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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第百八十八話 営業課長、最初の受付記録を掘り起こす


「最初の受付へ戻る」


アルトは、机の上に広げた資料を見つめていた。


S・03。


A―17。


RK・37。


三つの記号。


それぞれ別の資料を指しているように見える。


だが。


その奥では、同じ受付経路につながっていた。


「フェルナン」


「はい」


「十年前の第一受付記録を全部出してくれ」


「S・03だけですか?」


「違う」


アルトは首を振った。


「S・03が登録された前後、一週間分だ」


「一週間?」


「記録を消すなら、その一件だけを消すとは限らない」


フェルナンが頷いた。


「周辺の記録も確認するんですね」


「そうだ」


古い記録庫から。


十年前の受付台帳が運ばれてくる。


紙は黄ばんでいた。


端には何度もめくられた跡がある。


フェルナンがページを開いた。


「四月八日」


めくる。


「四月九日」


さらに。


「四月十日」


「四月十一日」


アルトは黙って見ていた。


「S・03は四月十二日です」


「その前日の受付を見せろ」


「はい」


そこには。


通常の資料受付が並んでいた。


監査報告。


内部照会。


人事資料。


承認申請。


特に変わったところはない。


「次」


四月十二日。


S・03。


フェルナンが指を止めた。


受付番号。


S・03。


受付時刻。


八時三十八分。


受付資料。


内部監査照合資料。


受付担当。


――黒塗り。


「やっぱり消されている」


アルトは記録を見つめた。


「だが、完全には消せていない」


「何かありますか?」


「行の高さだ」


「高さ?」


「この行だけ、他より少し広い」


フェルナンが気づく。


「元々、もっと書かれていた?」


「可能性がある」


「でも、何を書いていたかは……」


「裏を見る」


台帳を裏返す。


何もない。


しかし。


光に透かすと。


薄い跡が見えた。


「……文字?」


フェルナンが驚く。


「消した跡だ」


アルトは紙を斜めから見る。


「筆跡の一部が残っている」


「読めますか?」


「まだ分からない」


二人は台帳を丁寧に確認する。


すると。


一文字。


二文字。


少しずつ。


名前の形が浮かんできた。


「……エ」


フェルナンが呟く。


「次は?」


「ド……」


「エドガー?」


「可能性はある」


アルトは慎重に答えた。


「だが、ここで決めつけない」


「はい」


「十年前の受付担当者と、その後の記録を照合する」


フェルナンが人事台帳を開いた。


十年前。


エドガー・ミルズ。


所属。


監査局受付管理。


「一致します」


「ただし」


アルトが続ける。


「受付担当者が一人とは限らない」


フェルナンが別の欄を見る。


「補助担当がいます」


「誰だ?」


「セレナ・オルフェ」


「その名前も確認してくれ」


「はい」


十年前。


監査局受付管理。


七年前。


文書管理課へ異動。


「エドガーと同じ異動日です」


「四月一日?」


「はい」


アルトは黙った。


「ラウルの記録が移された三日後ですね」


「そうだ」


フェルナンが資料をめくる。


「でも、ここでラウルの名前があります」


アルトが顔を上げた。


「どこだ?」


「受付台帳の別欄です」


そこには。


『照合依頼担当』


という項目があった。


名前。


ラウル・セディア。


アルトはしばらく黙った。


「これなら自然だ」


「何がです?」


「受付担当者と、照合を依頼した人間は別だ」


フェルナンが確認する。


「ラウルが受付したわけではない?」


「違う」


アルトは台帳を指した。


「ラウルは、S・03を最初に受け取った側じゃない」


「照合を依頼した側」


「そうだ」


フェルナンが人事記録を確認する。


「十年前のラウルは?」


「監査局の照合担当補佐です」


「つまり」


「受付された資料を、内容確認する仕事をしていた」


アルトは頷いた。


「これなら筋が通る」


「でも、なぜラウルがS・03を照合したんでしょう?」


「そこだ」


アルトは十年前の受付票を見る。


「受付時刻は八時三十八分」


「はい」


「照合開始は?」


フェルナンが別の記録を探す。


「九時十二分です」


「三十四分後」


「はい」


「何かあった?」


フェルナンが当時の業務記録を確認する。


「……あります」


「何だ?」


「受付担当から照合担当への引き渡し記録」


「読んでくれ」


「『添付資料の承認経路に不一致あり。確認依頼』」


アルトの目が細くなる。


「最初から問題があったんだ」


「ラウルが見つけた?」


「いや」


アルトは首を振った。


「受付側が違和感を見つけて、照合担当に回した」


「そして、それをラウルが担当した」


「そういうことだ」


フェルナンが続ける。


「照合結果があります」


「何て?」


『添付資料と承認経路の記載に一部不一致あり』


「それだけ?」


「はい」


「処理結果は?」


フェルナンが別欄を見る。


『担当部署確認のうえ処理継続』


アルトは眉を寄せた。


「誰が確認した?」


「承認者欄があります」


フェルナンが読む。


「セドリック・ヴァーン」


アルトの表情が変わった。


「十年前からか」


「はい」


「ラウルは、この時点ではセドリックを疑っていた?」


「記録には何もありません」


「当然だ」


アルトは答える。


「十年前のラウルにとっては、単なる承認経路の不一致だった」


「でも、三年前に同じものを見つけた」


「そうだ」


アルトは十年前の照合報告を見る。


「ここに何かある」


「余白ですか?」


「そうだ」


小さな手書き。


『経路上、同様の変更が他案件にもある可能性』


フェルナンが息を呑む。


「ラウルの字ですか?」


「本人の照合メモだろう」


「十年前から気づいていた」


「正確には」


アルトは訂正する。


「可能性を感じていた」


「まだ確信していなかった?」


「そうだ」


アルトは記録を指で追う。


「重要なのはそこだ」


「はい」


「十年前のラウルは、黒帳の全体像を知っていたわけじゃない」


「S・03の処理に不自然な点を見つけた」


「そして、他にも同じ変更があるかもしれないと考えた」


「でも、調査は?」


「そこで止まっている」


フェルナンが記録を確認する。


「本当に……そこで終わっています」


「理由は?」


「担当部署確認済み」


「つまり、正式には処理完了」


アルトは静かに言った。


「ラウルは納得していなかった」


「でも、組織上は終わった」


「だから記録だけが残った」


そして。


七年後。


エドガーとセレナが文書管理課へ異動。


S・03関連資料も移管。


「そこで」


アルトはA―17の記録を取り出す。


「十年前の違和感が、別の番号になって残った」


フェルナンが頷く。


「A―17」


「そうだ」


「ラウルは三年前に、それを見つけた」


「正確には、再び見つけた」


アルトは言った。


「十年前に一度見ていた経路と、同じ構造だった」


「だから気づいた」


「そうだ」


フェルナンが十年前の報告書と三年前のS・03照合報告を並べる。


二つの資料。


そこに。


同じ記述がある。


『承認経路の変更』


「三年前のラウルは」


フェルナンが言う。


「十年前の未解決だった違和感と、現在のRK・37を繋げた」


「それで本格的に調べ始めた」


「はい」


アルトは頷いた。


「これなら、ラウルが十年前から黒帳を知っていたことにはならない」


「でも、十年前から同じ異常を見ていた」


「そうだ」


「だから三年前に再発見した時、異常だと分かった」


「それが重要なんだ」


アルトは資料を重ねた。


十年前。


受付側が承認経路の不一致を発見。


ラウルが照合。


異常を記録。


正式処理では終了。


七年前。


S・03関連資料が文書管理課へ移管。


三年前。


ラウルがRK・37を確認。


十年前と同じ承認経路の変更を発見。


A―17を照合。


旧原本情報との不一致を検出。


その十五分後。


文書管理課から呼び出し。


「これで」


フェルナンが呟く。


「十年前と三年前が一本につながります」


アルトは頷いた。


「ラウルは十年前から黒帳を追っていたわけじゃない」


「はい」


「十年前に、一度だけ異常を見つけた」


「そして三年前に」


「同じ異常が形を変えて残っていることに気づいた」


「だから、もう一度追った」


「そうだ」


アルトは十年前の照合メモを見る。


その最後。


小さな文字が残っていた。


『同様事例が確認できれば、再照合する』


フェルナンが息を呑む。


「これ……」


「ラウル自身が残したんだろう」


「十年前から、再発したら追うつもりだった」


「そういうことだ」


アルトはしばらく黙った。


「三年前」


「はい」


「ラウルは、約束を守ったんだ」


フェルナンが資料を見る。


「自分が十年前に残した疑問を、自分で追い直した」


「だから最後の日まで調べ続けた」


アルトは頷いた。


そして。


もう一度。


最初の受付票を見る。


そこには。


十年前のラウルの名前。


しかし。


それは。


黒帳の中心人物としてではない。


ただ一人の照合担当として。


小さな異常を見つけた人間として。


残されていた。


「でも」


フェルナンが言った。


「一つ分からないことがあります」


「何だ?」


「なぜ、その十年前の照合記録まで消そうとしたんでしょう?」


アルトは答えなかった。


フェルナンが続ける。


「三年前のラウルの調査を消したいなら、三年前の記録だけでいいはずです」


「その通りだ」


「でも十年前の受付記録まで黒塗りにされている」


「つまり」


アルトは記録を見る。


「十年前の記録にも、今の誰かにとって都合の悪いものがある」


「ラウルの名前?」


「違う」


「じゃあ?」


アルトは受付票の端を指した。


『照合結果』


その下。


本来なら。


処理担当者の確認印があるはずだった。


だが。


そこだけ。


切り取られている。


「これだ」


「確認印がない?」


「違う」


アルトは首を振る。


「紙そのものが切り取られている」


「誰かが後から?」


「そうだ」


「なぜ、そこだけ?」


「分からない」


アルトは立ち上がった。


「だから探す」


「どこを?」


「切り取られた部分の複写」


フェルナンが目を見開く。


「二枚目の受付票?」


「そうだ」


「でも、さっきの複写には……」


「裏を見ろ」


フェルナンが二枚目の受付票を裏返す。


そこには。


小さな保管印。


そして。


保管先。


『旧受付保管庫』


アルトが笑った。


「やっと出てきたな」


「何がです?」


「十年前の最後の一枚だ」


「旧受付保管庫に?」


「そうだ」


「そこに本当の原本が?」


「まだ分からない」


アルトは資料を閉じる。


「でも、少なくともラウルは十年前に何かを見つけていた」


「そして三年前」


「同じものが別の形で現れた」


「だから追った」


「その結果」


アルトはA―17の記録を見る。


「最後の日に呼び出された」


二人は顔を見合わせた。


「十年前のラウルは」


フェルナンが言う。


「まだ何も知らなかった」


「そうだ」


「でも、違和感を一つ残した」


「そして、その違和感が十年後に再び姿を現した」


「その時には」


アルトが続けた。


「もう、ただの記録ミスではなかった」


黒帳。


A―17。


S・03。


RK・37。


すべてが。


十年前の小さな不一致から始まっていた。


そして。


その始まりを記録した紙の一部は。


まだ。


地下の旧受付保管庫に残されている。


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ ①⑧⑦


過去の出来事を後から意味のある事件に変えてしまうと、物語は不自然になる。


重要なのは、


「当時は普通の出来事だった」


ものが、


「後から見ると重要だった」


という形にすること。


今回のラウルも、十年前から黒帳の全貌を知っていたわけではない。


当時は一人の照合担当として、承認経路の小さな不一致を見つけた。


それを記録した。


正式には処理が終わった。


だから、その時点では大事件ではない。


しかし十年後。


同じ構造がRK・37に現れた。


そこで初めて、


「十年前のあれと同じだ」


と繋がった。


伏線は、最初から大きな意味を持たせる必要はない。


後から意味が生まれるように残しておく。


それが長編では強い伏線になる。


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第百八十九話 営業課長、地下保管庫に残された二枚目の記録


十年前。


ラウルが照合したS・03。


その受付記録には、切り取られた確認印があった。


アルトは、その複写が保管されている旧受付保管庫へ向かう。


地下で見つかったのは。


十年前の受付記録の「二枚目」。


そして、その記録には――。


現在の黒帳にもつながる、最初の承認経路が残されていた。

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