ。


 足音はしない。


 だが。


 奥の棚に置かれていた箱が一つだけ、わずかに動いている。


 アルトは慎重に近づいた。


 箱の蓋。


 そこには新しい指跡が残っていた。


「……先客がいた」


「さっきの足跡の人物か?」


「たぶんな」


 アルトは箱を開けた。


 中には空の封筒。


 そして、一枚の紙。


 そこには。


『原本は一つではない』


 と書かれていた。


 だが、その下にもう一行ある。


『最初の原本は、もうここにはない』


 アルトの表情が固まった。


「……持ち出された」


「誰かが?」


「ああ」


「いつ?」


 アルトは紙を見つめた。


 そして、裏面を確認する。


 そこには日付が記されていた。


 三日前。


「……三日前だ」


 フェルナンが息を呑む。


「じゃあ、誰かが俺たちより先に……」


 アルトは答えなかった。


 三日前。


 誰かが地下二層へ入り。


 S・03の最初の原本を持ち出した。


 そして今日。


 アルトたちが二枚目の記録を発見した。


 偶然ではない。


 誰かが、こちらの動きを知っている。


 アルトはゆっくりと顔を上げた。


「フェルナン」


「なんだ?」


「俺たちは、原本を探しているんじゃない」


「……?」


「原本を持ち出した人間を追うんだ」


 地下二層の暗闇。


 その先には、まだ誰も知らない経路が続いている。


 十年前に変更された承認経路。


 A―17。


 ハロルド・ベイン。


 そして三日前に持ち出された最初の原本。


 点だった情報が、少しずつ線になっていく。


 だが。


 アルトはまだ知らなかった。


 その線の先にいる人物が。


 十年前から現在まで、記録の表側には一度も名前を残していないことを。


営業メモ ①⑧⑨


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第百九十一話 営業課長、十年前から消えていた男を追う


地下二層から持ち出された最初の原本。


そこに残された名前は、ハロルド・ベイン。


しかし現在の人事記録には存在しない。


アルトは十年前の異動記録と承認経路を照合し、ハロルド・ベインの「消えた一年」を探し始める。


そして、その記録の中に――ラウルが最後の日に残した「十三」という数字の意味が浮かび上がる。

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