第百八十二話 営業課長、消された原本を探す
「RK・37の原本を確認する」
アルトは、机の上に広げた記録を指で追った。
三年前。
棚R・2の閲覧記録。
ラウル・セディア。
そして、管理番号RK・37。
ここまで繋がっている以上、写しだけでは判断できない。
「まず、保管履歴を確認しましょう」
フェルナンが台帳を開く。
「RK・37は、三年前までは第二文書庫。そこから第一保管庫へ移管されています」
「移管理由は?」
「……記載されていません」
アルトが眉を寄せる。
「またか」
「また、です」
「なら、移管記録だけで判断しない」
アルトは立ち上がった。
「移管先の受領記録を確認する」
「受領記録?」
「本当に第一保管庫へ移されたなら、受け取った人間の記録があるはずだ」
二人は第二文書庫へ向かった。
第二文書庫では、まずRK・37が保管されていた棚を確認した。
棚には、現在の管理札が残っている。
だが、中身は別の記録だった。
「RK・37ではありませんね」
フェルナンが確認する。
「そうだな」
アルトはすぐには棚に触れなかった。
まず周囲を見る。
棚の番号。
隣の記録。
管理札。
そして、保管台帳。
「フェルナン」
「はい」
「この棚に入っている記録の管理番号を確認してくれ」
「分かりました」
フェルナンが一冊ずつ確認していく。
やがて、首を傾げた。
「全部、三年前に別の棚から移された記録です」
「つまり?」
「RK・37が抜かれた後、この棚に別の書類を入れた可能性があります」
「そういうことだ」
アルトは管理台帳を確認する。
「なら、次は第一保管庫だ」
第一保管庫へ向かう前に、アルトは移管記録をもう一度確認した。
そこには、移管日と移管先だけが記されている。
しかし、受領者の名前がない。
「おかしい」
「またですか?」
「今度は違う」
アルトは記録を指差した。
「移管記録なら、最低でも『誰が』『いつ受け取ったか』が必要だ」
「では、受領記録を探します」
「そう」
二人は文書庫の管理簿から、三年前の受領記録を探した。
しばらくページをめくったところで、フェルナンが声を上げる。
「あった!」
「RK・37?」
「はい。ただし……」
フェルナンが眉をひそめる。
「受領者の名前が違います」
アルトが覗き込む。
そこには、第一保管庫の担当者ではない人物の名前が書かれていた。
「この人間は?」
「三年前に、第一保管庫の整理を手伝っていた臨時担当です」
「現在は?」
「もういません」
「退職記録は?」
「確認します」
フェルナンが別の台帳を開く。
すると、そこにも不自然な空白があった。
「三年前の年末で記録が途切れています」
「またか……」
アルトはため息をついた。
「どうなってるんだ、この三年前という年は」
「記録が消えすぎています」
「だからこそ、順番に追う」
アルトは受領記録を指差した。
「この人間が本当に第一保管庫へ運んだなら、保管場所を記録しているはずだ」
「探します」
二人は第一保管庫へ移動した。
入口で管理担当者に受領記録を見せる。
「RK・37ですか?」
担当者は首を傾げた。
「その番号なら、現在の台帳にはありません」
「三年前には?」
「少々お待ちください」
担当者が古い台帳を取り出した。
ページをめくる。
「……ありました」
「どこです?」
「第一保管庫、第五列。棚番号F・17です」
アルトが記録する。
「じゃあ、F・17を確認しよう」
二人は第五列へ向かった。
しかし――。
「ない」
棚F・17には、別の記録が並んでいた。
フェルナンが台帳と現物を何度も見比べる。
「台帳上はここです」
「でも、ない」
「誰かが持ち出した?」
「それなら持ち出し記録がある」
アルトは棚の前にしゃがみ込んだ。
「……フェルナン」
「はい」
「この棚、少し動かしてみよう」
「動かすんですか?」
「記録棚は普通、一度設置したら簡単には動かさない」
二人で棚を少し動かす。
ギッ――。
古い木材が軋んだ。
床には細い擦り跡が残っていた。
「最近動かされた?」
「埃の状態を見る限り、そうだと思います」
アルトは床の跡を確認する。
「でも、ここが目的じゃない」
「え?」
「棚が動いた理由を考える」
アルトは棚の位置と壁の隙間を見る。
「誰かが後ろに物を落とした」
「それを拾うために?」
「その可能性がある」
「でも、何を?」
アルトはすぐに答えなかった。
棚をさらに数センチ動かす。
壁と棚の間に、古い紙の切れ端が落ちていた。
フェルナンが拾う。
「これ……」
紙には、手書きで番号が書かれていた。
『F・17』
「棚番号ですね」
「裏は?」
「……何もありません」
アルトは紙を受け取った。
「これは三年前の管理札かもしれない」
「ということは?」
「棚を交換したときに落ちたんだろう」
つまり、棚は一度入れ替えられている。
アルトは管理台帳を確認する。
「棚F・17の交換記録は?」
フェルナンが探す。
「あった」
「いつ?」
「三年前です」
アルトの目が細くなる。
「RK・37が移管された時期と同じだ」
二人は顔を見合わせた。
「偶然でしょうか?」
「ここまで重なると、確認する必要がある」
棚をさらに動かす。
すると、奥の壁際に小さな木箱があった。
「これは?」
「保管庫の備品でしょうか」
「開けてみよう」
蓋を開ける。
中には古い管理札や鍵、破棄された書類の断片が入っている。
アルトが一つずつ確認していく。
そして――。
「……これだ」
古い封筒を取り出した。
封筒には何も書かれていない。
しかし、裏側には小さく、
『RK・37』
と書かれている。
「原本が入っていた?」
「分からない」
アルトは封筒を慎重に開けた。
中には、一枚の古い書類。
「……RK・37」
フェルナンが息を呑む。
「原本ですか?」
アルトは紙を確認した。
印章。
日付。
署名。
紙の質。
そして、保管時に付けられた管理印。
「間違いない」
「本物?」
「原本だ」
だが、アルトは喜ばなかった。
むしろ、表情が険しくなる。
「どうして、こんな場所に?」
「誰かが隠した?」
「その可能性が高い」
しかし、アルトはすぐに続けた。
「でも、ここで一つ訂正する」
「何を?」
「この原本は、最近隠されたわけじゃない」
「え?」
アルトは封筒を確認する。
紙の劣化。
封筒の折れ。
そして、中に残った古い保管印。
「少なくとも三年前には、ここにあった」
つまり。
最近誰かがアルトたちを誘導したわけではない。
三年前。
誰かがRK・37を正式な保管場所から外し、この木箱の中へ移した。
「じゃあ、誰が?」
アルトは原本を見る。
署名欄に名前があった。
ラウル・セディア。
その横には――。
R・2。
「……また、この二つか」
フェルナンが呟く。
アルトは署名を見つめる。
「違う」
「え?」
「ラウルの署名だけじゃない」
アルトは原本の端を指差した。
そこには小さな手書きの文字が残っていた。
『S・03』
「これ……」
フェルナンが息を呑む。
「人事記録にあったコードと同じです」
アルトは頷いた。
「そして、この原本がここに隠された時期も三年前」
「ラウルが消えた時期と同じ……」
「そう」
点が、また一つ繋がった。
ラウルは三年前。
RK・37を調べた。
その原本を正式な保管場所から外した。
そして、誰にも見つからない場所へ移した。
だが――。
完全に隠したわけではない。
未来の誰かが見つけられるように、番号だけは残した。
アルトは封筒を見つめる。
「ラウルは、逃げる準備をしていたのかもしれない」
「逃げる?」
「自分が消されることを予想していた」
アルトは原本を慎重に戻した。
「だから、証拠を一つだけ残した」
フェルナンが尋ねる。
「それが、RK・37?」
「違う」
アルトは首を横に振った。
「RK・37は証拠じゃない」
「では?」
アルトは原本の端に残されたS・03を見る。
「これは、次に追うべき場所を示している」
三年前に消された人間。
十年前から続く記録。
R・2。
そして、S・03。
アルトはゆっくり立ち上がった。
「フェルナン」
「はい」
「今度はラウルの人事記録を、十年前まで全部出してくれ」
「十年分ですか?」
「全部」
アルトは原本を見つめる。
「ラウルが何を追っていたのか。それを最初から辿る」
黒帳の謎は、三年前から始まったわけではない。
その始まりは――。
もっと前にある。
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営業メモ ①⑧①
証拠を探すときは、いきなり「隠し場所」を探すのではなく、記録上の経路を一つずつ確認する。
今回なら、
「どこに保管されていたか」
「いつ移管されたか」
「誰が受け取ったか」
「移管後、どこに置かれたか」
「現在の現物と台帳が一致しているか」
という順番で確認した。
営業でも、結果だけを見て原因を推測すると、思い込みが入りやすい。
まず事実の流れを確認する。
その途中で記録と現実が食い違った場所があれば、そこが調査すべきポイントになる。
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次回予告
第百八十三話「営業課長、ラウルが十年前に追っていたもの」
RK・37の原本が、三年前に正式な保管場所から外されていたことが判明した。
その原本を隠した可能性がある人物――ラウル・セディア。
アルトは、ラウルの人事記録を十年前まで遡る。
すると、ラウルが内部監査部門へ入る前から、ある記録の不自然な流れを追っていたことが分かる。
さらに、その最初の報告書には「黒帳」という言葉ではなく、別の名称が記されていた。
そして、その報告書を握り潰した人物の名前が――。
現在の黒帳へ繋がっていく。




